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大柄さんと私の・・・①  作者: NYKHAN
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大柄さんと私の…③

                 3.大柄さんと私の遭遇戦 その2 

 ミツバ区役所格納庫四番隊区画では六機の所属機体が稼働前メンテナンスを終えて待機状態になっていた。パイロットが乗り込みコクピットブロックと機体それぞれのハッチを閉じるとエレベーターが動き出す時のような感覚がある。球形のコクピットと機体の間には一切の接合部が無く、磁力の反発を利用して浮遊状態を保っていた。通常の動作程度ではパイロットが振動を感じる事は無く、激しく動く際には自動制御で部分毎の反発力を調整する事で過度の衝撃がコクピット内に伝わる事を防止していた。程無く全機の起動及び各種チェックが終了し、隊長に全く異常の無い旨が報告された。

「よし、全機異常なし起動完了、と。まず最初に言っておくが今日はさすがに押し問答でお茶を濁す訳にはいかない。一悶着あるのは避けようが無いし色々情報を得るためにもそれなりに戦闘をこなす必要がある。ただしくれぐれもやりすぎるなよ。話をこじらせすぎて収集つかなくなってしまっては元も子もないからな。」

隊長の念押しに対して全員から返答があり、引き続き隊長からの指示がある。

「まあ実際には揉め事は避けられないんだが一応名目上通常業務だからな。機体色は21番を選択だ。」

その一言の直後に全ての機体が無塗装状態から濃いオレンジと黒の塗分け、要は辺りで普通に見かける土木機械と同様の塗装に切り替わっていった。機体表面には主に保護を目的としたフィルムが張り付けられているが、このフィルムは映像信号を入力することによってディスプレイとしても機能するため、このように手軽に機体色を変更する事が可能だった。ちなみに動画にも対応しているためオタクの夢『絵が動く痛車』も実現可能というスグレモノ。ただし視認性の低下等の問題を引き起こす恐れもあり、当然ながら走行中の動画再生は厳禁なので悪しからず。更に機体カメラの映像を処理して出力する事により光学迷彩的な効果を得ることも可能だが、犯罪目的に悪用される事は想像に難くなく、対策として民間向けの機体の外装に使用されるフィルムはカメラからの信号に対して非対応となっている。なおコクピット内でモニター用として使用されるタイプは当然カメラ対応型だが、強度の面で外装に転用してもほとんど使い物にならない。

「じゃあそろそろ業務開始と行くか。艦を出た後指定の場所に降下、集結し体制を整えたら『お話』の始まりだ。まず俺が出る。後は順についてこい。」

そう言って隊長機が発進口から降下を開始、対空射撃の恐れはほぼ無い事もありブースターの燃料を節約するためパラシュートが開き減速しつつ地表を目指す。他の機体も順次それに続き、計六つのパラシュートが高度を下げながら目標地点に向かった。


 「フライボーイ1からフライボーイ各機へ、これより指示を伝える。」

特機八班所属の機体が集合し、班長から班員達への指示が始まった。ちなみに機体呼称の『フライボーイ』は本来この機体の民間用モデルの商品名…のはずなのだが何故か海外では『スティーブン』という通称の方が良く知られている。正式名称は三型汎用特殊機体、略して三型特機。二型までは『機体』ではなく『車両』だったのだが、この機体独自の構造的特徴により『車両』と呼ぶにはいささか語弊があるという事になり『機体』に変更された。その特徴というのは機体背部から延びる可動式の支柱の先に付けられたローターユニットで、明らかに車両と言うよりむしろヘリコプターに近い存在になり、その結果上記のように名称が変更される事となった。既に自衛隊では主力機の座を後継機に譲り一線からは退いているが、直接戦闘に関わらない場面ではなおも圧倒的な存在感を保ち続けている。海外での販売実績に関して言えば兵器としては全く契約成立することなく終わったが民間用は今もなお安定した売れ行きを誇り、傑作機の呼び名も高い。

「そろそろ相手方がやって来るはずだが、問答無用で攻撃してこない限りはまず交渉から入る。多分それ自体は物別れに終わって結局戦闘開始になるはずだが、いきなり飛ばすような真似はするな。相手の事は全く分かっていないのが現状だ。まずは情報の収集に専念する。」

