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大柄さんと私の・・・①  作者: NYKHAN
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大柄さんと私の前日譚

                  1.大柄さんと私の前日譚

 広大な宇宙空間の片隅を突き進む巨大な宇宙船。物々しい武装の数々や、見るからに戦闘時の利便性を重視した形状などから本格的な軍用目的で建造された物のような気がする。・・・たぶんそうなのだろう、たぶん。ついついあやふやな物言いになってしまう理由は、構造的に本来なら艦橋の類があるべき場所にあった。現時点でそこに存在するのはいかにもしっくりきそうな構造物ではなく、普通に町で見かけそうな建築物。まあそれなりにボリューム感のあるビルではあるものの、宇宙戦艦の上にどっしり鎮座している様は正直言って強烈な違和感を感じさせる物だった。そして正面口側の甲板上はまるで来客用と言わんばかりに駐車スペースらしき物や大型航空機にも対応可能な飛行場等が続き、艦首部分には・・・その・・・巨大な誘蛾灯?としか見えない物が設置されていた。もっともその機能に関しては一目瞭然で、前方を漂うスペースデブリの数々がまるで引き寄せられるように『誘蛾灯』に接近し、閃光を発しては次々と消滅していった。もし宇宙で音が伝わるのなら例のバチバチッ!という音がひっきりなしに続いて騒々しい事この上なかったに違いない。

 誘蛾灯の活躍によって守られている(まあ他にも何らかのシールド系設備によって保護されていると思われるが)ビルの窓の一つから前方の様子を眺めている人影があった。とは言うもののその表情は目の前に広がる景色を楽しんでいると言った感じには程遠く、むしろその先に待ち受ける何かに不安を抱いているとしか思えないような雰囲気を漂わせていた。

「どうですか、ここからの眺めは?」

背後からかけられた問いに反応して、窓際の人物が振り返る。駆け出しの若手といった風情のその男は浮かない表情のまま重い口を開いた。

「何とも言えないです・・・。その、なんて言うか、この後の事ばっかり頭に浮かんでしまって。」

視線の先に居た年上の男は、発言に対してよく分かると頷いて見せた後に言葉を続けた。

「あまり気が進まないのも仕方の無い事です。実は私も少々胃が痛くて。困ったもんですな、まったく。」

多少なりとも雰囲気を和らげようと相手の発言に同意して見せ、更に軽口をたたいて見せた後しばらく間を置いて言葉を繋ぐ。

「しかしまあ、誰かがやらんといかんのは確かです。そして今回我々がその役割を任された。かくなる上は全力をもって事に当たる他無いでしょうな。」

伏し目がちに話に耳を傾けていた若手は、しばしの沈黙の後に口を開いた。

「ええ、おっしゃるとおりです。すでに事は動き始めているのだから、可能な限り良い結果を出せるよう行動しなくては。」

更に準備に取りかかる旨を告げて若手は部屋を去って行ったが、典型的な『内心が表に出るのを隠しきれないタイプ』らしく、その表情は理解はしているが納得できないと露骨に物語っていた。去って行く後ろ姿を見送った後、残った側の男はかなり落ち込んだ様子でうなだれた。

「うーん、結局失敗ですか。少しでも気休めになればと思ったんですがうまくいかんもんですなぁ。」

しばらくして顔を上げた時、その表情は柔和な印象を与える物から一癖ありそうな物に変化していた。

「ではここから先は不安の元への対処を以てサポートするとしますかね。こちらとしても色々胡散臭いと感じていたし、こっそり探りを入れて見るのもありでしょう。」

そして部屋から退出すると若手とは逆方向に通路を進み始めた。


その場所は彼女のお気に入りの一つで、今日も学校の制服を身に纏った人影が一つ佇んでいた。その視線の先にあるのはどこにでも普通に存在する田舎町の平凡な景色。ただしそこからの展開がかなり独特で、町に覆い被さるかのようにそびえ立つ山が幾重にも連なり、更にそれらの山の『波間』に浮かぶかのように三千メートル級の山脈が圧倒的な存在感を伴って姿を現す。問題点としては好天に恵まれないと肝心の主役が雲から成る緞帳の陰に引きこもってしまうため、見応えという点でいささか残念な結果に。ちなみに最も見栄えが良いと思われるのは秋の終わりあたりから春先にかけての時期で、常緑樹の緑を身に纏った手前の山々と純白の雪化粧を施された山脈の鮮やかな対比が相乗効果による美しさを発揮する。

