最終話:生きること
日の出とともに辺りが明るくなってきた。
さぁ、飛んでみるか!
僕は羽をブルブル震わせてみた。航空機でいえば、離陸前にプロペラを回すようなものだ。
よしっ!
僕は摑まっている自らの抜け殻を蹴って、跳ねるように飛び立った。
「うわっ、飛べた!」
数秒間飛んで近くの木の枝に止まる。
暫くそこで休んで、次は遠い山に向けて飛び立つ。アキアカネは夏は山に登って秋になると平地に戻るのだ。
さて、そろそろ本当に出発だ!
いち、にぃ、さんっ!
みるみる地面が遠くなってゆく。故郷の池も、命の危機にさらされた学校のプールもどんどん小さくなっていった。
◇◇◇
十一月、僕は何事もなく山での夏を過ごし、故郷の平地に戻った。羽化した頃は黄色かった身体はすっかり紅葉のように紅色に染まった。パートナーも見つけ産卵にも成功した僕にもうやる事は残っていなかった。
「おう! 久しぶり!」
!?
「えっ、なんで…」
なんと目の前に現れたのは、雨で羽化に失敗したと思っていたアイツだった。
「俺があんなことでくたばるとでも思ったか?」
「うん、思った!」
「あぁ、こうキッパリ言われるとなぁ…」
「いや、あれはどう考えても死んだと思ったね」
「でも確かにキツかったわ…。泥いっぱい付着したし風強いから身体不安定になるし。でもやっぱり空を飛ぶ夢は捨てられなかった」
そうか、どんなに辛くても諦めなければ夢は掴めるんだ! まぁ僕みたいに割と楽に掴める場合もあるけど、コイツの場合は苦労の分、僕よりずっと達成感あったんだろうな。
夢は諦めなければ叶う。だけど一度諦めて現実に身を埋めてしまえばそれは一気に崩れ落ちるんだ。
一生は、自分の気持ち次第でどうにも変えられるのかもしれない。だから諦めてはいけないのだ。だって、諦めない限りそこには希望があるのだから。例えその希望が叶わなくとも、それを持つことできっと生きるのが少し楽しくなる。やる事がなくなった僕が最後に学んだ事だった。
最初は生き物の生態を書こうと思って始めたこの作品、まぁ書けないこともないのですが温かみのある作品にしたいと意向が変わったのでこんな感じになりました。短い作品ですが読んでいただき、ありがとうございました。