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いつもだいたいコイツのせい。

作者: 鉄槻 緋色

「書き出し.me」という、「即興小説トレーニング」と同じ運営のウェブサービスで書いてみた作品。

お題は「海に行こうよ!」。

ざっと不条理ギャグです。

「海に行こうよ!」

「落ち着いて。まずは冷静になろうよ」

 立ち上がった柚香に僕はうんざりと告げた。

「だって海だよ? なんかやたらと青いし、きっとめちゃくちゃ海ーって感じの海! 行ってみたくない?」

「だから落ち着こうって。ちょっと手ぇ貸して」

 僕は差し出された柚香の手を取り中指を握ると手の甲側に思いっきりひん曲げた。

「いやたたたたたたた!」

 苦痛にもがく柚香に、たいして抗わずにその手を離して放り棄てる。

 そして僕は元の位置に戻って座り込んだ。

「目は覚めた?」

「覚めたさめた覚めましたああああ!」

 片手を握りしめて床をごろごろと転げ回る柚香が大げさに絶叫する。

「で。じゃあ一応聞くけど、どうやって海に行こうって?」

「……想像の翼で」

 ごもっともだ。もはや僕らにはそれくらいしか自由になるものがない。


 なぜなら、僕と柚香は今、深い穴の底にいるのだから。


 ここは、荒く削られた剥き出しの土で囲まれた空間だった。

 穴の広さは、およそ八畳間が内接するくらいの大きさの円形。

 深さは、ざっと五メートル。柚香を僕の肩に立たせても、彼女の手が届かない。

 そしてこの付近は人通りが少ない。何度か呼びかけているが、助けが来る様子はない。

 なんでこんな状況になったかと言えば。

「……僕が油断したせい、かな」

 冷静に分析した結果、僕はそう結論せざるを得なかった。

 両足を投げ出して、壁に背を預けて座り込み、ぼんやりと青空を眺める。

「そーだよー? 景ちゃんときどきがっかりするくらい抜けてるよねー?」

 したり顔を傾げていけしゃしゃあと抜かす柚香の顔に、かかとを擦って土を蹴りかけてやった。

「ぶへっ! けほっ! けほっ!」

「そうだね。今度からは柚香の誘いには絶対にのらないことにするよ」

「ええー!」

 僕の嘆息に、柚香が心底いやそうな声をあげた。

「そんなこと言われたら、今度からわたし、どうやって景ちゃんを驚かせばいいの?」

「驚かさなきゃダメな理由はなんだい?」

 あまりにも飛躍した、と言うよりは概念がかけ離れた論理に思わず片手でこめかみを掴んだ。

「えへへえ」

 ところが、柚香は正座して照れ臭そうに微笑んで後頭部を掻いてみせた。

「だってだって。わたし、景ちゃんの驚く顔が大好きなんだもん」

「なるほど。柚香の好意は殺害宣告か」

 僕は深くふかく嘆息した。


 柚香が絡むと碌な事にならないのは、僕は良く知っていたはずなのに、今回のこれはもう本当に油断と言うしかなかった。

 見せたいものがある。

 そう言われて柚香に手を引かれて走り出した僕は、まずはその掴まれた手首をくるりと返して柚香の手首の関節を極めて説明を促した。

「いたたたた! 違うの! 違うの! 苦労して作ったから、景ちゃんに見せてあげたいのいたたたた」

 路上に這いつくばらせてそこまで白状させたところで僕は追及をやめてしまったのだ。

 これが失敗のもとだった。

 宿題があと少しで終わるから待ってと言い置いて部屋に戻り、きっちり課題を終わらせてから柚香に案内を促して出かけた。

 行き先は不明瞭。何度訊いても曖昧な、意味不明な返答を繰り返すばかり。

 やがて辿り着いたのは、開発途中の工事現場。敷地の端に重機や建材が置かれている。

 その中を突き進み、土が剥き出しのままの荒野を横切り始めたところで、僕はその時柚香を土に埋めて帰るべきだった。

 油断のもとはもう一つある。

 柚香が僕の手を離さなかった事だ。

 柚香といると、だいたい隣の人間に災いが降りかかるが、柚香自身は無傷でけろっとしている。

 本人の意図は知れないが、何らかの罠があっても、手を繋ぐという自分まで巻き込みかねない状態にはしないだろうと僕は思っていた。

 それは間違いだった。と言うか、僕の考え過ぎだった。

 荒野の途中で、僕は柚香もろともこの穴に落ちたのだから。


 柚香に誰かを害そうなんて発想はないし、あくまでも享楽と好意で動いている。

 ただ、深刻に、救いようがないほど馬鹿なだけだった。

「あのね? 一生懸命穴を掘ったから、景ちゃんに見せてあげようと思ったの」

 底が柔らかい土だったのが幸いして僕らは怪我をせずに済んだ。