 「ああ、いたいた。今日はこっちかぁ。」

聞き慣れた声のした方へ振り返ると友人が小走りでこちらに向かって来ているところで、視線が合うと挨拶代わりといった感じで軽く片手を挙げながら隣に並ぶ形で立ち止まった。

「相変わらず山のある風景を堪能中?よくもまあ飽きないもんだねぇ。」

「だってちょっとずつ変わってるよ。それに場所を変えれば全然違ってるよ。」

返答に対して少し困ったような笑みを浮かべてみせる。

「あー、でもそれって『好きだから』成立するんだよね。興味の無い人間にはちょっとした変化は意味無いし、全然違っていたとしても反応薄いだろうね。」

それを聞いてむう、と一声発した後残念そうな表情を浮かべ視線を戻す。

「こんなきれいな景色をね、気軽に町中から眺められるのは実はすごぉく贅沢な事なんだよ。」

「うん、それはその通りだと思う。ただ当たり前のように目の前にあるからありがたみが薄いというか、慣れてしまってその辺の感覚が鈍ってるっていうのはあるんだよね、たぶん。」

「そんなものなのかなあ。もったいない話だよ・・・。」

「こればっかりは人それぞれだし、仕方ないって。」

一応の結論が出たため話はここまでという空気になり、もう少しだけとどまってから移動という、本人達にとってのいつもの流れに復帰した。

 友人の名は直面信子と書いて『ただものぶこ』と読む。名字の方が見ての通りかなりの難読で、初対面の相手に『ちょくめん』さんとか『じかめん』さん等と当てずっぽうで呼ばれるのは言わずと知れたお約束。普通ならここまでで済むが相手が同級生の男子の場合・・・

「んー?『ただのもぶこ』だぁ?」

「『ただのモブ子』かよ。偶然だろうけどなんかすごいな。」

「せっかくだから通称は『モブ子』にするぜ!」

などというやり取りがなされるまでが仕様。そして山の風景大好き娘の方は佳成治美と書いて『よしなりはるみ』と読む。こちらは読み間違いされる事はあまりないのだが・・・

「んー?『かなりじみ』だぁ?」

「『かなり地味』かよ。わざとじゃないだろうけどなんかすごいな。」

「せっかくだから通称は『地味子』にするぜ!」

といった展開はよくある事。ただしよりによってこの二人が気の合う友人同士として行動を共にするようになるとは誰にも予想できなかった模様。なお彼女たちのあだ名はあくまで名前をいじられて付けられた物に過ぎず、実際にはそれほど地味でもモブでも無い。


いつものように時が過ぎ、平凡な一日が終わっていく・・・と思いきや、予想もしていなかったような展開が二人、というよりも町全体を待ち受けていた。

「のぶ。」

「ん?」

「あれ、何だろ。」

そう言って治美が指さす先にはぽつんと小さい点のような物が見える。ただし相当遠くにあるにも関わらずその存在が認識できるという事はかなり巨大な物だと考えられる。

「うーん、普通に考えたら飛行機かな。あ、なんだかこっちに来てるみたい・・・え?えええーっ!?」

うん、分かるぞ。その気持ちよーく分かる。見る見るうちに近づいてきたその飛行物体はどちらかと言えば飛行機と言うよりは船により近い外観で、一体どうやって宙に浮いている物か見当もつかず、とにかくでかい。要するに普通の感覚の持ち主にとっては想像を絶する代物だった。なお地上からは見えないが艦橋がありそうな場所にはビルが建ち、その前方には駐車スペースらしき物や飛行場・・・、つまり先ほど宇宙空間を航行していたあの艦が今は町の上空を進んでいた。

