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交渉  作者: 深江 碧
12/14

交渉11

 サラは結局、エレナと同じ部屋に泊まることになった。

 青年と約束を取り付けたことで、さっさとホテルを後にしても良かったのだが、相手が宿泊費を払ってくれることと、普通ならば滅多に泊まれない高級ホテルと言うことで、四人はそのホテルで一泊することになった。

「もうひと押しすれば、より有利な条件が引き出せるかもしれません」

 カルロはそう意気込んで、夕食で青年と両国の経済の話をしていた。

 お付きのエレナも嫌々ながら、カルロの通訳を担当していた。

 一方のサラは品の良いドレスに着替え、夕食のテーブルの隅で、久しぶりの故郷の料理を楽しんでいた。

 目が見えないので、食事にはかなりの労力がいるうえ、時間もかかる。

 時々向けられる青年の視線に気づかないふりをしながら、サラは黙々と食事に励んだ。

 食事を食べ終わったサラは、皆よりも一足早く部屋に戻った。

 部屋でのんびりと音楽を聞いて歌を口ずさんでいると、部屋の扉がノックされる。

「どなたですか?」

 エレナが帰って来たのなら、鍵を使うはずだ。

 サラは音楽を止め、緊張した面持ちで扉へと向かう。

「オリガ様、でございますか?」

 部屋の外からくぐもった男の声が聞こえる。

「私です。アレクセイ様の警護を務めております。先ほどは大変失礼いたしました」

 それは青年の部下の中年の男の声だった。

「わたしに、何かご用ですか?」

 サラは扉の鍵を開けずに尋ねる。

「アレクセイ様のことで、お話ししたいことがございます。オリガ様におかれましては、アレクセイ様のことをひどく誤解されてしまわれたと思いまして、心配してこうしてやって参りました。どうか、そのままでお聞きください」

 男の声は扉越しによくサラの耳に届いた。

 サラは息をひそめる。

「お聞きしましょう。どうぞ話して下さい」

 そっとつぶやく。

 男はゆっくりと話し出した。

「アレクセイ様は、若は、どうも誤解されやすい性質でして。女性にだらしないと、オリガ様もお思いではないでしょうか? 見た目、人目を引きやすい外見ですし、立ち居振る舞いにも華があり、昔から嫌でも注目されてしまう存在でした。そのため、良からぬ女性にもよく声を掛けられ、若はそのことでひどく頭を痛めている様子でした。しかし、本来は、女性ならば誰彼かまわず付き合うような、そんな軽い性格ではございません。若はこうと決めた相手としか、付き合わないのです。誓ってこのことは、私めが保証いたします」

 サラは扉に手をついて、じっと男の話に耳を傾けている。

「確かに、若があなた様と会われる以前に、幾人かの女性と付き合ってきたのは事実です。しかしあなたと夜会で会われた時は、どなたともお付き合いをしておりませんでした。若はあなたを気に入り……あとはあなたも知っての通りと思います」

「えぇ」

 サラはうなずく。

 要するに部下の男は、青年が女性にだらしないことは誤解である、と言いたいのだろう。

 男は話し続ける。

「あなたを婚約者として迎えた時の若の喜びは、あなたが知っている事実以上のものでしょう。あなた様は目が見えないことを理由に、若に遠慮しておられるようですが、若がどれほどあなたのことを想っていらっしゃるのか。あなたという心から信頼できる協力者を失って、若がどれほど落胆したか、若の胸中をあなたは想像したことはございますか? 財閥の副総帥というお立場でありながら、険悪な両国間の間を行き来するのがどれほど危険な事か、あなたならば想像が付くのではございませんか?」

 サラは何も答えない。

 それに答える言葉が思いつかない。

 だから黙っていた。

「あなたは美しく聡明で、心優しい方です。光を奪われ、両親を失い、とても辛い思いをされたとはいえ、今現在はあなたの未来は無限に広がっています。あなたが祖国を離れ、この地を第二の故郷とするのは構いません。あなたの人生はあなたが決めるものですから、私めなどが差し出がましいことを言うべきではないのかもしれません。しかし、あなたが故郷に残してきた者たちのことを、あなたのことを大切に思っている人々のことを、あなたのことを大切に思う若の気持ちを、どうか忘れないでいただきたいのです」

 そこまで話して、男は息を吐き出す。

「若は、あなたが思っているほど、器用な人間ではありません。血の繋がった実の兄との権力争いで、一番心を痛めているのは若です。どうか、若の胸中をお察しください。若のことを誤解したままで、帰られないで下さい」

 サラはじっと黙っていることしか出来なかった。

 ふっと吐息を吐き出す。

 ――わたしって、単純だな。誰彼かまわず、人の言うことを信じてしまうのだもの。もう少し、人のことを疑った方がいいと思うのだけれど。

 部屋の鍵を開け、扉を開く。

 扉を開けた向こうに立つ男に笑いかける。

「もしかまわないのでしたら、アレクセイ兄さまのところに案内していただけないでしょうか」

 杖を持ち、男に案内を申し出た。

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