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オモイデバナシ  作者: 星河弘郎
第1章 ハジマリハジマリ
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出会い-3

「命はあるな?少年」


悠真に振り返ったその人は、美しかった。

綺麗で、煌びやかで、凛として、輝いていた。

肩に少しかかる長さの髪、透き通る白い肌、細くしなやかな身体付き。

少しきつめの目と泣きぼくろが印象的な端正な顔立ちに、声は少し低く、どことなく古風な口調。

この状況に似つかわしくないその女性は、佇まいや纏う雰囲気から悠真に安心感を与えた。


「あっ、あの…。」


何を話しかけるかも考えていない悠真が、思わずその人に声をかけようとした瞬間、彼女はおもむろに刀を振り向きざまに一振り。

背後に迫っていた、化け物を右上から左下に、斬った。


切られた化け物は断末魔を上げるでもなく、鈍く濡れた音を立てながら、その場に崩れ落ちる。


「ふむ…?」


彼女はその様子を見て、少し眉をひそめた仕草をした後に、再び悠真へと振り向く。


「さて、まずは状況を整理せねばな。少年、君は演想者か?」



唐突に彼女に問われた【エンソウシャ】という言葉は悠真には心当たりが無かった。

心当たりが無いにしても、悠真が考えて思い付く【エンソウシャ】とは演奏者であり、楽器の嗜みがない悠真は答える。


「いっ、いえ。違います…多分。」


「成る程、では質問を変えよう。」


悠真の回答に納得した後、彼女は少し考え込み、


「質問の前に、君にもこの状況を理解して貰いたい。そのために、私の持つ情報を君に与えよう。」


そう言うと彼女は立った状態から膝を抱える様に屈み、悠真と目線の高さを合わせる。

ホスピタリティの精神からくるその動作、それに気づいた悠真は、腰の抜けた体勢から、急ぎ正座の体勢を取る。


「ふむ。では幾つかの事実を簡潔に述べよう。」

その前振りから述べられた事柄は5つ。

「一つ、状況は良くない。これは先程の奴が死んでいないからだ。

二つ、君は奴に命を狙われている。

三つ、私は奴を倒したい。

四つ、私は奴を倒せる。

五つ、奴を倒すには、君の協力が必要だ。とりあえず、頭の中には入ったかな?」


確かに簡潔に述べられた情報を、悠真は何となくでも理解した。

そのことをコクコクと頭を上下に動かした動作で悠真は彼女に返答し、そしてその情報は悠真に新たな疑問を浮かび上がらせる。


「あの、何で僕が狙われてるんですか?あと、僕の協力が必要というのは?」


彼女は満足そうな表情を浮かべ、悠真の質問に答える。

「ふむ。当然の疑問だな。順に回答しよう。まず先の質問だが、君が狙われている理由は不明だ。その点については私も知りたい所だな。もう一つの質問だが、今私達がいるこの空間、先程の奴を倒しても未だに維持されているのが理由になる。」


一呼吸置いて彼女は続ける。


「ここから抜け出すには幾つか条件がある。その内の一つとして、最も単純なのがこの空間の主、つまり先ほどの奴が空間を維持できなくなればよい。のだが…先程斬った奴は本体でなかったのだろう、そのため未だこの空間が維持されている。」


