求愛(コール)
それから数日は何事もなく過ぎた。グレイン氏は教師の仮面をかぶり、学校にうまく順応しているようだ。
初対面のときの、おちゃらけた雰囲気を彼は日常では微塵も出していない。まあ生真面目というか、二重人格というか……。
アタシは彼から渡された発信機を肌身離さず持っていた。オハラ神父も同様だ。グレイン氏の言うとおり、いつ何が起きてもおかしくない。油断はできない。
その日の夜、宿舎でアタシの部屋のドアをノックする者がいた。え……まさか、グレイン氏じゃないよね。マジでここは男子禁制だよ?
ドアを開けると意外な人物が立っていた。シスター・パトリックだった。
「ああ、シスター・パトリック。どうされたんですか?」
「ちょっと、お話が……」
彼女がアタシの部屋を訪れたのは、これで二度目だ。一度目は彼女が悪魔の夢を見たと言って、アタシに相談しにきたときである。
アタシと彼女は、悪魔つながりと言ってもいい。アタシたちはほぼ同時に、違う悪魔の夢を見た。考えてみれば、それがすべての発端だった。
いやな予感がした。また何か彼女を困らせるような出来事があったのだろうか。それは悪魔に関することだろうか。とにかく、アタシは彼女を部屋に招き入れた。
「じつは……ここの職場を離れることになりまして」
シスター・パトリックが重い口を開いて言った。
「えっ、それはまた急ですね。どうして?」アタシは驚いて聞いた。
「故郷で、兄の具合が悪いのです。家庭の事情で皆さんにはご迷惑をおかけしますが……」
「いえそれは、でも仕方がないことです」アタシは言った。「……オハラ神父にはもう、お話を?」
彼女は首を振った。
「明日、お伝えしようと思っています。シスター・ロバート、あなたにはとてもお世話になったので、どうしても個別にお伝えしたくて」
「光栄です」とアタシは答えた。そして、ちょっと迷ったのだが、思いきって聞くことにした。
「あれから、悪魔は夢に出てきませんか?」
すると彼女は寂しげな表情で、「ええ」とだけ言った。
「夜分に失礼しました。シスター・ロバート、お元気で」
「あなたも、お元気で」
部屋を立ち去ろうとする彼女の歩みが、一瞬止まった。彼女は不意に振り返った。
「……あなたが好きでした」
そう言うと彼女は足早にドアから出て行った。
胸騒ぎがした。むろん彼女の告白を受けてのことだ。
彼女の気持ちを疑うわけでは……いや、むしろ疑わなくてはいけない。オハラ神父のときと、まるきり状況が同じだからだ。
アタシはオハラ神父からも、愛の告白をされたことがある。だが、そのときの神父はマトモな精神状態でなかったばかりか、彼はそのあと心神喪失の状況にまで陥ってしまった。悪魔の仕業だった。
シスター・パトリックも悪魔にとり憑かれているのではないか。だとしたら、すぐにでも発信機のボタンを押してグレイン氏に知らせなくては……。
だが、しかし、もし彼女の気持ちが本当だったとしたら?
アタシは頭を振った。アタシたち尼僧に恋愛、それも同性に対してのそれなどありえない。けれど、彼女の好意それ自体は否定するべきではないし、むしろ嬉しく思う。
その彼女の気持ちまで、はたして疑ってしまっていいものか。アタシは悩んだ。