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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終焉物語 〜世界を終わらせるその時まで〜

作者: 獣崎ケモナー

※2018/05/16 段落の先頭を一字下げました。

 人間と魔族、勇者と魔王の戦いが終わり、世界に平穏が訪れてから早100年。

 人間と魔族の間にあったしがらみは消え、蟠りは少しは残ってはいるが、お互いに戦いあっていたとは思えないほどに、互いの生活に馴染んでいた。

 そして、この国【アヴァロン】は、他の国よりも魔族を受け入れ、人間と魔族による差別の無い平和な国を作り上げていた。


 そんな平和の象徴的な国に、1組の夫婦がいた。

 夫の名を"エンディ"といい、近所からは愛妻家と有名なほど、妻を愛している情熱的な魔族の男性。37歳。肌が全体的に黒く、目は赤い。髪もこれまた黒で、肩に掛かるか掛からないかの所まで伸びている。顔立ちは良く、少し肌が黒い事さえなければ完璧なイケメンだっただろう。

 彼は“みんなに優しく、自分に厳しく”をモットーとして生きている。


 そんな彼を好きになって、自分から猛烈にアタックし、彼の心を射止めた妻の名は"ミーティア"といい、夫を溺愛している人間の女性。27歳。顔立ちが頗る良く、肌は透き通るかのように白い。髪もまた透き通るような金色で、腰の辺りまで伸びている。目は淡い蒼で、前髪が少し目を隠しているが、その間から覗く目がこちらを内心まで覗いているかのよう。

 夫のためなら何でもしようとするため、軽はずみなことは言えない。

 エンディから「ティア」という愛称で呼ばれている。


 お互いを愛し合ってる夫婦は、あっちでイチャイチャ、こっちでイチャイチャと、周囲に見せつけるかのごとく隙あらばイチャイチャとしている。そのため、街中の人々が口を揃えて「おしどり夫婦」や「知らない人の方が少ないほどイチャイチャしてる人」、「この国1番のリア充」、「チッ、見せつけやがって。爆発しろ」などと言われている。


 そんな甘い夫婦にはもうすぐ1歳を迎える女の子の赤ちゃんがいる。その娘の名を"アリス"という。元気が良く、ミーティアに似た顔立ちである。


 愛娘を愛でるがあまり、仕事に行こうとしないエンディを、早く仕事にいけ!と急かすミーティアに押されて、今日も仕事に出かける。エンディが仕事の合間ミーティアは、家事をしたり、買出しに行ったり、愛娘のアリスの世話をしたりしていた。

 日が暮れ始める頃になると仕事からエンディが戻ってきて、3人で仲良く晩御飯を食べて、その後、仲良く寝るのが習慣となっていた。


 そんな平和で幸せな(・・・・・・)日々が続いていくと(・・・・・・・・・)誰もが(・・・)思っていた。が、そんな日々が突如として終わろうとは、誰にも予想すら出来なかった。


 それはある日の事、いつも通りにエンディは仕事に出かけていた。

 今日の仕事は荷物運び。街中端から端まで行ったり来たりを繰り返し、途中で休憩を何度か挟みながらも、任された仕事を淡々とこなしていた。エンディは毎日違う仕事をしている。

 別に、止めているわけではなく、日雇いの仕事みたいなものである。ただし、一定の場所からの。

 ある時は傭兵として、商人を護衛したり。

 ある時は警邏隊からの依頼で街の巡回をしたり。

 ある時は〇〇の人手が足りない、との事でそれを手伝ったり。

 ある時はパン屋さんで美味しいパンを作ったり。

 ある時は……。と、この様に色々な所から引っ張りだこなのである。皆に信頼されている証拠である。

 そして、今日の仕事は宅配する人が足りずに困っているとの事で、その手伝いをしていた。



 丁度昼を食べた頃だろうか、任されていた荷物を届け終わり、他にないか聞きに戻ろうかとしていた時、急に街が騒がしくなった。たまに騒がしくなる事もあるのだが、今日は何か様子がおかしい。

