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選ばれた男 2話「現実」

帝都での生活が三年過ぎた。

すべてが新鮮であり、そして自分の無知と今までの生活の野蛮さを知った。

この三年は訓練と教育を受けつつ、徐々に作戦にも参加していた。

訓練では大陸兵の駐屯地や輸送部隊、大陸人や売国奴の村落を襲った。奴らは一つ潰しても、蟻のように湧いてくる。だが全て殲滅するまで我々の戦いは終わらない。

訓練は常に実戦であり、幾人かの戦友を失った。

戦友の死は悲しいものであったが、彼らは英霊となり、そして私もいずれ続くのだと決意すると気持ちも柔んだ。

教育は私の目を覚ましてくれた。山の中を駆けずり回っていた獣のような私に対して、教官や先輩方は真摯に教えを説き、私を文明人へ、そして臣民へと導いてくれた。

ここで私は自らが栄光ある大日本帝国人の末裔であるということを自覚し、そして敵は大陸人だけではない事を知った。本当の敵は裏切り者である売国奴たちである。

彼奴らは大陸兵に通じ、神国の血土を金で売っただけでなく、大陸人やアメリカ人を利用してこの国を奪い取ろうと画策しているのだ。

私はこの三年で学ばせていただいたことに感謝し、天皇陛下と大日本帝国軍のために命を賭して働くことを誓う。


大日本帝国陸軍双六隊 猪山サスケ 二等兵



「すばらしい!山猿にしてはよく書けている」

侍大将は机に足を投げ出し、頭が割れるくらい大きな声で言った。

何が侍大将だ。羚羊大尉は戦場で逃げ延びた腰抜けで、あまりの恐怖に頭がイカれてしまったらしく、自らを侍大将と名乗っているらしい。

とんだ笑い草だ。こんなバカを相手にしているくらいなら、村に帰って毛皮なめしでもしていたほうがマシだ。


この三年の成果は、憧れだった山の上の生活がこんなにも腐っていたことがわかっただけであった。

たしかに文字の読み書きや少しばかり米が食える生活を与えてはくれた。

だがそれだけだ。

効率の悪い凝り固まった階級社会、これこそが彼らが言う大日本帝国とやらの正体だ。

僕のような下級臣民は、階級の上の方であぐらをかいている貴族共の豊かな生活と面子を守るだけのために生かされている。家畜も同然だ。


戦争や作戦とは名ばかりで、やっていることは山賊のそれだった。

麓に降りては、大陸人や日本人の村を襲い物資を盗む、関所と称して行き交う商人から金を奪う、極稀に大陸兵の輸送物資を襲うのだがそれも相手をよくよく吟味してのことだった。


教育はというと、文章の読み書きが終われば、あとは諸先輩方曰く『洗脳プロパガンダ』というやつだった。

「大日本帝国は5000年の歴史を持つ世界一等のすばらしい国」「大日本帝国の技術は世界一」「大日本帝国軍は世界で最も規律正しく勇猛」・・・・

こんな調子で大法螺を吹くのが教官であった。


世界一の国ならば、なぜ国土を蹂躙している大陸やアメ公や露助の正規兵と戦わないのだ?世界一の技術の割に、手元にあるのは大陸製の武器やボロばかり、国産の兵器は直すこともできない有様、極めつけは馬鹿な作戦で多くの将兵を無駄死にさせているボンクラ将校が親の七光りだけで順当に出世し、その周りでは上の人間の意図を汲むことだけに秀でた猿が纏わりつき良い思いをしている。

ああ、村に帰りたい。



「よし!今回の陸軍大学への推薦は、お前にしてやろう」

侍大将が馬鹿みたいに大きな声で言った。

「キョウエツシゴクにございます」

そう言って部屋を出ると、同胞たちが集まってきた。

「これはこれは大学帰りの少尉様」

「いつかおめえの隊に入れてくれよう。大陸人の町に遊びに行こうぜ」

「おいおいお前ら、こいつはもうすぐ死んじまうんだからかわいそうじゃあねえか」

「イカレ大将の今回の人選はすばらしいであります」

「昇進祝いによう、俺にタバコくれよ」

ここに残っているのは皆、優秀な逃亡兵たちだ。如何に上役にバレずに作戦で前に出ないよう隠れていられるか、如何にゴマをすって楽な仕事を振ってもらえるか、そして如何に昇進しないか。これがここで生きる三大原則だ。この原則を守れなかった奴は、たいてい馬鹿な将校のせいで犬死した。

俺はその原則を破ってしまったようだ。


何が大日本帝国だ。

俺たちはあの大陸兵でも見向きもしない様な不毛の深山の中で隠れて偉そうにしている山賊だ。

陸軍大学へ行けば、ボンクラ将校の副官になる。それはすなわち、自殺行為の突撃の先頭か、失敗したときの切腹要員を意味する。

ヤマが外れた。今回は(月に一度の強制)自己推薦文を真面目に書いたほうが良いという情報だったが、あのイカレ野郎の気でも変わったのか、それとも同胞に騙されたのか、赤紙を引いちまったわけだ。



後日、珍しくきれいな白い紙が届いた。陸軍大学への進学を命じる旨が書かれている。死を意味するこの紙は、白いのに赤くなって帰ってくるとのことで、赤紙と呼ばれていた。

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