交渉6
「確かに、あの時はおれたちには利害関係があった。兄貴に対抗するためには、君の力が必要だったのも事実だよ。けれど、君と婚約者になったのだって、利害関係だけではないんだよ。目が見えなくなった君を可哀想だと思ったから、君のことが大切だったから、手を貸そうと思ったんだよ。まさか、あれだけ夜会で君を口説いておきながら、君はおれの気持ちを知らなかった、という訳でもないんだろう?」
それを取りざたされては、サラに返す言葉もない。
サラがじっと黙り込んでいるのを、青年は了承したと受け取ったのか、彼女の額にそっとキスする。
青年は顔を赤らめ、驚いているサラを満面の笑顔で見下ろしている。
「そんなに難しく考える必要はないんだよ。好きなら好きで、それでいいじゃないか。折角君とこうして再会できたんだから、今は素直にこの再会を喜び合おうよ」
それはつまりこの行為を続ける、と言うことだろうか。
サラの顔からさっと血の気が引く。
頭が冷静さを取り戻す。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って下さい!」
バスローブを脱がそうとする青年の手を、必死に押しとどめる。
危うく青年の言葉に納得してしまうところだった。
慌てて自分の気持ちを訴える。
「それとこれとは、話が違います! 確かにあなたのことは憧れてはいましたけど、異性としての好きか嫌いかとは、また話が別です! そ、そもそも、あなたとは一緒にいた時間もそれほど長くはありませんし、わたしはあなたのことをよく理解しているとは言えません。こ、こういった行為は、お互いをよく理解し、お互いの気持ちを確認した上でするべきだと、わたしは思うんです! わたしたちには、まだ早すぎます!」
サラの必死な訴えにも関わらず、青年は取り合おうともしない。
「君は細かいことを気にし過ぎだよ。こういうのはお互いの気が合えば、してもいいんだよ。それにほら、おれたち婚約者同士だし。万一子どもが出来ても、婚約者同士なら何の問題もないよ。ゆくゆくは結婚する身じゃないか」
青年は気にしなくても、サラからしたら大問題だった。
「そ、そういう問題じゃありません。そもそも、わたしがここに来たのは、あなたに和平交渉の会談の場を作ってもらいたいからでありまして」
サラはのしかかってくる青年の体の重さを感じ、寒気を覚える。
青年は明らかに本気だ。
虚偽の婚約関係ではなく、サラとの実際の肉体関係を望んでいる。
青年がサラに好意を抱いていることは知っていたが、それだけではないと、サラは踏んでいた。
サラを手元に置くことによって、財閥内での地位を盤石にしたい、という気持ちがあるのは明らかだった。
それにサラが隣国に亡命する時、伯母とその組織、財閥で父親と仲の良かった人々が手助けしてくれた。
恐らくは財閥内でも権力を持つ、サラに手助けしてくれた彼らを自分の陣営に取り込みたいのだろう。
だからサラは青年を心の底から信用できない。
サラに協力してくれた彼らは純粋に目の見えなくなった彼女を憐れみ、その幸せを願ってくれた。
彼らの協力に感謝し、サラは隣国で自分に出来るせめてもの恩返しをしようと誓ったのだ。
そのため隣国と祖国との間に緊張関係が生じた時、せめて自分が出来ることをしようと、ここまでやって来たのだ。
青年と連絡を取ったのだって、彼を信頼してのことだった。
二国間の険悪な状態をこのまま放っておくような青年ではないと思ったから、彼に口利きを頼んだのに、まさかこんな行為に出て来るとは思わなかった。
「わ、わたしは、あなたとこんなことをしに来たんじゃ、ありません!」
「なに、照れちゃってるの? 可愛いなあ。初めてだからって、何にも恥ずかしがることはないのに」
「わ、わたしは、国の将来を思って、争いを止めたくて、あなたに頼んだんです。あなたを信頼していたのに。なのに、こんなことをするなんて、ひどい」
そこまで言って、サラは涙ぐむ。
サラの涙に、青年も少しは心動かされたらしい。
溜息を吐き、肩をすくめる。
「あぁ、あれ? まさか両国の間に、本当に争いが起こると思ってた? あんなの政治家たちの駆け引きさ。お互い、相手から少しでも有利な条件を引き出そうとして、躍起になってるだけさ」
青年の言葉を素直に信じていいのか、サラにはわからなかった。
「では、両国の間に争いは起こらないのですか? 本当に?」
思わず問い返す。
青年は渋い顔をする。
「う~ん、それを教えてあげてもいいけどさ。ただし、今夜ベッドの上でおれと付き合ってくれたらね」
サラの着ていたバスローブの襟首をつかむ。
バスローブをはぎ取ろうとする。
サラは引っ張られているローブの端を必死につかんでいる。
「だ、だから、何でそうなるんですか!」