 ちょっと気になるのでそこら辺の人を捕まえて話を聞いてみた。


「いやあ、それが、ワシにもあまりわからんとたい。なんか《解放軍リベリオン》とやらが、人間はどうの魔族はどうのって言っておったわ」


 との事。

 揉め事にしてはその《解放軍(リベリオン)》とやらが気になる。だが、今は仕事を優先することにした。この事については、後で調べればいいろうと思った。


 それから暫く歩き、広場へと出た。広場は円形で、真ん中に噴水があり、その前に1箇所だけステージみたいな所があり、そこではよく演劇などが披露されている。

 今日はそのステージの周りに人が集まっている。確か今日は何も無い日のはずであるので、これからなにが始まるのかが気になった。

 時間を見ればまだ時間は十二分にある。休憩ついでに、始まりの少しだけ見て行こうと思い、足を止めて近くのベンチに座る。

 座ったのと丁度同じタイミングで、声が聞こえてきた。


「我らは《解放軍(リベリオン)》の者である!《解放軍(リベリオン)》は人々を魔族から解き放ち、平和を手に入れるためにある!魔族は薄汚く極悪非道な生きものである!人を殺し、人を貪り食う。そんな奴等と一緒に生きていていいのか!?いや、良くない!こんな生活を一刻も早く終わらせよう!その為にみんなで手を取り合い、魔族をこの国から、この世界から追い出そう!」


 姿が気になり覗いてみると、人間の男が何やら言っているのがわかる。

 嘘だらけの見え透いた煽り文句だ。

 誰も信じまい。

 そう思っても、信じてしまう輩はどうしても出てくる。しかし、この騒動も直に終わるだろう。

 そう高を括って仕事に戻る事にする。


「さぁこれより、魔族に属する愚かな人間共を…………」


 また何か言ってるが喧騒が酷くなり、最後まで聞き取れなかった。


「…の裏切…者は、愚かにも魔……けっ…んをす…という真似…お…した、ミー……アという女だ」


 所々聞こえず、そのまま無視して広場を出ようとした時、聞捨てならない名前が聞こえた。


「っ!?ティア!!」


 エンディは勢いよく振り返り、そのまま駆け出す。群がってる人々を掻き分けるかのように進んでいく。

 人混みを抜け、ステージの前に出る。そこには、手をつるし上げられボロボロの状態の妻ミーティアの姿があった。目は虚ろになり、口の端から血を流し、服はビリビリに破け、大事なところを隠すには厳しい状態に。破けた服の合間から覗く肌には殴られたような跡があり、青くなっていた。


「てぃ、ティ…ア」


 妻ミーティアの悲惨な姿を見て、エンディは呆然と立ち尽くす。

 そんな中、話は勝手に進んでいく。


「魔族なんかと結婚するからこくなるんだ。魔族はね、人を騙し、油断した時に後から襲いかかってくる化け物なんだよ!だから警告してあげたというのに、歯向かうから。魔族に味方するから、殺さなきゃいけないんだ!」


 そういい、男は両腕をを広げる。そして右手を胸のあたりに添え、さらに言葉を紡ぐ。


「僕達はみんなを守りたい!人間を守りたいんだ!だから魔族を!魔族に味方する裏切り者を!これより殺す!」


 そういい男は腰にある剣を抜き、ミーティアの首に添える。


「それでは裏切り者ミーティアよ。死ね」


 そう告げ、男は剣を振り下ろしたーー


「ティア!」


 エンディは寸でのところで我を取り戻し、ミーティアに振り下ろされようとしている剣を認識した時には、思うより先に体が動き、気づけば声を上げていた。


 その声に気付いたのか男が剣を振り下ろす途中で止めた。


「おや?こんな所に魔族が。もしや貴方が裏切り者にさせた張本人ですか?これは丁度良い見せしめになる」


 そうエンディに聞こえる程度の低い声でいい、ニヤリと笑う。


「っざけんな!」


 ブチ切れたエンディは、叫びながら男の顏目掛けて拳を突き出す。

 男は口角を上げたままそれを簡単に避ける。

 それに益々血が登り、エンディは拳を次から次へと繰り出す。


「あら怖い。皆さん、これが魔族の本性です!今まで仮面をかぶってきた魔族の本性です!こんな化け物と共に過ごしていたんです!」


 感情に任せた力任せの攻撃は男にはカスリともしない。


「魔族のいない平和な世界を僕達と作りましょう!いつ襲われるか分からない恐怖から怯えながら過ごす思いをしなくていいように!」


 そういい、男は人混みに顔を向ける。


「その為に、僕とともに戦いましょう!」


 男の目が怪しく光る(・・)