「分かりました。指示通りに動くようにします。でも…」

秋葉が返答の途中でふと言葉を切り、しばらく迷っていたが再び先を続けた。

「何て言うか慎重過ぎるような気がするんですけど。そこまで恐る恐るって感じで行かなくてもいいんじゃ?」

「同感だな。さすがに全力の叩き合いになっちまうのはまずいだろうが、ある程度思い切って痛めつけてやった方が話を有利な方に持っていけるんじゃないか?」

秋葉の疑問にハイオクが同調する。はっきり言葉にはしないものの稲荷と十徳も同意の相槌を打つ。そこで今まで発言を控えていた顧問が口を開いた。

「そのあたりの事情については私から説明します。早速始めても構わないでしょうか?」

「ああ。あまり時間も無いだろうし手短に頼む。」

班長に合意を得た後顧問が今回の方針とその意図する所を班員達に説明し始めた。

「まず第一の理由としては、以前から触れている通り押し込むことによって交渉を有利に運べる期待よりも、お互い引くに引けなくなって事態の泥沼化を招く危険性を懸念しているというのがあります。更に今回皆さんにお伝えする理由としては、相手の真意を探る判断材料を温存する為というのが加わります。」

「えーっと、ちょっと分かりにくいから簡単に説明してくれるかな?」

秋葉からの要求に応えてより具体的な説明を開始する。

「つまり人であれ組織であれ何か目的があってそれを達成するために行動する訳ですが、逆に言えばどのような行動をとるか観察する事によってその目的をある程度推測する事が可能という事です。ここまで理解してもらえましたか?」

「んー、まあ小難しく言っちゃあいるが要はそいつが何したがってるかは実際の動き見てりゃ分かるって事だよな?」

乱暴に端折っているようでいて意外と上手く内容をまとめているハイオク。それを受けて顧問の説明が続く。

「はい、その解釈で合っています。そしてその考えをさらに推し進めると、より多くの選択肢を与えた方がより高い精度で相手の思惑を分析できるという結論に達する訳です。」

「あー、なるほどね。色々オプションがあるのなら、そりゃ少しでも楽で手っ取り早そうなのを選びたくなるのは当然の事か。」

心底納得した感じで十徳が全員の意見を総括する。

「おや、ちょうど意思の統一も出来たところで来賓のご来場ですよー。」

「来たか。まずは意見交換から、その後の戦闘はたった今説明があった要件を念頭に。ひとまず警戒しつつ待機だ。」

稲荷の所属不明機発見報告に続いて班長の最終的な念押しがあり、特機八班一同はパラシュート降下する機体群を待ち構えた。


 その場で早速協議が開始されるかと思いきや、まずは今回の交渉に関する諸々の調整があり、その一環で市街地から離れた造成地に場所を移した。

(戦闘に突入した際に市街地の損害を抑えるための配慮という訳か。確かに唯の武装勢力とは異なる気遣いだが…、一戦交えるのは織り込み済みって事だな。)

相手の意図等に関して考察する班長の目前で各々の代表による交渉が開始された。まず区役所側の四番が話を切り出す。

「本日を期限に指定して退去勧告していましたが、十分余裕を持たせた日程にしたにも拘らず一向に移転に取り掛かる様子が見受けられません。その理由の説明を要求します。またもしも何かやむを得ない事情があるのなら猶予期間内に申請するべきではないでしょうか。そのあたりも含めてしっかり話していただきます。」

対する自衛団側の代表は顧問が担当。

「そちらの主張としては今回の件は区役所の業務の遂行だとの事ですが、これまで一度たりとも区役所がこちらに何らかの形で接触してきた事は無く、それどころかそもそも区役所の存在そのものが知られていませんでした。このような体たらくでは到底区役所が実在するとは思えず、当然ながらその指示に従う事を拒否せざるを得ません。こちらに対して要求をするのであれば、まずはこちらが区役所という存在を認められるような確たる証拠を示すのが筋というものではないでしょうか。」

その後もしばらく応酬が続いたが互いに決定的な成果は得られず、ひとまず交渉は打ち切りとなった。大体の展開としては表向きの主張の裏に隠れたものを何とか引っ張り出そうとする自衛団側に対してそれを回避する区役所側という図式が確定し、守勢に回らざるを得ない四番にとって全く胃が痛くなる様相だった。


