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売られた男 9話「遭遇」

銀色の見たことがない金属の扉に、2本の鉄の杭が打ち込んであり、そこにはこれまた見たことがないくらい大きな南京錠が付いていた。

「こりゃ頑丈だな。対戦車砲打ち込んでも、少しへこむくらいかな?」

「おそらく鍵は後付だ。いや、初めにあった鍵の使い方がわからないんだろう」

本来、この部屋は重要なものを隠すようなたいそうな場所ではないだろう。戦前遺構の墓荒らしたちがいうには、今の残された技術では全く歯が立たない扉がいくつもあり、中には豪勢にも電気制御された扉まであるらしい。

不格好な南京錠を開け、部屋の中に入った。


「あれは・・・」

カガミ中尉が言った。

警護の兵士はいなかった。

真っ白い部屋の真ん中に、黒くて四角い箱が置いてある。

箱には、青白く光る一本の筋が走っている。

その横にベッドが2つあった。

「動くな!」

僕は銃を構えた。先程の毒薬でぐっすり眠っている中尉殿の拳銃を拝借していた。

粗悪な大陸製の拳銃は、銃身が歪んでおり、数発打てば割れるか暴発するだろう。

歪んだ銃身の先には、子供がいた。



「誰ですか?」

大陸語か。ベッドの隅に隠れている。

「出てこい」

カガミ中尉が言うと、箱に近いベッドの中から、子供がゆっくりと起き上がった。

子供は異常な痩せ方をしていた。目の色は青白く、髪がほとんど抜けている。

そして頭から何本もケーブルが出ており、黒い箱とつながっている。

「見たところ・・・大陸人ではないね」

痩せた子供は、か細い声で言った。

「気味が悪いな」

カガミ中尉が言うと、ベッドの隅に隠れていたもう一人の子供が恐る恐る顔を出した。

「倭人かな」

もう一人は肌が浅黒く、少し痩せてはいるが、至って普通のアジア系の子供である。どことなく、痩せた子供と似ている。

「お前たちは何者だ」

僕がそう言うと、

「急に訪ねてきたんだから、おじさんたちから名乗るべきでしょう」

と、ベッドの子供が言った。

「こりゃこっちの負けですよ」

カガミ中尉が笑った。急に緊張感が消えて無くなった。子どもたちは全く無害であった。むしろ助けがいるほどか細かった。


「私は倭人、いや日本人だ。大日本帝国軍リンケイ大佐だ。人類の叡智を求めてここにやってきた」

「人類の叡智?」

「ああ、何でも人類の知識や技術を記憶しているモノらしい」

子どもたちは顔を合わせて笑いだした。

「人類の叡智だって?意味わかっているの?おじさんたち?」

「癪に障るなあ。おじさんたちはね、大事な任務で命懸けなわけよ。大人は大変なんだぞ」

カガミ中尉が言った。

「人類の叡智ってのを、どうするつもりなの?」

「さあ私は名乗ったぞ。君たちの名前と、そして君たちが何者なのかを教えてくれたら、どうするつもりか話してあげよう」

ベッドの子供が、もう一人の子供を呼び寄せて耳打ちした。


「おじさん、人類の叡智はね。僕たちのことだよ」

子供はひどく残酷な笑みを浮かべてそう言った。



「小僧、ふざけるなよ」

「教えたじゃないか。さあ、僕たちをどうするんだい?」

「大佐、さっさと吐かせちゃいましょうよ。この箱のことだってわからないし。第一みんな殺しちゃったから、こいつらしか情報源がないですよ」

「せっかく教えたのに。やっぱりおじさんたちも嘘つきだ。大人はみんな嘘つきだ」

歩ける方の子供が泣き出した。

「仕方がないよ、レムス。彼らには、何のことかさっぱりわからないのさ」

ベッドの子供が腕を伸ばして、レムスを抱きしめた。老人のような腕だった。


「僕はロムルス、彼はレムス。君たちが人類の叡智と呼ぶのは、恐らくこの装置のことではないかな?僕たちは、言うなればこの装置の番人だよ。

この装置には君たちと、そしてこの要塞にいる馬鹿な軍人たちからすると人類の叡智と呼ぶにふさわしい情報が詰まっている。それこそ、君たちが死ぬまでかかっても読みきれないほどのね」

「私は兵器や失われた技術や人類のあらゆる知識が保存されている物だと聞いた。現在のように戦前から見れば悲惨な生活を送っている我々からすれば、まさに人類の叡智だろう」

「君たちは間違っているよ。僕たちは長い間ここから出たことがないからわからないが、君のいう悲惨を招いた元凶がこの中にあるんだよ。人類の叡智が生んだのが、君たちが生きている今この瞬間であり、君たち自身だよ」

「私達が・・・」

「大佐、殺しましょう」

カガミ中尉が割って入った。

「時間がない。いつ外の死体を見て、やつらが騒ぎ出すかわかりません。早いとこ、こいつを持ち出すかぶっ壊すかしましょう」

僕は奇怪なロムルスという少年に引き込まれていた。


「壊すなら結構だが、持ち出すのは不可能だよ。この大きさもあるが、これは莫大な電力を消費している。ここの残された発電施設の全電力の半分近くをこいつが使っているんだ。それに・・・」

「僕たちがいなきゃ」

レムスが小さな声で言った。

「わかんねえなあ。こういう話は頭が痛くなる。もうイシハラさんのアレでここをふっ飛ばしましょうよ」

カガミ中尉のいうことが正しいだろう。我々に与えられた任務を果たすのならば、どう見ても持ち出せそうもないこの装置ごと、「シベリアのマッチ」で要塞と一緒に破壊したほうが良い。大陸軍の損害は計り知れないだろう。我々は任務が無事成功すれば、ひょっとすれば上層部に生かされるかもしれない。数年以上の時間と多大な犠牲の上で成り立った奇跡だ。上層部は我々を殺すことはできないだろうし、我々を利用することに理を見出すだろう。