「正解は空飛ぶ船、だったね。さすがにこれは予想外だったよ。」

「あーそーだねー、ってゆうか、何なのアレ?あんな物どうやったら作れるの?」

目の前の事実をすんなり受け入れる治美と全力で動揺しまくる信子。対照的な二人を余所に移動を続けていた艦は町の中心部に到達するとその動きを止めた。

「あーもう、よく分かんないけどこの後どうなるか気になるし、行ってみよう!」

「うん、そうしようか。」

今の所何らかの危険を感じさせる要素も無いため警戒心よりも好奇心が勝った二人は謎の艦が上空に静止する地域目指して駆け出した。


町は今の所ほぼ機能停止状態に陥っていた。何しろ今まで見た事も無い、と言うよりそもそもこんな物が実在するなどと誰も想像すらしなかったような代物が突然町の上空に飛んできてそのまま居座り始めたのだから気にならないはずが無い。住民達は建物の陰等に身を隠しつつおっかなびっくりと言った様子で頭上に浮かぶ正体不明の来客を監視していたが、事態が動き出すまでに要した時間はそれほど長いものでは無かった。おそらく後部甲板付近に発進口があるらしく飛行物体が続々舞い上がる。その外観は金属製のエイという例えがほぼ当てはまり、サイズは軽自動車に近かった。それらはあらかじめ指定されているらしく町中の至る所目指して飛び去り、そして各々割り当てられた地点に到着すると静かに着地し、次の指示に備えて待機状態に入った。そのうちの一機が割と近くに降り立ったため大急ぎでその場に向かい、現地についたあと物陰からこっそり様子をうかがっていた三人組の男子学生がひそひそとこの後について相談を始めた。

「んで、どうすんだ?このまま観察続けて日記でも書くか?」

「様子見で良いだろ。何も分かってないのに近寄るとか無茶すぎだって。」

二人はほぼ同意見なのを確認すると残る一人に同調を求めるような視線を送るが・・・。

「何言ってんだよ。ここは突入以外にありえないだろ。」

まあそう言うんじゃないかって気はしてた。もちろん二人にとっては死活問題になりかねないので引き留めにかかる。

「いやいや、何でそうなるの。俺らはアレの事全然知らんのだが。」

「寄ったら問答無用で始末されるかも知れないだろ。それとも絶対大丈夫って言い切れんの?」

「絶対とまでは言わんけどな。だいたい奴らにその気があればとっくにそこら中に付いてる武器らしいの撃ちまくりだろ。」

そう言ってここからだと少々離れた所でゆったり浮かぶ艦を指さす。確かにそう言う理屈が通りそうな状況ではある。更にたたみかけるように言葉を繋ぐ。

「そんな事よりさ、目の前のアレの上手い扱い方を考える方がずっと大事じゃねえの?」

「え、それってどういう・・・」

まだ分からないのかと言いたげな表情を浮かべつつ本題に入る。

「動画とって、さっさとあげるに決まってんだろ。それでだな。ひょっとして、もしかしたら動いてるところとかとれたりするかもよ。そんな展開あったら注目間違いなし!だな。」

冷静に考えれば虫がよすぎる大甘思考だが、普通じゃ無い状況下にあってまともな判断ができなくなっているのか無謀な動画撮影計画は満場一致で承認された。


即製の白旗とスマホを手にした三人組がじりじりと目標に接近を始めた。さすがにいざ実行となるとかなり不安を感じるらしく、傍目にすごく滑稽に見えるくらい腰が引けまくっている。

「なんかほとんど近づいてないんだが、もうちょっとどうにかならんの?」

「仕方ねえだろ、下手な事して警戒されたら全部ぶち壊しだ。」

「一応対策にこれ作ったけどな。」

そう言いつつ白旗をひらひらさせながら引き続き接近を試み続け、何とかそれなりに近づいたところで動きがあった。機体の上面の一部がゆっくりスライドしてできた開口部から蛇腹状のアームらしき物が顔をのぞかせる。その先端には何か光学系の機材と思われる物体が取り付けられていて周囲の様子をうかがうかのように動いていたがやがて三人組を正面に捉える位置で停止した。

