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売られた男 7話「人類の叡智」

我々は地下を目指した。

敵の本拠地の最深部へ、薄暗い要塞内を静かに歩く。

此処から先の情報は一切なかった。かなりの上官クラスでしか知りえないのだろう。

前線に送られてくるような兵士では、いくら拷問を加えても何も吐きはしなかった。


この要塞の地下には、「人類の叡智」があるといわれている。

それがどんなものか知る人はいないが、大戦前の高度な文明の記憶がそこにあるというのだ。

かつては機械にあらゆる記憶を保存できたらしい。

我軍の老兵たちも、わずかに記憶しているものがあった。

我軍の上層部は、その「人類の叡智」を奪取もしくは破壊させるために、我々をここに追い立てた。

「人類の叡智」がどんなものかもわからないのに奪取せよとは相変わらずの精神論ではないか。

それが巨大な機械だったらどうするのだろうか?


どうせあのまま残っていても、つまらない権力争いの過程で寝首を掻かれるか、着の身着のまま逃げ出すしかなかっただろう。

部下たちは反対したが、それを振り切ってまでカガミ中尉とやってきたのは、その「人類の叡智」なるものをひと目見たいという思いがあったからだ。

そして、もしそれが自分たちにも扱えるようなものであったら、もしかしたら大きな力を手に入れることができるかもしれない。そうなったら、あの馬鹿共にくれてやることはない。

上層部は、この作戦自体成功するとは思ってもいない。イシハラさんと我々という厄介者を掃除できるだけでも良し、「シベリアのマッチ」で敵要塞を吹っ飛ばすも良し。もし失敗したら我々を軍法会議で処刑すれば良い。

彼らは我々という犠牲で、つかの間の権力争いからの開放感を得ることができる。



要塞に潜入するために、我々は数年かけて幾度も作戦を立て直した。それほど危険で困難だった。

だが僕には自信があった。イシハラさんという餌があれば、敵も油断する。少しの油断があれば、僕とカガミ中尉くらいなら潜入は容易い。

今までこの手の潜入作戦は幾度か行っているが、どれも物の見事に失敗した。

ある者は偽装捕虜になった直後、連行されるまでもなく、暇な大陸兵の賭け事のために斧投げの的にされて死んだ。

ある者は捕まえた大陸兵に変装したが、途中の関所で正体が露見して豚の餌にされた。

ある者は同じく大陸兵に変装して潜入し、要塞までたどり着いたものの、間違った兵舎に入りそのまま撲殺された。


ある程度近づくことは簡単だった。烏合の衆である大陸軍は、統制も無く、言葉も通じないものが多い。しかも今は九州のアメリカ軍と執拗に小競り合いをしつつ、大陸から押し寄せる蝿のような新興勢力にも手を焼いていた。

大陸軍といっても、もはや半分近くの兵は純粋な大陸人ではない。日本人との混血や、大陸人に扮した日本人や、東南アジアやシベリアから逃げてきたり、売られてきたものが大半だ。

それに上官クラスでも、一度も大陸に行ったことが無い者は多い。

大戦後数十年が経ち、もはや国家や民族などという煩わしい籠は維持できなくなっていた。

だが、要塞内に潜入することは流石に容易ではなかった。

我々は大陸兵の捕虜から情報を聞き出し、イシハラさんを突き出すことで、幾重にもある関所を素通りし、要塞内まで潜入することができた。



地下はおそらく核シェルターになっているはずだった。

日本は住民避難用の核シェルターが無数にあった。ほとんどは「墓荒らし」によって暴かれて使い物にならなくなっていたが、巨大な核シェルターは大陸軍などにより占領され、要塞や基地となっていた。核シェルター内には、原子炉や地熱発電施設が残されていたり、人工食製造機がゴマンとあるからだ。

しかし核シェルターはほとんどの場合、発電施設が老朽化や故障により機能しなくなり、ただの穴となっていた。度重なる核攻撃や地震により、外郭すらほとんどは破壊されている。だが、大戦中の超兵器など殆ど残っていない現在では、シェルターの残骸だけでも堅牢な要塞にすることができた。



