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十二日目(前編)

 次の日、あまりよく眠れなかったと思い樹は大きく伸びをした。なんだかひどく疲れている。外は相変わらずの雨でそれもどこか不愉快だった。頭の中にカビでも生えたような感覚。振り払うように頭を振り樹はいつものように愛乃との待ち合わせ場所へと向かう。


「おはよう~」


 しばらくするとマスクをした愛乃がやってきて声を掛けてくる。


「ん、それどうしたんだ?」


 樹が聞くと愛乃が答える。


「喉が痛いから、一応、ね」


「昨日のカラオケが原因?」


「うん」


 樹の問いにこくりと頷く愛乃。


「そうか。じゃ行くか」


 樹は納得すると愛乃を促す。愛乃も頷くと二人並んで歩き出し始めた。


「ダイエット始めたの」


「そうか。でも朝食は食べた方がいいぞ」


「うん、朝は食べた。そのかわりお弁当を小さくして貰った」


「そうなんだ」


「だから今日は鞄が軽いの」


 そうやって愛乃が軽く体を揺すった。雨に少し濡れた豊満な体から絞り出すように芳醇な臭いがあふれ出してくる。樹はそれを好ましいものと思い眼を細めた。やっぱり愛乃の臭いは樹に取って堪えられない物であった。それは電話や生徒会長との会話で欠けていたものを樹に取り戻させてくれる。


『やっぱりこの臭いがないと』


 急にいとおしさがこみ上げてくる。このまま学校を休んでこの臭いに耽溺していたい。

 そこで樹は思いつく。それはきっといいことのはずだった。傘を上げ、愛乃の方に向かって話しかける。


「なあ、今度の土曜か日曜どこかに遊びに行こうぜ」


「え?」


 よく聞こえなかったのか、問いかける愛乃に対して樹は繰り返し言った。


「だから今度の土曜か日曜日、二人だけで遊びに行こう」


「……」


「な?」


「えーーーー!」


 念を押すように樹。愛乃は言われてしばらくぽかんとしていたが、やがて思い出したように少しかすれた大声を上げた。


「そんな大声出さなくても」


「そりゃだすよ。びっくりしたもん」


「なにげにひどいことを言われた気がする」


「いや嬉しいよ? 樹からそんな言葉が出るなんて」


「まあ、一応付き合っているわけだしな」


「それでも嬉しいよ」


「まあ、期末前だしそんな遠出は出来ないけど」


 樹の言葉通り来週の頭から期末一週間前の半日授業になる。愛乃はそれでも頷いた。


「いいよ近場で」


「そうか、ならよかった。でもどこ行くか何をするかまだ何にも決めてないんだ」


 樹の言葉に愛乃が言う。


「カラオケなんかは?」


「……お前本当にカラオケ好きだな」


 若干呆れたように樹。


「うん。好きだよ」


「じゃあそれにするか」


 即答する愛乃とあっさり決める樹。樹に取ってみればもともと二人きりになれればそれで良いのである。


「土曜にする? それとも日曜にする?」


「うーん。土曜かな。愛乃は予定とかある?」


 適当に樹。


「とくにないよー」


「それじゃ土曜日にするか」


「うん決まりね。えへへ」


「何笑っているんだよ」


 樹は言ったけれども、そう言う樹の顔もにへらっとした顔になっていることを自分自身認識していない。


「だってデートでしょ」


「まあそうなるか」


「うん。だから嬉しいの」


「そうか、デートか」


 いまさらながら樹が言う。その目はどこか遠くを見つめるようであった。愛乃も同じ物を見たいのか若干背筋を真っ直ぐにしてその視線の先を追う。


「そうだよ」


「それは楽しみだな」


「でしょ」


「……」


 なんか顔が熱かった。それは愛乃も同じで樹同様に頬が赤く染まっていた。そして熱と臭いを樹は感じ、愛乃も自分と同じ気持ちでいることを確認し、それを溜まらなく嬉しく思う。あとは言葉は必要なかった。二人は黙ったままお互いのことと、土曜日のデートのことを考えながら学校へ向う。



 愛乃をいつものように席まで送り、自分の席に座って樹は考える。デート。デートか。なんだか心が浮き立つ。そうしてカラオケという選択も悪くないんじゃないかという気になってきた。何しろ個室で二人っきりだ。愛乃がどこまで考えているかは知らないが、これはなかなか自分にとっては良い選択、いや考える限りにおいて最高の選択なんじゃないだろうかという気になった。


『個室二人っきりで愛乃の臭い嗅ぎ放題か』


 いまからそれを思うだけで、心が浮き立つのを感じる。何を歌うなんて考えもしなかった。



 そして昼になった。いつも通り樹は愛乃を連れて屋上へ続く扉へ。樹はコンビニのパンを食べ愛乃は家から持ってきた弁当を食べる。もう見慣れ始めた光景。開いた愛乃の弁当は確かに小さかった。ちょっとだけだけど。


