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いきものがたり  作者: おじぃ
モスキート
2/6

第二話:かゆみと幸せのプレゼント

蚊の物語の完結編です。

 彼女と結婚。そして彼女は産卵をするために今まで以上に栄養が必要となり、動物の血を沢山吸わなければならない。血を吸えばその分だけ身が重くなり、天敵に捕まりやすくなるのだ。


 彼女とひと夏を幸せに暮らせれば満足な筈なのに、本能というものはそれを許さなかった。より多く子孫を残す事こそ自然界を生きる生物の使命なのだ。


「じゃあ、血を吸いに行ってきますね」


「いや、でも、吸いに行ったら敵に捕まる可能性高くなるし…」


「大丈夫です。それに、そうしないと産卵出来ません」


「いや、だって…」


「あなたと巡り逢えて、私たちの愛の結晶ができれば、私は最高に幸せです」


 言って、彼女は飛び立っていった。俺は何も言い返せなかった。


 しばらくすると彼女は幸いにも戻ってきた。その後彼女は人間の民家にある少し濁った池に産卵をした。


「卵、ちゃんと孵化するといいですね。私、今、とても幸せです」


「そうだね」


 俺も彼女と一緒に幸せを噛み締めていた。


 しかし人間にとって蚊の卵が孵化するのは、とんだ迷惑だろう。


 その後も彼女は順調に産卵を繰り返し、池では既に卵が孵化し、もうすっかり成虫になった子供もいた。


「少し、寒くなってきましたね」


「あぁ、もう残された時間も少ないことだし、あとはふたりでのんびり暮らそう」


「そうですね。でもアキアカネには気をつけないと」


「うん。死ぬまで気は抜けないね」


 俺たち蚊にとって、トンボは一生付き纏う天敵なのだ。幼虫の時はヤゴとして襲いかかってきて、成虫になると時速100kmもの速さで空から襲ってくることもある。俺が言うのも変だが、蚊の駆除をしたいならトンボを大切に。


「キャーッ!!」


「うわっ!葉の陰に隠れろ!!」


「はい!!」


 池の上を飛んでいた俺たちを突如アキアカネが襲ってきた。


「ハァ、ハァ、ハァ、なんとか逃げ切れましたね」


「あ、ハァ、そうだね」


 トンボも子孫を残すために必死で、俺たち同様に天敵が沢山いるのだ。だから産卵と逃げるのに必要なエネルギーは常に蓄えておかなければならない。


 秋も深まってきた頃、俺たちは民家の庭にいた。先に羽化した先輩たちは次々と倒れていった。俺たちももう時間の問題だ。


「もみじ、綺麗ですね」


「そうだね。こんなの見ることが出来て、俺たちはホントにラッキーだ。先輩たちにも見せたかったな」


「はい」


「どうした? 寒いのか?」


「えぇ、でも大丈夫。少し血を吸ってきますね」


「うん。気をつけてね」


「はい」


 俺は近くで血を吸う彼女を見守る。もう彼女の身体は弱っていた。あれだけ沢山の産卵を繰り返してきたのだから当然だろう。


 その時だった。


「うわっ、まだ蚊がいる。や〜ねぇ〜」


 人間だ。


「逃げろ!!」


「パン!」


 人間は手で彼女を叩き潰そうとしてきた。


「キャッ!」


「こっちだ!!早く!!」


「はい!!」


「パン!」


「えっ…?」


 叩かれたのは俺だった。しかし脚が折れただけなのでまだ生きていた。


「い、い、いやーぁぁぁ!!そんなのいや!!私が、私が血を吸いに行かなければ!!」


「お前のせいなんかじゃない。油断した俺が悪いんだ。」


「やだ!!いやですこんなの!!せっかくここまで生き抜いて、綺麗なもみじも見れて!!」


「良かった。お前とここまで過ごすことができて。」


「そんなこと言わないで!!私なんかと一緒になんなければ!!」


「いや、お前で良かった。こんな美女に最期を看取られるなんて、蚊に生まれてきて良かった。」


「もう無理して喋らないで!!」


「また、すぐ会えるよな?俺、あっちで待ってるから。絶対自殺なんかするなよ?地獄に堕ちて、もう会えなくなるから。」


「そんな…」


 ◇◇◇


 私の大切なパートナーはそう言ってもう口を開くことはありませんでした。しかし、最期まで幸せそうな目をしていました。そして暫くすると、その目を閉じ、私より少し先に静かに天国へ旅立ちました。


「ねぇあなた? 私、あなたを幸せに出来たんですよね?自信を持って神様に報告して良いんですよね?」


 やがてもみじの葉はからからに枯れて散り、初雪が降ってきました。


「ねぇあなた? 私は雪を見ることもできましたよ?凄いでしょ?」


 そして私も、寒さで力尽き、大切なパートナーが待つ世界へ旅立ちました。


「あっ、よくきたね」


「あっ!! …はい!! また会えて嬉しいです!!」


 私は嬉しくて、涙をこらえる事ができませんでした。彼はそんな私を優しく抱き寄せてくれました。


「俺も、また会えて嬉しいよ。あぁ、久しぶりにお前の姿見たらなんかムラムラしてきた!」


「えっ!?こっちの世界に性欲はないって、旅立つ前に神様から教わりましたよ!?」


「俺は特別なの!!」


「えっ、そんな!」


「良いではないか〜!」


「キャーッ!!」


「うわっ、あのカップルこっちに来てまでもあんな事やってるよ」


「やぁねぇ…」


 私たちはきっと、世界一幸せな蚊なのかもしれません。いいえ、そうに違いありません。だって、天敵のいない楽園で、またこうして幸せに暮らすことが出来るのですから。


 最後の最後まで力を尽くせば、きっとその先には幸せが待っています。私はそれを実感しました。だから生まれ変わったら、血を吸わせてもらう代わりに、かゆみと幸せをプレゼントしようと思います。私に血を吸われた人は、きっと今より幸せになれますよ?

あなたの血を吸っていく蚊は、かゆみと一緒に幸せもプレゼントしてくれるかもしれませんよ?

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