だがこの要塞の豊富な電力を見る限り、発電施設はある程度機能しているのだろう。

「ここかな?」

カガミ中尉は地下に繋がる階段を降りていった。巨大なケーブルが何本もそこから伸びている。

「この下に発電所があるはずだ」

眠っていたり、酒に酔っていたり、賭け事に興じている歩哨を、カガミ中尉は音も立てず切り裂いていく。今日だけで十人近く屠っているカガミ中尉だが、彼が着ている大陸兵の正規兵用制服は一筋の返り血も浴びていなかった。

「まあ、こんな頑丈な要塞の中だったら俺でもサイコロやってますよ」

カガミ中尉は笑いながら言った。



階段を降りていくと、アリの巣のように無数の部屋や廊下があった。

途中で捕まえた歩哨を尋問しながら、十分ほどウロウロしていると、壁がレンガや大戦時代の物の廃材ではなくなった。

硬く冷たい銀色の壁で覆われている。

「よかった。閉じちゃいないようだ」

「さすがの俺たちでも、シェルターには穴は開けれないでしょうしね」

そろそろ急がないと、上で死体が見つかることだろう。尋問中に落ちた無数の指も。


「何をしている!」

大陸語だ。

薄暗いシェルター内では、相手の姿が見にくい。夜目がきくカガミ中尉は見えているだろう。

声の主はドアを開け、中から電灯を取り出してこちらを照らした。監視所だろうか?

眩しくて目が開けられない。

「どこの隊の者だ!ここへは佐官級以上しか・・・」

声の主と目が合った。

僕がイシハラさんと要塞に辿り着いた時にいた、検査役の男だった。

男は僕の顔を見て、息を止め、背中に手を回そうとしている。

大陸兵の服を着ており、先程の拷問で顔は腫れ始めているものの、ひと目でわかったようだ。

「・・・」

男の声が発せられる刹那、カガミ中尉の拳が鳩尾と側頭部を打った。電灯が大きな音を立てて転がった。

僕はカガミ中尉を飛び越え、監視所らしき部屋のドアから顔を覗かせた兵士に向けて拾っておいた石を投げた。

石は咽頭部にめり込み、兵士は膝から倒れた。倒れた電灯に照らされ、倒れ行く大きな影が後ろの壁に映っている。

部屋の中に押し入ると、裸の男女がキョトンと立ち尽くしている。僕は女の顎を肘で砕き、銃を取ろうと後ろを向いた男の延髄に右のつま先をめり込ませた。そのまま倒れ込む男の首に膝を押し込むと、「うーん」という声と共に男は絶命した。

振り返ると女はカガミ中尉に鶏のように首を折られてプラプラしていた。

「先に女をやるところが、あなたらしいですね」

「女の方が反応は早いからな」

「この男、たぶん死んだのわかってませんぜ」

「たぶんな、後ろ向いて銃取りに行っちゃあおしまいだよ」

僕は女の髪を引っ張り、首をへし折った。


例の検査役の兵を部屋に引きずり入れる。

平手で目を覚まさせると、さすが上官クラスといったものか、すぐ状況を判断しておとなしくなった。

「人類の叡智はどこだ?」

検査役の兵はもう声は出せない。息をする度にヤギが鳴いているようだった。

男は指で「下」「四」「右」と宙に書いた。

「ここから下へ四階降りて、そこの右の部屋だな?」

男は頷き、カガミ中尉の手にこう書いた。

『楽・殺』

我々が日本兵だとわかっているようだ。

カガミ中尉は男をそのまま絞め殺した。

「こいつ少佐様か。腕章もらっておこう」

「もって帰れば、勲章モノだな。本物の酒も出そうだ」

「あの屑アルミでできた勲章はもう要らないですよ」

「ああ、あそこにはもう帰らないさ」

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