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守り人形


 祖父が亡くなってからしばらくして、祖母は肺を患い入院する事が多くなった。

 本人は笑って「お爺さんが呼んでるわ」等と言っていたが、聞かされた方はまったく笑えない。


 一ノ宮さんに信心深いのかと聞いたが、実は私の家も信心深いというかその手の話が結構ある。

 例えば既に他界している祖父は、曾祖母が亡くなってしばらくするとテレビに布をかけて隠すという奇行を始めた。

 理由を聞いて返ってきた答えは「テレビの画面の奥から母さんが手招きしている」というもの。


 暢気だった当時の私は笑ったが、母は真顔でテレビに布を重ねがけしていた。

 そして数日後。祖父は家の中で滑って転んで後頭部を強打して亡くなった。

 転んだ方向には何故か布がはがされたテレビがあったというオチ付きで。


 他人に話せば偶然だと言われるような些細な事だが、私の家系はどうにもそういった「些細な事」が起こりやすい家系らしい。

 他にも「漬け物を腐らすな。腐らせたら親族の誰かが亡くなる」という因果がよく分からないしきたりもある。

 死因:漬け物失敗とか嫌だなそれ。


「イブキちゃん、よう来てくれたなぁ」

「久しぶりお婆ちゃん」


 夕立の後で少し涼しくなった頃、私は荷物を持って祖母の見舞いに来ていた。

 背負えるように風呂敷で包んだ荷物の中身は膝の高さくらいまである木の箱。

 押し入れの奥に仕舞ってあるそれを持ってきてくれと頼まれて、私は風呂敷背負って病院までやって来たわけだ。


「ちゃんと見つけてくれたんな。ありがとう」

「うん。でも何なのその箱?」


 黒く塗られた木箱は寄せ細工のように板が重ねられ、どこから開ければ良いのか皆目見当がつかない。

 中を確認しようにも開けることすらできず、こうしてそのまま持ってくるしかなかった。

 私がそう言うと祖母は「カカカ」と喉を鳴らすように笑った。


「これは代々家の長女が継いどるもんでな。持ち主以外には開けられへん」

「へー」


 普通なら「何を馬鹿な」と反応すべきなのだろうけど、目の前で祖母がちょいと指でつつくと上部がパカリと開いたのだから笑えない。

 一体どういう仕組みなのやら。


「じゃーん」

「わぁ」


 子供みたいに笑いながら祖母が箱から引き出したのは、三十センチ程の大きさの衣裳人形だった。

 黒い着物に赤い帯。長い黒髪は人形の身長と同じくらい長く足先ギリギリまである。


「うちの家系の女が代々継いどる人形でな、美人さんやろ」

「……うん」


 返事が遅れたのは、祖母の言葉に同意できなかったからではない。

 目の合う高さまで掲げられた人形は、一般的な日本人形よりも穏やかな顔をしていた。

 そしてその顔は大学の先輩である一ノ宮さんによく似ていたのだ。


「うちは子供がお父さんしか生まれんかったからねぇ。代が飛んだからイブキちゃんに紹介するんをすっかり忘れとったんよ。そしたらこの子が夢枕に立って怒ってなぁ」

「え゛!?」


 意思あるの。というか魂宿っちゃってるのこの人形。


「別に悪さしたり祟ったりはせんよ。むしろこの子は守り人形でな、一族の血が絶えんようにと守ってくれとるんよ」

「へえー」


 どうやら悪い人(?)では無いらしい。まあ折角守ってた家系に忘れ去られそうになったらそりゃ怒るだろう。

 お婆ちゃんの話を聞いていなければ好事家にでも譲っていたかもしれないし。


 ……その場合、今度は私の夢枕に立って怒るのだろうか。


「本来なら引き継ぐんは成人してからなんやけどな。ちょっと婆ちゃん時間が足りんみたいやから。今のうちに渡しとくな」

「……うん。ありがとうお婆ちゃん」


 時間が足りない。

 やはり祖母は私の成人まで、あと一年生きられるとは思ってないのだろう。

 今は元気に見えるけれど祖母の命は少しずつ、確実に削られている。


「……」


 祖母に渡された人形をジッと見つめる。

 何も言わず見返してくるその顔は本当に穏やかで、何だか見ているだけで心が落ち着いてくる。


 私を守ってくれる一ノ宮さんによく似た人形。

 もしかしたら私が一ノ宮さんと居ると何となく気が楽になっていたのは、この人形と何か関係があるのだろうか。


「……まさかね」


 ないないと心の中で否定して、私は人形を箱の中へと戻した。



 ……酷く体が重い。


 いつからそうだったのか、私は暗闇の中四肢を拘束されて転がっていた。


「……」


 そんな私を物言わぬ人形が見下ろしている。

 否。それは人形にんぎょうでは無く人形ひとがた

 できの悪い泥人形みたいな、無貌をさらした人の形をした何かがそこに居た。


 ――こどくの娘よ、その腕を捧げよ。


 酷くくぐもった声がして、私の肩から血が吹き出した。


「いぎ……ああああぁぁ!?」


 血が吹き出すそこに腕はなかった。

 そして代わりのように、泥人形には白く美しい腕が生えていた。


 ――こどくの娘よ、その声をもらい受ける。


 泥人形から生えた白い腕が、痛みに歯を食い縛る私の口を無理やりこじ開け侵入してくる。

 グチャリと何かが弾けるような音が脳髄へと響く。

 喉を潰され、舌を引き抜かれた私は悲鳴もあげられず、陸に打ち上げられた魚みたいにのたうち回った。


「――こどくの娘よ、その意思を宿した目をもらい受ける」


 泥人形が鳥が歌うような声で言い、私の目玉をえぐり出す。

“泥人形の顔に美しい水晶のような瞳が埋め込まれた”


「――こどくの娘よ、その生きた証をもらい受ける」


“私の顔が剥ぎ取られ、泥人形は私になった”


「――こどくの娘よ、その命をもらい受ける」


“私の心臓が人形にえぐり取られ、人形は命を宿したように生き生きと動き始めた”



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