 すると、群がっていた人達が急に静かになり、やがて「魔族を殺せ。裏切り者を許すな」と、呟きながら動き始める。


「っお前!?何をした!」


「おやおや、まだいましたか。何をしたかって?現実を見せたあげただけですよ」


 エンディの問をはぐらかし、ニヤニヤと笑いながら男は剣を構える。


「だからねぇ、魔族は死ね!!」


 男は剣を下段に構えたままエンディに向かって突っ込んでくる。

 エンディは横に飛び込み躱そうとするが、それよりも早く目の前まで来ていた男が剣を振り抜く。エンディは避けきれずに腹を掠める。


「がはっ!」


「おやおや、これで殺れると思ったのですが、どうやら貴方は他の魔族と違って運がいいみたいですねぇ。ちっ、しぶとい奴め、さっさと死ねや」


 ニヤニヤしていた男の顔から感情が抜け、さらに剣を繰り出してくる。

 武器を持たないエンディは避けに徹し、なんとか致命傷を追わないようにして、反撃の隙を伺っていた。


「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした魔族。逃げに徹してちゃあ殺せないだろ?さっさと死んでくれよ。貴様とやるのはもう疲れたよ」


 そう言って男は右手に持つ剣でこちらを牽制しながら、剣を持たない左手で顔を覆うかのように被せ、頭を横に振る。


「だからさぁ、さっさと死んでくれないかなぁ!?」


 男はまた剣を下段に構えつつ突っ込んできた。

 エンディはそれを見て、チャンスだと思った。

 1度は見た技だ。2度目にでもなれば多少は見切れる。ならば、他の攻撃よりも単純なこの攻撃で反撃に出ない理由は、無い!


「それを待ってた!」


 エンディは飛び込んだ。前へと。


「なに!?」


 既に目前まで迫っていた男は突如としてエンディが起こした行動に不意を突かれ、剣を振り抜くには間合いが足りなくなる。そして、そのままタックルを喰らい、ステージの端まで飛ばされた。その際、剣を落としてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「くくくっ。油断したぜ。まさか魔族如きに見切られるとはな。だがなここまでだ」


「そうだな。武器の無いお前じゃあ、ここまでだな」


 男は笑う(・・)


「ちげーよ、ばーか」


「えっ?ガハッ!?」


 男に近付いこうとしていたエンディの横腹から剣が生えた(・・・・・)。否、貫かれた。誰に?そう、群がってた人達の1人に後から。すぐにそいつを払い退かすも、剣は刺さったままだ。


「ざまーねぇーなぁ魔族よ。いつから1体1だと思ってたんだ?これは喧嘩(・・)じゃないんだよ。殺し合い(・・・・)なんだ。当然、油断した方が死ぬ。それが当たり前だ」


 そう男が告げ、立ち上がり、落ちていた剣を拾う。


「これで終わりだ、魔族」


 男が剣を振り上げ、振り下ろした。


 ーーーガキン!!


「なに!?」


 が、エンディに剣が届く前に何か硬いものに阻まれた。それは半透明で丸みを帯びた壁みたいなものーーそれは俗に言う結界だった。


「エン…ディ、逃げ、て!」


 それを使ったのはエンディではなく、ミーティアだった。


「ティア、何で…」


「ふふふははははは!!これは面白い!今では伝説となり使える者が居なくなった魔法をこの目で見れるとは!しかも上位の結界術を!!」


「わた…はいい…ら、アリスを、つれ、て、逃げ…」


 ミーティアから紡がれた言葉は、弱々しく所々声になっていなかった。だが、エンディにはちゃんと伝わっていた。エンディは振り替える。


「ティアどうして!」


「この…まだと、エン………死ん、じゃう。それに、わ……はもう…くはもた、ない。だから!」


 最後に叫び、血を吐き出す。


「っティア!?」


 同時にエンディは結界に押され、広場の出入口まで押し出される。

 その隙に男は剣を下段に構え、ミーティアに突っ込む。


「後は、まか…たわ、よ?アリス…よろしく、ね?」


「ティア!?」


 男は剣を振り抜く。


「さよな、ら、エンディ。わた…の最愛の、人」


「結界は厄介だが、これで終わりだ」


 ミーティアがそう言い残した時、振り抜かれた男の剣に首を絶たれる。絶たれる直前、ミーティアが口パクで何かを言い微笑む。


「ミーティア!!!!」


 ミーティアが最後に何を言ったか。それは「愛してます」の、一言。


「どうして」


 エンディは崩れ落ち、涙を流す。

 ミーティアが死んだ。自分のせいで死んだ。

 ミーティアが殺された。自分が弱いせいで。

 ミーティアがいなくなった。なら何のために生きている?

