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売られた男 4話「要塞の深部へ」

呼子の老婆は日本人のようだ。

下手な大陸語だが、愛嬌がある。

「兵隊さん、お疲れ様です。ここ良い子いる。たくさん。大陸、倭人、南国人、ホワイトもいる。もっとすごいのもいる」

ペコペコとお辞儀をしながらカガミ中尉の腕にぶら下がる老婆を見て、自分は何をしているのだろうかとふと思った。

自分は倭人だ。日本人だ。育ての親は大陸人だった。おそらく日本人だったと思う。記憶にあるだけでも3回、父は日本語をこぼした。焼けた銃身に手が触れた時、哀れな日本兵を弔った時、そして僕が旅立つ時、彼は流暢で懐かしい日本語を話した。

記憶の中の父の姿が最近、霧がかかったようにぼやけてきた。父は半生半死の僕を拾い、かなりのカネを使って治療した。理由は話さなかった。僕の素性も問わなかった。感づいてはいただろうが、終始寡黙な男であった。

最近、夢で父の仕事を手伝っていた時のことが浮かんでくる。あの時が一番幸せだった。父はよく、大陸人を騙して商売をしていた。そのために命の危険も多かった。父は強かった。いや、ずる賢かった。同じように倭人も騙した。父は生きるために、というよりは何か復讐めいていた意思によって動かされていた。

父は大陸兵を殺した時は褒めてくれたが、女子供を売る時や倭人を殺した時には一言も話さなかった。

このネオン街にいる女たちの中に、僕と父が売った者がいるかもしれない。



本陣まで、幾重にもゲートがあった。大陸兵は門番に腕章を見せてゲートを潜っていく。

情報では、要塞への通路は東西南北の兵舎ごとに決められており、また階級によって入ることができるゲートが決まっている。

ここは東部の兵舎であり、腕章は青、できれば佐官級の腕章がほしいところだが、時間的猶予はなさそうだ。当初の計画通り、強行潜入しか無いだろう。

売春テントの裏から、有刺鉄線を切断し本陣に向けて崖をよじ登る。

だがこの先はおそらく地雷や高圧電線に覆われているはずだ。

兵舎からさらに先に第二ゲートがある。ここからは佐官級しか入れない。中枢への入り口だ。

仕入れた情報では、深夜時間は警備の兵は多いが、たいてい酔いつぶれるか女の所に交代で遊びに行っているようだ。まさかここまで侵入するバカはいないと踏んでいるようだ。未だかつて、侵入どころかこの本陣まで無許可でたどり着いたものすらいないのだから。



ゲートは鉄の扉で、その横に警備兵の詰所があった。

周辺は高圧電線で覆われており、時々バチッと火花が散っている。門には完全武装の警備兵が4人いた。詰所にはさらに数人いるだろう。

我々はゆっくり門の前まで歩いて行く。警備兵は眠たそうな目をこすりながら、腕章に目をやった。ここからは危険な賭けだが、拷問にかけた大陸兵たちの情報を信じるしか無い。

「一等兵が何のようだ?」

警備兵の一人が言う。

「・・・マ・ビン将軍に呼ばれまして」

僕がそう言うと、彼らは大声で笑い始めた。

「そりゃ重大な任務だなあ。将軍に入京証を貰わなかったのか?」

「え?そんなものいるんですか?いや、ただ2時に来いと言われただけでして」

そういうと、警備兵たちは腹を抱えて笑いだした。

「そうかそうか、そりゃ仕方がないな。お前たち、それにしても良い男だな。しっかりお国のために働いてこい」

彼らは笑いながらゲートを開けた。我々二人は大手を振って敵の本営へ入っていった。



「大佐、ホモ野郎のマ将軍ってのは本当だったんですね。ちょっとドキドキしましたよ」

カガミ中尉は言った。

「ここまで厳重だと、最深部に近づけば近づくほど規律が乱れているものなんだな」

「大陸兵は冗談が通じる良いやつが多いですよ。日本兵はつまんないやつが多いからなあ」

「まあ、あれだけ良いものを食ってたら、人は大らかになるんだよ。きっと」

おそらく嘘がバレて失敗していても、あれだけ警備兵に近づければ問題なかった。あの距離なら、4人くらいの警備兵はカガミ中尉により瞬きする間もなく切り裂かれていただろう。あとは詰所に押し入り、また同じことをすれば良い。