「お、おい、なんかこっち見てるぞ。どうするよ?」

「さすがにこれ以上近寄るのは無いな。・・・逃げるか?」

「それはそれでまずいだろ。止まって様子見だ。あと笑顔で手を振ってだな、友好的な姿勢をアピールするぞ。」

そう言ったはいいが今まで経験した事も無いような緊張のため思うように動けず、三人揃って引きつった笑顔を顔面に貼り付けながら前方に両手を突き出して小刻みに震わせる様は当人達の目指す物とは程遠いと言う他は無かった。そして精一杯のあがきにダメ出しをするかのように例の機材からまばゆい光が放たれた。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

悲鳴が途切れた後にすかさず機体から四音のチャイムの音が響き渡った。日常的に何かの放送の前に鳴らされるあれと全く違いは無い。そして当然のようにアナウンスが開始された。

「ミツバ区役所よりお知らせです。この度諸事情によりこの周辺の区域が居住禁止地区に指定されました。具体的な範囲は掲示板に表示されていますのでご確認の上、該当する区域にお住まいの方はお手数ですが期限内に移転いただけるようお願いします。期限を過ぎた場合申し訳ありませんが強制執行となりますので、お気を付け下さい。」

更にもう一度同じ内容のアナウンスを繰り返した後締めのチャイムを以て放送は終了。結局あの機材は立体映像の投影機で空中に映し出された掲示板にはアナウンスの内容及び補足の地域図等が示されていた。そしてその辺りの地面には人型をした白い灰が・・・なんて事は無く、攻撃されたと勘違いした三人組が気を失って倒れ伏していた。しばらくして意識が戻った後のろのろと起き上がり、真っ先に目に入った掲示板をぼんやりした表情で眺めていたが、やがてその内容がとんでもない物だと認識するとおそらく今まで生きてきた中で一番じゃないかと言うほどの驚きを表情と声で表現した。

「な゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!?」

三人はそれぞれ顔を見合わせて口をぱくぱく開閉させつつ意味不明な身振り手振りを連発。まあこんな状況じゃあ無理も無いわな。しばらくの間何とも間抜けなパントマイムの出来損ないが繰り広げられていたがそれでも何とか意見がまとまったらしく足並みを揃えてそそくさとこの場を立ち去って行った。


「で、上から何か言ってきたかい?いいかげん何か指示くらいあっても良さそうなもんだけどねぇ。」

「いやあ、それがまだ何とも。何しろ前代未聞の事態ですからなぁ。あちらとしてもこんな展開は想定外で身動きとれないといった所じゃ無いですか。」

事件発生を受けて自衛団司令部関係者を召集、対策会議が開始された。ちなみに自衛団とは初動対策等の目的で創設された自衛隊の下部組織であり、地域密着型の運営形態となっている。会議はまず指令と副司令のやり取りによる現状把握から始まった。

「そりゃそうだろうよ。こんな事態が想定されてたらむしろそっちのほうがおかしいくらいだ。とはいえ何か言ってきても・・・」

「あ、来ましたよ。『不測の事態を警戒しつつ監視を継続』とのことです。」

「はあ・・・。まあ、今の状況じゃあ仕方ないかねぇ。」

他国が侵攻してきたのならともかく宇宙から降りてきた巨大戦艦が区役所を名乗って退去勧告・・・。うん、突拍子もなさ過ぎ。当然前例も無いので対処の仕方とか判断しかねるのも無理ないです。