 ミーティアがいない、この世界で。


 男が近寄ってくる。ニタリと笑いながら。

 エンディは男を視界に移すが、抵抗する気力が湧かない。

 ミーティアがいないんだ。生きてる意味なんてない。いっそのこと、殺されようか。

 丁度目の前に剣を構えた男がいる。素直に殺されよう。

 そう、死を受け入れ用途した時。


『アリスをお願いね』


 そう、頭の中に響いた。

 そうだ、まだアリスがいたんだった。ならまだ死ねないな。そうだろ?ミーティア。俺にはまだやらなきゃいけない事があるんだよな。

 エンディがニヤリと笑う。


「どうした、気でも狂ったか?」


 男が話しかけてくる。


「いや、まだやらなきゃいけない事があるって思ってさ」


「ここで死ぬのにか?そりゃ夢物語かなんかだろ」


 男は剣を振り上げる。


 “力が欲しいか?守る力が。敵を葬る力が”


 ミーティアの声が頭に響いた後からずっと聞こえている不思議な声。直接、頭に声が流れこんでくる。


 “力が欲しいか?守る力が。敵を葬る力が”


 欲しいに決まっている。


 “よかろう。ならば授けよう、この力を。【魔王】としての力を!”


 その時、エンディを中心に、黒い風の渦が巻き起こる。


「な、なんだこれは!?」


 男が叫ぶ。


(知らないな。俺が知りたいよ。でも、これさえあれば…っ!?)


 黒い風の渦が収まり始めた時、何かが体の中に、いや、魂の中に入ってきた。


 “守ってくれ。子供がいるんだ。力を手に入れたお前なら、出来るだろ?”


 “復讐を!魔族を裏切った人間に復讐を!”


 “俺はもうお終いだが、まだ生きてる奴らがいる。助けてやってくれないか”


 “人間なんて死んじまえ!裏切り者はお前らだ!”


 “私の人生に悔いわないわ。でも、こんな終わり方なんて、あんまりだわ”


 “まだ生きたかった。けど、もうダメみたい。お兄さん、僕の変わりに生きて?”


 そういった想いや、【怒】、【哀】、【憎】といった感情が直接、魂に訴え掛けてくる。


(っ…これは…まずい、かな)


 エンディの意識が遠のいて行く。


『さよならエンディ。私の最愛の人。愛してます』


 そう頭に響いたように感じた。

 その直後、エンディは意識を保てず、気を失った。



 ーーその後、平和の象徴だった国【アヴァロン】は、何者かによって1日で滅ぼされた。




 ーーそれから10数年後の月日が経った。


 魔王(・・)となったエンディは、旧魔王城にて魔族の国を建てる。その名も《パラダイス・ロスト》、失われし楽園という意味で名付けられた。もう、平和なあの頃には戻れない。そんな理由から付けられたのだった。



「魔王様、ご報告がございます」


 旧魔王の謁見の間にて1人、全身黒い服で身を寄せている魔族の男性が跪いていた。

 この男性の名を"シャル"といい、闇に紛れる事を得意とし、諜報員として優秀な人材である。

 顔は美丈夫で、スラッとしている。


「うむ、面をあげい。話すが良い」


「はっ!現在、人間共は魔王に対抗すべく勇者を呼び寄せ、育成という名の洗脳をしているところです」


「勇者か」


 勇者。嘗て魔王を唯一倒し得る存在だった者。

 終戦後、勇者はこの地を去り、どこかへと、消え去ったようだ。


「はい。だが、まだ甘い。ひよっこな勇者など魔王様が出向かなくても私めでも倒せるでしょう」


「それはよい、勇者なんぞ捨て置け」


「はっ!仰せのままに」


 そしてまた、跪く。


「……ところで、いつまでそうしてる。公式な場でもないのだぞ?楽にせんか、シャル」


「そうですね。私もあの口調は疲れます。そういうエンディだってまだ硬いですよ?」


 立ち上がり、軽口を叩く。

 さっきまでの雰囲気は何だったのか。

 硬かった表情が柔らかくなり、軽口を言い合っている。

 それもそのはず、この2人は魔王に成る前からの親友同士である。そして、魔王であるエンディの最も信頼出来る相手でもある。


「では、今日の所はこれでお暇させて頂きますね?進展が何かあったらまた来ます」


「わかった。たまには仕事に関係なく遊びに来い。もてなすぞ」


「わかりました。では、近いうちに伺いますね。それでは」


「ああ、わかった。またな」


 シャルは踵を返し歩き出し、そのまま謁見の間から出ていく。


「勇者、ね。立場に踊らされただけ(・・・・・・・・・・)の可哀想な人間。人間は自分達さえよくなれば、周りを簡単に蹴落とす。そしてそれに抗うと、こちらを悪に仕立て、周りと協力して攻めてくる。そしてまた、周りを蹴落とす。本当の魔王というのは人間の方だと思うんだがな…」


