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 もとより男の二人暮らしだ。捨てて惜しい物は無いので、すぐに俺達は家を出た。夜気は冷たかったが車中は暖かかった。車は見慣れた街を抜け、寂れた田舎道に入る。フィリップが無言だったので、俺もどこへ行くかは尋ねない。どこだっていいのだ。フィリップが居てさえくれれば、そこが俺の居場所だった。

 既に夜半を過ぎていたので他に行き交う車も無い。もちろん、ポツリポツリと建っている民家にも明かりは無かった。街灯すら無い道をひた走る車の中で揺られながら、いつしかウトウトしていたらしい。突然ガクンという衝撃を感じて、俺は驚いて目を覚ました。

「なんだッ?」

 慌てて辺りを見回すが、外は真っ暗で何も見えない。どうやら車は鬱蒼とした森の中で停まっているようだった。

「パンクしたようです」

 暗闇の中でフィリップの落ち着いた声が答える。

「スペアタイヤに替えますので待っていてください」

「俺も手伝うよ」

 状況を理解して急いで降りようとすると、いきなり手首を掴まれた。

「あなたはここにいてください。私が降りたら鍵を締めて、決して開けてはいけませんよ」

 その静かな声音に、俺は一瞬言葉を失う。

「……何かあったのか」

「念のためです。あなたがいると、何かと面倒ですので」

 緊張した俺を茶化すように、フィリップが鼻で笑って言う。俺はその言葉にムッと口を引き結ぶと、助手席のシートにふんぞり返った。

「どーせ足手まといだよ!」

「はいはい。では、ちょっと待っていてくださいね」

 暗闇の中でフィリップが言い、衣擦れの音がそれに続く。不意に気配が近付いて、何かが頬に触れた。それが唇だと気付く前に、フィリップはドアを開けて外へ出て行く。嫌な予感に襲われて慌てて呼び止めようとしたが、言葉にする前にドアは勢いよく閉まった。

 外は真の闇だった。そういえばフィリップがヘッドライトを点けていないことに気付く。『奴等』にとって、闇は俺の見ているような闇ではない。俺が感じている静寂も静寂ではなく、木々やコケの匂いの中に人間の体臭やわずかな血の匂いさえ嗅ぎ分けるのだ。

「……?」

 フィリップが出て行った後、俺はすぐに違和感に気付く。スペアタイヤはトランクの中だが、それを取り出す気配が無いのだ。慌てて辺りを見回すが、人間の目には墨で塗りつぶしたような闇しか見えない。

「フィー?」

 小声で名前を呼んでみるが、満員の映画館の中でも俺の声を聞き分けるはずのフィリップからは何のいらえも無い。

「フィリップ!」

 俺は慌てて車から飛び出そうとし、躊躇した。絶対に外へ出るなというフィリップの言葉を思い出し、グッと唇を引き結ぶ。たぶん、奴ならどんな事があっても難無く対処するだろう。唯一、ブリンゲルのことを除いては……。

 俺は意を決すると、そっと辺りを窺ってからドアを開ける。途端に室内灯の光が辺りを照らしたが、やはりどこにもフィリップの姿は無かった。注意深く耳を澄ますと、前方で闇がかすかにザワザワと鳴る。もしフィリップが何者かと闘っているのだとしたら、ここで名を呼ぶのは得策ではない。奴の鋭い聴覚なら、俺がドアを開けたことにはもう気付いているだろう。言いつけを守らずに外に出た俺をフィリップは怒るだろうか。しかし、守られているだけでは不甲斐ない。俺にだって何か出来ることがあるはずだ。俺はフィリップの愛車を振り返ると、意を決して腕まくりした。

「よし」

 スペアタイヤの交換は、いつもフィリップを手伝っていたので得意だ。フィリップの車は年代物のボロだが、奴はこの車をとても大切にしていた。いつも自宅一階にあるガレージにしまい、絶対に出しっ放しにもしないしメンテナンスも欠かさない。俺は車の後ろに回るとトランクを開けた。

