第五話:空への挑戦
彼は雨の中、羽化を始めた。
うゎ〜凄いなぁ、ホントに翼が…。
羽化している姿は身体が透き通っていてとても神秘的。僕は彼についつい見惚れてしまった。同性にみとれるのも何だか変だけど…。
しかし…。
「うわっ!」
その声と共に彼は風に吹き飛ばされてしまった。彼が羽化していた木の枝には抜け殻だけが残っていた。と、頭では理解出来ても現実を受け入れたくなかった。
「嘘だ…彼は強いんだ…そんな筈…」
羽化の最中に吹き飛ばされる事は死を意味する。水中に居たら成虫の身体が出て来る。悪天候の日に羽化を試みれば吹き飛ばされたり雨水で羽を溶かされたり、これは不運としか言えない。自然は厳しい。
嵐は正に疾風の様に去り、空に星が瞬く。
あと少し待てばアイツも…
僕は風や天候を確認して羽化する覚悟を決めた。
とうとうこの時が…。
羽化に都合の良い場所を選び身体を乾かす。
そろそろいいかな。
身体を十分に乾かし僕の最後の脱皮、羽化が始まった。この時身体が抜け切らないでそのまま死亡というケースも稀にあるから要注意。先ずは古い皮に身体を引っ掛けて身体を反る。その姿勢を二十分程保つ。次に一気に身体を起こして古い皮から身体を完全に抜く。
ふぅ、なんとかここまでは出来たか。
身体を抜くと次は羽を伸ばした後に寸胴な胴体を細長くする。
うわっ、人間だ!
この時、例え天敵が来ても逃げも隠れもしない。というより出来ない。
「うわっ、みてみて優成ぃ、トンボさんが羽化してるよぉ」
「あら、アキアカネかなぁ、こんな季節に」
「神秘的だね。生命の進化って感じで!」
「だね。こいつらも頑張ってんだな」
人間まだ居るの? 目が見えないって不便だなぁ…。
実は羽化している時の視力はほぼゼロ。ただし時間が経つにつれ少しずつ回復していく。
羽化を終えると、後は畳んでいる羽を広げるだけ。空から太陽が昇ってきた。
よし、そろそろ。
パサッ!
「わっ、凄い! 一瞬で羽が広がった!」
人間め、悪い奴らじゃなさそうだけど早くどっか行ってくれ。
羽は一瞬で勢い良く広がった。大空へ羽ばたく瞬間も間近だ。
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今回登場致しました人間のキャラクターは『いちにちひとつぶ』シリーズからのゲストです。同シリーズには短期連載作品もございますのでぜひお気軽にご覧ください。