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オモイデバナシ  作者: 星河弘郎
第1章 ハジマリハジマリ
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出会い-4

「針千本でも飲もうか。」


彼女は綺麗に笑ってそう言った。

その笑顔のまま、唐突に彼女は、

「ふむ。そういえば自己紹介がまだだったな。私の名は、優雨やさめという。先程お姉さんと呼んで貰ったが、年の頃は君と同じくらいだ。」


優雨はそう言いながら、手を差し伸べ、悠真に握手を求める。

先程の気を落ち着かせるための行為とはまた違う意味での手の触れ合いに、悠真は恥ずかしさを隠すことができず、少しだけよそよそしくそれに応える。

この短時間で悠真はすでに優雨に対し、少なからず憧れや崇拝に近い感情があり、何よりも彼女は美人だ。

『なんか恥ずかしな…。』などと考えながら、少し俯き、そこから顔を上げ、優雨へ自己紹介の返しとして、自分の名を名乗ることを、悠真はできなかった。

それもそれのはず。

顔を上げたその目の前に優雨はいないのだから。


【あとにかいぃ】


笑いながら、嬉しそうにしながら、楽しそうな声が頭に響く。

周りを見渡せばそこは駅構内の廊下からホームに繋がる階段を下りきった場所。

悠真は恐らく優雨のいるであろう、階段の登頂部を見上げ、彼女を視界に入れようとする。

しかし、残念ながらそこにいたのは優雨ではなく、奴が佇んでいた。

そして奴の風貌は3度変わっていた。

異常だった顔は口が一つの目が2対になっており、少しは人間に近くなってきたのかと思えば、漂わせる死の臭いは反比例して濃くなっている。


ブヂュンッ


悠真が奴の風貌をしっかりと観察した頃、水を多量に含んだ固形物が壊れるような音を立て、優雨が放った一閃により、奴はまた崩れ落ちる。


「ふむ。」


問答無用、横薙ぎの一閃を背後から。

悠真が瞬間移動してからまだほんの少し、いや正確には十数秒。

優雨は瞬時に状況を判断し、こちら側に向かい、奴を斬り伏せた。

刀についた液体を払い、

「さて。解決しなければならないことはたくさんあれど、少年。先ずは名前を教えて貰っても構わないかな?」


悠真は呆然としていたが、先ほどまでの会話の続きを催促されたことにハッとして答える。


「あっ…。僕の名前は悠真です。あの、さっきはお姉さんって呼んですみませんでした。」


「あぁ、気にしないでくれ。多少は根に持つが、もう少女と呼ばれるような歳でも、身なりをしているわけでもないと自覚はある。」


割と気にしているようだ。

後で改めてお詫び差し上げようと、悠真は固く誓う。


「ふむ。さて、悠真。奴の姿形が変わっているのには気付いていたか?」


悠真にとっては意外なことに、彼女は敬称無しで彼の名前を呼んだ。

話し方の割にフランクな性格なのか、それとも緊張感を和らげようとしているのか定かではないが、悠真はあまり悪い気はしなかった。


「はい。最初に見たときより腕と脚が小さくなって…そういえば。顔も一つ減っていました。」


「ふむ。私が見たときと比べると、腕がその様に変化していたと観察できたが、、、。」


「えっと…最初は脚も大きかったんです。後、顔が3段有りました。口だけの顔が有ったんですが、今はその顔が無くなってます。」


「ふむ。では奴が姿形を変えたのは、私が斬り伏せたからでは無いのだな。」


少しずつ状況を整理し、奴の力を暴こうとしているのだろう、続けて優雨は悠真に尋ねる。


「声は?奴はまた何か言っていたか?」


「えっと、、「あと2回」と。」


「ふむ。成る程。…恐らくだが、カウントダウンの度に、本当の姿に近づいているのだろう。そして奴の本体が出てくるまでのカウントダウンが…」


「あと2回…?」


「と、予想するしかあるまい。全て仮定の話として、準備せねばな。」


