秋桜が咲くころに
山間にあるその里は、田舎とまではいかないが民家よりも畑のほうが多く、また翼たちの家から一番近い市駅から電車とバスを乗り継いで一時間半ほどの距離にあった。数年前に新しくできた農産物の直売所がある道の駅。そこでバスを降りて目的地までは徒歩十分ほど。
十月半ばの土曜日。日中はまだまだ汗ばむほどの陽気だが、朝晩は過ごしやすくなり、緑が多いこの場所も心地よく出かけるにはちょうど良い気候だった。
体育大会が終わってすぐの中間考査が昨日やっと終わり、ほっとしたかと思えば来週には実力テストが待ち構えている。
本当にテストばかりで嫌になる。息抜きしないとやっていられない。
息抜きにしては息が上がってきた翼は、けろりとしている将太と走り回っている小学生組を恨みのこもった目で見て言う。
「後ろから車来てるから端によりなさい!」
「はーい。入口まで走るぞ。」
「走るんじゃなくて端による!」
ゆるい坂道を十分かけて歩こうとしていたのに、自宅から駅まで走る弟たちを追いかけ、乗り換えではしゃぐ弟たちを諌め、バスを降りたとたんまたしても走り出した弟たちを叱りつけ。
「……なんであんなに元気なの。」
翼はがっくりと肩を落とす。
「あれ絶対帰りの電車で寝るよな。」
「それいつものパターン。」
車で出かけている日はいいけれど、そうでなければ父親が抱っこして帰っている。もう小学生なんだから自分で歩けと言いたいが、遊びに行って疲れて眠って抱っこで帰宅した時の写真をばっちり残されている翼は何も言えない。
はしゃぐ弟たちの後を、翼は将太と並んで歩く。
歩きなれたアスファルトも初めてくる緑が多い場所というだけで、なんとなく楽しい道のりにかわる。のんびりと息が吸えるとおもえるのは、久しぶりの遠出だからか、今日は受験勉強は休んで遊ぶ日と決めているからか。
夏休み中にかわってしまった視線の角度に、もやもやしていた気持ちには自分なりの原因をあてがって納得させた。だから今、こうして並んで歩いていることに対して感じる、気恥ずかしいような感覚はきっと、たぶん、そういうことなんだろうと翼はひとり気持ちをおさめる。
「うん。俺らも走るか。」
「なにが『うん』なの。やだよ坂道だし。」
「いや、なんか健太ら楽しそうだし。」
先を走っては少し戻ってまた走る。そんなことを繰り返しながら楽しそうに遊んでいる弟たちを見て、これは本当におぶって帰るコースかもしれないと二人は『なんで連れてきたんだろう』と弟こみでの外出を後悔した。
「雄介たちはあれよ、走ってれば幸せなんでしょう。」
「あーそうかも。学校行くときも走りだしてんもんな。」
「登校中に走りだすのは低学年あるある。」
「後ろ向き歩きで登校もあるある。」
のんびりと笑いあいながら交わすおしゃべりは、ずっと続けていられるほど楽しいもので、目的地のコスモス園についてからも他愛のない話は途切れなかった。
***
コスモスを眺めながらはしゃぐ弟たちを迷子にしないように追いかけて、露天に並ぶ割れ物を触ろうとする弟たちにひやひやしながら注意して、時間をみてコンビニで買い込んだサンドイッチやおにぎりを食べさせて、お土産に買ったコスモスの苗を振り回す弟をしかりつけ、道中見つけた公園で遊ばせる。
くたくたになった帰りのバスか電車への乗り換えは、なんとか弟たちを揺り起こし自分の足で歩かせたが、電車で座れたとたん熟睡しだした弟たちと一緒に翼と将太も寝入ってりまい危うく乗り過ごしそうになってしまた。
なんか、なんだか――。
「健太たち遊ばせて終わったな。」
「……そだね。」
バスと電車で寝たからか、体力が回復した小学生組は走って遊んでいる。
十分に楽しかったし、こういうのも良いなとも思えたけれど、物足りなく思うのはわがままだろうか。
遊びほうけてはいられないけれど。
息抜きばかりしてはいられないけど。
受験勉強ばかりしていたら息が詰まってしまう。
だから、ガス抜きはとても大事なのだ。
だから―― だから今度は。
「今度は騒がしいの抜きで、どっか行くか。」
先に言われてしまった言葉に翼はきょとりとして、前を向いたまま頑なにこちらを見ようとしない少し照れている様子の将太ににっこり笑う。
「うん。」
コスモスが咲くころに自覚した気持ちは、まだ淡い淡いくれない色。