「聞いての通りだ。今日はとりあえず見張り当番を残して解散。お疲れ。」

簡潔な締めの言葉を合図にぞろぞろと会議室を退出する参加者を見届けた後、気が抜けたのかがっくり肩を落とす指令。

「まったく、なんでよりによってあたしに役が回ってきた時にこんなことが・・・、はぁ。」

ちなみに自衛団指令は町内会長が兼任、もちろん他の司令部関係者も町内会の役員が担当する。会長さんにしてみればとんだ貧乏くじ、正に不運の極みとしか言いようが無い。更に追い打ちをかけるのが『本来なら間もなく任期終了だった』という事実で、当然ながらこの状況で交代などという事はあり得ず少なくとも事態の解決にこぎ着けるまでは胃の痛くなる(だろうと予想される)日々が続くのはほぼ間違いなかった。やはりその辺りを考えるだけで気が滅入ってしまうのか力ない足取りで会議室を後にした。


 一方こちらは『ミツバ区役所』内の一画にある何かの事務所らしき部屋。通路に面する入り口の上に『特別総務局』と書かれたプレートが付けられたその室内では十数人の職員達が業務に携わっている。部屋の奥にはパーティションによって仕切られたスペースがあり、その中で先日若手を元気づけようとしたものの今ひとつの結果に終わったあの人物が端末に向かって何やら調査にいそしんでいた。ただ現在の所多少行き詰まりを感じているらしく、一旦操作の手を止めて軽く伸び上がるとそのまま反り返って部屋の天井を仰ぎ見、作業を再開してしばらくすると今度は頬杖をついて憮然とした表情で画面を見つめ、最後には精根尽き果てたように目頭をマッサージしつつ端末を終了した。疲労抜きと気分転換のため休憩を入れようとしたところで、まるでそれに合わせたかのように仕切りに設けられたドアが開けられた。