 その車のトランクは昼寝出来るほど広いのだが、整頓好きのフィリップは必要最低限のものしか入れていない。スペアタイヤにジャッキに工具入れ。それと、ぬかるみにタイヤがはまった時などに敷く毛布だけだ。俺は必要な物を取り出し、静かにトランクを閉める。暗闇の中でタイヤを交換するのは不可能なので、パンクした側のドアを開けると、室内灯でいくらか手元が明るくなった。

「うわ~、ここにいますよーって大声で言ってるようなもんだな……」

 眩い光が辺りの森を白く照らすのを見て、俺はちょっと焦る。だが、どうせ奴等には全て見えているのだ。俺は腹をくくると車体の下にジャッキを置いた。


 タイヤの交換はすぐに終わった。次はどうしようかと考えて、俺は運転席に座る。もし俺だったらどうして欲しいか。答えは簡単、『逃げる』のだ。今のフィリップにとっては俺を盾に取られることが一番マズいに違いない。俺はエンジンをかけるとヘッドライトを点けた。

「森を抜けた先で待ってるからな。絶対に来いよ、フィー」

 自分に言い聞かせるように呟き、森の中の一本道を走り出す。その道は車がようやく一台通れる程度の道幅しかなく、しかもクネクネうねっている上に地面のあちこちに木の根が飛び出しているので、車は激しく揺れた。

 それからどのくらい走っただろうか。時折ヘッドライトに驚いたウサギや鹿が飛び出したが、それ以外は気抜けするほど順調に車は走り続けた。しかし、真っ暗な森はなかなか終わらない。ともすれば、さっき通ったばかりの場所を再び走っているような錯覚にとらわれる。しかし、止まって確認しようにも、地図も無ければ星さえ見えない。その時、突然天井で『ドン!』と物凄い音がした。

「……ッ?」

 思わずブレーキを踏もうとした次の瞬間、再び天井で大きな音が響く。それと同時に天井が大きく内側に歪んだのを見て、俺は慌ててアクセルを踏み込んだ。何者かが車の屋根を叩いている。それがフィリップでないことだけは確かだった。

「くそッ!」

 フィリップはどうなったのか。いや、その前にいったい何があったのかと考える。そして、天井を破壊しようとしているのは何者なのか。わからないことだらけだった。その時、フロントガラスにバサッと何かが落ちてきて視界を遮る。

「うわッ!」

 突然前が見えなくなり、俺は慌ててブレーキを踏み込む。視界一杯に浮かび上がった黒いシルエットは、長いマントを羽織ったブリンゲルだった。ブリンゲルはボンネットの上に片膝を突くと、ズイと運転席を覗き込む。赤く燃える目が俺を捕らえた途端、暖房が効いているはずの車内の空気が一気に凍りついた。恐怖と寒さで体がガタガタと震えだす。次の瞬間、ニヤリと笑いながら振り上げたブリンゲルの腕が一瞬暗闇の中に消えた。

「……ッ!」

 ガシャーン!

 大音響と共にブリンゲルの腕がフロントガラスを突き破り、いきなり俺の首を掴む。奴の腕を中心に蜘蛛の巣状にひび割れたガラスが、一枚の飴細工のようにグシャリとへしゃげて顔前まで迫った。

「離せ!」

 渾身の力で振り解こうともがくが、ブリンゲルの腕はビクともしない。

「離せ! フィーをどうした!」

「フィー……」

 悪鬼の形相で俺を凝視していたブリンゲルが、その言葉にようやく表情らしきものを浮かべる。しかし、次の瞬間口の端を吊り上げると、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「ああ、貧相な男なら一人見掛けましたよ。貴方のお知り合いでしたか」