「悪いな。ここまで条件が悪いと折角の技能も宝の持ち腐れだ。」

「ええ、まったくです。とは言っても今回の件は上の意向だし、隊長に文句を言うのは筋違いなので控えておきますね。」

心底申し訳なさそうに詫びる隊長に素っ気ない返しで応える四番。しかしこの先も思わしくない状況が続く事を思ってかずいぶん浮かない表情を浮かべていた。

「しかし、ここまできつい状況というのも滅多に無いですよ。何を聞かれてもはっきりした事は言えない。うっかり口を滑らせようものならドミノモード発動で全て明らかにしないとならなくなる。胃に穴が開く前にこの件が終わる事を願うばかりです。」

「傍目にも大変そうだったしな。向こうの追及をかわすのに四苦八苦という感じで。」

隊長はそう言いながらやり取りを回想して思わず身震いをする。もし自分があの立場だったら、到底最後まで持ち堪えられずぼろを出していたに違いない。

「事実を明かす訳にもいかず、かと言って嘘偽りを並べ立てたら後で問題になるのは確実。結局事実をベースに極力肝心な点をぼかすより他に選択の余地は無し。現場にここまで無理難題を押し付けて上はいったい何をしようとしているんでしょうね?」

「ああ、それは俺も是非教えてもらいたいね。」

何やら含むものがある隊長の言葉に四番が興味を示す。その先を促すような視線に後押しされるように本題に入る。

「今回の件は明らかに何か裏がありそうなんでな。実は局長がこっそり探りを入れてるって訳だ。まだこれといったネタは掴めていないらしいが、こっちの動きがばれたら元も子もないから慎重にならざるを得ない。いずれはこそこそしている連中の尻尾も掴めるだろうからその時に改めてどう動くか決めることになるだろうな。」

「それはまた大層な展開になってますね。それにしてもあの局長がてこずるとはなかなか手強そうな相手です。ところで何故私だけにそんな話を?」

現在隊長と四番は交渉の分析等の名目で限定回線を使用している為部外者はもちろんの事他の隊員達ですら通話内容を知る事はできない。

「この先どう転ぶか全く見通せないのが現状だからな。何も知らないままではお前さんのストレスも半端ないだろうし、裏事情を知っておいてもらった方が多少は精神的負担みたいなものも軽くなるかと思ったんだが。」

「そりゃどうも。まあ確かに何も知らないまま今日みたいなことが延々と続くよりは気分的に楽になるでしょうね。」

恐らくこの交渉をいくら繰り返そうといい結果に繋がる可能性はかなり低い。だったらこの件の裏にある物が明らかになるまでの時間稼ぎとして割り切った方が何も知らされずに神経をすり減らし続けるよりはよほどましなのは間違いない。

「とりあえず次からは機密保持を最優先で進めることにしますよ。まあ、その前にもう一仕事残ってますけどね。」

「今日の所は相手の戦力分析の為の材料集め程度で済むだろうし、もし後方待機が希望なら遠慮無く言ってくれ。はっきり言ってかなりへとへとだろ?」

実際かなりきつい頭脳労働をこなした直後の四番にとってありがたい申し出ではあった。しかし現状を考慮して丁重に辞退する事にした。

「そうしたいのは山々ですけど、今日は新人君とその付き添いを当てにする訳にはいかないだろうし、その上私まで抜けたらかなりきつくなりますから普通に業務参加でいいですよ。」

「そうか。正直助かる。だが本当にきつくなったら無理するなよ。」

先程の交渉の感触から言って、相手側はかなり本腰を入れて情報を引き出そうとしていた。あの調子ならまだ様子見状態の消極的な戦闘で終わるだろうと考えてほぼ間違い無さそうだった。


「交渉の結果も大事だがまずは向こうの担当者について聞かせてもらいたい。」

「そうですね…。『今回のような状況では関わりたくない相手』です、誇張無しで。」

自衛団側でも交渉終了から戦闘開始までの時間を利用して班長と交渉を担当した顧問の間で意見交換が行われた。こちらの場合別に裏事情がある訳ではないのでオープンチャンネル使用でも良さそうではあるものの、今後の方針等はやはり相手に伏せておきたい為自ずと区役所側と同様の形式になった。

