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追いかけて、手をのばした先に。

 九月になり、夏休み気分は実力テストのおかげで吹き飛んだ。

 通常の授業に避難訓練、進路懇談。体育大会の準備に、大会本番が終われば文化祭。二学期はなにかと行事が多くて忙しい。

 今は中学最後の体育大会の準備に追われている。

 勉強の息抜きになっている学級旗も書きあがり、あとは乾かすだけだ。

 いくつかのグループにわかれての作業は当然さぼる者も出てくる。手よりも口を動かしている生徒が多いが、教師も慣れたもので行き過ぎていなければ注意はせずに見守っている。

 体操服姿で教室の床に座り込み、花紙で入退場ゲートに飾る紙花を作っている翼たちのグループもおしゃべりの方が忙しそうだ。

 

 大きめのごみ袋の中に出来上がった紙花を放り込み、ペットボトルに手を伸ばす。お菓子があれば言うことはないのだけれど、さすがにそれはない。しょうがないから見逃されているジュースを飲む。

 翼も美香もやる気は似たり寄ったりだ。


「ねえ、お花まだいる?」


「もういらないと思うけど、終わったっていったら別のこと頼まれそうじゃない?」


「他も終わってるよねえ」


「帰りたい」


 ぼやきながらだらだらと薄紙を折っていく。


「おーい。混合リレー出るやつ練習するからグラウンドに集まれ」


 廊下からかけられた号令に一部からブーイングがあがる。

 遊び時間になっていた準備時間が体育になってしまった男女混合リレーにでる生徒たちは、それまで以上にだるそうに、うち数名はやる気に満ちて教室をあとにする。

 翼と美香も選手に選ばれているため、作りかけの花紙を居残り組に任せてグラウンドへとむかった。

 翼は小走りすれば追いつく距離に将太を見つけて、だけど駆け寄るほどではないからなんとなく背中をみる。


 夏休み明けにあった時、目線が変わっていて理不尽だとは思うが、もやもやと腹が立って「身長止まってもいいんじゃない?」なんて言ってしまい変な顔を返されてからまだひと月もたっていない。

 染めるのをやめた髪は根元が黒くてプリンのようになっていて、もう少し髪が伸びたら切ると話していた。

 父の実家に帰省していたせいでぽろっと方言が出た時に、耳を赤くしてへんに照れていてかわいかった。


「翼さ、好きなの? 田村のこと」


「……わかんない」

 

 付き合ってるのとか、好きなのとか、一人でいるときに探られたことは二度ほどある。聞いてきた子たちが将太のことが好きだとか、そういうことではないようで「弟の友達のお兄ちゃん」という説明で、勝手に自分たちの納得のいく解釈をして去っていく。 

 休み時間におしゃべりをする。週に一度弟たちを遊ばせるついでに図書館で勉強する。その時たまに弟たちのお菓子を買いに買い物にいく。

 男女関係のない遊び方しかしていない。

 探ってくる女子たちだって男子と遊んでいるのに。


「面倒臭い」翼のつぶやきを拾った美香はうんうんうなずきながら言う。


「まあ彼氏いても、受験終わるまでは面倒臭いよね」

 

 相づちの内容は合っていなかったけれど、なんだか現実味を帯びた言いかたに翼はピクリと眉を動かした。


「美香さん美香さん。なにかありましたか? 今日やたらとスマホ見てた理由ですか?」


「ん。塾が同じ西中の子にコクられた」


「え?! ちょくで? ラインで?」


「昨日塾帰りに、直接」


「おお! で? で? 返事は? 返事は?」


「受験終わるまで考えられないって答えたら―― 受験終わったらもう一回告白するって言われた」


「きゃぁ。同じ塾ってことは頭いいよね?」


「うん。上條狙ってる子。顔はふつーかな。優しそうだけど」


「どうしようドキドキしてきた」


「なんで翼がドキドキするのよ」


「だって今まで私たちそういう話なかったし」


「そうだけど、なにも今じゃなくてもっておもうわ」


 好きに時期なんて関係ないよ。なんて物知顔で言って、二人して照れたように笑う。

 クラス別に男女六人づつが整列する頃には小声で話して、話題をかえた。

 

「混合リレーは高得点だからな。優勝目指すなら各自手を抜かないように」


 お決まりのような説明をする教師の話を聞き、百メートルづつのスタートラインにそれぞれが別れる。

 第一走者は美香からで次は男子女子と順番に走る事になってる。第三走者は翼。バトンを繋ぐ相手は将太だ。

 推薦されたアンカー以外はくじ引きで決まったメンバーだ。高得点の種目でも優勝は狙えそうにない。

 スタートの笛が鳴り第一走者が走り出す。そうなると皆、体育の授業よりも真剣にスピードを競いだす。

 前を向くと将太が翼を見ていた。バトンを受け取らなくてはならないから見ているだけだとは分かっている。それでも視線が気になるのは、やはりそういうことなのかもしれない。

 そんなことを考えてぼんやりしていたら、将太に声を張り上げて名前を呼ばれた。


「佐倉! 後ろ!」


「!!」


 慌てて後ろを振り返り、迫ってきている二走者を視界にいれる。

 右手を後ろに構えて助走をつける。

 バトンを落とさずに受けとることだけを考えて、手のひらにしっかりと触れてからぎゅっとバトンを握りしめる。

 前を見て走る。百メートルなんてたかがか十数秒だ。オリンピックの九秒代なんて次元が違いすぎてぴんと来ない。

 もう少しという距離まで来たら将太が助走をつけて走り出す。

 一生懸命腕を伸ばして、差し出されている手にバトンを渡す。

 がんばってなんて言う余裕はなくて、ふはぁと大きく息をつく。

 やっぱり十数秒で五走者目の女子が将太から青いバトンを受け取って走る。

 女子のアンカーである彼女は少し早い十数秒を走り男子のアンカーに引き継いだ。


 練習なのに皆走り出したら本気になっていて、一番だ二番だと盛り上がっている。

 翼も同じ三番目を走った子達と喋りながら息を整える。

 

「バトンわたすのって難しいね」


「だよね。落としそうでいやだよね」


 腕を伸ばして、バトンをわたす。落とさないように受け取って、落とされないようわたして。


 

 運動会が終わったら、打ち上げに遊びに行こう。

 誘ったのは翼からだ。

 嫌がらなかったのは将太だ。

 中学三年生の二学期はとても忙しい。受験のせいでぴりぴりしてきているし、かといって受験だけにかまけてもいられない。ちょっとしんどい時期だ。

 だから息抜きの遊びはとても大切だ。


「はやく運動会終わらないかな」


 そう言った誰かの言葉に、翼は「そうだね」とすんなり同意した。














 


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