悠真としては命を狙われている身なので、現女では仮定と予想でしか対策を練らなければならないのだから非常にもどかしい。

その中でも2人にとって1番の疑問点になっているのが、瞬間移動だった。

突然に瞬間移動し、その度に悠真の前に奴が現れカウントダウンを宣言するこの状況。

移動先も何故こんなに半端な位置なのかも併せて、現状では解決しなければならない優先事項である。

仕組みが明快になれば、カウントダウンが0になっても対策は立てられるのだから。


「あの…瞬間移動なんですが。移動先の位置も仕組みがあるんでしょうか?改札口からは少しづつ遠ざかってはいますが…。」


「ふむ。それも条件だろう。予測ばかりで申し訳ないが、今この場所はカウントアップされた場所なのだろう。」


「カウントアップ…?」


「そうだ。カウントアップの条件は分かりかねるが、カウントダウンがあるならばその逆もあるはずだ。」


「そのカウントアップした場所とタイミングは…。ここに入る前から決められた…?」


「ふむ。そうだろうな。君はどこかで奴に選ばられ、改札口で空間に入るまでの道中で、知らずの内にカウントアップを受けていた。」


予測、予想の域を出てはいないが、彼女は今ある情報から最大限の考察を述べる。


「カウントダウンを受けるとその前にカウントアップした場所に飛ばされる。と、いうのが1番しっくりくるな。全く持って一方的なゲームだよ。ルールも分からず、負ければ命を取られる。」


そう言った優雨は呆れと、ほんの少しの怒りを込めてぼやく。

少なからず怒っているのだろう、無差別に人の命を奪うあの化け物に対して。

ただ、これで悠真にも経緯と状況が理解できた。

要は何かの条件を満たし、カウントアップという名のセーブポイントをここに築いた。

そして領域内で条件を満たすと、今度は逆にカウントダウンを宣言され、前のセーブポイントに戻る。

ただし肝心のカウントダウンの条件は未だ不明確だが、もし、それが正しいとしたら分かることもある。


「もし…もしカウントダウンの条件が分かれば、奴が僕を対象に見立てた場所が逆算でる?」


「ふむ。その考えには賛同だな。」


優雨の同意とから更に考察したとき、悠真の頭の中に最悪のケースが描かれる。


「もし…スタート地点が優雨さんの間に合わない距離だったら…?」


そう、もしもそうであった場合。

つまり悠真が無惨にも奴に簡単に殺された場合。

それはただの犬死と同義である。

悠真にしてみれば一世一代の決心でこの場に立っているのに、何もできず死ぬのはあまりにも不本意というもの。

しかし、そんな心配をよそに優雨は応える。


「安心したまえ。奴の縄張りはこの駅だ、それは間違いない。この駅くらいの広さなら私ならば10秒あれば駆けつけられる。」


それを聞いた悠真からは一瞬にして恐怖に染まった心が洗われた。

駅内が領域という情報の根拠と証拠を悠真は把握していないが、優雨を信じると決めたのだ。

彼女を信じられるから、今もこうしてここで戦えている。

だから、悠真は焦らない。

その言葉を信じ、焦らず次の考えを巡らせる。


「やっぱり、今一番知りたいのは…。」


「ふむ。瞬間移動の条件だな。心当たりは…無いだろうな。だからこうして頭を悩ませているのだから。」


カウントダウンの宣言はするくせ、カウントアップのタイミングはヒントが無い。

そもそも何故、悠真が目を付けられたのかも未だに分かっていない。

様々な疑問の手がかりを探そうと、悠真は目を閉じ目頭を指で押さえ、何かヒントになる様な事象を、記憶の中から探る。

考えて、思い出そうとして、考えて、思い出そうとしてある一つの違和感を思い出す。

それはここに来る前、空間に誘われたほんの少し前。

カツアゲに襲われた直後、陽葵との会話で起きた不自然な会話。

悠真は確かにあの時、会話の流れで『死にたい?』と陽葵に聞かれたと思っており、しかし、何故か陽葵は何も言っていないと返してきたが、もしあれに応えていたのが奴だったとしたら?


