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十二日目(後編)

「失礼します」


 生徒会室に入ると中にいるのは霧絵生徒会長ただ一人だった。めずらしいこともあるものだと樹は思いながら自分の席へ。けれどしばらく経っても誰も来ない。さすがに樹がこの状況を不審に思い始めると、答えを出すように生徒会長は樹に向かって言った。


「今日他の人、こないから」


「なんでですか?」


 樹の問いに生徒会長は両手で組んでそこに顎をのっけるどこか偉そうに言う。


「私がそうするように言ったから」


「はぁ……じゃあ僕も帰っていいですか?」


「駄目」


 樹の言葉に会長は否定の返事をした。当然樹は疑問を抱く。


「なぜです?」


「あなたにだけ言いたいことがあるから」


「それはなんです?」


 会長の言葉に嫌な予感を覚えながら樹。


「上月君、あの、あなたにはね、次の会長を任せたいと思っているの」


「……そうですか」


 そっけない返事で樹は返した。生徒会長は僅かに眉をひそめるが言葉を続ける。


「でもそれには片付けない問題がある」


「何ですか」


「最近つきあい始めたあの太った彼女のことよ」


「なぜ、それが関係があるんですか」


 またその話か。樹はいいかげんにして欲しいと思う。生徒会長を睨み付ける。会長はそんな視線に負けないで言った。


「生徒会長はね、生徒みんなに見られる立場なの。こんな学校のでもね。それだけじゃない他校の生徒にも見られる可能性がある。そのときあんな子が彼女だとまずいの」


「意味がわからないです」


 樹は現在の自分の置かれた状況を明確な言葉で答えた。それに対して生徒会長の方は今の樹が置かれている立場について明確に説明する。


「つまり次期生徒会長の彼女としてはふさわしくないってことよ」


「……」


 樹が無言でいると霧絵生徒会長は話を続けた。


「失礼だけどあの子について調べさせて貰ったわ」


「はぁ」


「成績は中の下、いや下の上ぐらいかしら、部活にも入らず友達と遊びほうけている。なによりあの体型! あの子は上月君を駄目にするタイプよ」


「どうでもいいじゃないですか。僕がどうなろうと」


「駄目よ。あの子が彼女だと正しくないの。いろいろと間違っているの。そして何より上月君にとって良くない」


「失礼ですが、繰り返し言います。何故ですか?」


 会長の言葉に根気強く樹。会長は僅かに首をかしげる。


「わからない?」


「わかりませんね」


 ふて腐れたように樹。それは言ってしまえばたわいのないことなのだろう。樹はそれを理解しながら否定したくて、横を向いた。そんな樹に会長の言葉が静かに飛ぶ。


「わかりたくないだけよ」


「あと生徒会長になることにも興味ないです」


 それについてもきっぱりという必要性を感じ、横を向いたまま樹は会長に言う。


「他に任せられる人がいないんだけど」


「知りませんよそんなこと」


 樹は突っぱねたが、会長は懇願する。


「お願い。ほかに頼める人がいないの」


「知りません」


「頼りにしているのよ? これでも。……お願いします」


 立ち上がって礼。さすがにこれには樹も戸惑った。


「……、突然言われても」


 そうして樹は言い淀む。自分を買ってくれているのはまんざらではないが、彼女のことまでとやかく言われたくない。そんな樹の心を見透かしてか霧絵生徒会長が言った。


「心を決めかねてるって感じね。いいわ。じっくり話し合いましょう。そうね、ここじゃなんだし休みの日なんかどう?」


「なんでわざわざ休みの日に会長に付き合わされなきゃならないんですか」


 突然の提案に樹は不服そうに言う。樹は会長の目的がさっぱりわからなかった。


「ついでだから、この際に色々と二人きりで話しておこうと思って」


「はぁ」


 ぼんやりと樹。会長はそれを肯定の意味合いで取ったようだ。話を進める。


「決まりね。それじゃあ早速だけど明日はどう?」


「予定が入っています」


 断ればいいのにと思いながら性分なのか樹は律儀にそう返した。


「日曜は?」


「……埋まってます」


 樹は僅かの逡巡の後答えた。会長はその逡巡の意味を明確に読み取ったようだ。すこし笑顔を見せて言う。


「上月君、今嘘ついたわね」


「なぜそう思うのですか?」


「臭いでわかっちゃうんだから」


「え?」


 樹の言葉に会長は否定するように手を振る。


「ううんそんな感じがしただけ」


「……」


 樹は訝しげな表情で会長の顔を窺うが、特に不審な点は見受けられなかった。


「それで日曜日はどうなの」


 そうして樹が黙っていると会長が押しを強めて来た。しかたなく樹は答える。


「ゆっくり過ごしたいのですが。それに何も決まっていませんよ。そもそも」


「いいじゃない。別に」


「よくありません」


「何か理由でもあるの?」


 まさかごろごろしたいとは言えない。そこではっと思いつく。


「勉強……。期末の勉強をしなくちゃならないんですよ」


「それならあたしが見てあげるわ。これでも成績はいい方なのよ?」


「う……」


 思いついたことはやぶへびだった。樹は口ごもる。


「否定する理由はないようね」


「それは……」


 樹の言葉を押しつぶすように会長は言う。


「じゃあ今度こそ決まりね」


「……」


「返事は?」


「……はい」


 しかたなく頷く樹。そんな樹に会長の言葉が飛ぶ。


「上月君」


「なんですか」


「とりあえず、生徒会長のことは置いておいても今日はいろいろ覚えてもらうから」


「……はい」


「それにみんな帰しちゃったから期末前の仕事が溜まっているし」


「なんでそんな時期にそんなことしたんですか」


「なんかね、漫画や小説に出てくる生徒会長らしいことがしたかったの」


 樹の言葉にちょっぴり悪びれたように霧絵生徒会長は言った。こうして二人きりで樹は期末前の生徒会の事務仕事を二人、いやほとんど一人でこなすことになってしまった。まったくとんだ貧乏くじだった。樹は心の中でぼやきながらそれでも律儀に生徒会の仕事を覚えてゆく。


 ……。


 ……。


 ……。


 結局、生徒会は夏の長い長い日が沈むまでかかった。樹は心底くたくたになって生徒会室を出る。


 そしてさすがに疲れたのでそのまま帰ろうとしたが、念のため樹は教室を見に行くことにした。あくまでも念のため、である。けれども樹が目にした光景はまさかとは思うけれどそのまさかだった。教室の電気は付いており樹が中をそっと覗き込むと愛乃がなにやら教科書とノートを広げて勉強している。樹は声をかけた。


