【三題噺】 変わり者の彼女の体温 【ごまスティック、中庭、冬】
初めて彼女を見たのは、校舎をつなぐ渡り廊下の中からだった。
僕は彼女のことを二つだけ知っていた。名前と、少し変わり者ということだけだ。高校生にはあるまじき高さのツインテール。彼女は震えるような寒い冬の日に、中庭のベンチで独りお昼を食べていた。――ごまスティックを箸替わりにして。
「なんだあれ……」
僕は目がいいほうだったので、その姿を見て立ち止まってしまった。
一緒にいた友人たちはそれに気づかず、いやすでに見慣れていたからかもしれない、とにかく先に行ってしまっていた。
僕も歩き出そうとして、でもなぜか彼女のことが気になって、気が付けば中庭まで出ていた。
中庭は校舎に囲まれているため日陰になっており寒い。木々はすでに落葉していて景色に彩りはなく、それも寒く感じる一因であるように思った。
せっかく来たからには彼女に話しかけようか、でも、なんて? 「君が気になったから」と言ったらまるで愛の告白だ。
そんなことを思っていると、視線を向けられていることに気が付いた。視線の主はもちろん彼女だった。
「こんなに寒いのに、外でごはん?」
お前が言うか、と思った。意外と低い声だった。でも、元から低いというよりはわざと低く出している、という風だった。
「寒いと思っているのに、どうしてここで食べてるの?」
「う~ん」
彼女は狭い曇り空を眺めた後に、ごまスティックをカチカチさせつつ言った。
「あたしは、思い出と一緒にごはんを食べてるの。その思い出は秋だから、寒くはないの。それにあたしは、みんなより暖かい人間だから」
「え?」
何を言っているんだこの子は。
「十月にコンビニでごまスティックが二割引きになっていたの。それを中庭で食べたら、美味しかったの」
「それを思い出しているから、寒くないってこと?」
「う~ん、正確には違うかな……」
彼女はまたごまスティックをカチカチさせた後、おもむろに食べ始めた。
「それ、箸じゃなかったの」
「そうだったけど、たくさんあるから。食べる?」
「いや、いい」
「そう」
彼女は二本ともすっかり食べてしまってから
「忘れるって、冷たいことでしょ」
と荷物をガサガサしながら言った。
「人の死は二度訪れるって話、知ってる? 人は死んだら冷たくなるなら、忘れることもきっと冷たいでしょ」
……誰だ、「あの子少し変わっているよ」とか言っていたやつは。少しどころの話じゃないだろう。
彼女はようやく鞄の中からごまスティックの袋を見つけ出し、クリップを外して一本取りだした。
「だから君も、さっき冷たい気持ちになったんでしょ」
「さっき?」
「さっき。あたしのこと見てるうちに、お友達に置いて行かれたね」
彼女は僕を射るように、まっすぐ見つめていた。
「あっ……あんなの、忘れたのうちに入らないだろ」
たじろぐ僕をなお見つめ続けるものだから、つい目をそらしてしまった。
「だってあんなの、いつものことだ。僕を見ていないのなんて。僕は自分の意見とか上手く言える方じゃないんだ」
「そう。いいの? それで」
「別にいいだろ」
「きっと忘れちゃうよ。君のこと」
「他人のことなんて、卒業でもしたらすぐ忘れるだろ。君みたいな変わった人はさておき」
その自分の発言に気づかされる。
「そうか、だから君は『暖かい人間』なのか」
彼女は膝の上の弁当を置いて、ベンチから立ち上がった。そして、僕のほうに早足で近づいてきた。
「君のおかげで今日はちょっと暖かかったよ」
彼女は僕の口にごまスティックを押し込んで、「これ、お礼」と笑った。その幼げな笑顔には、これでもかというほどツインテールがよく似合っていた。
してやられたと思った。きっと僕はもう彼女を忘れられないだろう。あの塩気のきいた、ごまスティックの味ごと。