「局長、入りますよ。」

と一声かけてデスクの前に歩み寄った男は早速用件を切り出した。

「今度の業務、うちの隊が担当する予定なんですがね。」

「ああ、うん。確かにその通りだね。この件は四番隊の受け持ちで間違いない。」

そう答えて局長は続きを促した。

「一体何で『アンタッチャブル』に干渉する事になったんですかね?」

四番隊の隊長は回りくどいやり方を好まないらしく、いきなり核心に切り込んできた。

「この星だけに止まらずそれなりの範囲が長年の間単に通過する事すら禁じられてきた。それがここに来て一気に行政執行ときた。不自然なんてもんじゃ無い。」

そこまで続けて一呼吸置いた後で改めて疑問点を並べてみせる。

「一体何が起ころうとしてるんですか?首謀者とか目的も気になりますね。」

「もはやそのような時代では無い。」

隊長の発言に一区切りつくとすぐさま局長が口を開く。

「一刻も早く『アンタッチャブル』などという大昔の遺物以外の何物でも無い制度を廃止し、該当する区域をミツバ区の管理下に移行するべきである。」

「・・・なるほど。」

急に堅苦しい口調で語り始めた局長に動揺する事も無く、軽く相づちを打った隊長はそのまま言葉を継いだ。

「それがいわゆる表向きの理由ってやつですか。」

「まあそう言う事になるね。議事録から報道関連まで見事な統一ぶりだったよ。」

そこで先程までフル稼働していた端末に視線を向けて肩をすくめて見せた。

「どこかに本音のかけらでも転がってないかと探し回ってはみたんだけどねえ。残念ながら収穫は無かったよ。少なくともウチの部署の権限では拾えなさそうだね。」

「・・・いや、ここでも無理ってことは普通じゃないでしょう。」

「いやいや、単純にまだ時期が早いだけかも知れないよ。もしそうだとしたら次の段階になった時新たな動きが出るだろうね。」

その発言を受けて、隊長は今後の動きについて確認を取る事にした。

「業務はさっさと済ませた方がいいですかね?準備期間を与えない方がボロを出すかも知れないし。」

しかし局長はその提案に難色を示した。

「まあ、駆け引きの事だけ考えるならあり得なくも無いけどね。現地の住民という要素は無視する訳にはいかないんだよ、将来の展望的にも。」

「確かに。あまり事を荒立ててしまうと・・・。」

「遺恨を残すような結果になってしまってはこの先色々やりにくくなる事間違いなしだからね。円滑な業務遂行の為にもじっくりと、かつ穏便に進める方向で・・・」

「そして騒動の仕掛け人の焦りと暴発を誘うと。」

軽く頷いて本件に関する意見の統一を確認した後、局長は思い出したように次の話題を振った。

「そう言えば今回の業務に合わせて新型機が届いたみたいだね。アレはどう扱うつもりなのかな?」

「ああ、あいつなら新人に任せますよ。」

それが当然の事のように返答する隊長に対してそれを聞いた局長はいささか意外そうな表情を浮かべる。

「ベテランを乗せた方が戦力アップになると思うけどねぇ。いっそ隊長機にするという手も。」

隊長はその意見に対してあり得ないとばかりに手を振ってみせる。

「まあ設計時点でバーチャルトライアルを繰り返して問題点の洗い出しと解消は済ませてあるはずですけどね。普段使いならそれでいいとしても、俺達の場合荒事に関わる事もある。となると事前に想定しきれない要因でトラブルが発生する事もあり得る訳ですよ。」

「そうなった場合リタイアするのは新人だった方が実害が少ない、と。」

「更に言うならベテランを乗せた新型機がトラブル起こして、それを見た新人がテンパっちまった日にはいきなり二機も戦力外ですからね。」

そこまで話したところで隊長は姿勢を正して一礼した。口調はぞんざいだが相手を軽んじている訳では無く、むしろそれなりに敬意を払っているのが窺い知れる。

「こっちから話す事はこんなもんですかね。準備はだいたい終わっているので当日までは仕上げメインで進めます。」

そう告げて退出する背中に局長が一声かける。

「当日はよろしく。」

「最善を尽くします。」

長い付き合いに反比例するかのようではあるが、むしろそれ故に成り立つ手短なやり取りの後、隊長は業務準備の最終段階を進める為に格納庫に向かった。一方局長は渋い表情で端末を眺めていたが、現状を打開する手段を何か思いついたのか端末の起動を開始した。しかし今回の件とは無関係な業務を進めるばかりでまるで問題解決を断念したかのように見える・・・と思ったら個人用の端末を取り出しメッセージを作成し始めた。送信を終えるといかにも一仕事終わったという感じで椅子の背もたれに体を預ける。

「さて、調査の方は『専門家』に頼んだし、ひとまず通常営業で様子見と行きますか。調査結果と新しい動き、どちらが早いか見ものですねぇ・・・。」

そうつぶやく口元には軽く笑みが浮かぶ。

「何も分かっていないのにあれこれ考えてみてもどうにもならないし、ここは開き直ってせいぜい状況をたのしませてもらいましょうか。」

自らに確認を取るかのように『当面の方針』を口に出した後、局長は再び端末に向かい日常的な業務に取りかかり始めた。


 自称区役所の指定した期限が間近に迫りつつある中、町は多少の不安と戸惑いを抱えつつも普段通りの活動を続けていた。いつまでも止まったままで居る訳にも行かないし、向こうから期限を指定しておきながらそれより前に動きを見せる事は無いだろうという意見が多数あった。そしてなにより今まで欠片ほども存在を示していなかった『訳の分からない役所』がいきなりしゃしゃり出てきて一方的に指図してきた事に対する反発も少なからず影響を与えていた。とは言うものの頭上に浮かぶ巨大な戦艦は自分たちの側には無い戦力であり、これだけで既に十分すぎるほどの脅威となっている。更にその艦内に搭載されている未知の戦力も含めれば圧倒的な戦力差が予想され、正直絶望的な状況なのは間違いない。そして絶望感に押しつぶされて惚けたように空を見上げる集団が・・・。