「愛乃」


 その言葉に愛乃は手を止め無言で樹の方に振り返った。そして何故か申し訳なさそうに言う。


「ごめんね。あんまり暇だったんで学校の宿題してた」


「それはいいんだよ」


 樹は言った。愛乃に近づく。


「待って無くて良かったのに」


 樹の言葉に愛乃は首を横に振る。そして言った。


「ううん。待ってないといけなかったんだよ」


「どういうことさ?」


 樹の疑問に愛乃は静かなそしてどこか悲しげな声で答える。


「だって信用無いって樹に思われたままじゃやだもん」


「……」


「わたし、そんな安い女じゃないもん」


 すねたように、また泣きそうなように愛乃は横を向いて口を尖らせる。樹はそんな愛乃に近づいて囁くように声を掛けた。


「愛乃、ごめんな」


「なにが?」


 横を向いたままの愛乃の顔を覗き込む。愛乃は少し涙を浮かべていた。そんな愛乃の姿を見て樹はとても申し訳ない気落ちになる。


「愛乃を疑ったこと。僕が間違っていた」


「……」


 無言のままの愛乃をそっと抱きしめ、樹は言葉を振り絞る。


「ごめん」


「……」


「……」


 しばらくして愛乃が言った。


「……いいんだよ」


「愛してる」


「うん、ありがとう。……ありがとう、樹」


「……帰ろう」


「うん」


 そうして樹はそっと愛乃から離れた。そのとたん愛乃が驚いたような声を出す。


「あ。」


「ん?」


 そんな愛乃を不思議がる樹。


「いまおっぱいもんだ?」


「もんでないよ」


「そう? 触ったよ?」


「触ってない。上から軽く押しただけ」


 樹は実際の所を言った。


「やっぱり、さわった!」


「ごめんごめん」


「もー。最低」


「だって硬いままの印象じゃいやだし上書きしたかったし」


「隙をみせたらこれだよ」


「いや前におっぱいの枕が気持ちいいって言っていたから上からなら柔らかいかなと思って」


「ちゃんと上もガードしてますー」


「ちぇ」


 愛乃の言葉に樹は口だけで残念がる。本当は機嫌を直してくれさえすれば何でも良かった。


「それよりはやく行こうよ。おなかがぺこぺこなんだよ」


「そうだな。早く帰ろう」


 そうしていつも通りに戻った二人は荷物をまとめると教室の電気を消し、学校を後にした。



 分かれ道まで来て樹が言う。


「今日は家まで送ろうか?」


「いいよ、別に」


「いや、今日は送らないと行けない気がする」


「そう? じゃあお願いしようかな」


「ああ、行こう」


 樹は促すように愛乃をエスコートする。愛乃も僅かに笑うとそれに従った。しばらく無言で歩き、樹は愛乃の家の前まで来て足を止める。


「それじゃ、ここで」


「うん。今日はありがとう」


「いやこっちこそありがとう。いやすまない、かな」


「いいんだよ。せっかくだから上がってく?」


 家の方を指さす愛乃に樹は慌てて手を振った。


「それはさすがに」


「そう?」


 ちょっと残念そうに愛乃が言う。樹は気づかないふりをして頷いた。


「うん」


「じゃあ夜に電話するね」


「もう夜だけどな」


 空を見上げ樹は言う。愛乃も笑って同意する。


「あはは、そうだね」


「じゃあ、それじゃあな。愛乃」


「うん……じゃあ、また明日」


 そういうと樹は背を向け愛乃の前から去って行く。愛乃はほっとしたようにどこか疲れたようにそして名残惜しそうに樹の姿が消えるまで家の前で佇んでいた。