 落下の衝撃は痛いは痛いが、柚香が泣いているのは、目論見が挫けたせいだった。

「近くに置いてあったユンボ使うと、すっごく大きくて深い穴が掘れたから、これ絶対に景ちゃん見たら驚くなって思って」

「なんでユンボを使えるの?」

「それで、目の前で見せてあげたかったから、そこにあったおっきな布を被せて、ついでに土とかかけて隠したの。景ちゃんが来たら、布を取って見せてあげようと思って」

 無視された疑問の追及はさて置いて、なんとも間抜けな事に、柚香は自分で作って隠蔽した落とし穴に自分ではまったのだった。見せてあげると息巻いていた相手である僕もろとも。


 これが、この現状の始まりだった。


「さて。どうやってここから脱出しようか」

「ねえねえ景ちゃん! 海に行こうよ!」

「僕がいいと言うまで黙らないと柚香から先に埋める」

 ぱたりと黙り込んだ柚香を放って、僕は穴の中にある物を観察する。

 なにか、使えるものがあればいいのだけど。

 だけど、土以外にある物と言えば、この落とし穴を覆い隠していた巨大な布だけで、土を削れそうな道具はおろか、固い物体すら落ちていなかった。

「うわ。いい物が何もない。どうしようもないかな」

「ねえねえ景ちゃん! いま「いい」って言ったよね!」

「柚香の全身の骨を組み替えても、地上まで届く梯子にはならないだろうしなー」

 再び黙り込んだ柚香を背に脱出方法を考え続ける。

 なにしろ今日は日曜日。最悪、ここの工事業者が来る明日の朝までここにいる事にもなりかねない。

 一日くらい飲まず食わずでも死にはしないだろうけど、柚香の間抜けな発言によるストレスか、怒り狂った僕の拳かでどちらか一人は死ぬ気がする。

 土の壁を触りながら、壁沿いに歩きながら考える。

 壁は、思いのほか固かった。土の質なのか、ユンボで抉ったせいなのかは分からない。

 これでは、横から土を削って階段状にするのも難しいだろう。それも、素手では長時間の作業に耐えられない。

「……ん?」

 もうじき穴を一周しようかという所で、その異常に気付いた。

 土壁の一部が、濡れているのだ。

「なんで、これ……」

 最近は雨は降っていない。

 近くに川はあるけど、ここは工事の敷地のど真ん中だ。川の水がここまで染みてくるはずがない。

 なのにこの濡れ方。

 いや、見るみるうちに触っている箇所から土が柔らかくなっている。

「あのね、景ちゃん」

 柚香が何か言うが、無視してその周辺の土を探る。

「わたし、大きな穴をふたつ作ったの」

 だけど、さすがに無視しきれずに手を止めて振り返った。

「でね、でね、近くにポンプ車も置いてあったから、海を作ってみたの」

「……いや、だから、どうしてポンプ車を操作できるの……?」

 そこまで聞いて閃いた嫌な予感に寒気を覚える。

 僕が反応した事で調子を取り戻したのか、柚香の舌が勢いよく滑り出した。

「だから、わたし、景ちゃんと一緒に海に行ってみたくて、でも海って遠いじゃない? 地球なんて海ばっかりなんだから、そこらに海があってもいいのにね。 でね、だからわたし、海を作ってみたの! すごいよ! この穴の隣に掘った穴は、ここよりもずっとずっと大きい──」

 柚香がしゃべっている内に土壁からはじくじくと、やがてだくだくと水が染み出し溢れ、僕の足を濡らしていた。

 そして目の前の壁を吹き飛ばし、押し寄せた水流に押し倒され、まるで洗濯機の中身のように凄まじい濁流に僕と柚香は飲み込まれた。


 気を失う事はなかったけど、水流の勢いが収まるまでの数分間、たっぷりと掻き回されて生きた心地がしなかった。

 落ち着いてみれば、なおさら酷い有り様になっていた。

 大量の土が混ざり、もはや泥沼となった即席の池に浮かぶ僕と柚香。

 隣に掘ったという穴は柚香が言った通りとてつもなく広く、こちらの穴に繋いでも、穴から出るのに困らないくらいの高い水位を保つほど大量の水が注がれていた。

 って言うか、穴に落ちるまでどうしてこの隣の穴に気付けなかったのか。隠蔽する布の大きさにも限度があるだろうに。

 だけどもう、おおいに疲弊した僕の頭にはそれ以上の論理的な思考は困難だった。

 柚香の、水を跳ねてはしゃぐ声が聞こえる。

「ほら! ほら! すごいでしょ! でもでも、今度は本物の海に行こうよ! ねえ! 景ちゃん!」

 ここでうなずかないと、家の前まで海水を引いて来かねないから、僕はげんなりとうなずいてやった。



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