第一話:空飛ぶ吸血鬼たちの恋
初回は夏の吸血鬼、蚊の視点から物語を描いています。
これは夏の小さな吸血鬼とそのパートナーの物語。
「今日で水中生活とおさらばだ! 今日からは空中での新しい生活が俺を待ってる!」
俺は♂の蚊。♂は動物の血液を吸わず、花の蜜などを吸って生活している。卵を産まないからこれで生きていけるのだ。
ある日、俺は水辺に咲く花の蜜を吸っていると、かつて見たことのない絶世の美女を見つけた。美女といっても当然人間の女ではない。蚊の♀のことだ。夏の虫である故に余命が短いので早速その美女をナンパした。
「あの、良かったら俺と結婚してくれませんか」
蚊にとってみれば異性と共に行動する=結婚。寿命は短いし、周囲はトンボやカマキリ、クモ、他沢山の天敵が無数に居るので人間のように時間をかけている暇などない。
「えっ、あ、あの…」
「もしかしてキミ、まだ産卵したことないの?」
「は、はい。まだ羽化してから時間が浅くて」
「そっかぁ。でも命はそんなに長くない。それに、天敵だっていっぱい居る。ほら、そこにカトリヤンマたちが。ちょっと葉っぱの陰に隠れよう」
「あっ、はい!」
カトリヤンマはトンボの一種で、“カトリ=蚊取り“の文字通り、蚊や小さな虫を主食とし、小さな虫の群れに突っ込んでいくこともある。
俺たちは他の天敵も警戒しつつ、葉っぱの陰に隠れ、トンボたちが黄昏飛翔を終えるのを待っていた。黄昏飛翔とは、明け方や夕方にヤンマ科と呼ばれる大きなトンボたちが生殖や食事のために原っぱや水辺を飛び回ることをいう。
「あの…」
「ん?」
「なんか、怖いけど、ドキドキしますね」
「う、うん。そうだね」
俺は天敵に食われる心配と異性といる緊張で気持ちが落ち着かなかった。
「あの、あまり時間もないことですし、私、今なら、その、あなたとひとつになっても…」
「えっ!? じ、じゃあ…」
「は、はい」
彼女は恥ずかしそうな笑みを浮かべ、こちらを見つめた。俺はようやく、いやそんなに時間は経っていないのかもしれないが彼女と契りを交わすことを許された。ただなんとなくバケツの中に浮いて生活してきた俺にとって、このひとときはこれまでない最高の幸せだった。
「あの、私、あなたに会えて良かったです。なんだかとても幸せな気持ちでいっぱいです」
「お、俺も、キミみたいなコと結婚できて、最高だよ」
「じゃあ私、いっぱい栄養蓄えて、赤ちゃんいっぱい産まなきゃいけませんね。」
「はっ…!!」
俺はその時、彼女とひとつになってしまった事の重大さに気付き、同時にやりきれない程の後悔をした。
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、その…」