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玉ねぎ掘りと中間考査


 小学校一年生の弟が風呂で綺麗に髪を洗えていないことを知り、最近は一緒に風呂に入り洗髪してやるようになった。が、どうもうまく洗えない。

 どうすればいいのかの相談相手は、父親ではなくクラスメイトの翼だった。


「百円ショップ活用しなきゃ。シャンプーブラシ使えば一人で綺麗に洗えるよ。あ、毛の部分はやわらかいのね。硬いの痛いから」


「お前、百均好きだな」


 翼と話すようになり、百円ショップの便利グッズをかなり知った。ライト付きの耳かきはとても重宝している。


 放課後の北校舎の非常階段は生徒があまり来ない。

 人気がないのをいいことに、将太は遠慮なく階段に座りこむ。


「取りあえず、シャンプーブラシとスコップは百均だな」


「園芸用の手袋も売ってるから、玉ねぎ掘りの持ち物全部大丈夫じゃないの?」


「長靴とカッパもいるから、前に行った店いってくる」


 将太は座ったまま顔だけ翼のほうへ向け答える。

 手すりに持たれて立つ翼を見上げて、風にひらひら揺れている制服のスカートからのびる足を見てしまい気まずくなった。意味なく左耳のピアスを弄る。

 将太の気恥ずかしさには気づかずに、翼は葉桜を見ながら話を続ける。


「間に合わせでいいのなら合羽も売ってるよ? 普通に買ったら結構高いよ」


「梅雨までにあった方が良いだろうから買うわ。軍資金はクソから一万ちょろまかしてきたからあるし」


 そうなんだと、会話を終えようとした時、校舎の中から「おい。何をしている」と、声をかけられた。

 視線を向けるとそこにいたのは、学年主任の神田だった。眉を寄せてるその顔に翼は不穏なものを感じた。何をもなにも、ただ話していただけだと言うのに――。


「田村と、佐倉か。なにしてる。部活もないなら早く帰りなさい」言ってじろりと将太を見やり「一万がどうした」と、硬い声を出した。

 

 その言い様にむっとしたのは将太だけでなく翼もだ。なんだかとても含みのある嫌な言い方だったから。

 翼は不機嫌ながらもなるべく丁寧に答えることにした。その方が、早くこの場から去れる。

 

「弟が同級生でその話してただけです。もう帰ります」


「……そうか。気をつけて、早く帰りなさい」


「はい。田村くん早く行こ」


 え? と言葉に詰まった将太の腕を引いて非常階段を下りていく翼に。


「おい、どこに?」


 と聞くと、何言ってるの? と言わんばかりに。


「百円ショップでしょ」


 と返された。



***


 

 遠足の時とは違い、今回の玉ねぎ掘りの準備は早く終わらせられた。軍資金の残りでいつもより豪華な弁当を買って帰る。

 

「健太いるかあ。おら、飯買ってきたぞ」


「おかえりお兄ちゃん!」


 にこにこと飛び掛かってきた弟とじゃれながら将太はリビングへ歩く。

 リビングのローテーブルにスーパーの袋を置いて中身を取り出す。二リットルのペットボトルのお茶と弁当が二つと菓子パンが三つ。


「スペシャル幕の内。食いきれなかったら朝食えよ。チンしてきてるからすぐ食うか?」


「食べる! いただきます」


 弁当のラップを外しにかかる弟に、コップもってくるから俺のも開けててと言い、将太はキッチンにマグカップを二つ取りに向かった。

 お茶をいれ、テレビを見ながら弁当を食べる。

 あらかた食べ終えたところで将太は別の買い物袋を健太に渡した。


「長靴とカッパ、水色なら何でもよかったんだよな? スコップも入ってるから」


「ほんと! 見ていい?」


 うきうきと袋を開ける弟を見ながら、将太は「落ち着けって」と、言って笑った。




 その日の入浴ではさっそくシャンプーブラシを使い、髪がさらさらになった気がして満足した。

 風呂上りに冷たい牛乳を飲みながらゲームをしていたら健太がねえと、話しかけてきた。


「ねえ、お兄ちゃんってユウスケくんのお姉ちゃんと友だちなの?」


「ゆうすけ?」


「サクラ ユウスケくん」


 苗字を言われ誰のことなのか分かる。


「ともだち、というか、同じクラスだよ。ゆうすけって奴がなんか言ってきたのか?」


「お姉ちゃんがお兄ちゃんと友だちだって言ってたけど」

 

 違うの? 首を傾げられて、将太は返答に困った。

 今日の放課後のことを思い出す。

 多分ではなく、あれはきっと疑われている。カツアゲとかいじめとか、そんなことを。半ば決めつけていた教師の眼差しまで思い出し、時間が経った今でもむかっ腹がたつ。

 金髪にピアス。たまに授業をサボって空き教室で寝ている程度で極悪人扱いだ。


「……。同じクラスだから、たまに話すくらいだよ。おら、牛乳飲んだんならさっさと歯ぁ磨け」


「はあい」


 