「うわ、たしかに小さいな」


「うん」


 樹の言葉にマスクを外した愛乃が言う。そしてお互いに『いただきます』を言い合って昼食を摂る。しばらくして愛乃が言った。


「ねえ、そのパンちょうだい」


「え?」


 問いただす樹に愛乃は説明する。樹が覗き込むと愛乃のちょっと小さい弁当箱はいつの間にか空っぽだった。


「なんかね、とってもおなかがすいたの」


「いやお前ダイエットは」


「なんかね。デートのことを考えてたら馬鹿馬鹿しくなっちゃった」


 あっけらかんと愛乃。樹は頷くしかない。そもそも反対していたのだ。そこに否やはなかった。了解する。


「そうなんだ」


「だからそのパンちょうだい」


「うーん、どうしようかな……」


 けれどそれはさすがに突然すぎた。正直樹自身もお腹が空いている。このパンは自分で食べたい。樹は少し考える。


「なんでもするから」


「えっ?」


「えっ」


 愛乃の言葉に樹は驚きの声を上げ。それに釣られた愛乃も驚きの声を上げる。そんな愛乃に樹はやや不機嫌になって言葉をかけた。


「冗談でもそういうことを言うなよ」


「なんで?」


「なんか他の人のパンでも釣られて何でもしそうだから」


 樹の言葉に愛乃は少し考え込む。


「……。うーん、いまならそうかも」


「だから言うなって」


「おなかすいた!」


「わかった。あげるよ」


 愛乃の叫びにしかたなさそうにパンを差し出す樹。愛乃は容赦なくその手からパンをもぎ取った。


「わーい、ありがと」


 そしてそう言うと愛乃は早速袋を開けて食べ始める。樹はしばらくそんな愛乃の姿を眺めていたがやがてぼそっと言った。


「かわりにおっぱいもませろよな」


 それを聞いて愛乃の手が止まった。


「えっ?」


「『えっ?』じゃない。揉ませろ」


 樹は言う。


「それはちょっと……」


「何でもするって言った」


「それは言ったけど……」


「じゃあいいだろ」


「でも……」


 躊躇する愛乃に樹はきっぱりという。


「何でもするって言った!」


「わかったよ……でも軽くだよ?」


「……わかってる」


 そう言うと樹は愛乃の胸に手を伸ばす。愛乃がゴクリと唾を飲む。樹の手が愛乃の胸に触れ軽く押した。そのまま不思議そうにさわさわと触り、樹が声を出す。


「思ったより固い。というかなんだこの感触は」


「ブラしているからね。ワイヤー入りの堅いやつ」


 愛乃の答えに樹は不満そうに言い捨てる。


「つまらん。外せ」


「やだよ」


「じゃあ腹の肉もむ」


「やめて」


「もむ!」


「YAMETE!」


 愛乃は角張った悲鳴を上げたが樹は容赦なく愛乃の豊満なおなかに腕を伸ばした。そのまま愛乃の豊満な脂肪を揉みしだく。


「胸より腹の方が柔らかいってどういうことだ」


「もーっ、エッチ」


「質問に答えろ」


「おっぱいだってちゃんとやわらかいもん」


「じゃあブラ外せ。証明して見せろ」


「やだ!」


 愛乃は逃げる。樹は追う。そんなふたりのじゃれ合いっこは予鈴が鳴るまで続いた。


 

 放課後。


「今日は待たなくていいぞ」


 樹はやってきた愛乃に言う。


「なんで?」


 首をかしげる愛乃に樹は諭すように言った。


「お前おなか空いてるだろ? 早く帰って何か食べろ」


「そりゃ減っているけどさ。生徒会が終わるまで待つよ?」


「駄目」


「だからなんで?」


「昼みたいなことが起きかねない」


 樹がそう言うと愛乃は顔を真っ赤に染める。


「あれは樹にだけだよー」


「うさんくさい」


 妙に真面目な樹の声に愛乃は少しだけ声を低くし口を尖らせると樹に向かって不満げな声を上げる。


「えっ……疑うの?」


「疑うも何も自分で言ってたじゃないか」


 樹も口を尖らせる。


「あれは樹のパンがどうしても欲しかったからだよぉ」


「そうかなぁ」


「そうだよ」


 樹の疑念の言葉に愛乃はやや憤慨したようだった。きっぱりと言い切る。


「……。まあ好きにしてくれ」


 降参という風に手を上げ樹。


「そうする」


 そう言い合って二人は別れる。愛乃のその言葉に強い決意が込められていることをその時の樹はまったく知らなかった。

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