聖夜の奇跡
今日はクリスマス。元々は誰かの誕生日という事ですが世間一般では家族や友人、恋人と共にパーティを開いて賑やかに過ごす日。
辺りは色とりどりの灯りが広がり、円錐形の大小様々な樹には沢山の飾り付けがされていて、赤服のおじさんが子供にプレゼントをくれる日。
そして、素敵な奇跡に出会える日…
そんな奇跡の1つを、ちょっと覗かせて頂きましょう。
「みんな~、夕飯ですよ~」
ある街の教会でも、いつもより豪勢な夕ご飯が用意され孤児の子供達に振る舞われていました。
そんなに経営が豊かでも無い教会なのでいつもは質素な最低限のご飯なので、年に1度の楽しみの1つです。
滅多に見ない料理の数々にずっとそわそわしっぱなしな子供達は、お祈りを済ましてから待ってましたとばかりに食べ始めました。
むぐむぐとリスの様に口いっぱいに詰め込んで食べる子も居れば、行儀よく、けれどいつにも増してハイペースで食べる子、がっつく勢いで食べる子等思い思いに料理を味わっています。
いつもは行儀良く食べないとお冠なシスターも今日ぐらいは目を瞑ろうかと、その様子を微笑ましそうに見守りながら自身も食事を楽しみます。
おや?机の端の席にあまり食べていない女の子が居る様です。
名前は『ホロ』、2年前に両親を事故で亡くし引き取り手が現れなかったので教会にやって来た5歳の少女です。
まだ幼かった事もあり初めこそ泣き喚いていましたが、成長するに従い段々と両親の記憶も朧気なものとなり顔もはっきりと思い出せなくなっていき、齢の割に随分しっかりした子に育っているのも相まって、寂しそうな素振りを見せる事もほとんどありませんでした。
けれど、そんな彼女もやはり小さな女の子。
賑やかな雰囲気を感じたり道行く家族連れ等を視ると、ふと、優しい感情に満ちた部屋や大きくがっしりとした手や身体に抱き留められる感覚、柔らかな手で頭を撫でてくれる感触が、微かに思い出されては胸がきゅう…っと苦しくなるのです。
特に今日の様なお祭り事だと、その苦しさが膨れ上がって胸が一杯になってしまいます。
その為、食事もあまり進みませんでした。
夕ご飯が終わり、プレゼントが配られたり簡単なゲーム等を楽しんでいるのを眺めながら、こっそりとホロは部屋から抜け出しました。
特に何所に行こうと目的もありませんが、何となく楽しめる気持ちでは無かったので下を向いたままうろうろし始めたのは良いものの、1人で居る孤独感で寂しくなってしまったので戻ろうか、と顔を上げた所で大変な事に気が付きました。
「ここ、どこ…?」
完全に無意識で歩いていた為、いつの間にか教会の外に出て知らない道に迷い込んでいた様です。
まだ比較的人通りは多い所ですので何人かは気づかわし気にホロの方を見ますが、やはり面倒事は避けたいのかそのまま通り過ぎて行ってしまいます。
例えそんな善意からの視線であっても、知らない人からチラチラ様子を窺われるのがホロには恐怖以外の何物でも無く、人が居ない方へ逃げる様に走り出しました。
角を曲がったり家々の隙間の道を進んだり、そうして知らない道や路地裏を駆け抜けて、周りに人が居なくなった頃ようやく止まったホロは乱れた息を整えながら、本格的に帰り道が解らなくなってしまいどうしようかと項垂れていました。
「君、大丈夫かい?」
そんな時、さっきまで人は居なかったはずなのに急に背後から声をかけられました。
その声に驚いたホロは距離を取ろうと咄嗟に足を動かすも、縺れさせて転んでしまいます。
「あらあら、平気?怪我してない?」
声をかけて来たのは30前の若い1組の男女で、女性の方が助け起こしに駆け寄って来ます。
起き上がらせながら心配気にホロの顔を覗き込んで来る女性の顔を見て、その顔に見覚えのあったホロはぽつりっ、と無意識に口を開いていました。
