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メディシン(仮)  作者: 万彩雨虹
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○貴族の館・寝室(昼)

モノローグ(教会が異教を弾圧し、森を切り開いてきたことで精霊の力は極端に失われた。今蔓延ってい るのは発展した錬金術、医術のかこつけたインチキ紛いの者達だ。癒しも、祈りですらも、そこら中ま がい物だらけだ)

  青年になったヨハンが寝台に横になる貴族の男の傷を縫合している。男は苦悶の表情で痛みに耐えて  いる。その様子をイネスと男の小姓が見ていて、ヨハンの傍らには摘出した矢が置いてある。

イネス「これで終わりか?」

ヨハン「あとはオリーブ油で湿らした布を当てがってリンネルを巻くだけだ」

  男は安堵の表情を浮かべる。そこへ貴族の妻と司祭、憤った医者が助手と共に入って来る。

  貴族の妻、香水の香りを漂わせ男に駆け寄る。

貴族の妻「ああ……良かった無事に終わったのですね。これで傷の毒の病も治ると」

貴族の男「だから言っただろ? イネス殿の侍医なら上手くやってくれると」

ヨハン「私は侍医ではありません。それに、病は矢傷とは関係ありませんよ」

貴族の男「関係ない? どういうことだ?」

  医者と司祭が近づいて来て

医者「これはどういうことです!? なぜ侍医の私の許可も無く施術を!」

  立ちふさがるイネス。

イネス「私の侍医に勝手にやらせた。責めるなら私を責めれば良い」

司祭「あなたは、イネス公女殿下……なぜこちらに」

イネス「私の友人が矢傷を負ったと聞いてな。何でも六日もの間、矢を刺さりっぱなしにしていたそうで はないか」

医者「しかし、それはゲオルク様が……」

貴族の男「そうだ私が拒否した。早く治療をと何度も急かされたがな」

  ヨハン、医者を見て

ヨハン「今でも矢が刺さったら抜かずにそのまま突き通して反対側から出す方法を使ってると聞くが、本 当か?」

医者「それ以外に方法は無い。無理に抜けば矢じりが中に残ってしまうことも知らんのか。誰だ? 無知 な事を言う輩は」

ヨハン「抜けたよ。矢じりごと」

  ヨハン、杖を持って立ち上がり摘出した矢を見せる。医者はヨハンの容姿と持った矢を見て顔を青く  する。

司祭「その目、その足……貴様まさか、死神のヨハンか? 処刑人……拷問官……なぜそんな者がここに」

  医者の助手も動揺する。

イネス「元、処刑人だ。今は違う。それに刑吏が副業で施術するなど珍しくはなかろう」

司祭「しかし、刑吏は身分などない最底辺の輩のはず。関わっただけでも穢れてしまう者なのですよ?  そのような輩にゲオルク様のお体に触れさせるなどとんでもない!」

イネス「問題ない。この者の名誉と身分は私が回復させた。我が旗の下でな」

司祭「そんな……ゲルデルク家の旗の下で」

  医者と助手、更に動揺する。

  ヨハン、矢を置いて

ヨハン「矢は肩と胸の間に刺さっていた。もし突き通して抜くなら背中側の骨が邪魔になる、となれば砕 くしかない。治療も嫌がる訳だ」

司祭「き、貴様どうやって矢を抜いた? そうか、邪な魔術を使ったな?」

ヨハン「これを使っただけさ」

  ヨハン、矢を抜く道具を見せる。

貴族の妻「それは?」

ヨハン「はるか昔のギリシャ人が使っていた矢を抜く器具です。今の医者の大半は知らないでしょうね。 だからとても治療とは言えない施術ばかりやるんです。そしてどうにもならないと魔術だとか魔女とか 言い出して罪を被せる。まともな医者や錬金術師なんて一握り、いや、一つまみもいません」

医者「言わせておけば、貴様!」

ヨハン「それともう一つ、病の原因は矢ではない」

医者「な、何を根拠に」

ヨハン「体を見たが、あの古傷の多さからして、この方は戦場でも真っ先に敵陣へ向かって行く気質なん だろう。だから矢傷だけでなく剣の傷、銃での傷も無数にある」

医者「だから何だと言うのだ」

ヨハン「確か侍医だと言ってたな。侍医のくせに何で銃の弾を取らずに傷を塞いだんだ? しかも縫合で はなく焼灼で」

医者「何を言っている弾はしっかりと、すぐに取り出した。それに銃でできた傷は毒で汚れているんだ。 だから早急に傷を熱した油で焼いて塞いだ、それの何がいけない!」

ヨハン「矢も取り出せなかったのにか?」

医者「矢と弾では取り出す方法は違う! 偉そうにのたまわっておきながら知らんとは言わせんぞ!」

ヨハン「銃の傷は三つあった。すぐに、全て、摘出したと?」

司祭「当然だ、ゲオルク様もご覧になっている。私もこの目でしかと見た」

ヨハン「これで確信が持てた、弾は取り出していない」

医者「何?」

ヨハン「取り出していたなら器具を突っ込んでいたはずだから傷口が多少なりとも広がって痕が残る。そ れに体に入った弾は真っ直ぐ進とは限らない。大体は中で蛇行するから必ず摘出できる可能性は大きく ない。しかも傷の一つは肩の付け根部分にあった。そこには動脈が通っている。真っ当な医者ならまず 器具は差し込まない。つまり、すぐに取り出すなんてまともな医者はしない」

