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巫女

 五十嵐さんに手を引かれたまま、私は大学を出て付近の山のふもとまで来ていた。

 二駅は離れている場所まで走ったというのに、不思議と疲れはなかった。もしかしたら疲れなど感じている余裕すらなかったのかもしれない。


「ごめんなさい。車や電車を使ったら事故にあうと思ったから」


 進む足をゆるめると、五十嵐さんは息切れした様子もなく言った。


「……五十嵐さんって見える人?」

「難しいわね。見える見えないで言ったら見えないはずなの私。だからこそ見えたのが異常なんだけど」


 その答えはよく分からないものだった。

 ただその声はどこか自嘲しているような、そんな色を含んでいた。


「私がそばに居ればアレは寄ってこないと思うのだけど、それじゃあ根本的な解決にならない。それに佐倉さんは私の事が苦手みたいだものね」

「……」


 冗談めかした言葉に、私は否定も肯定もできず沈黙した。

 厳密に言えば苦手なのは五十嵐さんの取り巻きなのだけど、それを言ってもどうにもならない。

 取り巻きを抜きにしても、私は五十嵐さんと仲良くするつもりはないのだから。


「さあ、ついたわ」

「え……?」


 足を止めて視線を向けた先には、随分と古めかしい、しかしよく手入れがされている神社があった。

 困ったときの神頼みでもするつもりなのか。そんな事を考えていたら、突然五十嵐さんが大きく息を吸い込み声を上げる。


「御免!」


 耳がキーンときた。あまりの声量に、一瞬世界から音が消えた。


「……そんな大声を出さなくても聞こえます」

「……え?」


 慣れ親しんだ声がしたと思えば、拝殿から意外な人が出てくる。


「一ノ宮さん」

「こんにちは佐倉さん。それに招かれざるお客人」


 私に対して笑顔で挨拶した一ノ宮さんは、赤色が鮮やかな袴姿だった。

 驚いたのはその姿にもだけど、次いで視線を向けた五十嵐さんへの態度。


「あらあら。人が折角佐倉さんを連れてきてあげたのに何て態度かしら」

「それについては感謝しています。しかし貴女は神社仏閣の類いに近付いてはならない。そう十年前に教えたはずです」

「だから敷居はまたいでいないわ。佐倉さん。あとは一ノ宮さんを頼ってね」

「はい?」


 何故そうなったのか、聞いてもいいだろうか。

 それ以前に二人は知り合いだったのかとか、神社仏閣に近付けないって何でとか、あの女は結局何なのかと聞きたいことがてんこ盛りだ。


「はあ……佐倉さんこちらへ。どうやら長期戦になりそうですし、疑問にはお答えします」



 奥の本殿に招かれたと思ったら、白い紐で四角に囲われた中に座らされた。

 いや、大体予測はつくけどね。


「これは結界ですか?」

「分かるんですか?」

「わからいでか」


 こんないかにもな紙細工のぶら下がった紐が無意味でたまるか。

 私がそう言うと、一ノ宮さんは苦笑する。


「では神社自体にある結界は分からなかったようですね」

「……結界ってなんなんですか?」

「広義に言えば境界ですね。注連縄などは分かりやすいですが、敷居や入り口の段差なども結界といえば結界です」

「いえ、そうではなく」


 私は結界の意味ではなく、今まさに放り込まれている結界の効果が知りたいのだ。


「今佐倉さんを囲っているのは隠行のための結界です」

「……ここに居ればあの女には見つからない?」

「いえ、恐らく半日もすれば感づかれます」


 何故に。私がそう問うと、一ノ宮さんはそっと息を吐いた。


「隠しても仕方ないので言いますが、佐倉さんはアレに完璧に呪われています」

「え?」


 知らず間の抜けた声が出る。

 まだ捕まってないからセーフだと思ってたんだけど、実はアウト?


「アウトです。呪いはある意味で契約のようなもの。既に佐倉さんとアレには霊的な繋がりができてしまっています。故に結界の中に居てもいつかは辿り着きます」

「……」


 声がでない。

 いつ呪われたのか、何故私なのか。そう叫びたいが意味などないだろう。

 それに五十嵐さんは一ノ宮さんを頼れと言った。一ノ宮さんならあの女をどうにかできるということだろう。


「骨が折れそうですけどね。五十嵐さんに見えたというなら、並みの力の持ち主ではないでしょう」

「五十嵐さんは何者ですか」


 話からして五十嵐さんも普通の人ではないのだろうけど、見えたらヤバいという辺りがよく分からない。


「分かりません」

「……はい?」


「お答えできません」というなら予想していたのに「分かりません」ときた。

 ではあの意味深な会話は何だったのか。


「本当に分からないんです。一つ分かっているのは『何か』が憑いていて、その『何か』は五十嵐さんを一応守っていることくらいです」

「……悪魔とかですか?」


 言い方からしてあまり良くないものらしい。なので悪魔かと聞いたのだが、一ノ宮さんは首を横に振った。


「人のような意思は無く、神や悪魔のような方向性もない。ただそこに居るだけの不可解な存在です」

「大丈夫なんですかそれ?」

「大丈夫じゃありません。先ほど五十嵐さんが境内に入っていたら、結界が吹っ飛んで神域が汚れていました」


 なんつー傍迷惑な。

 それで「神社仏閣に近寄るな」だったらしい。近付いただけで神域破壊できるって何その魔王。


「案外本当に魔王かもしれませんね。五十嵐さんが何の対策もなく全国旅行をしただけで、日本列島が沈みかねませんから」


 朗らかに言う一ノ宮さんだけど笑えません。

 どうやら私の五十嵐さんに対する直感的な嫌悪感は正解だったらしい。

 本人が人畜無害でも魔王背負ってるような人と友人になりたくありません。

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