 放課後に弟のことで何度か話をしただけの、たまたま二回ほど百円ショップに行ったことがあるだけの、同じクラスの子。

 友達でもなんでもない。

 だって、そうじゃないと――。


「あいつまで目ぇつけられんじゃん」


 それは本当に嫌なことだと思った。




***




 その日は主要科目の授業ごとにテスト範囲のプリントが配られた。

 黒板横の掲示板には、でかでかと中間考査の日程が貼られている。

 教師たちは口を合わせたように「受験生になっての最初のテストなんだから」とか「まだ大丈夫と思っていたら痛い目を見る」とか、お決まりのセリフを吐いている。


「社会の範囲なにこれ?! やってないとこまで出てんじゃん!」


「人権思想の歴史ってやったっけ?」

 

 相変わらず美味しくない給食を食べながら、翼と美香はプリントを見ながらぼやく。

 国語・数学・英語・社会・理科の五科目のテストが二日にわたって行われる。一日目が数学、英語、社会という一夜漬けしにくい日程だった。


「翼の行ってる塾ってテスト対策期間はいってんの?」


「うん。もう疲れる。あっちでもこっちでも勉強ばっか。美香は? 猪瀬ゼミって厳しいんでしょ?」


「あそこは年がら年中ぅ、テスト対策受験対策よ。ママから最低ライン学年五十番以内って言われてる」


「美香、頭良いもんね」


 なまじ成績が良いと親からの期待がかかって、プレッシャーもかかる。

 最低ラインが学年上位なんて言われたら、翼ならその場で文句を言うレベルだ。臨時のお小遣いをチラつかせられれば、頑張って百番以内なら目指そうと思えるが。

 

「テストが終われば修学旅行か」


「いよいよだね。テスト終わったら旅行の買い物行こうね」


 そういえば、四時間目の体育の授業をサボっていた金髪のあの子は、テスト対策と修学旅行の準備は大丈夫なんだろうか? 弟のことばかり気にしているけれどと、翼はコクの無いポタージュスープを飲みながら思った。




 翼に心配されていた将太は、担任からもしっかり心配されていた。

 場所は体育館の外階段の下、生徒があまり行き来しない所だ。


「なあ田村、おまえもう授業内容ついてこれてないだろう」


(だからどうした)


「二年の期末考査の時みたいに白紙提出する気か?」


(……なんで知ってんだよ)


「もう三年なんだ。最低限のことはしよう。行ける高校なくなるぞ」


 お説教なんて聞かされたところで反発心しか生まれない。

 だいだい、教師の心配なんてその時限りの代物だ。卒業してしまえば、関わりは無くなる。げんに二年の時の担任にも似たようなことを言われたが、今はもう話すこともない。相手は一年生の担任になっている。

 親身さなんて、自分の評価への心配からの保身にすぎない。


「友達同士で勉強し合うのもいいぞ。高坂たち誘ってみたらどうだ」


 たまにつるんでいる遊び仲間の名前を聞いて、教師に対する不信感が強くなる。

 後腐れのない、その場限りが楽しいだけの遊び仲間。

 取りあえずでも毎日登校してきている将太と違い、高坂は登校自体をあまりしていない。問題児を、まだ軽度の問題児に押し付けてきただけかと、将太はなんだか可笑しくなってげらげら笑った。

 突然笑い出した将太にぎょっとした担任は、真面目に話を聞きなさいと叱り、深いため息をついて念を押すように将太に言う。


「次のテストでも白紙提出するのなら、即保護者面談だからな」


 勝手にやってろと、将太は笑いながら言い返した。

 呆れている担任をその場に残して教室にカバンを取りに向かう。

 どうせ午後からは、だるい音楽だ。かったるくて、やっていられない。



 教室に着くと翼がいた。同じクラスなのだから当たり前のことだがなんだがやけに、ああこいつがいたなと思った。

 手にはアルトリコーダーと教科書に筆記用具。黒い長い髪は、今日は一つに結わえてある。

 きっと翼は教師から良い生徒と思われているはずだ。よく一緒にいるところを見る友達も、真面目そうな女子だった。

 自分とは、仲良くする要素のない子。

 将太はふいっと視線を逸らし自分の席に向かう。

 給食食い損ねたなと、ぼんやりと思いながらカバンを掴んだとき、何気に翼が話しかけてきたから、すこしおどろいた。


「田村君、給食三分で食べたら五時間目間に合うよ」


「いらね。まずいし」


「ふーん。まあ、不味いよね」


 多分、全校生徒が不味いと思っている。


「じゃあ音楽室でね。一緒のグループだからサボんないでね」

 

