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交渉  作者: 深江 碧
4/14

交渉3

「夕食の会談は七時からですから、それまでは部屋でゆっくりして下さい」

 カルロたちと別れ、サラは自分の部屋に向かった。

 サラの荷物は既にホテルの従業員たちが部屋に運んでくれていた。

 青年から鍵を受け取ったサラは、コートを脱いで椅子に座る。

椅子の背もたれに深く座り、暖炉に当たっている。

 青年とは積もる話は夕食の席でしようと約束していた。

 夕食の席には正装で出席するため、ドレスに着替えなくてはならない。

 着替える前に体をさっぱりさせようと、サラは浴室でシャワーを浴びることにした。

 目が見えないながら、サラは一度説明されれば大体の場所は把握することが出来る。

 サラは脱衣所で下着を脱ぎ、タオルを持ってシャワー室に入る。

 髪と体を洗い、タオルで体をふいて、バスローブを着て出てくる。

 出てきたところで声を掛けられた。

「やあ、オリガ」

 まるで自分がその部屋にいて当然とばかりに、青年は暖炉のそばのソファでくつろいでいる。

 青年の声に、サラはバスローブ姿のままぎくりとして立ち止まる。

「アレクセイ兄さま? どうして兄さまがこの部屋にいらっしゃるのですか?」

 サラは部屋にいる青年を睨む。

 青年はソファから立ち上がる。

「どうして、って。ここは本来、婚約者同士であるおれたちのために取った部屋だからさ。おれたちのための部屋だから、おれが合鍵を持っていても、何の不思議もないだろう?」

 青年は笑顔でサラの方へと歩いてくる。

 サラはバスローブの襟首を手繰り寄せ、体を強張らせる。

「兄さまは、この部屋はわたしの部屋だと、最初におっしゃったじゃないですか。兄さまは、わたしを騙したのですか?」

 後ろに後ずさる。

「騙したなんて、人聞きが悪いなあ。おれは嘘は言っていないよ。ただ、君にすべてを話さなかっただけさ。この部屋はおれたち二人のために取ったのだけれど、君の部屋でもある、と言っただけさ」

 まるで言葉遊びのようでもあるが、確かに青年は嘘は言っていなかった。

 だからと言って、青年と同じ部屋に泊まるという事実を、サラが納得できるはずもない。

 いくら甥姪の関係とは言え、二人は成人した男女だ。

 その成人した男女が同じ部屋に一緒に泊まるなど、常識では考えられない。

「で、でしたら、この部屋は兄さまお一人にお譲りいたします。わたしはカルロさんたちの泊まっている部屋に一緒に泊めてもらいますので」

 サラはバスローブ姿のまま、きびすを返す。

 荷物は後でホテルの人に届けてもらおうと思い、部屋の出口に向かって歩いていく。

「そんな、遠慮することはないだろう、オリガ。ひと時は婚約者同士だったおれと君との仲じゃないか」

 青年がさっとサラの前に立ちはだかる。

 伸ばされた青年の手がサラの腕をつかむ。

 腕を引っ張られ、体ごと引き寄せられる。

「は、離して!」

 青年に抱きすくめられる。

 サラは抵抗したが、抱きしめられた力強い青年の腕の中では、その抵抗は無意味だった。

 青年はサラの耳元に甘い声でささやく。

「おれがこうして、はるばる隣国までやって来た理由が、何かわかるかい? ずっとずっと君に会いたかったんだ。君がおれの前からいなくなって、おれがどれだけ心配したか、君は何もわかっていないんだね」

 かつて恩を受けた青年の優しい言葉は、鋭い棘となってサラの胸に突き刺さる。

 サラはぐっと言葉に詰まる。

「そ、それは。兄さまには、とても申し訳ないことをしたと、思っています。恩を仇で返すような真似をしたことは、大変申し訳ないと思っています」

 後ろめたさから、サラは青年の胸に手を置き、うつむく。

 青年はサラの耳元にそっとささやきかける。

「本当に、そう思っているのかい? だったら、態度で示してくれないと、わからないよ」

 青年はサラのあごをつかみ、上を向かせる。

 洗ったばかりの湿り気のある黒髪を払い、サラのみずみずしい唇に自らの乾いた唇を重ねる。

「んっ!」

 サラはもがき嫌がったが、青年の腕の中からは逃げられなかった。

 青年はさらに強くサラの華奢な体を抱きしめ、深く深くキスをする。

「ん、んんっ」

 シャツ越しに伝わってくる青年の体の感触、その体温が伝わってくる。

 青年の手はサラの腰に回され、強い力で抱かれている。

もう一方は顔に添えられて、首を動かすことも出来ない。

 

 頭の奥がしびれる感覚に、サラは戸惑った。

 誰かにここまで強く求められることは初めてで、こんな経験も初めてだった。

 思うように動かない体も、体の芯から火照る感覚も、彼女は何もかもが初めてだった。

 青年はゆっくりとサラから体を離す。

 顔を赤らめ、ぐったりとしているサラの体をベッドの上に寝かせ、その上に覆いかぶさる。

「オリガ」

 耳元でそっと彼女の名前をささやく。

 青年の声は、まるで悪魔の甘いささやきのようだと、サラは思った。

 自分はこのまま堕ちていくのだろうか、とも考える。

 その堕ちていく先がどこなのか、堕ちて行った先に何があるのか。

 今の彼女にはちゃんとわかっている。

 青年の本当の狙いが何なのか、賢い彼女には想像がついた。

 ――わたしは結局、何からも逃げ出すことが出来なかったのね。国も、立場も、何も捨てられなかったんだ。ごめんね、シェス。

 サラの両目に涙がにじむ。

 その涙が怒りからくるのか、悲しみからくるのか、その時のサラにはわからなかった。

 ただ無性に胸が締め付けられ、苦しくなった。

 彼女を大切に思ってくれる弟に、とても会いたくなった。

「オリガ、おれは君と」

 青年の手がサラの着ているバスローブにかかる。

 首筋に生温かい息が吹きかけられ、サラは顔を背けた。

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