「ひまわりの種」~宮廷~
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宮廷へ連れていかれた自由奔放なアンドレーアス。
その生活はいかに?
続きをお楽しみください。
日々、国王とその家族たちの肖像を描かされ、立派な服や、立派な食事は与えられたが、外部との交流を断ち切られてしまった。
宮廷内に住まわされ、まるで、修道僧と何ら変わりのない生活のように思えた。
しかし、アンドレーアスは、そんななかでもどうにか楽しみを見いだそうと努力した。
広大な敷地の宮殿は、散策には充分すぎるほどの森と湖に囲まれていたし、許可をもらえば、離宮にも馬車でゆくことができた。
その上、美しい姫君たちを拝見できるのも、一介の画家としてはずいぶんな役得だった。王妃、王女たちは、絵のモデルとしてアンドレーアスの前で立ったり座ったりしているときよりも、園内でのんびりと花を摘んだり、勇ましく馬に跨がって走り回っているときの方が、ずっと自然で美しかった。
そしてアンドレーアスは、恋をした。
旅人として各地を放浪し、自分を見つめようとそればかりを考え続けてきた彼の人生での、ひどく遅い初恋であった。
身分違いなのは分かっている。
初めからかなわぬと分かっている恋ほど、悲しく辛いものはなく、ときにバカバカしいくらいのものだが、アンドレーアスは違っていた。
内に秘めた激しい情熱は、かえって彼を世俗的なものから遠ざける傾向があったので、むりやり彼女を得ようなどという軽々しい衝動にかられることはなかった。
その恋しい姫君はサラス二世の姪の一人であった。
アンドレーアスが彼女と親しく会話を交わす特別な機会はなかった。
それでも、
「よいお天気で」
「そ、そうでごさいますね」
とか、
「ごきげんよう」
「はい。ごきげんうるわしゅう」
とか、
「お仕事は順調でして?」
「そりゃあもう、おかげをもちまして」
などとありきたりの挨拶を交わすと、初々しい青年のようにわくわくとして嬉しかった。
そんな動悸を気づかれまいと、わざと冷静を装うアンドレーアスだったが、傍目には明らかに妙におどおどとして見えた。
風采の上がらない画家といった雰囲気が、姫君たちの眼にはひどく滑稽に映っているに違いなく、アンドレーアスは、宮廷内での自分が急にちっぽけな田舎者になったような気がしていた。
アンドレーアスの生涯のなかで、特別好んで描いた人物画というのは数少ないが、そのほとんどがこの宮廷で制作されたものであった。中でも、見目麗しい女性を、恋心をもって描いた作品は、初恋の姫君、この人だけであった。
この姫君の肖像は、デッサンも含めて、かなりの数が残されており、偉大な芸術作品にまで高められた人物画は、後にも先にも、この姫君のものだけである。
さらにその後、あまたの天使を描くなかに、彼女の面影を偲ぶものが見られてゆくのである。
アンドレーアスは、恋心に胸を踊らせている瞬間以外は、注文を受けた創作に没頭することができた。
次第に、肖像画にもあきあきし、暇をみつけては、宮廷の風景をこっそりと描くようになっていった。
風景画は、貴族たちの間ではあまり好まれず、どちらかと言えば、庶民の描く低俗な絵であるという価値観が定着していた。
宮廷のお抱え画家として、手厚く保護されているアンドレーアスは、天地が割けても、その意向に逆らうことは許されなかった。
ゆえに彼は、契約違反を犯していることになる。
もともと自分から申し出てここへ来たわけではないので、見つかったところで困ることは何もなかった。
そもそもアンドレーアスにとって最大の苦痛は、己れの思いのおもむくままに行動を取らないとき、もしくは取れないときであった。
葛藤がないわけではない。
本当にしていいこととそうでないことはいったい誰が決めるのか、それはアンドレーアスにとって永遠の命題であった。あたかも、誰かを助けるためにつく天使の小さな嘘のごとく。
一年半が過ぎ去った。
その時は、突然の嵐のようにやってきた。
「これほど面倒をみてやったにもかかわらず、掟にそむきおったな、アンドレーアス」
サラス王は、震えながら、アンドレーアスの美しい風景画を引き裂いた。
「こんなくだらん絵を描きおって!我の顔に泥をぬるつもりか」
サラス王は、使いの者たちに命じて、王宮から離宮まで隅から隅を隈なく捜索させた。ひとつ残らず邪悪な絵を始末してしまおうというのである。
なぜそれほどまでに王が怒り狂うのか、アンドレーアスには理解できなかった。いや、したくもなかった。
その憤怒は、不思議で呆れるほどである。
ただ、価値観が違うということだけで済まされることなのか。アンドレーアスの瞳に映るそのサラス二世は、まるで自分とは別の世界の人間のように感じられた。どのような言葉も通じない、別世界の人間のようである。
いや、確かに別世界の人種なのだ。
翌日、王は中庭に絵を集めさせ、焼き捨てるための準備を見守っていた。
「神か王族どもを描いていれば、それでご満悦ですか?国王陛下」
そこへ、これまた見目麗しい王子が現れ、サラス王に向かって悪態をついた。
「ああ、ピピスか。これを見たまえ。ゴミの山だ」
「僕はそう思いませんが、国王陛下」
「ほう?また逆らいおるか」
「そうではありませんよ。国王、あなたもどうか卑屈におなりにならないでいただきたいですね。少なくとも僕は、あなたより若い。そして、新しいものを知っています」
「何を知っているというのだね」
「文化の香り、ですよ」
「なまいきなッ」
「僕は、ステキな絵だと思いますねえ」
そう言って、絵をひとつ取り上げると、ピピスはアンドレーアスの方をうかがい見た。
「アンドレーアスさん、是非もっと拝見したいものですね。宮廷は退屈でしょう?」
「はい。あ、い、いえ」
アンドレーアスは驚き、恐縮した。
「ハハハ、正直でよろしいではありませんか、ねえ、国王」
ピピスは、まだ十七、八といった青年であるが、妙に落ちつきはらった口振りが自信に満ちている。
「ああ、なんとでも言うがよい。我はこの画家を解雇することに決めたのだから」
サラス王は平然として、自分の思いどおりに強権を使う。
「ほう、それはもったいない。なにね、小耳にはさんだところによると、なんでもここ一週間ほど、旅の絵描きが街の修道院に滞在して腕をふるっているらしいですよ。ずいぶん目新しい絵を描くとかで……」
「ほう……?」
サラス王は、その細い眼でピピスを見、続きを話せと言うように、優雅に右の手の平を差し出してピピスを促した。
「……まあ、ぬかりのない僕ですから、お察しはつきましょうが……、この眼で、しかと見てきました」
「うーん」
王は唸って、頷いた。
「……、ま、正直申し上げて、なかなかのものでした。評判になるでしょうねえ」
「どんな絵だ?」
サラス王は、好奇心と欲望を抑えきれず、次第にピピスに近寄って小声になり、お付きの者たちを下がらせた。
自分の名誉を高めてくれそうなことは逃さない。
「……ふふふ……」
ピピスは、意地の悪いへつらい者のようにくすくすと含み笑いをした。そして、
「こんな絵ですよ」
と投げやりに言いながら、アンドレーアスの、今にも焼かれんとしていた絵を持ち上げて、王の目の前に突き出して見せたのであった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ご堪能いただけましたか?
さて、アンドレーアスに助っ人登場?
次回はどんな展開になるでしょうか・・・
お楽しみに!
次回投稿は
9月8日(金曜日)を予定しております。
今しばらくお待ちくださいませ。




