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第2話 食堂で、からまれてます。

評価いただけたら、嬉しいですー

 もともと通信高校に通いながらバイトに明け暮れる人生だったのだが、今では金持ちが集まる有名私立高校に通っているのだから、人生というのはよく分からないものだ。


 小学校から大学までを有し、有名な政治家や学者、スポーツ選手を輩出している『私立黒曜学園しりつ・こくようがくえん』。


 延べ生徒数じつに5千人。

 関東一円の金持ちを擁するマンモス学校の学食は、それこそ学校の体育館を何個も繋げたほどの広さをほこる。


 昼食になるとそこへドバーっと人が押し寄せる――のだが、俺の場合は専属のメイドが弁当を持ってきてくれるので、基本的には教室で食べることになる。天気がいいときは外ってこともあったし、学食で食べることも稀にだがある。


 キーンコーンカーンコーン、と昼食前のチャイムが鳴ると、学食組はダッシュで教室を出る。

 彼ら彼女らが出口へ近づくたびに、視線を一方にやるのは、そこに一人の美少女が立っているからだ。

 黒く長い髪、清楚なたたずまい。肌の色素は薄く、唇は桜のはなびらみたいにふっくらして、ピンク色だ。美しいモノを前にすると人は詩人になると、どこかで読んだことがあるが、まさしくそういう感じになってしまう。


「先輩、お食事をお持ちしました」


 クールな様子で話しかけてくるその美少女こそ……昨日、態度を豹変させた俺のメイドである。

 名を水無リオ(みずなし・りお)というソイツは、半年前から俺の身の回りの世話をしてくれている。 さすがに学校では、学生服を着ているが、学校内でも色々と面倒をみてくれることになっていた。


 当初、俺のことを「ご主人様」と呼んでくるものだから、大変だった。この学校内だと珍しいことではないらしいのだが、俺の心臓に悪い。一年前なんて、大家さんに土下座して家賃を待ってもらうほどの生活だったのだ。

 それが、いきなり『ご主人様』なんて無理だ。


「一年の水無リオです、先輩方、失礼いたします」とリオが教室に入ってきた。


 男を中心にあたりがざわつく。女子生徒だって目で追わざるをえない。

 それもそのはず。

 最近知ったのだが、このメイドは、メイドでありながら、この学校内に存在する美男美女(非公認)ファンクラブ『円卓の騎士』に認定されている美少女のひとりなのだという。


 円卓の騎士――なんてきどってはいるが、ようするに、カッコいい先輩や、可愛い後輩を一方的に追いかけている集団。それでも生徒からは絶大な支持をうけており、教師も一枚かんでいるとかいないとか。

 金持ちって、本当にヒマらしく、会報とかオリジナルグッズもあるという。

 俺なんて、スーパーのチラシしか凝視する気がおきない。


 俺の机の前にぴたりと立つと、リオは弁当を差し出した。


「先輩、お弁当です」

「……おう、ありがとう」

「いえ、お気になさらずに」

「では、いただきましょうか」

「そ、そうだな」

「先輩。一つご提案が」

「……なんだ?」

「よろしければ本日は学食の席で召し上がりませんか? たまには気分を変えるのもよろしいかと」


 リオは薄く笑うこともなく、無表情のまま言った。

 だが、先日の豹変ぶりを知っている俺からすればそれは悪魔の甘言にも聞こえたのだった。


   ◇


 学食にたどり着く。

 やはりそこでも男を中心に視線を感じる。

 この金持ち学校では、同学年のメイドや、例外として認められた使用人の帯同はそこまで珍しくないようだなのだが、いかんせん容姿が目をひく。


 だが、俺の脳裏には今、豹変したリオの笑顔がこびりついている。


 開いていた席につくと、俺達は弁当を開いた。

 この弁当はリオ手製ではなく、別の使用人の手製だ。

 なのに、周りからは、『く、くそ、リオちゃんの手製弁当……っ』とか『クレジット払いで売ってくれないかな……』とか『金で買えるわけねえよ……』とか怨嗟の声が聞こえてくる。

 作ってるの、めちゃくちゃ怖そうなサングラスかけたオッサンなんだけどね……。

 