 そう独り言ちる。そして、これまでに見てきた人間の醜さを思い出す。


 平和だったあの頃。お互いが手を取り合い、日々切磋琢磨して過ごしやすい環境を作り出した。しかし、それを先に壊したのは人間だった。


(そういえば、意識が戻った時は国を滅ぼした後、3日経ってからだったな。意識が戻ってすぐに意識がない時の自分が何をしたのか覚えていて、びっくした。アリスが無事かどうか凄く心配したが、シャルの奴が護ってくれてたな)


 その次は、人間と争うのが嫌で、離れた森を開拓し、簡易だが家を建て終わった辺りに、人間共が攻めてきた。もちろん、攻められたからには生きる為に返り討ちにしたが、それがいけなかったのか、それ以降、規模が増し、それにつれ激しさも増した。


(なんとか返り討ちは出来たが、こちらも無視出来ないほどの被害を(こうむ)ったな。それでまた場所を移したんだっけか)


 元からあった魔族達の村や国にも行った。ここなら攻めてこないだろうと思って。攻められないだろうと思って。

 それでも、人間共は攻めてきた。


(それが何回も何回も続き、気付けば旧魔王がある魔大陸の端の方まで来てしまっていた。だから最終防衛ラインとして、此処で住むことに決めたんだよな)


 魔族達は数が減り、今じゃあギリギリ4桁に届かなくなるまで数を減らした。

 数少なくなった魔族達の為に、魔王自らが最終防衛ラインで戦うことを決めた。


「……魔族達の未来に平和が訪れますように」


「お父さんまた言ってる。ココ最近、毎日言ってないかな?」


「……アリスか。そうだったか?」


 独り言ちってたら、いつの間にか娘のアリスが目の前まで来ていた。


「そうだよ。毎日何処か遠くを見ながら呟いてるよ」


「そうだったのか。うむ…。それよりアリス、どうしてここに?」


「たまにはアリスも村に行きたいな~と思って、許可を貰いに来たの。いつも危ないから駄目って言うけど、アリスはもう子供じゃないんだよ?」


「そうは言ってもなぁ…外の世界は危険だらけだから。特に人間は、ね」


 そう言ってエンディはまた遠くを見る。


「……わかってるよ。それはもう、怖いぐらいに」


 その言葉に、俯きながら応えるアリス。表情には影が差す。


「……それなら。それなら、今回の外出は特別に認めよう」


「ほんと!?お父さんだーいすき!」


 許可が下り、喜びを行動で表すアリスに、思われるデレるエンディ。


「ゴホンっ…あー、わかってると思うが人間には関わるなよ?後、夜暗くなる前には帰って来なさい。わかったね?」


「わかった。守る。それじゃあ行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい」


 先ほどまでと打って変わって、笑顔で駆けてくアリスをみて、僅かに頬が緩む。


「……本当に、人間だけには関わらないでね。アリスはティアに似ているから」


 アリスの後ろ姿を心配そうに見つめるエンディは、傍から見れば親バカのように映っただろう。



 それから1ヶ月が経った。

 あの日以来、アリスがこっそり抜け出して何処かに行っている。とても心配だ。


「……今日もアリスが何処かに行ってる」


 謁見の間。玉座にて考え込むエンディに声が掛かる。


「気になるなら私めが尾行しましょうか?」


 そこには、黒い服、黒いハット帽、白い手袋に、黒い杖。そして、背後には二対の漆黒の羽を生やした青少年っぽい男がいた。


「む?シャルか。いや、いい。アリスからなにか言われない限りは気づかない振りをするよ。あの娘を縛り付けてばっかりで自由なんてろくに与えてなかったしな」


「そうですか。気が変わったら言ってください。私はあの娘のことを実の娘のように、また、妹の様に思ってますので」


「言われずとも分かっておるよ」


 シャルは10数年前のあの日、妻を殺されていた。

 嘆きと憎しみの中、親友であるエンディの家に人が押し寄せているのが見えた。嫌な予感がし、急いで影を通り、素早く家に潜り込むと、赤子に向かって剣を振り下ろそうとする人間が3名、その他はそれぞれ武器を構え、赤子を睨んでいる。

 シャルはすぐさま剣を振り下ろそうとしている人間を殺し、赤子を抱き寄せると、直ぐに影に潜り、国外に逃亡した。

 許した訳ではないし、怒り恨み憎しみが消えた訳でもない。だが、こうしなければならないという直感に駆られ、行動を起こした。

 その結果、今に至るという。


「本当に助かった。アリスを助けてくれてありがとう」


 その事を知っているエンディは親友であるシャルに頭を下げる。


「いや、なに、過ぎたことさ。それに、仇は取ってくれたし。妻も生きていたら仇討ちよりも、こっちを優先させただろうし。後悔はないよ」


「それでも、だ。ありがとう」


「どういたしまして」


 その後、2、3件、要件だけ話してシャルは帰っていった。




 ーーあれから1年が経った。


 最近アリスの様子がおかしい。

 ふとした拍子にニヤニヤしたり、何処か遠くを見ている事が多くなった。


(これは…恋、だな。どう考えても恋だな。うん)