「状況的にこちらが有利なので色々引きずり出せると踏んでいたのですが、いざ蓋を開けてみればあと一息という所まで追い込むものののらりくらりと躱される展開が続いて結局期待していたほどの収穫は無かったです。」

「確かにな。とにかく尻尾を掴ませない立ち回りは傍で聞いていても見事なものだった。」

団員の中で最もこういった事を得意とする顧問があれほどてこずる相手に万一自分が挑む羽目になっていたら恐らく軽くあしらわれて何一つ得られる物もなく終わっていただろう。そしてこの先何かの事情で顧問が交渉担当を外れるようなことがあれば…。そこまで考えた所で班長は慌てて踏みとどまった。

「悪い事ばかり考えていも仕方ないな。今はこの後の戦闘を優位に進められるように全力を尽くすのみだ。」

「…?ええ、そうですね。次回の交渉の時少しでも強気に出られるように、何とか押し気味で進行して撤退に追い込みたいところです。」

悪い事というのがいったい何を指しているのかは分からなかったが、戦闘の結果がこの先の交渉の流れを決めるというのは決して大げさでは無く、顧問は良い結果に繋げる為の作戦立案に取り掛かることにした。


 初戦の舞台に選ばれた造成地。双方各六機計十二機が戦闘開始を前ににらみ合う。こうして比較すると機体の外観は区役所側の方ががっちりしている。といっても決してごついわけではないが、ある程度の荒事もこなせる仕様となっている事が窺い知れる。一方自衛団側は単に飛行可能というだけではなく可能な限り高い機動性を確保するために最低限の強度を維持しつつ極力無駄をそぎ落とし、小型軽量化を徹底していた。これは基本的には追加装備に多様性を持たせるため、及び輸送目的で使用する際に搭載可能重量を稼ぐ目的があったのだが、戦闘に使用する場合非常に良好な運動性を発揮する結果に繋がった。

「さて、今回の相手だが…、どう思う?」

「見るからに打たれ弱そうだし、楽をさせてもらえそうだと言いたい所なんですが、残念ながらその分ちょこまか動き回って苦労させられるんじゃないかって感じですね。」

隊長に意見を求められ、まず機体に関しての考察を伝える二番。

「あと気になるのはやっぱり扱う人間についてですけど、なんだかんだ言って結局あっちの方が不利なはずなのに、妙に余裕ありそうに見えるんですよ。自信過剰なんだかそれとも実力の裏付けあっての物か…。どっちに賭けます?」

「自信過剰の方に有り金全部…と行きたい所なんだが、残念なことに俺の勘はそう言ってないんだよな。」

などとぼやく隊長の言葉の端々に本気で困り果てている雰囲気が滲み出ている。数多の実戦を潜り抜けてきた経験が鍛え上げてきた感覚が、目の前にいる相手は決して楽をさせてくれる存在ではないと警告を発していた。隊長ほどの実績は無いもののなかなかの『嗅覚』を備えている二番もどことなく沈んだ様子で同意する。

「やっぱりそうですよね…。今日の所は新人君の参加を見合わせますか?初仕事にはちょっと荷が重いんじゃないかと思うんですけど。」

「いや、むしろいい経験になると思うぞ。だらだらとぬるい業務こなすよりよっぽど成長に繋がる。まあ、そうは言っても何もしないで戦場離脱じゃあ意味が無いけどな。」

現在区役所で使用している機体は構造の面から言っても操縦者の安全に対する配慮が非常に高く、死亡はもちろん病院のベッドで長いバカンスを満喫するような羽目になる可能性もほとんど無い。それなら撃破されても別に問題無いようにも思えるが、ろくに現状把握も出来ていないうちにあっさり墜とされてしまうようではさすがに十分な実戦経験を積むことはできず、せめてある程度立ち回って戦場の空気に触れる程度の事はしないと成長を促す効果は期待できない。