  その場の者すべてが医者を見る。医者は一瞬だけ動揺した表情を見せるが

医者「ふざけるな! そんなものはただの言いがかりだ! 貴様だって同じような箇所に刺さった矢を抜 いたではないか」

ヨハン「動脈を反れていると確信があったから抜いた。これでも解剖には何度も立ち会った事があるんで ね。許しがもらえるなら弾の摘出の施術をやってもいい。断言しよう、弾はまだ残ったままだ」

  ヨハン、イネスと貴族の男を見る。

イネス「どうだ? ゲオルク」

貴族の男「イネス殿が信頼されている男ならば構いませんよ。現にこうして矢も抜いてもらったことです しね。おかげで肩の自由を奪われずに済んだ」

  貴族の男、医者を見遣る、医者はたじろぐ。

ヨハン「話を元に戻すが、病の原因はその残った弾だ」

貴族の男「何? 弾が?」

  ヨハン、貴族の男に向かって

ヨハン「あなたの病は鉛の中毒です。腹、関節、骨の痛み、頭痛、脱力に歩くのも困難になっていたと小 姓から聞きました。あなたには全ての症状が当てはまっています。私も兵士、傭兵を看たことがありま してね、銃で撃たれた兵士が同じように苦しんでいたのも良く知っています。それにしても、よくそん な状態で動けましたね」

  司祭と医者、ただ黙って歯を食いしばる。

貴族の妻「これはどういうことです。説明なさい」

  憤怒の形相で医者を見る貴族の妻。それに激しく動揺する医者。

ヨハン「聞くところによれば、ゲオルグ殿は害悪の無い異端、異教徒には随分と寛大なのだとか」

 貴族の男「志や崇めるものが異なっていようと、人である限り寛容は必要だ。町の労働力として申し分 ないのであれば追い出す理由は無い」

ヨハン「なるほど。ですが、そのお考えに全ての者が賛同するとは考え難いですね。異教徒の存在を不都 合とみなす輩であれば尚更でしょう。例えば教会とか」

  皆、一斉に司祭を見る。

司祭「貴様! 無礼にも程があるぞ!」

ヨハン「それだけじゃない。誰も声高には言いませんが、異教徒の医術の方が進んでいることは事実で  す。こちら側の医師なんか相変わらず四体液説を信じてますからね。名声を奪われないかと特に大学出 の医師は気が気じゃないでしょう。どちらにせよ、暗殺の動機には十分すぎます」

  遠回しにグルさと言われた医者、慌てた様子で

医者「こんな輩のいう事に騙されないでください! これは底辺の者が妬んで私を陥れようとしているだ けです!」

ヨハン「毒を盛らない暗殺とは考えたものだが、詰めが甘かったな」

司祭「きっとそいつは悪魔か魔女の手先だ! 皆を騙そうとする輩め。捕まえろ!」

  医者、従者に合図を送る。その合図を受けて従者がヨハンを取り押さえようと迫る。

  ヨハン、初めに掴みかかってきた従者の手を杖でさばき、顎を殴打する。従者はその場に崩れる。

医者「何をやっている! 相手は片目と両足の無い奴なんだぞ!」

  二人目の従者が来るが、ヨハンは杖を渡すように杖を投げ、従者が気を取られている隙に脇の下を殴  打する。従者は力が抜けたように崩れ落ちる。

ヨハン「知ってるか? 脇の下辺りを丁度良く叩くと心臓が止まるんだ」

  医者と残りの従者は顔面蒼白になる。従者の一人は逃げ出す。

司祭「やはり呪術の類だ。この者は呪われている!」

  司祭がそう言うと、部屋の小物が独りでに投げ出される。その様子に、ヨハンとイネス以外が取り乱  す。

司祭「見ろ! あの呪われた者が悪魔を呼んだんだ!」

  更に部屋の物が目に見えない何かに激しく動かされる。

  ヨハン、ベルトに挟んでいた布を取り出し見ない何かに投げる。すると、その布に覆われたコボルト  が姿を露わにする。

  ヨハン、司祭に向かって

ヨハン「その布は特別性だ。姿も見せるし動きも封じる。司祭殿、精霊はもっと上手く動かすことだな。 物の動く場所が一ヶ所ずつだとすぐにばれる」

  司祭、動揺して

司祭「な、何を言っている。これは貴様が」

イネス「やはり精霊か。昔から人目から隠して精霊を使役する聖職者がいるが、多分に漏れなったな。ヨ ハンのせいにしても良いが、後先の事を考えろ。誰がこの精霊の主か調べる時は、私の信頼する者に任 せる。ゲルデルク家からは枢機卿になった者もいることを忘れるなよ」