だがゲートをすんなり通れたので、少し時間に余裕ができた。


要塞ビル内部の情報は殆どなかった。

ビルの中は風音がするだけで、しんと静まりかえっていた。

作戦は段階的に立てられている。

「最良」目的の奪取とイシハラさんの救助。まあこれはまず不可能だろう。

「良」目的の奪取、もしくは完全破壊。この線はいけそうだ。

「可」目的の破壊。せめてここまでは行きたい。

しかし、当初からこの作戦で我々とイシハラさんは死ぬことが決定されている。でも、カガミ中尉となら何とか生き残れそうな気がした。それに何とも面白そうな作戦ではないか。どうせこのままジリジリと敵に攻め寄られ、いずれ絞首刑にでもなるか、また昔のように奴隷として売り飛ばされることだろう。


それに我々は身内に死の宣告を受けたような鼻つまみ者だった。いや、現在の執行部からと言ったほうが良いだろうか。

イシハラさんは古参の勇士で、堅物の前時代的な軍人であった。そのため、執行部にも随分と煙たがる存在であり、いつ粛清されてもおかしくないような人であった。

だが、格別に戦が上手かった。イシハラさんがいなければ、とっくの昔に、執行部のバカどもが権力争いする余裕すら無く、我が軍は壊滅していただろう。

僕やカガミ中尉は、危険思想の青年将校と呼ばれていた。我々もイシハラさんと同様、利用価値が執行部への危険性より幾分か上回っていた。

だが、若手の兵たちに担がれた様子で、気づけば危険な革命分子として扱われていた。死んでいった仲間たちと同様、いつも危険で、そしてただ有能な部下を殺すためだけの不可解な作戦に参加させられた。これは日本人の伝統というやつだ。

いよいよ部下たちの我慢が限界に達しそうな頃合いに、この作戦を任された。名誉だと言われた。そして断れないだろうとも言われた。もちろん断れない。断れば軍法会議行き、そして前線に送られていた仲間や部下たちは殺されたであろう。非常に巧妙なやり方だった。

僕は何か生きる上で大事な緊張感とやらがプツンと切れたような気がした。このまま軍人として生きていて何か変わるのだろうか?我々に何ができるのだろう?執行部は精神論だけで、腹の一つも膨らましてはくれない。あらゆるプロパガンダを使って、何か大層な事をしてるように吹聴するが、やっていることはおつかい程度のゲリラ戦だけで、執行部のいう国民から見れば我々は組織的な山賊だろう。

まあ、良い。このくだらない世の中では、死すらくだらないのだから。せめて面白おかしく死んでみたい。

もし生きて帰れたら、カガミ中尉とある計画を立てている、まあ無理な夢物語ではあるが。



ドアが開く音がした。

2階だろうか?我々は音を立てずに、早足で2階に駆け上がり、廊下でタバコを吹かす大陸兵を見つけた。

「あの部屋でイシハラさんが拷問にかけられてそうですね」

カガミ中尉はそう言うと、大陸兵に近づいていった。

「交代だ」

カガミ中尉がそう言うと、タバコを吹かす大陸兵は変な顔をした。

「交代?聴いてないぞ。それに上官に向かって何様だ貴様!」

カガミ中尉が後ろで指を立てる。そしてふっとしゃがんだ。大陸兵はキョトンとしている。その眉間に僕が投げた短刀が深々と突き刺さる。

「ぁぁ」と小さな声を上げ、倒れる大陸兵をカガミ中尉が抱きかかえ、そっと床に下ろす。


ドアを少し開けると、中には3人の大陸兵がいた。

中央の椅子にイシハラさんが座らされており、辛うじて生きているようには見えた。

我々はまた同じように堂々と部屋に入り、2人を瞬時に殺すと、残り一人を羽交い締めにした。

「イシハラさん、生きてますか?」

「・・・イシハラ少将と呼べ。馬鹿者」

イシハラさんは全身血と痣にまみれ、右腕は切り取られていた。

「こりゃまあ、大変でしたね」

「お前たちみたいな変態野郎のためにここまでせにゃならんとはな」

「まあそう言わず。おかげでここまでこれましたよ」

「リンケイ大佐、ご苦労だった。この老兵、最後の奉公が出来たよ。どうせ原爆症で死ぬ身だ。好きに使ってくれ」

「あなたは英雄ですよ」

僕は短刀でイシハラさんの首を斬った。血飛沫が舞った。痛みは感じなかっただろう。

「足が切られて無くてよかったですね」

カガミ中尉は言った。

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