 肉を一口。それからご飯を口に運ぶ。

 冷めていながら……いや、冷めることを想定して味付けされているだろう牛肉は、たったひとかけらで、ゴハン一杯を平らげられるほどの味だ。


 おいしさに、ふと気が緩む。

 周りの景色が遠くなり、どこかふわふわとした気分になった。

 俯瞰的に自分が見える感覚と共に、これまでの記憶がよみがえる。


 思えば色々あった半年だった。

 厳密には中学からだから、三年ほどか。

辛いことの方が多い気もしたが……でも、目の前の弁当を見て思うのは、腹が一杯になるというのは、本当にありがたいということだ。


 ……母さんにも食べさせたかったけどな、なんて考えて、少しだけ落ち込む。

 視線は自然と落ちた。


「先輩」


 その時である。

 リオに呼ばれて顔をあげると、目の前に肉が浮いていた。

 いや、浮いているのではなく、リオが箸でつかんで、こちらに差し出しているのだ。


「どうぞ」とリオが言う。

「……は?」と俺は固まる


 俺らを囲むように囁かれていた言葉が消えた――と思ったら、一気にざわついた。

『え? え? あいつ、リオちゃんの何なの!? なんであんなことされてるの!?』

『いや、メイドと主人だろ……ああ、それにしても、むかつくぜ。うちのパパより金持ちな奴は全員死ねばいいのに』

『くそおおおお、うちのメイド、平均年齢50だぞ!』

『それはご褒美だろ』

 性癖のカミングアウトふくめて、黙っていてほしい。


「はい、先輩。あーん、してください」


 リオは箸をちかづけてくる。

 顔は無表情のまま。

 半年前に出会ってからなんら変わらないと思っていた顔。


「いや、べ、べつに一人で食えるから!」


 俺が口を話すと、リオは空いた手で、スマホを操作。

 俺にだけ見えるように、画面を提示してきた。

 それは例の写真――ではなく、なんとベッドに寝ている俺が、リオの太ももに手を置いている写真だった。

 発熱したときに、手を握ってもらっていた時のだろう。

 リオの口が、言葉を発しないで動く。

『いいのかなー?』と言っている気がした。


「っく……脅す気か」


 先日、理由は分からないが、水無リオは裏の顔をみせた。

 出会ってから、ずっと無表情をつらぬき、同学年とは思えぬプロメイドとして接してきていたはずなのに、先日、俺が発熱してうなされてから、まるで別人の笑顔を見せてきた。


 その笑顔が今は見られないが、行動や言葉の端々に変化が見え、それを目にするたびに、あの笑顔が浮かんでくる。


 にやあ、としたような、悪ガキのような笑み。

 猫が人間に化けて笑ったら、こんな感じに笑うんだろうなと思わされるような笑い方。


 リオは追い打ちをかけてきた。


「ご主人様? どうぞ、召し上がってください。いつものことではないですか」

「い、いつもではないし、たまにも頼んでない――あと、ご主人様はやめてくれ」

「そうでした。ごめんなさい、先輩。ご主人様は二人きりのときだけでしたね」

「ち、ちがうだろ! リイチ様、って呼んでるだろ!?」


 周りも勝手にざわつく。


『ちくしょう、まじかよ……』

『不純異性交遊! 不純異性交遊! 風紀委員長呼んできて!』

『そういうプレイなのか!? 金持ちならなんでも許されるのか!?』


 ああ、もう、なんでこんなことに……。


 無表情のリオが、小声で付け足した。


(ねえ、先輩、早く食べてくださいよ。どんどん目立っちゃいますよ。それともこの写真、学内SNSに載せちゃってもいいです?)

(な――)

(わたしたち、噂になっちゃいますねえ。私は大丈夫ですけど、先輩はそれでいいんですか? それが嫌なら、はやく、あーんして?)


 写真がばらまかれる?


 それはダメだ。

 ダメなのだ。


 なぜなら俺はこの家に拾われて人生が変わってはいるが、その代わり、きちんとした人間にならねばならない――そう約束したのだ。

 その中に『恋にうつつを抜かすな』という規則さえあった。まあ、父と母の話をきいた以上、そんな約束をさせられても仕方がない。

 そのお目付け役として、水無リオが選ばれたという経緯もある。


 それが、こんな写真が出回ってしまったら、一瞬で俺は路頭に迷う。

 今度こそ、一人だ。

 生前の親父とは話したこともなく、母は死んでしまい、全てに絶望し、六畳一間に位牌だけを置いて泣いていたら、ボロアパートの前にリムジンが止まり――俺の人生は豹変した。


 俺には頑張らなければならない理由があるのだ。

 俺はそれまで走り抜けようと決めたのだ。

 こんなところで、脅されている場合ではないのだ。


 俺はリオの目を見てから、口を大きくあけた。


(口、あけるだけじゃだめ。あーん、って言って?)

(お……おなじことだろ!?)

(写真)

(っく)


「あ、あーん」

「はい、どうぞ、先輩。おいしいですか?」


 リオが入れてくれた肉は味がしなかった。


(先輩、かわいーんだ。顔、真っ赤じゃないですか)


 カシャリ、とスマホの音がしたとき、「ああこれ、また脅される写真が増えただけじゃね?」と思ったのだが、時は既に遅かった。


 周囲の目が誤解を招かないように、切に祈りながら、俺は弁当を口にかき込んだ。

 周りからふと、聞こえてきた。


『なんかあの二人……恋人みたいだな』

『いやいや、あんな無表情な恋人はいねえだろ』


 ほら見ろ!

 どうしてくれてんだ!


 俺は人生をかけて、リオを睨んだ。


 そしたら、こいつ、どんな顔をしていたと思う?


 無表情がくずれかけていたのだ。

 眉がぴくぴくと動いている。

 まじめな表情を維持するために顔をしかめているのだろうが、崩壊ギリギリに見える。

 周りになんとかバレないように、口元を引き締めて、


「~~~~~~~~~~~~~っ」


 なんて、悶絶しているらしい。

 ときおり、座りずらさをアピールするように腰を浮かしたりしていたが、なんだか、ふとももをすり合わせたりしていて、落ち着かない様子である。


 結論。

 はずかしがって顔が少々赤いようにも見えるし、もしくは笑いをこらえているだけのようにも見えた。


 まあ、絶対後者だろうな。

 こいつは俺をからかって遊んでいるのだ。

 それも半年もの間、俺のまえで猫をかぶり続けて、やっとこさ見つけたネタで俺をゆすっている。

 理由は不明だが、とんでもないメイドだ。

 担当を変えてもらうことはできるだろうか――いや、学校での監視を含めて、こいつは優秀な存在だ。変わりが簡単に見つかるとは思えないし、俺がそんなワガママを言える立場ではないことも明白だ。


 今は我慢。

 こいつの行為を訴えても、俺の立場が良くなることはなさそうだ。今はなんとか、乗り越えながら、契機を見るしかない。


「~~~~~~~~~~~~~っ」


 俺の決意をよそに、リオは自分のほっぺをつねっている。

 痛みで表情を戻そうとしているのだろうか……なんなんだ、コイツ、本当に。


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