 ここのところ、毎日の様に朝からどこかに赴き、夜暗くなるまで帰ってこない。


(いや、わかってるんだ。わかっているけど、あのアリスが恋を)


 悶々としていると足音が聞こえてきた。前を見るとアリスがこちらに向かってきている。


「……あ、アリスか。何の用だ?」


 内心の動揺を悟られないようにアリスに問う。


「? えっとね。はいコレ、プレゼント」


 訝しみながらも、笑顔で銀の懐中時計を手渡してくるアリス。


「本当は1週間前の誕生日の日に合わせたかったんだけど、オーダーメイドだと時間がかかって遅れちゃった」


「アリス、ありがとう。とても嬉しいよ。でも銀の懐中時計なんて、高かっただろう?無理してまで買わなくてもよかったのに」


 嬉しさ半分、娘に高いものを買わせた不甲斐なさ半分で、アリスに言う。


「そうでもないよ?お父さんの誕生日プレゼントとしてあげるって言ったら、『いつも無力な私達を護ってて下さってるからねぇ、私達からもお礼かったんだよ。よかったらタダで作らせてもらえないかな?』って事でタダだったけど、私とみんなの想いが篭った懐中時計なのよ?大事にしてね?」


「本当にありがとう」


 不意を突かれ、危うく、娘の前で涙を流すところだった。少し、涙ぐんでしまったが、バレてはいないようだ…と、思いたい。




 遅れての誕生日プレゼントを貰ってから3日が経ったある日の事。夜になってもアリスが帰ってこない。

 何時もならば、とっくに帰ってきていて、今頃、晩飯にありついている事だろう。だが、今日まだ帰ってきていない。

 あれからも、アリスが何処かへと行っているのは知っていた。

 何処へ行っているのかも知っている。前にこっそりと監視兼護衛を付けて探った事がある。その時に知ったのだが、アリスは人間の男と恋に落ちていた。やはり、ティアの血を引いているからなのか…。


「……もしや、何かあったのでは?」


 そう思うと、いてもたっていられず直ぐに行動を起こした。

 まず最初に書斎に居る子飼いの小鳥型の魔物に、この旨を記した文書を持たせ、シャルへと向かわせた。


 10分後、書斎の隅の影が揺らめき、そこからシャルが現れた。


「すまない、待たせた。急いで来たけど、距離が距離だから少し時間がかかってしまった。アリスはまだ?」


「ああ、まだ帰って来ていない。多分この前の男の所にいると思われる。戻って来て早々で悪いが、頼めるか?」


「任せてくれ」


 そう言って、シャルは影に入って行く。

 シャルが行ってしまうのを見届けてから、エンディは自分も行動に移る。

 まず、防衛を任せるべく、騎士達の詰所へ。

 その後、身支度を済ませ、空を翔る。

 エンディには、魔王になってから生えた3対の羽根がある。天使の白い羽を闇に染めた様な漆黒の羽根がある。

 そのお陰で大分早く移動が出来るようになったのだが、流石に影を渡るシャルよりかは遅い。


(くっ、間に合ってくれ!)



 アリスがいると思われる人間の男が住む国に着いたのはそれから10分も経った後だった。安否が確認出来ていない時の10分は凄く痛い。


 門から入るには時間がかかるので、空から国に侵入する。と、それと同時に国の中央付近から凄まじい爆音と共に、黒い爆炎が上がる。


「あれはっ!?」


 黒い爆炎の正体。それはシャルが使える唯一の魔法(影渡りは魔法ではなく、種族固有スキルである)で、全てを焼き尽くす地獄のムスペルへイムである。


「あれを使うということは、まさか!?」


 急いで中央へと向かう。焦燥感を胸に抱き。


 中央へと辿り着く。

 辺りは全て灰になり、立っている人間など居らず、居るのは今着いたばかりのエンディと、この惨状を作り出したシャル。


「エンディ…すまない。間に合わなかった」


 そう言ってシャルは跪く。跪いたシャルの背後には唯一灰になっていない場所があった。

 ーー死刑台。その上に寝かされているアリスらしき魔族の姿。


(どうしてっ!?ここまで来てなんで!?)