  司祭、歯噛みする。その様子を見て医者の従者が逃げ出そうとする。

医者「こら! 逃げるんじゃない!」

  医者、一人残った従者を捕まえて

司祭「行け! 捕まえろ! 拒んだら貴様も悪魔の手先とみなすぞ!」

  従者、困惑しながらもヨハンに迫る。

  ヨハン、従者の拳を屈むようにしてかわす。すかさずヨハンは義足で従者の顎を真下から真上へ蹴り  上げる。

  従者の首は弾かれるように後ろへ飛び、続いて体も後方へ落ちる。

ヨハン「残りはあと一人だな?」

  杖を使わず歩み寄るヨハンに、医者は完全に戦意を失う。それでも近づくヨハンに足の痛みが襲う。

  イネスがヨハンの方に手を添える。

イネス「そこまでだ。後はこちらに任せろ」

  ヨハン、杖を拾って医者から離れる。

  イネス、ヨハンの義足を見ながら

イネス「あんな蹴り技、どこで覚えた?」

ヨハン「フランスの船乗りに。この足だと蹴りを出すとは思われにくいので」

  騒ぎを聞き駆けつけた衛兵が部屋に入って来る。

衛兵「何事です!? ご無事ですか?」

貴族の男「大事ない。その者らを捕らえろ」

  貴族の男、医者を顎で示す。

衛兵「しかし、この方々は……」

貴族の男「よい! 早くしろ」

  貴族の男の圧力で衛兵は従い、司祭と医者は連れて行かれる。

貴族の男「まさかこのような形になるとはな」

イネス「どうだ? ヨハンに任せて良かっただろう?」

貴族の男「ああ、ところで、あの者の心臓は本当に止まったのか?」

  貴族の男、倒れた従者を見る。

ヨハン「手加減はしました。いずれ目を覚まします」

貴族の男「そうか……それで、体に残った弾の件だが」

ヨハン「摘出であれば腕の良い医者がいます。その者でも十分かと」

イネス「私が抱えている医者だ。ヨハンの言う通り腕は確かだぞ」

貴族の男「そうか。ではすまないが、また頼まれてくれるか?」

  イネスと貴族の男が話しているのを、ヨハンは横で聞いている。だがヨハンは医者を挫いたことに歓  心が行っている。そこへ貴族の妻が寄って来る。

貴族の妻「あの、今回は何とお礼を言って良いか」

ヨハン「私は事実を述べただけです。感謝ならイネス殿に」

貴族の妻「ええ、そうね……それで、その……お願いがあるのだけど」

  察し付くヨハン。

ヨハン「構いませんよ今回の件は私ではなく、イネス殿の侍医が暴いたことにしてください。元とはい  え、処刑人だった者に手柄を与えるのは何かと都合がよろしくないでしょうから」

貴族の妻「あなたを敵に回すことなんてしないわ。あなたの治療を受けている貴族……王族も多いのでしょ う? もしあなたに何かしたら、その者達にきっと恨まれるでしょうし、報復も受けかねない……必ず、 恩には報います」

  貴族の妻は男の元へ行く。入れ替わりでイネスが寄って来る。

イネス「良くやってくれた。私も鼻が高い」

ヨハン「担ぎましたね? 矢を抜くだけなんておかしいと思った。本当は暗殺の件を何とかしたかったの でしょう?」

イネス「まあ、良いじゃないか。それよりもどうだ? そろそろ正式に私の侍医にならないか? それな りの待遇も」

ヨハン「それに関しては何度もお断りしたはずです。私は報酬さえもらえればそれでいい」

イネス「また禁書の閲覧か? それとも新しい義足? 何でもっと高望みしない?」

  ヨハン、妹を捜す目的を思い出し反芻する。

ヨハン「それよりも、今回の報酬の件、お願いしますよ」

イネス「ああ、わかってるよ」

  イネス、溜め息をついて落胆する。

ヨハン「あと、あの方の奥方についてですが」

イネス「奥方がどうかしたか?」

ヨハン「今回の件の首謀者は、恐らくあの奥方です」

イネス「何!?」

ヨハン「侍医に激高したのも夫への裏切りではなく、計画が暴かれた責任をとれ、という圧力でしょう  ね」

イネス「わかった、対処するようにしよう。でも、何でそんなことがわかるんだ? 何かそう思わせる態 度でも」

ヨハン「ゲオルグ殿が死んだとしても、後を引き継ぐ者がいれば何も変わりません。逆を言えば、違う志 を持つ者が後を引き継げば暗殺を決行する意義がある」

イネス「そういうことか……しかし何故奥方がそんなことを企てる必要がある?」

ヨハン「純粋に、ゲオルグ殿とは反対の考えを持っていたのでは? 私を見る目も、言葉とは違ってまし たからね」

イネス「わかるものなのか? そういうのは」

ヨハン「そういう人間を嫌という程見て来てるもんでね、分かりたくなくても分かる時があるんですよ」

  ヨハン、足の痛みを思い出す。


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