「五番機以外もある程度六番機の補助をするように手配します。ただそうなると守勢に回るしかないですけど。」

「ああ、それで上等だ。どうせ当分の間手探りで交渉と戦闘を進めるしかないし、地味な展開を維持しつつ新人育成を重視する方向で行こうか。」

といった感じで区役所側の方針が固まった。


 一方自衛団側はと言うと…

「今回の相手、どう思う?」

「そうですねぇ…、正面から足を止めて殴り合ったら絶対勝ち目ありませんね。まあ、もちろんそんな間抜けな事する積りありませんけど。」

班長のつい最近どこかで聞いたような問いかけに応えて顧問がまずは双方の機体について考察し始める。

「とにかく単純に戦闘力を比較すれば間違いなくこちらが下です。この差をどうやって補うかが勝負の分かれ目なのは間違いありません。そこで重要な役割を果たすのが…」

「基本的な戦闘能力が低下するのを承知で優先した飛行能力という訳だ。」

班長から自然にそういった発言が出るほど、この機体の性能は全体的に頼りない印象を受ける。特に防御力に関してはコクピット等の必要な部分を除くと正に極限までという表現が大げさに思えないほど抑えられている。ただし軽量化に拘りつつもフレーム等の剛性に関しては可能な限り高い水準を目指した甲斐あって耐荷重性能は高く、高出力のローターユニットを二基搭載している事も相まって積載可能重量が多い上に目一杯積んだ状態でも良好な運動性を保っている。このようなある意味いびつな機体特性になった理由として、開発コンセプトが『災害等で孤立状態になった地域への物資輸送及び負傷者の搬送を主な用途とする』だった点が挙げられる。ヘリコプターでは着陸が困難な条件でもある程度対応可能で、空中投下やウインチ使用等の確実性に問題がある手段に頼らずに済む。なお開発初期段階に着陸の際の安定性がより高い多脚型や装軌型の採用も検討されたが、脚部の重量の増加によってローターユニットと重心の距離が離れ、それが原因で振り回される形になり飛行時の運動性能の低下を招く為結局現行の二脚型が採用となった。

「そういう事です。基本的な移動速度の高さや立体的に動ける等の利点を生かした戦い方に徹する。まあ言ってしまえば今までの模擬戦と同じ事ですが、今回は真剣勝負なのでより慎重に立ち回る必要があります。」

「そいつはどうかな」

班長の一言に動揺するが何とか表に出さないよう抑え込む顧問。自分の発言のどこに問題点があったか振り返ってみるが明確な答えが出ないため問い返すことにした。

「と、言いますと…?」

「大体の所はさっきの意見で問題無いんだが、いつもとは違うとか特別だとかあまり強く意識するのは避けた方がいい。確かに何も考えず普段通りの調子で向かって行ってくのはお世辞にも利口とは言えない。相手は機体もパイロットも全く違うのだからこれまでに無かったような展開になるのは当然で、それに戸惑ってずるずると押し込まれるような事態は避ける必要がある。だからと言ってそこを気にし過ぎて極端に消極的な動きになってしまっては相手を勢いづけ、却って状況を悪化させることになりかねない。」

班長の指摘ももっともだと思った顧問は、それを参考に基本方針に若干修正を加える事にした。

「確かにその通りです。大胆は過ぎれば無謀となり、過度の慎重は小心に繋がる。それを防ぐためにもある程度相手の動きを警戒しつついつも通りに動くように指示を出しておきます。」