「そういえば、領域に…あ?」


目頭を押さえていた指を離し、顔上げ、やっと思い出せたたった一つの違和感を伝えようした時。


【あといちかいぃ】


悠真の頭の中に、もはや聞き慣れた声が響き、顔を上げたその先にはやはり奴が佇んでいた。

これで計4回目の場所移動となったわけだが、今回は先程までいた階段から数十メートル離れた位置、詳細には階段からホームの端までを一区間とした時のほぼ中央の位置へ移動していた。

そして奴の風貌もしっかりと変化が見受けられ、2段だった顔が普通の人間と同じ構成となり、顔つきは男とも女ともとれない中性的な印象である。

そして、次の瞬間、その顔は胴体と別れた。

もちろんそれは優雨が奴を斬り伏せたからに他ならないのだが、彼女は奴が崩れたのを見届け、神妙な面持ちで悠真に歩み寄り、

「ふむ。少し、急ごうか。先ほど伝えようとしていたことを教えてくれないか?」


彼女の発言から、状況は良くないことが伺える。

それもそのはずで、未だ何一つ解決していないこの状況で、カウントダウンだけは着実に進んでいる。

しかも、悠真たちの推察通りなら猶予は無し。

だが、それでも2人は焦らず情報共有を続ける。


「領域に入る前、友達と一緒にいたんです。その…カツアゲを受けている途中でして、そこを助けてもらいました。その後、友達との会話に奴が割って入って応えたかもしれません。その会話の時、友達は「何も言ってないよ?」って言ってたので…。」」


「ふむ。会話の内容は?覚えているか?」


「えっと、僕が「この間貰ったばかりのお小遣いだったから、取られてたら死にたくなったかもしれない」…だったはずです。」


それを聞いて優雨の表情が少し変わり、続けて悠真に質問する。


「ふむ。それに対し奴は何と応えたのか思い出せるか?」


「えっと…『死にたい?』だったかと。」


それを聞き、優雨の表情が変わった。

何か確信を得たかのような表情に。


「ふむ。それだな。その後の会話についてはもう思い出さなくて良い。成る程、つまり悠真と奴の需要が一致したわけだ。」


「えっ…?」


気の抜けた悠真を他所に、続けて彼女は言う。


「悠真は死にたいと言い、奴も死にたいのか?と聞いてきた。恐らく君は、それにイエスと取れるような応えを返してしまった。そして互いの「利害」が一致したのだよ。不運にも偶然にもな。」


「そんな!」


「そんな冗談めいたことでも、軽はずみな発言でも、奴には届いた、いや届いてしまった。」


あまりにも不条理な事実を受け止められずに悠真は荒げた声を出すが、それを優雨が遮る。


「悠真。君に非はない。しかし、事実は受け入れねばなるまい。君が選ばれてしまった理由が分かろうと分かるまいと、何れにせよ私は奴を滅する。先の約束通り、君に塵の一つも付けずにだ。」


優雨は悠真の心が落ち着つくように、フォローを入れる。

奴を滅する。

結局のところ奴は倒すという目的に変更は無い以上、奴の不条理に揺らぐ暇は無いのだと、悠真は気を取り直す。


「すみません。」


「いや、構わない。普通ならばそうなる。寧ろ良く冷静でいてくれているよ。十分に強いよ、君は。

さて、しかしながらもこれで我々にとってやっと重要な情報が得られた。」


優雨は悠真を褒めながら本題へと話を戻す。

彼女の言う重要な情報、それに悠真も気づき、先ほどの荒げた声とは違い、明らかに歓喜の質が入った声を上げる。

「スタート地点!」


「その通りだな。最終的な移動先が分かれば対処も簡単だろう。さて、ではその場所を思い出せるだろうか?早めに把握しておきたい。」


「あっ、はいっ!こっちです!」


元気な返事をして、優雨を陽葵と会話をしていたホームの場所まで案内する。


案内のため歩いている途中で、悠真は優雨ふと尋ねる。

ここまで気がかりではあったが聞くタイミングを失っていた質問、それは奴は一体どんな存在なのかを。


「しかし、肝心なことを聞いてなかったんですけど…。奴って一体何なんですか?」


「ふむ。言われてみればそうだな。君には知る権利があるだろう、奴の正体を。」


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