「あー、この町ももうすぐ終わりかー。」

「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・0」

「もう・・・駄目だッ!」

三人組は腐った魚のような目をして、まるで壊れた再生機器のように『破滅へのカウントダウン』を続けていた。まあ、分からんでも無いが。

「天は我らを見放したのか・・・」

「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・0」

「もう・・・」

「やめんかーーーーーーーーっ!」

無心になってひたすら同じ行為を繰り返す内に心地よさすら感じていた三人組だが、突然のツッコミにうろたえまくって声も出せないままおずおずと振り返った。

「うおぉ・・・ま、麻伏かぁ・・・」

「驚きのあまり死ぬかと思った・・・」

「俺、実は死んでるかも・・・」

まだ奇襲を受けた動揺から立ち直っていない三人組に対して麻伏あかりは更なる追撃を加える。

「まだ始まる前なのにもう負け犬状態とか、情けなさも限界振り切ってるわね。」

「いや、そんな事言われても・・・」

「あんな物が町の上に浮かんでたら・・・なあ?」

「もう絶望しか無いと思うんだが。」

三人組の言い分も十分説得力があった。しかしあかりは話にならないと言わんばかりに首を振り、反論を開始した。

「そこは違和感を感じるところでしょ。少しは頭を使ったら?」

「んー?どういう事だ?」

「全く訳分からんぞ。」

「一体どこがおかしいんだ?」

伊達にひたすらカウントダウンを繰り返していた訳では無いと言わんばかりに見事な思考停止状態の三人組。自力で回答に辿り着こうとする意欲の欠片も無いと見て取ったあかりは仕方なく謎解きをしてみせる。

「確かにあんな代物が町の上に浮いてるだけでかなりの脅威だけど、だからといって何もしないでただ浮いてるだけってのはおかしいと思わない?」

「?」

「??」

「???」

いまいちピンと来ないといった感じで反応の薄い聞き手。そしてそれを既に予測していた話し手はそのまま説明を続ける。

「普通なら最悪の場合町の一部を吹き飛ばしてみせるとか、そこまでいかなくてもどこか適当な空き地に大穴を開けるくらいの事をして脅しをかけてくるはずよ。」

それを聞いてやっとで聞き手の表情に大きな変化があった。

「そして駄目押しとして町の周辺に地上部隊を展開して圧力をかける。この位やってきても不思議無いはずなのに実際には告知してただ待ってるだけ。どう考えても変でしょ。」

「うーん、言われてみれば」

「確かに一理あるな」

「しかしその理由が全く見当つかんな」

そう口々に言いながら三人組の視線が先を促す。期待に応えてあかりが解説を再開する。

「そうね。相手があまり積極的に動かない原因は・・・」

固唾をのんで続きを待つ三人組。一呼吸置いてあかりは結論を出した。

「本当に区役所だから、と考えられるわね。」

「・・・はあ?」

「なんだよ、それ」

「すっげえ安直だな」

一斉に浴びせられる非難を物ともせず、あかりはこの結論に至った根拠を解説した。

「あれだけ派手な武装を持ちながら使おうとしない、と言うより最初から使う意思がないとしか見えないのはあなた達も認めるわね?」

見事なほどシンクロした動きで頷く三つの頭を見やって先を続ける。

「可能性として最も高いのは、あれがもっと手強い相手に対処する為の装備だって事。まあ、もしこの予測が正しいとしたら、宇宙空間は結構治安が悪い所って事になるわね。」

引き続き肯定の意思を態度で示す三人組に対してあかりはここぞとばかりにたたみかける。

「逆に言うとそれ以下の相手に対しては武力行使どころか威嚇や牽制すら考慮されてないって訳。説得や交渉がメインで、せいぜいちょっとした揉み合いが起こるかも知れないと言ったくらいでしょうね。」