「おかあ…さん…?」
それを聞いた女性は一瞬きょとんとした顔をしましたが、何かに気付いたのか瞳を見開いてまじまじとホロの顔を見返してから、震えた声を絞り出して訊ね返しました。
「ホロちゃん…?ホロちゃんなのね…?」
その問いに、ホロはこくりと頷いて返します。
頷き終わるが早いか、頭を抱え込む様に強く、けれど優しく抱きしめられていました。
その感触はうっすらと残る記憶の中のままで、自分の事を大切に、深く愛してくれているという温もりを2年振りに感じられた事で、ホロの頬に暖かいものが流れて行きました。
「ホロちゃん…。あぁ…ホロちゃん…」
「お…かあ…ざん…。おがあ”ざん”…!」
2人は亡くなったはずの父と母だったのです。
今まで我慢していた分が溢れ出したかの様に、ホロは泣きながら声にならない声で母親を呼び求め抱き着きます。
母親も涙を流しながら応えて抱き締め返し、2人を包む様に父親が抱き締めて来ました。
そうしてしばらくの間、家族は涙を流し合いお互いの存在を確かめ合いました…
どれくらいの時間が経ったでしょうか。
長い様な短い様な時間抱き締め合い涙が収まって落ち着いて来た頃、誰からと言わず名残惜し気に身体を離してから、ホロが拗ねた様な口調で尋ねました。
「…いままでどこいってたの?」
「…少し事情があってな。寂しい思いをさせてすまん…」
「んーん、わかってる。ちょっといじわるいいたかっただけ」
「ごめんねホロちゃん…。でも、どんなに離れていても私達はホロちゃんを愛してる。これだけはホントよ?」
「うん」
言葉を交わしまた抱き締め合ってから、2年分の空白を埋めるかの様にたわいのないお喋りをしながら手を繋いで街を歩き、ウインドウショッピングをしてお店を冷やかしたりケーキを食べて家族でお祝いしたりしました。
幸福な時間はあっという間に過ぎて行き、いつの間にか深夜を超えていました。
久しぶりの再会で大はしゃぎだったホロは、疲れてうつらうつらとし始めていて父親の背中におぶられていました。
「今日は楽しかったかい?」
「んゆ…、楽し…」
微睡む意識の中、何とか返事を返します。
「そうかそうか、父さん達も久々で大分はしゃいじゃう程楽しかったよ」
「うん…、起きてる…」
「ふふ…、もう、お寝ぼけさんみたいね」
「疲れたろう。今日はもうゆっくりお休み」
起きてるかどうか大分怪しくなって来た頃、その言葉と共に頭を撫でられた事で、完全に眠りの世界へ落ちて行きました。
「幸せに生きてね…」
がんばってしあわせになるよ。
ホロにはもう、自分がそう答えようとした声がちゃんと返事できているのか、はたまた夢の中の事なのか判別出来ていません。
最後に握られた手に、暖かいものが落ちて来た気がしました…
朝目が覚めると、そこは教会の自分のベッドの中でした。
シスターや年嵩の子供達は、部屋から居なくなったホロを夜中中必死に捜索しても見つからず、沈んだ気分のまま教会に帰って来てみれば当の本人がベッドですやすやと寝ているものだから、ぐったりと倒れ込む様に寝て、お昼近くまで起きて来ませんでした。
ホロ自身もいつ戻ったのか、どこに行ってたのか覚えていませんでしたが、当然起きて来た皆にこっ酷く叱られてしまいましたが、そのことが嬉しくもありました。
昨日の事はほとんど覚えていません。
何か幸せな、心温まる夢を見ていた様な気がします…、ですがハッキリとは思い出せません。
ただ一つ確かな事は…
「わたし、がんばっていきてくからみてて…」
この、いつ交わしたのか解らない約束でした…
いかがでしたでしょうか?
クリスマスに限らず、節目やお祝い事、人にとっては大事な日には不思議な事が起こりうるのではないかなと…
自分はそう願っております。(*´ω`*)