それを聞き、

「本体を倒せば、元に戻れる?」

悠真がそう答えると、彼女はまた満足した様な表情で、

「ふむ。その通りだ。しかし、本体が現れる条件が分からないのが現状だな。そこで、君に次の質問をしたい。大なり小なり、何か変わった体験を最近しなかったかな?」


そう問われた悠真は俯いて思考する。

ここ最近という範囲がいまいちピンとこないが、この状況にも似たような不思議体験だろうと方向性を決め、記憶を辿るが思い当たる節が無い。



「いえ…。特にそういった事は無いです…多分。」


「成程。つまり現状では奴に関する情報を私達はほとんど持っていないことになるな。」


「すみません…。」


「いやいや気に病むことは無い。情報はあればあるほど良いが、奴を倒すということに関しては特に支障は無いさ。」


そう言って彼女は立ち上がり、悠真に手を差し伸べる。

腰が砕け、未だに地面座り込む悠真を気遣っての事だろう。

それに悠真は応え、手を握り、立ち上がる。

握った手のぬくもりと、彼女の顔立ちから何となく恥ずかしくなり、悠真はパッと手を離す。

そしてほんの一瞬、悠真の視界が目の前が揺らぐ。

揺らぎ、整ったその目の前に彼女はいなくなっていた。


突然に何の脈絡も無く起きた2回目の移動。



【あと3かい】



悠真の頭に鳴り響く不愉快な声。

その声の意図する所、それを思慮したい所だが、目下として対処しなければならない問題はそこに無い。

消えた彼女の代わり、ほんの少し目先に奴がいた。

依然として化け物と呼ぶのにふさわしい風貌に変わりはないが、体型だけは常人と呼べるほどに人の形を成している。

しかし、何故だろうか、悠真が奴から得る嫌悪感、恐怖、死の匂いは濃度を増す。

思わずまた声を上げそうになるその時。


「ふっ!」


気合いの掛け声と空気を裂く音と共に、横薙ぎにして、彼女が奴を切り裂いた。


「ふむ。少年、君は今瞬間移動をしたぞ。それも、私の目の前で…だ。」


悠真はこの一連の流れから、汗と震えが身体から湧き上がる。

もちろんそれは恐怖の感情が原因であり、何故に恐怖を感じなければいけないかを悠真は理解してしまっている。

今のところ完全にランダムに起こる瞬間移動。

つまり悠真はいつ彼女と離されて、奴と対峙し、どんな目に合されるか分からないのだ。

どんな目、というのは希望的な表現で、悠真は最悪のケース、つまり「死」までを意識している。


その様子に気づいた彼女は掌を上にして、悠真に両の手を差し出す。

その意味が分からず悠真は少し困惑した顔で彼女を見ると、「握れ」と言わんばかりの表情で待ち受けている。

雰囲気でそれを読み取った悠真は、何も考えず、素直にその手の上に自分の手を重ねる。

彼女はそれを少し強く握り、「大丈夫」と一言。


「私がいる。まだ君はここにいる。」


確かにそこにある温もり。

手を握るただそれだけの行為が、暗く冷えたこの空気で、悠真に生きていると実感させた。

長いような短い間、続けられたその行為も、終わりを迎えると彼女は表情を崩さず、話を切り替える。


「さて、私は今ので幾つか気づいたことが増えたが…。その前に、改めて何か気づいたことは無いかな?」


「あっ!はい!その…声が聞こえました。」


「ふむ。奴の声か?」


「いや…それは分からないんですが。今、瞬間移動したときに、「あと3回」って。」


「ふむ…。」


それを聞き、彼女は少し考えこみ、そしてその間に悠真はふと気づく。


「あ…。そう言えば、その前にも声が聞こえました…確か「あと4回」。更にその前に、というかここに来るときに「スタート」って。」


「ふむ。「スタート」と聞こえたタイミングは覚えているかな?」


「はい。確か改札口を通った瞬間に。」


「成る程。ではそれが奴の領域に入る条件の一つだろう。君は奴に見初められた。恐らくそれも条件があるが、この空間、もとい奴の餌場に入る条件は改札口を通ることだろう。」


「ということは…もう一度改札口を通れば?」


「察しがいいな。そう、奴の領域から脱出できる可能性がある。」


あっさりと告げられる、求めていた脱出方法。

これに悠真は小踊りしたくなる程、気持ちが舞い上がり、笑顔になりながら早速、彼女に脱出の提案をする。


「じゃあ早速!」


「だが、それでは奴は倒せん。心苦しくも君の理想に反するが、私は奴を滅することでここから脱出したい。君の協力が必要と言ったのは…少年、この領域は奴と君を中心にして、形成されているからだ」