 ブリンゲルはとぼけた口調でそう言うと、小気味良さそうに鼻で笑う。

「奴を待っているなら無駄なこと。私の邪魔をしましたのでね、ちょっとひと捻りさせていただきましたから」

 俺はその言葉にギリリと奥歯を噛み締める。思い切りアクセルを踏み込むと、巻き起こった突風に煽られてブリンゲルの黒マントが頭上に大きく翻った。次の瞬間、辺りの闇を高らかな嬌笑が揺るがす。

「往生際が悪いですよ、ミスター蒼! 私は欲しいと思ったものは全て手に入れてきた男です。諦めておとなしく私のものにおなりなさい!」

 どんな風に掴まっているのかは不明だが、ブリンゲルの身体は車の急発進にも微動だにしない。しかし、大きなマントが頭上に退いたことでかなり視界が開けたので、俺は夢中でアクセルを踏み込んだ。

「まだわからないのですか、ミスター蒼?」

 曲がりくねった細い道を必死に車を走らせる俺に、ブリンゲルが穏やかともとれる口調で言う。

「無駄なことはやめて車をお止めなさい、ミスター蒼。そうすれば、もうこれ以上手荒なことは致しません」

 そしてそう言うと、俺の首を締め上げていた手をふっと緩めた。急に気道が広がって、俺は思わずゲホゲホと咳き込む。その顎をブリンゲルの指先がスイと掬い上げた。

「手荒なことをして申し訳ございません、ミスター蒼。大丈夫ですか?」

 しかし、狭い夜道を必死に車を走らせている俺には、ブリンゲルの寝言など聞いている暇は無い。すると、今度はグシャグシャにひび割れたフロントガラス越しに、ブリンゲルが俺の顔を覗き込んだ。

「つれないですね、ミスター蒼。そんなに私がお気に召しませんか」

「召すわけねーだろ、バカ野郎!」

 俺は反射的に怒鳴り返す。その途端、抑えていた怒りが爆発した。

「フィーが死んだら絶対に許さねえ!」

 怒りにまかせて怒鳴りつけると、ブリンゲルが愉しそうにクククと笑う。そして、もう一方の手でひび割れたフロントガラスをコツコツと叩くと、おためごかしに言った。

「でしたら今すぐ車を止めて戻られた方が賢明ですよ。今はまだ生きておりますが、あのままではいずれ確実に死ぬことになりますので」

「どういうことだ!」

 俺は焦って聞き返す。背筋をひやりと冷たいものが流れた。

「木のてっぺんに串刺しにして参りました。腹を串刺しにすれば砕け散るかと思いましたが、やはり杭でなくてはダメなようです。しかし、いずれ日が昇れば消滅するでしょう。そういうことです」

「なんてことを……!」

 俺は慌ててアクセルから足を離す。途端に車がガクンと減速し、ブリンゲルの口元が笑みの形に歪んだ。その瞬間、再び頭上で『ドン!』と音がして何かが屋根の上に落ちて来る。

「そのまま走ってください、蒼!」

 その聞き慣れた声音に、俺は思わず躍り上がった。

「フィー!」

「チィッ」

 ブリンゲルが屋根の上を睨み上げ、忌々しげに鋭く舌打ちをする。咄嗟にブレーキを踏もうとしていた足で思い切りアクセルを踏み込むと、ブリンゲルはバランスを崩してフロントガラスの上に額から勢いよく倒れ込んだ。途端に、ひび割れたガラスがメキメキと音をたてて内側にたわむ。

「この死に損ないがあ!」

 ブリンゲルが顔を上げ、屋根の上を睨み付けて憎々しげに吼える。俺の首を掴んでいた手を離してフロントガラスから腕を引き抜こうとしたが、しかし、奴が体勢を立て直すより早く屋根の上から白い手が伸びて、ブリンゲルの頭部を再びフロントガラスの上に叩き付けた。