「ああ、それでいい。奴等なら初見相手に舐めてかかるような事は無いだろうし、何か動きがあれば対応して微調整も出来るからな。」

方針が決まった後顧問から全員に指示があり、間もなく訪れる戦闘開始の時を待つ事にした。

「さて、実戦ってのはいつもの模擬戦とどう違うか見せてもらおうじゃねえか。」

「あまり期待しすぎると肩透かし食らうかもよ。ま、俺としちゃ無難な展開を希望したいね。」

等と軽口をたたくハイオクと十徳。はっきり言って見事なまでの通常運転。本当、楽しそうだなお前ら。一方…

「…はあー…」

「ん?どうしたの、秋葉ちゃん?」

何やら元気の無い様子でため息をつく秋葉に声をかける稲荷。

「んー、やっぱり初めての実戦だから何だか緊張しちゃって。今まで訓練も模擬戦もいつ実戦があってもいいようにってやってた積りだけど、実際そうなってみると、ね…。」

「あー、それ、分かるかも。何と言っても今日が初めてだからね。今までやって来たことが間違い無いか今一つ自信を持てないのも仕方ないよー。」

秋葉の不安に対して共感の意を示す稲荷。ただし持って生まれた性格の差からか、こちらはそう言ったプレッシャーとは縁が無い模様。

「でも、今までしっかり積み重ねて来たものを出し切れば行けると思うよ。あっちの特機がとんでもないお化けだったらそうも言ってられないけど。」

「そこまですごくはないと思う。見た感じだと自衛隊の四型と同じか、もしかすると少し強い位かな。だとしたら…うん、何とかなりそうな気がしてきた。」

稲荷の助言のお陰で調子を取り戻した秋葉。結構ぎりぎりの所でなんとか班員達全員前向きに戦闘開始を迎えることになった。

 

 自衛団司令部でも戦闘開始を控えて色々と準備が進められていた。いきなり本気全開の殴り合いになだれ込む可能性は低く今回はあくまで前哨戦と位置付ける見方が多いものの、今日の戦闘で得られる様々な情報はこの先どう立ち回っていくかと言う選択に大きく影響を与える重要度の高いものであり、該当地域に設置された監視カメラを全て稼働させるのはもちろんの事、ありったけの偵察用ドローンがいつでも稼働可能な状態で現地待機していた。

「さて、とりあえず準備は万端。後はどんな結果が出るかだねぇ。」

「ですなぁ。いくら今回で決まる訳では無いにしろ、それなりに粘って見せないとこの先舐められますからなぁ。」

司令の呟きに副司令が同感の意を示す。

「その辺は心配無いと思いたいね。こちとら様子見とか考えずいきなり切り札切ったんだ。これで駄目だったら正にお先真っ暗、お手上げさね。」

「いやはや、万が一そうなった日には目も当てられませんなぁ。まあ、こちらとしても最低限そんな展開にだけはならないよう手は打っておりますが。」

今回の件で対処の方針を決めるにあたって、初戦は相手の戦力状況の把握を最優先としてあえて主力を温存するという選択肢も検討された。しかしそれで一方的に叩かれようものならこちらの士気に悪影響を及ぼす恐れがあるばかりか相手を勢いづかせる事になりかねず、最終的に盛り返せないまま押し切られる可能性も高くなると予想された。そのような事態を避けるため初めから主力を投入すると決定したがこれはこれで何の予備知識も無いばかりに有効な手が打てず敗北する恐れがある。しかし多少慣れてきたとはいえ厄介なお客が上空に居座っているお陰で住民一同が結構ストレスを感じている現状を考えればこの辺で一つくらい明るい話題が欲しいという事情もあったのと、もしも初戦を優勢に終えられればその後の展開に有利に働くのは間違い無く、そして何より…

「まあ、八班なら多少不利でもなんとか押し戻してくれるからねぇ。それでも足りないようなら元々どうしようもなかったってだけの事だ。」

「おやおや、そこまで言い切ってしまうと身も蓋もありませんなぁ。ま、こちらで選べる中では一番分の良い賭けなのは確かだしここは一つ良い目が出てくれるのに期待ですかな。」

それは決して現実離れした希望的観測とも言い切れない。『区役所』側は巨大な宇宙戦艦を運用可能なほどの技術レベルを持っているにもかかわらず、そこから発進して目前に展開している機体は自衛団に配備されている三型に比べればそこそこ強力そうではあるものの、各国の主力軍用機等と比較するとその性能差はほぼ誤差レベル程度と思われた。そして戦場はこちらに馴染み深い地元。後は彼我のパイロットの力量差がどの程度かで勝負の行方が決まると言えたが、実戦経験こそ無いものの模擬戦と言う名の真剣勝負で本職相手に堂々と渡り合える八班なら期待できるという結論に達した。

「この際判定勝ちとか贅沢言う積りは無い。ひとまず決着は次回に持ち越し程度に収まってくれれば御の字ってもんだ。さあ、ここは一つ区役所代表の皆様のお手並み拝見と洒落込もうかねぇ。」

「監視カメラ調整良し。ドローン全機発進、戦闘区域に展開します。」

監視機器担当の団員からの報告に頷いて見せると、司令は腕を組んで複数の視点から戦場を見渡すモニターに見入った。もちろんここにいる全ての者の視線が同様に向けられる。戦闘開始まで既に秒読み段階に入っていた。



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