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交渉  作者: 深江 碧
3/14

交渉2

 ホテルはあらかじめ青年たちが予約を取っていた。

 青年たちの話ではその街で一番警備が厳重で、一番高いホテルということだった。

「これはまた、宿泊費が高そうなホテルですねえ」

 カルロが素直な感想を述べる。

 目の見えないサラにはわからなかったが、一緒に着いてきたカルロから言わせると、ホテルの柱の装飾や調度品がすごいらしい。

 その柱の装飾も調度品も、目の見えないサラにはわからないのだが。

 サラは青年にホテルを案内される。

「ここが君の部屋だよ」

 そう言って、青年がサラに示した部屋は、最上階のスイートルームだった。

 部屋に入ると、靴の裏を通して厚い絨毯の感触がする。

 どこからか水の流れる音がする。

 部屋の中は温かく、どこからか花の香りが漂ってくる。

 目が見えないながら、この部屋の一泊の宿泊費がかなりの額になることは予想がついた。

 サラは隣に立つ青年を見る。

「こ、こんな高い部屋、とてもわたし一人で泊まる気にはなれません。兄さま、わたしはカルロさんたちと同じ部屋がいいのですが」

 一緒に着いてきているカルロたちは、一階下にあるごく普通の部屋が割り当てられた。

 サラが遠慮がちに訴えると、青年は声を立てて笑う。

「相変わらず控え目だな、オリガは。でも、遠慮することはないよ。このホテルの宿泊費は、すべておれ持ちだから。オリガは何も心配することないんだよ?」

 目の見えないサラは、青年についてスイートルームを案内してもらう。

「ここにベッドがあって、ここにテーブルとソファ、あっちが暖炉。あちらがトイレと浴室で、隣の部屋が台所。こっちには衣装室、音楽室もあるよ」

 青年に連れられて、サラは部屋を一つ一つ案内されてまわる。

 部屋の中の物に手で触って実際に確認する。

 整えられたベッドのシーツに手で触れていると、絹の肌触りにひそかに感動する。

「少し、座ってみてもいいでしょうか?」

 サラが尋ねると、青年は快く応じる。

「どうぞ。寝転んでみてもいいよ」

「い、いえ、そこまでは」

 青年の手前、遠慮する。

 サラはそろそろとベッドに腰掛ける。

 座るとふわりと沈む感触が心地よい。

 すぐにでもベッドに寝転がりたい気持ちになる。

「こ、このベッド、ふわふわです。まるで水に浮かんでいるみたい」

 サラは子どものようにはしゃぐ。

「こんな部屋に泊まれるなんて、夢のようです」

 サラはベッドに腰掛け、うっとりとつぶやく。

「よかった。おれもオリガにそこまで喜んでもらってうれしいよ」

 青年は少し困った顔で笑う。

 その気配を感じ取り、サラは顔を赤らめる。

「す、すみません。はしゃぎ過ぎました」

 子どものようにはゃいでいた自分が恥ずかしくなり、すぐに落ち着きを取り戻す。

 普段使っているベッドはここまで柔らかくはない。

 隣国に亡命してから、援助を受けて生活しているため、貧乏性になってしまった自覚はある。

 故郷にいた頃は、ベッド一つにここまで感動しなかったような気がする。

 仮にも元は財閥令嬢なのだから、人の目がある以上、節度のある対応をしなくてはならない、とサラは気を引き締める。

「兄さま、こんな高級な部屋にわたし一人が泊まっても、本当によろしいのでしょうか?」

 サラは心配になって、青年に聞き返す。

 青年は普段と変わらぬ笑みで応じる。

「遠慮することはないんだよ。ここはオリガのために取った部屋なんだから。オリガも隣国の慣れない生活で大変なんだろう? これは、おれからのささやかなプレゼントだよ」

 青年の言葉に、サラは胸が熱くなる。

「あ、ありがとうございます、兄さま。こんなわたしなどのために」

「おいおい、何を遠慮しているんだい、オリガ。甥であるおれに遠慮する必要は、何もないんだよ? おれはいつだって君のことを大切に思っているんだから」

「アレクセイ兄さま」

 サラは胸に手を当て、幸せな笑みを浮かべる。

「アレクセイ兄さまが、そんなにもわたしのことを思っていて下さったなんて。兄さまには、感謝の言葉もありません。せめて、わたしから何か恩返しが出来たらいいのですが」

 青年は手を振る。

「気にすることはないよ、オリガ。おれも久しぶりに君の顔が見れてうれしいんだ。これくらい、大したことはないよ」

 青年は目を細め、ベッドに座っているサラを見下ろしている。

「ありがとうございます、アレクセイ兄さま」

 目の見えないサラは、青年の善意に素直に喜んでいた。

 そのベッドが一人が眠るにはあまりに大きく、枕が二つあることには気付かなかった。

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