 平和を取り戻そうと頑張ってきたエンディは人間に対し、凄い殺意と憎悪が芽生えた。


「くくくっ」


 そう自覚すると笑いが出て来た。

 なんだ、今までやってきた事が馬鹿みたいじゃないか。とでも、言うかのように。


「すまない」


 頭を伏せ、謝るシャル。


「いや、お前のせいじゃないよ、シャル。愚かな人間(・・・・・)のせいだ。我は決めたよ。人間と戦うことを」


 エンディの雰囲気がコロリと変わった。

 エンディには、2つの意思があった。エンディそのものの意識と、魔王としての意識。そして、今回はその後者、魔王としての意識にエンディは身を任せた。


「これより我は人間共を…ぶち殺す」


 声は低かった。しかし、有無をも言わせぬ威圧感と、存在感が多くの人間にこの言葉を届けた。


「行くぞ、シャル」


「はっ、仰せのままに」



 ーーその後、この人間の国が地図上から消え去った。



 この事を受け、他の国は本格的に魔王討伐に乗り出した。

 勇者を召喚し、強化する。出来る限りの最強の武具を持たせ、魔王を討ってもらおうと。

 しかし、召喚できた勇者は2人。前から居るのを含めても3人。

 それでも時間が無く勇者3人で魔王を討ってもらう事に。


 1人目は前からいる男の勇者。イケメンで正義感が強い。聖剣エクスカリバーに認められ、もっと勇者らしくなった。

 2人目はこれまた男の勇者。優男の雰囲気で優しい感じの顔付き。昔の大賢者が使っていた法衣に身を包み、最上級の回復手段を持つ。

 3人目は女の勇者。美人で優しい。大きな魔石(自然界に存在する魔力が長い年月をかけ固まり、宝石と化した物)がハマった長杖を持つ。火と水の魔法を使える。イケメン勇者の事が気になる様だ。

 3人ともに共通するのが髪が黒く、眼まで黒い事だ。


 勇者達が旧魔王城に攻め込むのには1年の月日がかかった。



 ーー旧魔王、謁見の間にて。


「エンディ」


 自分を呼ぶ声が聞こえ、瞑っていた目を開く。


「シャル、か。用はなんだ」


「はっ、ついにあの魔法(・・)が完成しました」


「なんと!?そうか…ではすぐにでも」


「ですが、消費魔力が予想以上に高く。検証班による検証結果によると、魔王であるエンディのおよそ500倍(・・・・)もの魔力が必要、との事です」


「なっ!?」


 立ち上がろうとしていたエンディは、あとに続く言葉によってその姿勢のまま絶句する。


「すぐにこれには改善案が出ました。1つは無理のないぐらいの魔力を毎日注ぎ込む事。それと、多くの人から魔力を分け与えて貰う事。この2つですね。魔力を蓄積させ、保つ方法は魔石を使用する事で出来るとの事です」