 夜。愛乃からの電話を待ちわびながらぼんやりと樹が宿題をしていると着信音が鳴る。愛乃からだと思い手に取る。しかしそれは霧絵生徒会長からの電話だった。


「……」


 仕方ない、手早く済まそう。そう思い樹は電話を取る。


「よしよし、ちゃんと出てくれたわね」


 電話に出ると何故か褒められる樹。


「あの……何の用ですか?」


「いやね、日曜のこと全然詰めてなかったなと思って、電話したの」


「そういえばそんな話もありましたね」


 そっけなく樹が言うと携帯電話の向こうから不満そうな声が聞こえてくる。


「忘れているの? ひどーい」


「正直忘れたいです。いやいっそのこと無かったことにしたいです」


 樹はそう言ったが会長は特に気にした様子は少なくとも表面上は見せなかった。


「ふうん。でもね、約束した以上そうはさせないわよ。日曜、勉強を見てあげる話だったじゃない。上月君、どの教科がいい?」


「……どれでもいいです」


 仕方ない。一息ため息をつくと樹は会長のなすがままに言った。


「どうでもよくないわよ。決めて」


「じゃあ英語で」


 適当に樹。


「文法? 読解? どっちもいけるけど」


「……文法で」


「時間は十時ぐらいがいいかしら? 場所は図書館かな。学校の」


「開いているんですか?」


 意外な場所だったので樹は驚いて尋ねる。


「開いているわよ。生徒手帳に書いてあるでしょ?」


「そうでしたっけ?」


「ちゃんと見なさいよ」


 樹の言葉に叱咤の声が飛ぶ。樹は自分の無知を謝った。


「……すみません」


「じゃあそういうことでいいかしら」


「……わかりました。それでは失礼します」


 早く切りたかったので樹はそう返事をする。けれどもそのあと会長の応答がない。樹は訝しむ。


「……」


「……。……あの。どうかしましたか?」


「あのね。おやすみっ!」


「は、はい。おやすみなさい」


 樹が会長の言葉に若干慌ててそう答えると電話は切れた。樹はふぅとため息をつく。一体何なんだと思う。こんなに押しの強い人だとは思わなかった。正直かなりうざったく思えた。そしてなんだろうと思う。この体に張り付くような嫌な感情は。どこか懐かしくどこか疎ましい。そしてそんな感情を処理する暇もなくまた携帯電話が鳴る。今度こそ愛乃からだった。樹は再び電話に出る。


「いつきー?」


 こっちの事情を知りようもない明るい声に救われた気分に樹はなる。


「ああ愛乃か」


「うん。そういえば明日の時間決めてなかったなって」


 そしてこっちもか。樹は心の中で苦笑して愛乃と話し合い明日の時間を決める。今日の電話は短く終わった。樹は愛乃のことで霧絵生徒会長から電話があったことは特に愛乃自身には言わなかった。言う必要のないことだと思ったからだ。樹は携帯を置くと少し物思いにふける。勉強の手は止まってしまってもう動きそうもない。


「……」


 しばらく考え、まあいいやと樹は思考を放擲する。面倒なことは明日考えればいい。そんな気分になって樹はベッドに潜る。目を閉じると眠気はすぐにやってきた。そうして思い出す懐かしい感情の源泉も。あれは無理矢理無臭の少女、由衣との記憶。無理矢理に付き合わさせられていたときの感覚。それはもうみんな懐かしいものに樹には思えた。そして僅かに胸に覚える罪悪感。そんなことを思いながら樹は眠りに落ちていった。

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