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cold moon

 電動の鉛筆刷りを使っていたら、たまに削りすぎてしまうことがある。

 問題集を解いている最中や考えことをしている時、はっと気づいたら鉛筆が短くなっていて何だかもやもやしてしまう。

 翼は短くなった鉛筆をペン立てに戻し、シャープペンシルを手に取った。

 流行りの和柄のそれは、百円ショップで売っているオリジナルのシャープペンシルが作れるキットで翼が作ったものだ。

 かちかちと親指でノックボタンを押して芯を出す。

 出しすぎた芯が、ぽきりと折れて翼ははあと息を吐く。

 夕食後、自室の机に向かって小一時間、なんとか一ページ分は終わらせたけれど集中できない。

 自分のやる気の問題ではなく、今日という日が駄目なのだと思う。

 定番の、言ってしまえばありきたりな彩りよいサラダや骨付きの鶏もも肉の料理もチョコケーキも、駄目な日を良い日にはしなかった。

 昨日までは大丈夫だった。明日もきっと大丈夫だ。


 だからやっぱり、今日という日が駄目なのだと思う。


***


 毎日こつこつ勉強できるかは、生まれ持っての素質だと思う。

 ベッドにだらりと寝転がり、弛緩する体をそのままに将太はくわっと欠伸をした。

 毎日こつこつをしてこなかったツケなのか、思うように成績が伸びない。

 塾では少しでも偏差値の高い学校に行かせたくて「ここを狙える」と励まして、学校では高校浪人を出さないために完全な安全圏の学校を受験させようとする。

 受験しようと思っている高校が、どちらの主張とも少しずれていて、どちらからも励ましの形の小言をもらう。

 励ましも小言もない父親の無関心さが、今はすこしありがたい。

 

 机に向かわなくてはいけない。過去問を一つでも多く解かなくてはいけない。受験を成功させなくてはいけない。

 全部綺麗に終わらせて、そしたら、そしたら、それからのことを考えたい。

 よしっと気合を入れて起き上がる。

 ロフトベッドの下にある学習机は小学校に上がるときに買ってもらったものだ。消せない落書きにこびりついたシールの跡、いつ書いたのかいつ貼ったのか、いちいち覚えていないそれらは愛着の一つになっている。

 意識はしていない。する必要もない。

 今は開いたままの過去問題集に集中しなくてはいけない。

 問題を解くことになれるために、一問一問時間を決めて解いていく。

 九時まで、九時まで頑張ったら風呂に入って頭を休めよう。もともとそんなに真面目に勉強するタイプじゃない。パンクしないようにサボらないように、ちょっとでも、少しづつでもやっていこう。


***


 風呂上りの飲み物が欲しくなったけれど、台所にいけばリビングにいる母親と顔をあわせてしまう。母親との対立は何だか意地のように続いている。

 ペットボトルのお茶はまだ部屋にある。今、顔を見せる必要はない。

 翼はなるべく音をたてないように階段を上がって、静かに自室へ入っていった。


 学習机に置いている時計を見る。

 夜十時。

 まだ早い時間?

 もう遅い時間?


 ひとつはっきりしている事は――。


***


 スマートフォンを持っていても、使う機能はもっぱらメールアプリや動画の閲覧程度だ。だから無料メールアプリの電話機能は使ったことがなくて、コールされていてもすぐには気づかなかった。

 数コール目で電話だと気づき、慌てて通話マークをタップする。

 うわずった声が出ていないかが気にる。


「はい。えっと、はい。」


 電話の一言目を無難にしとげるのがこんなにも難しいとは考えたこともなかった。

『おう、なに?』とかなんか軽く、なんかほらあっただろ! 俺!

 耳が熱くなっていることに電話なら気づかれないことに、将太は胸をなでおろす。

 将太の焦りは将太の願い通り通話相手の翼には伝わらなかったようだ。翼は普段通りの声音で。


「急にごめんね。いま平気?」


「おう、なに?」


「ん。なんか、なんとなく。冬休み入るし、冬期講習とか、忙しくなるし、ちょっとなんか、しゃべるくらいしたいし。」


 受験が終わるまで遊ばない。なんて言い出したんだから、電話にくらいいくらでも付き合ってほしい。そんな気持ちはうまく言葉にできなくて、なんとはなしに途切れ途切れの、考えながらの話し方になってしまう。

 つまらないと思われたくないけれど、つまらなくても付き合ってほしいとも思う。


「うん。息抜きしないとな。そういや、佐倉は、あーケーキ食べた?」


「食べたよ。チョコのやつ。お父さんの会社の付き合いで毎年一緒。もう飽きたわ。田村君は?」


「ちっこいケーキが六種類入ったやつ食べた。」


 何でもない日常のちょっとした話をつづける。

 同じクラスだといっても、学校ではこんな雑談をしていられる時間はない。ゆっくり話すのは久しぶりだ。

 五分、十分と話して無言が増えていく。

 それでも電話を切るのはまだ寂しい。

 話題を、探さなくては終わってしまう。


「今日、外明るいな。」


「え? あ、そうだね。満月でもないのにね。」


「月見えるのか?」


「うん。屋根と電信柱の隙間に見える。綺麗だね。」


「だめだ。明るいのはわかるけど月自体は見えない。ベランダ出ないと無理だな。」


「晴れた冬の月ってなんか見てたら寒くならない?」


「冷えるんだっけ。」


「―― もう寝るの?」


「いや、過去問もうちょいやる。ほら、息抜きできたし。もうちょいやるわ。」


「じゃあ、わたしももう少し頑張ろう。」


「おう。じゃあ、また。」


「うん。またね。」



 メリークリスマス。

 そう言って電話を切るのは気恥ずかしくてできなかった。











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