「なんと!?でも他の魔族がなんて言うか…」


「それこそ大丈夫でしょう」


「それは、何故だ?」


「エンディの日頃の行いのお陰かと。自分から皆を守り、皆を助け、支えてきたのは紛れもなく、エンディ、貴方だからです。皆、恩を返したがってますよ」


 ニッコリと微笑むシャル。


「そうか、そうだったのか。わかった。なら皆に知らせよ!アレ(・・)はついに完成したと!そして、発動の為に、協力して欲しいと伝えてくれ!」


「はっ!」


 その言葉を待ってました!と言わんばかりにこの場を風のように去るシャルをみてエンディは微笑む。


「いい仲間を…いい親友を持ったものだ。俺には勿体無いぐらいだ」



 強力については、ほとんど全員が潔くしてくれた。この事について、エンディは感謝とお礼を伝えた。

 他の魔族達からの魔力はエンディのおよそ半分の量があった。

 それでも、エンディ1人でやるよりかは、かなり早くなった。

 計算してみると、約1年かかる事が分かった。



 ーーそれから1年後。


 太陽が高々と上がり、晴れ晴れとした天気の中、旧魔王城の謁見の間にて、待ち人たち(・・・・・)がやって来た。


「やぁいらっしゃい、勇者の諸君。待っていたよ」


 エンディは玉座から立ち上がり歓迎の意を示す。


「はん、何が待っていただよ。魔族のクセに」


 イケメンが叫ぶ。


「おやおや厳しいねぇ。でもね、この戦いは君たち人間から始めたものだよ?私達魔族はそれに抗っていただけさ」


「御託は要らないです。平和の為、早く死んで下さい」


 優男がそう告げる。


「なら平和の為にお茶でもしないか?もう私達は戦い疲れたよ」


「笑わせないで」


 美人がキッパリと切り捨てる。


「はぁ、完全に洗脳されてるね、こりゃ」


「洗脳?されてる分けないだろ。ここには俺の、俺達の意思できているんだ」


「そうかそうか、なら」


 そこで言葉を区切り、エンディは指をパチンッと鳴らす。


「しばらく眠っててもらおうか」


 その言葉と共に、勇者達の影から何かが現れ、3人の意識を一瞬で刈り取る。


「さて、お茶会の準備だ。シャル、君もどうだい?」


「喜んで」


 シャルが3人を影に仕舞い、2人でベランダへ向かう。



 空が赤く染まり、太陽が沈みかけた頃、勇者達3人は目を覚ます。


「おいてめぇ何しやがる!?さっさとこれを解きやがれ!」


 3人共、椅子に括り付けられ、固定されていた。


「だってお前ら、解いたら襲ってくるだろ?そしたらお茶会の意味が無いじゃないか。まぁお前らはお茶会する気は内容だけど」


 向かいの席に座るエンディは呆れた様子で勇者達を見つめる。


「わかってるならさっさと外せよ!」


「うるさいなぁ、話が出来ないじゃないかシャル、やれ」


「はっ」


 隣に座っていたシャルが返事を返し、影から部下を出し、部下が勇者達の首に剣を突きつける。


「変な真似したら殺すよ?死にたくないなら話を聞いてくれ」


 そう言うと、エンディは語りだす。


「あの頃は楽しかった。毎日人間と魔族が手を取り合い、共に過ごしていた日々が。けれどもそんなある日ーーーーーー」


 エンディが全てを語り終えた時には既に夜が深くなっていた。

 タイミングを見計らっていたのか、エンディが話し終えたのと同じタイミングで、1人の魔族がベランダへ入ってくる。


「魔王様、準暇が整いました。発動は如何なさいますか」


「うむ、すぐにじゃ」


「はっ、了解致しました。それでは失礼いたします」


 慌ただしく、魔族が出て行く。


「さて、話を聞いてどう思った?これを信じるか信じないかはお前達の勝手だ。だけど、これだけは言っておく、もう、どうでもいい」


「は?」


 思わずイケメンから間抜けな声が出る。


「もう準備が整った。これより、【終焉魔法:ラグナログ】を行う!」


 そう高々に宣言する。


「さぁ、一緒に見ようじゃないか。世界の終わり(・・・・・・)を」


「「「なっ!?」」」


 3人揃って声を上げる。それと同時に部下が首に剣を食い込ませ、強制的に黙らせる。ただし、命までは奪っていない。


「シャル、ここまで付き合ってくれてありがとな。お前がいなければここまで来れなかった。本当に助かった。俺はいい親友を持ったものだ」


「何を言うかエンディ。貴方だからこそ、私は付いて行ったのですよ。貴方が居てくれたから、私は我を失わずに今ここに居れるんです。私こそ、いい親友を持った事を嬉しく思う」


 勇者そっちのけで話を進める。


 その直後、夜空に神々しい光のカーテンが広がる。

 そのカーテンは世界をを覆い尽くすかのように広がり、触れたものを全てを無に帰していった。

 人間や魔族、植物や建物だって、無に帰った。

 この世界にあるもの全てが抗うことすら許されずに。


「さぁ、これでこの下らない戦いも、辛い生活も終わりを迎える。これで家族の元へ行ける」


 そうエンディが呟くのと同時に世界はカーテンに飲み込まれた。




 ーーもう、無茶しちゃダメってあれだけ言ったでしょ!


 ーーそうだよお父さん。死んだら意味無いじゃない。


 消えゆく意志の中。エンディに声が聞こえる。


(ああ、そうだな。死んだら意味無いよな。だけど、2人の元へ行けるんだ)


 ーーもう、こんな時まで。


(ごめんな。でも、これだけは言わせてほしい)


 実体が無いはずなのに、涙を零す感覚に囚われるエンディ。


(ただいま。最愛の妻ミーティア、愛しのアリス。会いたかったよ)


 ーーおかえり、エンディ。私もよ、会いたかったわ。


 ーーおかえりなさい、お父さん。アリスも会いたかった!


 ポロポロと涙を流しながら微笑む。


(ああ、ただいま。長かったよ)


 ーーお疲れ様。もう、頑張らなくていいんだよ。


 ーーお疲れ、お父さん。これからはもう一緒なんだからね!


 涙を流しながらこちらに微笑むミーティアとアリスの姿が見えたような気がした。


 幸せの中で意識が途絶えたのであった。

拙い物語でしたが、最後までお読み下さってありがとうございます。

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