はしゃいだような声を遮り、放たれた彼女の言葉は悠真を硬直させた。

それを聞いた悠真は脱走を却下された悲しみよりも自信を中心にこの空間が作られていること、何よりもよりも何故、彼女はわざわざ危険へと進もうとするのか。

その理由を聞こうと口を開けかけると、


「19人。」


「えっ?」


「奴の被害に遭ったであろう人数だ。少なくとも奴は19人の命を奪っている。」


悠真は目を見開き、それを聞く。

そして、何も言い返せなかった。

悠真は察しが良かった。

気づいてしまったのだ、彼女がそれを伝えた真意を。

先程、彼女は悠真の協力が必要であることと奴に見初められたこと、この2つを述べた。

そう、奴を倒さずにこの領域を脱出すると、奴の目的は無くなり、同時に空間自体も無くなる。

そうすると、彼女が奴を倒す機会はまたいつかになるのだろう。

つまり、ただこの領域を出るという案は、その後も奴に殺人を続けさせることと同義。

それに気づいた悠真は、苦虫を噛み潰したような表情でか細い声を絞り出す。


「あのっ…僕」


「良い。無理を言わせるつもりは無い。君に対する思慮が足りなかったようだ、申し訳ない。」


まるで見透かす様に彼女は返し、再び悠真の言葉を遮る。

まさに、悠真は見栄を張り、恐怖心を誤魔化し、こんな自分の命で何十人の命を救えるならと、偽善のヒーローになろうとした…そんな第一歩を彼女は遮った。

それでもまだ、彼女は悠真を見つめる。

厳しく、圧のある表情で待っている、悠真の「想い」を。


そして悠真は考える、悩む、苦悩する。

苦悩するということは、字の通り苦しんでいるのだ。

では何にだろか?

それは悠真の本心が本当は逃げたくて逃げたくて仕方ないからに違いない。

そして、彼女は優しい。

悠真の気持ちを推し量り、逃げ道となる言葉を既に与えてくれている。

だから、「…逃げたい。」悠真は呟くような声で伝えた。


瞬間、彼女の厳しい顔は和らぐ。

きっと、そう言われると思っていたのだろう。

和らいだ顔は諦めへと変わり、

「では、改札口に向かおう。善は急げと言うしな。何、奴のことは任せてくれて」


「でもっ!逃げない!こんな風に人を殺そうとする奴を!僕は許さない!」


今度は悠真が彼女の言葉を遮り、叫ぶように宣言した。

続けて、

「本当は逃げたい!逃げたくて仕方ない!偽善かもしれないけど!ここで逃げて他の人が死ぬのを知らんぷりしながら生きたら!きっと…死ぬより辛い。僕は…弱い僕の心が選んだ選択肢で、生きて行きたくない。」


彼女は驚いている。

拍子抜けしたような、飼い犬に手を噛まれたような、なんとも言えない表情で僕を見ている。


「君の…それは強い心から来るものか?その考え方も、また弱い心が生み出す選択かもしれないぞ?責任を背負いたくないから戦い、もし命を失った時、後悔する事はできないぞ?」


「分かってます。僕は…弱い。それを自分で分かってるから!だからお姉さん…僕の代わりに奴を倒して下さい。」


悠真は真っ直ぐに彼女を見る。

弱く有りたくなかったのだ、心だけは。

奴に対して、何も出来ないただの無能。

奴の行為を外から眺めるしかないただの傍観者。

それでも、逃げたくないと思った。


いや、『想えた』。


ここで見過ごして、他人が死んでいく。

それが自分のせいで有りたくないという一心では無かった。

ほんの少しの勇気、正義、道徳心、それに気づけたから、振り絞った。

何も出来ないなら出来ないなりに何かをしよう。

それはただ一つ、目の前の見知らぬ女性の強さを信じることだった。

実際の剣戟を目の当たりにし、本人も倒せると自負していた。

だから今はそれを信じる。

それしかできないから、それを貫く。

信じて、命を託す。

それが悠真にできる精一杯だった。


悠真の言葉のどこまでを理解したのだろうか、

「君は凄いな。」

と、彼女は賞賛の言葉を放つ。

「ふむ。では約束だ。私は君を守り抜き、奴を滅することを約束しよう。塵の一つも君に被せはしまい。もし、約束を違えたその時は…」


「…その時は?」


「針千本でも飲もうか。」


彼女は綺麗に笑ってそう言った。


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