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交渉  作者: 深江 碧
2/14

交渉1

 車から降りたサラは、見えない目で空を見上げた。

 サラの目には、ちらちらと降っている雪は見えなかったが、冷たい空気を肌で感じることはできた。

 厚い毛皮のコートを着込んだサラは、はあっと白い息を吐き出す。

 黒く長い髪がふわりと揺れ、白い頬が赤く染まる。

「サラさん。雪が積もってるんで、足元に気を付けてくださいね」

 同じように車から降りたカルロが、サラの隣に立つ。

「お気づかいありがとうございます、カルロさん」

 サラはカルロを見上げ、軽く頭を下げる。

 目の見えないサラでも、声の聞こえた場所から、カルロの大体の場所は把握できる。

 目が見えない分、匂いや音には敏感だった。

「交渉相手とは、ここで待ち合わせのはずですけれど、どこに行ったんでしょうか?」

 雪の降り続く人気のない公園をカルロが見回す。

 待ち合わせの相手を探す。

 サラは杖を握り、革の手袋の両手をすりあわせる。

 そんなことをしても温かくならないのはわかっていたが、気分の問題だった。

 ――ここは、故郷イストアとの国境の街なんだ。

 サラはぼんやりと考える。

 数か月前に逃げてきた祖国のことを思い出す。

 ――ラスティエ教国に逃げて来て、数か月間。あっと言う間だったな。

 祖国で過ごしてきた十数年間よりも、ラスティエに来てからの数か月間をひどく懐かしく思う。

 祖国での出来事は、ずっと昔のことのように遠い。

 彼女の中では思い出になりつつあった。

 ――ラスティエ教国に逃げてきた時、もうイストアには帰らないと思っていたのだけど、こんなに早く戻ってくることになるなんて。

 弟と故郷を出る時、もう二度と帰ってこないだろうと、その時は思った。

 まさかこんなにも早くの帰郷になろうとは、その時は思ってもいなかった。

「サラさん、交渉相手がみえられたみたいですよ」

 カルロの声でサラは現実に引き戻される。

 雪を踏みしめてくる数人の足音が聞こえる。

「やあ、オリガ。元気そうだね」

 よく通る懐かしい青年の声がサラの耳に届く。

 オリガとは、サラが捨てた名前。かつて故郷で呼ばれていた名前だった。

「お久しぶりです、アレクセイ兄さま」

 サラは笑顔で答え、コートの裾をつまみ、丁寧にお辞儀をする。

 青年はサラに親しげに話す。

「あぁ、そんなにかしこまらなくていいよ、オリガ。おれと君との仲じゃないか。折角こうしてまた再会できたんだ。これを運命と言わずなんと言おう。おれとオリガは、運命の赤い糸で結ばれた恋人同士なんだよ」

 青年がサラに歩み寄り、腕を伸ばす。

 サラを抱き寄せようとする。

 寸でのところで、サラは身を翻す。

 目が見えないとは思えないほどの素早い動きだった。

サラは青年に向かってにっこりと笑いかける。

「まあ、アレクセイ兄さまったら、冗談がお好きね」

「ははは、オリガは照れ屋さんだなあ」

 青年が手を伸ばすたびに、サラが手に持っている杖でそれをはたき落す。

 傍目で見ていたカルロは二人を見て、奇妙な顔をする。

 サラと青年の不思議な光景に、しきりに首をひねっている。

 青年に着いてきた黒服の男たちは二人のやり取りに慣れたもので、呆れた様な顔をしつつも黙って見守っている。

 そんなやり取りが数度繰り返され、ようやく諦めたのか青年はふっと息を吐き出す。

「場所を移そうか、オリガ。こんな場所では、いつ誰に見られるか、わかったものじゃないからね。おれもお忍びである以上、安全な場所でゆっくりと君と話をしたいからね」

 青年は雪に煙る街並みを振り返り、乗ってきた黒い車を示した。

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