「あー、まああいつらが軍隊かなんかだったらそんなぬるい訳無いな。」

「となると区役所だと名乗ってるのも嘘じゃ無さそうってなるな。」

「とりあえずあれはそこまで気にしなくても良いか。でもなぁ。」

あかりの説明に納得しつつも不安を拭い去れない様子の三人組。そしてその理由を察してと思われる発言。

「次の『強制執行』は本気では来ないわ、たぶんね。」

「え・・・?そりゃ一体どういうこった?」

「うん、全く訳分からんぞ。」

「何かいきなり話が飛躍してないか?」

何の前置きも無く結論を提示されて混乱する三人組に対して改めてその根拠を挙げてみせる。

「向こうにとってベストの展開はもちろん最初の時点でこっちがあっさり白旗を揚げる事。でも生憎そうはならなかった。」

何故か『白旗』と言う言葉に激しく動揺している三人組(当然そうなるよね)に対して不思議そうな表情を浮かべつつもあかりは言葉を繋ぐ。

「そこで第二段階として地上兵力を投入して速やかに制圧できれば良し、さもなければこっちの戦力に関する情報を収集して今後の交渉などに役立てる積もりね。」

「いや、交渉も何も・・・」

「今後とかあるのか?」

「降りてきた時点で終わりな気がするんだが。」

悲観論一辺倒な三人組と対照的に何やら自信ありげな表情のあかり。

「大丈夫よ。きっと自衛団特機班がなんとかしてくれるから。」

しかしそれを聞いて三人組は一層表情を曇らせる。

「自衛団、ねぇ・・・」

「あまり期待できそうな感じがしないんだが。」

「はっきり言って望み薄だろ。」

ネガティブな発言に磨きがかかる一方の三人組に対していかにもあきれ果てたと言わんばかりの冷たい視線を向けるあかり。

「あんた達、ここの特機の実力知らないの?特機第八班と言えば自衛隊相手の模擬戦で互角以上の対戦結果を叩き出す腕利き揃いなんだけど。」

「え・・・マジで?」

「全然知らんかった。」

「と言うか麻伏がその辺詳しすぎるだろ。もしかしてミリオタか?」

意外な事実を知って驚きを露わにする一方で情報提供者に対するちょっとした疑惑が頭をもたげる。しかしあかりの返答は結構予想の範囲を超えていた。

「将来の職場の情報を集めるのは当然じゃない。変な事言うのね。」

「え・・・ええー・・・」

「本気か、本気なのか?」

「さすがに無謀だろ・・・」

異様に否定的な反応が三連続で来たが、分かりやすく例えると同級生がある日突然戦闘機パイロットになると言い出すような物なのでこうなるのもまあ分からんでも無い。

「八班の人達は全員良い腕してるんだけど、やっぱり班長さんが別格なのよね。操縦技術はもちろん指揮官としても高い知識と技能を兼ね備えているし。さすがに現役の機体相手に型落ちで張り合おうと思ったら生半可なスキルじゃ通用しないわよ。ああ、班長さん最っ高ですぅ・・・」

突然部隊の話からの流れで指揮官に関して熱く語り出すあかり。単なるあこがれを軽く突破してもう崇拝の域に達しているのは誰の目にも明らかだった。そしてこのままでは延々と班長すごいエピソード集を聞かされる羽目になる事も。三人組は襲い来る運命に抗うべく心を一つにして行動を開始した。

「そ、そうか。ここの班長ってそんなにすごかったのか。」

「いやー、それならこの町の将来も安泰だなー。」

「それならこんな所でネガってる必要も無いし、俺らはそろそろ・・・」

なんとか話を切り上げて逃亡を試みる三人組。しかし残念ながら運命のハードル設定はそこまで低くは無かった。

「はぁ?何言ってんの?まだまだ伝えなくちゃいけない事が山ほど残ってるんだけど。良い機会だから隅から隅まで余す事無く教えてあげる。」

その場を立ち去ろうとこそこそ振り返った三人組に対して『瞬間的』という例えが大げさに感じられないほどの勢いで回り込んで立ちはだかるあかり。その瞳に燃え盛る気迫を目にした者は即時己の敗北を悟った。

(ああ、俺達どこで間違ったんだろうな・・・)

(これが・・・運命か・・・)

(流れだ、大きすぎる・・・人の力では抗う事など・・・)

結局あかりの『独演会』が終わって三人組が解放されたのは日が変わる寸前の事だった。








 







 


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