 そう話して教室を出ていく翼には嫌な気はしなかったが、将太は手にしたカバンを持て余しつつ。


「リコーダー持ってきてねえし」


 と、ぼやいた。



 手ぶらで音楽室へいくと、音楽の専任教師からは説教も小言もなく、一瞥されるだけでおわった。教師面して釘をさされるより責められている気がした。




***


 

 

 将太は二重になっているビニール袋を前に途方に暮れている。

 近所のスーパーのロゴが入ったその中には、泥付きの玉ねぎが三玉入れられていて、持ってみるとずっしりと重かった。

 弟の玉ねぎ掘りの戦利品だ。が、こんなものどうすればいいのか分からない。

 母親が七年近く前に他界してからは祖母が家事全般を担っていた。その祖母が去年亡くなってからは食事は全部、弁当やインスタント食品ばかりだ。生の玉ねぎの処理の仕方など知らない。

 弟はどうやって食べるのかと、期待にわくわくしているようで、こっそり捨てることは無理そうだ。

 どうしようかと考えていると、だんだんと健太の顔が沈んできた。


「……持って帰ってこないほうがよかった?」


 小さな声で、そんなことを言うから慌てた。たしかに困ってはいるが、責めることではないから。


「大丈夫。―― たぶん。あ、ほら、カレーならできそうだし」


 小学生の時に飯ごう炊飯で作ったことがある。肉と野菜を煮てカレールーを放り込めばいいだけのはずだから、作れないことはないだろう。


「明日な、カレールーとか買ってくるから。明日玉ねぎ食おうな」


「うん。おれも手伝うね」


 そう言って笑った健太に、将太はほっと息を吐いた。




 翌日の学校はテスト期間という事もあり、休み時間でも教科書を広げている者がちらほらといた。

 翼もその一人だった。教科書を広げている友達、鈴木美香相手に暗記した個所を口に出しているようだ。翼が終わると次は美香といった具合に覚えているかのチェックをしていた。

 教室で、休み時間にも真面目にテスト勉強している相手が、次元の違う生き物に思えた。


「なあ、んな丸暗記でテスト勉強になんの?」


 そう声をかける。


「社会なんて丸暗記以外覚えようがないもん。歴史興味ないし」


「テスト対策だしね。暗記だけで点取れるから油断できないし」


 翼と美香がそれぞれから答えがかえる。


「田村君は? 一夜漬けじゃ間に合わないよ」


「俺、暗記得意だし」


 得意、だった。去年転校してくるまではそれなりには勉強もしていたのだ。


「そうなんだ? じゃあ社会のテストでわたしが田村君よりいい点とったら、健太君と会わせてね」

 

 脈絡なく弟の名を出されてぎょっとした。親しそうな物言いに美香は怪訝な顔をしている。


「なんで、健太」


「雄介が仲いいみたいだから。名前はよく聞くんだけど顔知らないから、想像で田村君を身長百二十センチにしてみたんだけどぴんと来なくて。あ、弟同士が友達なの」

 

「あ、弟ね。兄弟それぞれ同級生なんだね」


「なんで、テストの点できめんだよ」


「やる気で無くって。モチベーションあげるため?」


「だったら、アイス奢るとあるだろ。なんで健太」


 言えば翼は教科書をめくりながら「なんとなく?」とあいまいに答えた。


「んなことよかお前んち、玉ねぎどうした?」


「玉ねぎ掘りのなら カレーにしたよ。一回で三つくらいかるく使うし」


「……カレーどうやって作るかしってんのか?」


「カレーくらいは作れるよ。パッケージの裏通りにしてればまず失敗しないと思うけど」


 聞けばカレールーの箱裏には作り方が書いてあるそうだ。材料も全部。それならきっとなんとかなる。


「野菜の皮むきどうしてる?」


「ピーラー使ってる。家にないなら百円ショップで売ってるわよ」


 また百均かと、将太は突っこんだが、放課後はしっかりピーラーを買いに百円ショップに足を運んだ。 


 


 レシピ通りに作ったはずのカレーは、想像よりは美味しくて、覚えている家のカレーよりは美味しくなかった。

 それでも健太がおかわりをしたから、作って良かったと思えた。


 夜遅くに帰宅した父親が食べた形跡はなかったけれど、勝手に食べられなくて良かったと思うことにした。



 週明けから始まった中間考査の結果は散々だったけれど、唯一社会だけは平均点以上取れていた。

 もう少し点が取れると思っていたので、翼に負けたことがなんだか大げさに口惜しかった。


それだけでテストは終わったはずだった。一教科だけ良い点だったことを悪いほうにとられるなんて、考えていなかった。



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