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after~side lucia~

作者: 千月華音

※この話は『幕間~ルチア&小鳥』の続きです。

 



 瑚太朗は目が覚めると同時に、ベランダを出て丘の上を見た。

 事象は確実に推移していた。

 オーロラの輝きが一つの帯となって収束していく。

 もうすぐだ。

 もうすぐ終わる。

 それに伴い、加島桜も大規模な侵攻をかけてくるだろう。

 今はまだ準備期間という感じだろうか。

「おい、天王寺」

 ベランダの下から吉野が声をかけてきた。

 肩に長い棒を携えているが、どうも彼の得物にしては長すぎるような気がしないでもない。

 そう言ったら相変わらずわけのわからないことを言って言外に気に入ってると言っていた。

 まあ気に入ってるならいいか。

「なんだよ、吉野」

「てめえ一人だけ何自宅でくつろいでやがる」

「あ?」

「あ?じゃねえ! 俺はともかく、嬢ちゃんたちの寝床くらい確保しとけ!」

 吉野はそれだけ言うと、ぷいっと背を向けて立ち去った。

 吉野の言いたいことが伝わるのに、数秒を要した。

「なに言ってんだ、あいつ……?」

 オカ研メンバーのことを言ってるのだろうか。

 彼女たちはそれぞれの場所で待機させているが、疲れたなら各々自宅に戻ってもいいとは言っておいた。

 自宅というか、自分が寛げる場所にという意味だが。

 そうなってないということだろうか。

「ありうるな。静流あたりは、ずっと同じ場所にいそうだ」

 根が真面目なだけに。

 今は小休止期間だし、彼女達の要望でもきいてやろうか。

 そう軽く思っていたのだが。

 それはそう簡単な話ではなかったと後に知る。





 まず部室に行くと、朱音がFPSをしたいと言い出した。

 オンライン環境を整えることは、やろうと思えばやれるが、そんなことにアウロラを使うのはリソースの無駄だ。

 朱音はしぶしぶ納得した。

 ただしアイスを十年分要求したが。

 そして静流はやはり待機場所でずっと見張りを続けていた。

 静流の気持ちはありがたく受け取り、さんまを焼いて喜ばせてやった。

 そしてちはや。

 もはや言葉もないが、森の入り口の木の枝にひっかかっていた。

 助けるのも面倒なので放っておく。

 小鳥は滅びた街を緑で増やそうと(もともと緑はあちこちにあるが)ガーデニングに勤しんでいた。

 これはこう配置しなきゃ、あっちも直さなきゃ、と結構充実しているように見える。

 みんな好き勝手やっていた。

「俺、なにやってんだ……?」

 なんだか一番無駄なことをしているのが自分のような気がする。

 あとはルチアだけだった。

 彼女のことだ、毒耐性のオンオフが嬉しくて、今はずっとオフ状態を満喫しているだろう。

 そう思っていたのだが。

「ん?」

 ルチアは風祭の公園跡地でベンチに座っていた。

 せっかくスキンシップできるというのに、たった一人で何をしているのか。

「よっ」

 遠くから声をかけると、ルチアは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに顔を赤らめた。

 それを不思議に思ったが、すぐにどういうことか思い出す。

「あー……。そういえばデートするって言ったっけ」

 ルチアはずっと瑚太朗が言い出すのを待っていたらしい。

 悪いことしたな、と反省する。

「悪い悪い、待った?」

「ううん、今来たとこ……って、何を言わせるかあっ!!」

 久々にルチアの鉄拳をくらった。

 素手で殴られるとそれなりにきくなあ、と懐かしさがこみあげる。

「というわけで今からデートしようぜ、委員長」

「……っ」

「あ、ルチアって言ったほうがいいか? みんなの前では委員長でいいよな」

「う、……うん。それで……いい」

 相変わらず照れ隠しが下手なルチア。

 それでいて素直になると驚くほど従順になるから困る。

 ありとあらゆる命令をしてしまいたくなるから。

(いかん、いかん)

 今回はみんなの要望をきいてあげるのを目標にしてるのだ。

 できるだけルチアの希望を叶えてあげよう。

「まずは、……そうだな。あの日の再現といくか」

「あの日?」

 パシッ、と指を鳴らすと、場面が切り替わるように移動した。

 暗い場所でデートもなんなので、あらかじめ圧縮空間を作っておいた。

 もう一つの風祭市。

 ただし住民はゼロ。

「作ってもよかったんだけど、俺の付け焼刃の理論じゃこれが限界でさ」

 それは収穫祭の再現のような街並みだった。

 あちこちに出店(ただし人はいない)を配置し、オープンカフェや花飾りで彩られた住宅街。

 空は澄み渡り、秋の雲までがあの日のままだった。

「こ、これは……」

「パフェの店もあるぜ。まずはそこからだな。あの日、ちゃんと食べられなかったし」

「……瑚太朗」

 覚えててくれたのか、とルチアは涙声で言った。

 たいしたことじゃねえよ、と瑚太朗は照れくさそうに答える。

「さ、行こうか、ルチア」

「…うん!」

 瑚太朗の手を握り、ルチアは涙を振り払い、笑顔で頷いた。





「え……? お、美味しい……?」

 ルチアは自分の舌が味覚を感じることに驚いた。

 瑚太朗が用意したパフェは(調理したわけではなく出現させた)それは見事な盛り付けの、見た目にも美味しそうだとわかるものだったが、味までわかるとは思わなかった。

「味覚と嗅覚、他の感覚も戻しておいたから、安心して食べろよ」

「……っっ」

「おいおい、泣きなさんな。ずっとそうなりたかったんだろ?」

「うん、うん……」

「ぶっちゃけ、俺の望みでもあるし」

「え?」

「いやあー、食事中にする話じゃありませんので。ささ、どうぞ」

 瑚太朗はあやうく口を滑りそうになり、尻をつねって戒めた。

 ルチアの感覚が戻ったらぜひ試してみたいこと。

 今まで抑制剤の副作用もあり、ずっとルチアを満足させることができなかった。

(さて、どんなふうに悦ばせてやろうか)

