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売られた男 10話「クマグス」

「騒ぎを起こさないでくれ。僕がその気になれば、要塞の隅々まで警報を鳴らすことだってできるんだ」

ロムルスがかすれた声で言った。肩で息をしている。

「それに、レムスが怖がっている」

レムスはロムルスの背中にしがみつくように隠れていた。


「う~ん、これは困ったな。こんな美しい子どもたちに恐怖を感じさせてしまうなんて。これでは教えに背いてしまう」

アルフレトはそう言うと、光る刀のようなものを軽く振った。光は右手に吸い込まれるように消えた。

「カガミ中尉、まずは作戦だ。こいつとやるのは、その後だろう」

「・・・はいよ」

カガミ中尉は腕を組んで一歩下がった。


「君たちはこのデカブツを持っていく気なのか?倭人・・・失礼、日本人は非合理的な精神論でも平気で働くと聞いたが、これは流石に無理だろう」

「そっちの方が、シ・ツ・レ・イだろう」

「それは恐らく戦前の話さ。今は俺たちも多少賢くなったよ」

「戦前よりか?ははは、君たち、本当に俺の部下になってくれよ」

アルフレトは黒い箱に近づき、指でなぞっていった。

「ロムルスくん、時間がなくてね?キーはどこだい?」

ロムルスはそう聞かれると、右の指を差し出した。

「僕の指紋さ。でもあまり触らないほうが良い。こいつは、もう相当ガタが来ているんだ。一世紀近く昔の代物だよ。こんな不安定な電力とひどい環境で、よく壊れないでいる」

「バックアップはどこだい?」

「おじさん、よく知っているね」

「これと同じ物を知っているんでね」

するとレムスが立ち上がった。

「クマグスの仲間がいるんだね!」

「クマグス?こいつの名前かい?」

「そうだよ」

「クマグスくんか、なんていう意味かわからないけども、まあ名前があることは良いことだね。だがね、クマグスくんにはバックアップがあるはずだ。これも仕掛けがあるんだろう?」

「そうだよ。キーだけじゃダメさ。でも安心してよ。おそらく、ちゃんとキーを使ったところで、きっと壊れてしまうよ。データだってかなり消えてしまっている」

「そうも言ってられない。時間もないしね。すまないがバックアップはどこだい?」

「ここだよ」

「え?」

「僕たちだよ。そのバックアップっていうのは」

レムスが言った。



「・・・なるほどね。大陸人も恐ろしいことをするものだ」

アルフレトはうつむいて目を閉じた。

「どういう意味か教えてくれないか?」

僕がそう聞くと、アルフレトは指でロムルスたちを指した。直接言えという意味だろうか?

「クマグスは、単純な記憶装置だ。データをとりあえず保管しておいて、AIにデータを集積や計算させるものなんだよ。だが、AIはウイルスでみんな殺されてしまった。いや、自殺したと言っても良いかな。第四次世界大戦が悲惨になったのもそのせいさ」

「アインシュタインの予言はある意味正しかった」とアルフレトが言うと、ロムルスは小さく頷いた。

「AIというのは、人工知能だ。君たちは知らないだろうが、要するに不安定な人間の意思決定を合理的に導いてくれるものだ。クマグスはAIに渡す情報を溜め込んでおく場所に過ぎない。クマグスを機能させるには、AIがないと意味がないんだ。だからそれを僕たちがやっているんだよ。だからパンゲア教団のおじさん、バックアップはないんだ」

「なんて恐ろしい。君たちがAIであり、バックアップでもあるのか」

「おじさんたちは、AIを開発したってわけだね」

アルフレトは黙った。

「まあ・・・そこは想像に任せるよ。ははは、君には負けたよ。恐ろしい子供だ。バックアップが無いはずだ」

「どういうことだ。結局、人類の叡智はどこにあるんだ」

カガミ中尉が叫んだ。

「人類の叡智という名は気に入らないけど、君たちが探しているのはクマグスであり僕たちだ。そして人類の叡智を持ち出したいなら、クマグスと僕たちを物理的に持ち出すか、AIがあるならデータを抜けば良い。だが、クマグスを動かせば電気が切れ、おそらくそのまま二度と起きない。僕たちだけ連れ出しても意味はないし、僕たちを殺せばキーが無いからクマグスは起動しない。クマグスから直接データを抜くことは破壊する事と同意だし、僕たちがその前にクマグスを破壊することもできる」

「要するに、お手上げってことだよ。日本人!」

アルフレトはため息を付いた。

「わざわざこんな所まで来てこれかよ、ああ神よ」


「壊してくれないか?僕とクマグスを」

ロムルスがゆっくりとベッドから足をおろして立ち上がった。足は折れそうなほど細く、ベッドにもたれかかってやっと立っていた。

「なんてことを言うんだ。死ぬときは一緒だよ」

レムスは泣き出した。

「アルフレトさん、わかるだろう?僕たちが何をやらされているか、そしてこの先に何が待つのかを」

アルフレトは神妙な顔で小さく頷いた。

「どのみち僕は長くない。レムスはまだ動けるし、少しくらいはデータを持ち出せる。レムスを連れ出してくれないか?」

「それはできない。一応、俺は表向き大漢連邦の同盟者としてここまでやってきたんだ。彼ら日本人のおかげで手荒なことはせずにここまで潜入できた。今なら同盟者として無事帰国できる」

「僕がやろう」

僕はロムルスに「シベリアのマッチ」を差し出した。

「これは・・・シベリアのマッチ?」

「これがあの!?なんて物騒な物もってやがる!」

ロムルスとアルフレトは驚いている。

「俺たちの任務は、人類の叡智の奪取だった。が、それが不可能ならば、この要塞ごと人類の叡智を破壊するよう言われている。それに、レムスも連れ出してやる」

「本当ですか?」

「おいおい、話を聞いていなかったのか?お前たちは・・・」

僕はアルフレトの言葉を遮ってレムスの腕を掴んだ。

「いやだ。僕は行かない。ロムルスと一緒に死ぬんだ」

「レムス、生きるんだ。ここの奴らに生かされている人生なんて、死んでいるも同然だよ。君は、僕や死んでいったみんなの分まで生きるんだ」

彼らの話や、彼らの境遇はほとんど理解できなかった。だが、やりきれない悲壮感があった。僕の人生に彼らの姿を重ねているのか?いや、これは時代の悲劇なのだ。圧倒的な現実を前に、ただ流され、傍観し、絶望しながら消えていく運命にある人間たちの悲劇。この地獄のような時代の、無限にある悲劇のひとつなのだ。だが、この子どもたちには希望があった。僕は彼らに希望を見出した。僕の中にある無数のまとまりのない思いが一本の意志となった。僕は逃げていたんだ。

僕はレムスという希望により、時代と初めて対峙した。

「レムス、生きるんだ」

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