だが、僕はどうしてもこの「人類の叡智」を破壊できないでいた。

人類の記憶を知りたいという強い欲求と、これを破壊することが過去の人類と決定的な断絶になるのではないかと思った。

ある戦場で本を拾った。僕は幸い字が読めた、父が教えてくれた。本なんてものは、今の時代紙として利用されることはあるが、その中の情報には何の価値もない。戦前の人々は、本により知識を育み、偉大な文明を築いてきたそうだ。

僕はある物語を読んだ。一人の貧しい貴族が、戦場で活躍し、やがて皇帝となっていく物語だ。本当の話なのかはわからない。出来すぎな人生だ。本は話の途中で終わっている。続きの本があるようだが、おそらくこの世に存在しないだろう。男は皇帝に上り詰めた。その先どうなったのだろう?暗記するほど読んだこの本が、僕を今まで生かしてきた。

すべてを破壊した戦争により、我々は悲惨な世界で生きている。過去は幸せだったのだろうか?それはわからない。だが、過去の人類との繋がりだけは、断ち切ってはいけないと思っていた。それは恐怖であり、希望であった。僕自身の。



「どうやら大佐は、これの本当の価値を少しは分かっているみたいだね」

ロムルスは言った。

「餓鬼め、こいつは怪しい。それに大佐、あんたどうしちまったんですか」

カガミ中尉が僕の肩を揺する。

「今の哀れな人間たちは、破壊か略奪しか選択肢がない。それでは少なくなっていくパンを奪い合っているだけだ。人間は数万年もそんなことをし続けて、そしてつい最近気づいたんだ。パンを奪うより、パンを作り、改良し、もっと増やしたほうが良いんじゃないかってね。人間はそんな当たり前なことを、何万年もかけてやっと気づいたんだ。血の海の中でね。そして今はどうだい?結局人間は何も学ばなかった。数万年かけて築いた全てを破壊し、数万年前にまた戻った。人間は破壊と略奪の術だけを歴史として受け継いできた。パンは勝手には増えない。パンは皆で協力しなくてはうまく作れないのだから」

「・・・人間は・・・その地獄から抜け出すことはできないのか」

僕はロムルスという少年に引き釣りこまれていた。



「それはできない」

後ろから突如声がした。

カガミ中尉が振り向きざまにナイフを投げた。カガミ中尉が潜入直後に食料庫の空き缶や廃材で作ったナイフだ。カガミ中尉はナイフのすべてを理解していた。

そのナイフが弾かれた。

「良い筋だ。上で何匹も死体が転がっていたが、殺し方の筋も良い。俺の部下にならないか?」

僕がイシハラさんと連れ込まれた最初のテントの中にいた「見慣れない制服を着た男」が一人で立っていた。青いコートだった。天然の絹のように美しくなめらかな生地だった。背が高く、長い髪をしている。頬に十字の薄っすらとした傷があり、片目が青かった。

「こりゃヤバイですよ。結構やり手だ。俺のナイフが食い込まなかったのは、あなただけだったのに」

「待て待て、敵ではないよ。敵だったら、死体を見つけた時点で仲間を呼んでいる。まあ落ち着け・・・」

カガミ中尉が言葉を遮るようにナイフを投げた。彼のナイフ投げは常人には見えない。彼は相手が瞬きをした瞬間にナイフを4本は投げられる。相手は次に目を開くことはない。

火花が散り、ナイフが2本落ちた。

「こんなナイフでは君の腕に見合わないな。私の部下になれば、高炭素鋼のナイフを」

また火花が散る。

「虎みたいなやつだな。気に入ったよ」

男は細く光る鞭のようなものを見せた。あれでナイフを弾いたのだろうか?何も見えなかった。この僕でさえ。

「今のナイフで最後ですよ。こりゃ死ぬ気で行こうかな」

カガミ中尉が笑っている。血が騒いでいるのだろう。彼の血を騒がせる相手が、大陸兵にいたなんて。

「待てよ。だから私は敵ではない。少し手伝ってほしいのだよ。私だって驚いているんだよ。まさかこんな馬鹿げたことをやろうとしているのが、私だけではなかったなんてな。しかもだよ、全く同じ時間にね。これは神の思し召しだ」

男はポケットから丸い石を取り出して、手の中で回した。


「俺はアルフレト、あるところから遣わされてきた。君たちと同類だ」

「あるところだと?」

「ああ、素晴らしいところさ。君たちはアメリカ軍のスパイか何かかい?」


僕たちが黙っていると、ロムルスが言った。

「パンゲア教団だね。あなたは」

アルフレトと名乗る男は目を大きくした。

「さすがだねえ。世情も知っているのかい?嫌味な餓鬼だねえ」


「さあ、正体もバレたところだ。君たちのことも教えてくれ」

「私達はシベリア共栄圏のスパイだ。おそらく目的は、お前と同じだろう」

アルフレトは舐めるように僕たちを見つめた。嘘がバレるだろうか。

「ふーん、それは寒いところからご苦労さま」

そう言ったあと、アルフレトは聞き慣れない言葉を発した。

「ロシア語も知らないようじゃあ、そんな嘘ついたダメでしょ」

「こりゃ一枚上手だ。俺たちは大日本帝国軍の者だ。そんな事はいいからよ、俺と一勝負しようぜ」

カガミ中尉がそう言うと、アルフレトは笑った。

「ああ、この仕事が終わったらね。ただし負けたら私の部下になってもらうよ」

アルフレトが歩み寄ってきた。


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