 ちなみにホテルも作ってある。

 ここにはふしだらNG娘の小鳥もいない。

 浮気ではない。断じて。

(俺はルチアの希望を叶えてやるだけだ)

 ほとんど自分の希望だったりするが。

「瑚太朗は、食べないのか? ほとんど手をつけていないようだが……」

「あ、お、俺?」

 見ると、確かにスプーンを持ってはいるが、いまだ一口も食べていない。

 瑚太朗の目の前にあるパフェは出てきたときと同じ状態のままだった。

「口に合わない……のか?」

「い、いや、そんなことはねえよ。……美味そうだよ。ほんとに。俺すごいね!」

「…………」

「そんな目で見るなって。正直言うと、食べる気しないんだ。食事はもう無理みたいだ」

「瑚太朗……」

「でも飲み物とかは普通に飲めるぜ。なんでなんだろうな。体内に入れるという仕組みは同じなのに」

 咀嚼と嚥下にそれほどの違いがあるとは思えない。

 篝もコーヒーだけは飲めるし、俺も普通に美味いと思う。

 だけど熱量を蓄積することにどうしても抵抗を感じる。

 そのへんを分析してみるのも面白いかもしれない。

「……なに?」

 ルチアがじっと見つめていた。

「いや……。そんな顔してる瑚太朗を見るのは初めてだなって」

「そ、そう?」

「あ、元に戻った」

「なにそれ、ひどい」

「瑚太朗は本当にいろいろなものを見たのだな」

「ん……」

「とても遠いところに行ってしまった気がする」

「そうだな」

「なのに、今でも私を……その……」

 言いよどむルチアを見て、何が言いたいのか瑚太朗はわかり、彼女の手を取って微笑んで告げた。

「言っただろ、決して一人にはしないって」

「……瑚太朗」

「いやこんな言葉じゃダメだったんだな。好きだって、はっきり言わないと」

 ずっと言わなかったからルチアを一人ぼっちにさせてしまった。

「お前が好きだ」

「……っ」

「お前から見たら不実かもしれないけど、今はお前だけが好きなわけじゃない」

「…………」

「だけど好きなのは変わらない。ダメかな、こんなんじゃ」

「ううん」

 ルチアは首を振って微笑んだ。

「それだけで十分だ」

 それが決してやせ我慢の笑みではないのだと伝わり、瑚太朗はルチアの顔に近づいて唇を寄せた。

 不意打ちのようなキス。

 ルチアは目を丸くして、途端に顔を真っ赤にする。

「……っっっ!!!」

「ほら、パフェが溶けるぞ」

「しょ、しょ、食事中に……っ!!」

「唇にクリームついてたから取ってやったんだよ」

「なっ……! お、お前、変わりすぎだっ!!」

 なんかこういうルチアを見るのは、久しぶりのような気がする。

 それが見たくて悪戯をしたくなったことは、黙っておくことにした。





 それからKAZAMOに行って二人で遊んで。

 収穫祭の出し物を二人で見て回って。(ただし人はいない)

 学校にも立ち寄ってみた。

 いつかルチアが言っていたように、空き教室や校舎裏、人気のなさそうな廊下(人はいないが)で、キスを繰り返した。

 陽が落ちるまであちこち見て回った。

 夜景が灯るようになると、展望レストランに行った。

 瑚太朗は淡い月の光で客達を作り出し。

 二人きりの食事がとても賑やかになった。

 なにもかもあの日の再現。

 キスをねだると瑚太朗は何度も何度も答えてくれた。

(私……いいのかな。こんな幸せで)

 ルチアは瑚太朗の腕の中で幸せをかみしめながら、静かに涙を流した。

 やりすぎたかな、と瑚太朗は少し反省しつつもルチアを抱きしめる。

「疲れたか?」

「ううん」

「少し眠ってろよ。まだ時間はあるからさ」

「…瑚太朗」

「なに?」

「綺麗だな。……この世界は」

 同じ言葉を聞いたことがある。

 その先の言葉も、瑚太朗は知っていた。

「でも、……滅ぶのだな」

「……ああ」

 あれはルチアと公園にいたときに、彼女が絶望をこめて言った。

 そのときは反論したけれど。

 今度は瑚太朗は否定しなかった。

「悪いな、付き合わせて」

「……いいんだ」

「世界は滅ぶが、俺たちは残るさ。形は変わってもな。これは命を繋げていくという理論だから」

「辛く……ないのか?」

「そういう気持ちはないんだ。俺は死んでも、篝が残れば、それでいい」

「…………」

「この世界で篝に出会えたことが、俺にとっての幸せかな」

 ルチアは瑚太朗の横顔を見て、彼が幸せを見つけることができたのを嬉しく思った。

 それは自分ではなかったけれど。

 こんな顔を見ることができただけでも良かった。

「ルチア」

 もう一度、とねだる瑚太朗にルチアは応えていく。

 時間はもう、――本当は残り少ないのだけれど。



少し大人な瑚太朗とルチアを書いてみたくなりました。

気持ち的には二人とも学生気分ですけど……。

ルチアは可愛いので大好きです。書きやすいですね、この子。

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