「離せ、無礼者!」

 ブリンゲルの額が再びフロントガラスに激しくぶつかり、割れた額から黒い液体が飛び散る。

「早く森の外へ!」

 フィリップの叫び声に、俺は夢中でアクセルを踏み込む。感覚は既に飛び、時間すらわからなかったが、今は太陽だけがブリンゲルを倒せる唯一の方法のように思えた。人間にとって無くてはならない陽光も、奴等にとっては死を意味するのだ。

「うおおおおッ……!」

 俺達の意図を察したブリンゲルが、たちまち表情を強張らせて青褪める。大慌てで自分の首根っこを押さえているフィリップの腕を掴もうとしたが、フィリップはそれを素早くかわすと、今度は奴のマントを掴んだ。

「フィー!」

「早く外へ!」

 俺の叫び声に、フィリップが大声で答える。ブリンゲルは顔を引きつらせながら必死でマントを取り返そうとしたが、しかし、長いマントはしっかりとフィリップに掴まれていて取り返すことが出来なかった。

 早く! 早く外へ!

 しかし、鬱蒼とした森の中はいまだ真っ暗で、俺の脳裏を不安が過ぎる。

 もし、まだ夜が明けてなかったら……?

 俺はその不安を、頭を一振りして追い払う。その時、真っ暗な道をひた走る俺の目を、ピッと何かが射た。

「あッ!」

 それが『光』であると認識するより早く、俺は夢中で叫ぶ。

「飛び降りろ、フィーッ!」

 次の瞬間、突然眼前が開けて車は陽光の中に飛び出す。暗闇に慣れた目をたちまち清浄な朝日が射抜き、突然視界が真っ白になって、俺は夢中でブレーキを踏んだ。その途端。

「ギャアアアアア……ッ!」

 一瞬遅れてブリンゲルの断末魔が辺りに響く。次の瞬間、蜘蛛の巣状にひび割れたフロントガラスの上に黒マントがバサリと落ち、白い塵がザァッと一面に広がった。俺は初めて見た吸血鬼の最期に、なかば呆然として言葉を失う。

「フィリップ……」

 無意識に呟いたその名に呪縛を解かれた俺は、慌てて車外に飛び出すと、夢中でフィリップの姿を探した。

「フィリップ!」

 車の後ろを探し、森へと駆け込む。深い森は十メートルほど入っただけですぐに真っ暗になったが、それでもフィリップの姿を見つけることは出来なかった。

「フィリップ!」

 奴は森を出る寸前までブリンゲルが逃げないようにマントを掴んでいた。もしかして、という思いを俺は必死で振り払う。再び森の外へと引き返しながら、辺りの茂みを隈なく探す。どこかの茂みで気を失って倒れてはいまいかと思ったが、やはりどこにもフィリップの姿は無かった。再び車に戻った俺は、しばし呆然と立ちすくむ。これはいったいどういうことか。フィリップはいったいどこへ行ってしまったのか。答えは無い。答えは無いのだ。

「うわあああああああッ!」

 俺は全身を震わせながら、声を限りに叫んだ。



 コーヒーメーカーのスイッチを入れると、間もなく温かな香りが部屋に満ちる。俺はソファに寝転んだまま、目を瞑ってその柔らかな香りに身体を預けた。

 あれから俺は再び半日かけて家に戻った。ブリンゲルがいなくなった今、もう逃げ隠れする必要は無い。わずかな期待を抱いて戻った家にも、やはりフィリップはいなかった。それを確認するためだけに戻ったようで、再び身を切り裂かれるような痛みを覚える。そして、これが『永遠の孤独』なのだとぼんやり思った。フィリップを失いながらも、それでも俺は生きていくのだ。

 目を開けると、窓の外には既に薄闇が降りてきている。しかし、悲しい夜の生き物はもういない。それは伝説と共に語り継がれるだけで、既に時の彼方に塵となって消え失せてしまったのだ。もしかしたら地上のどこかにはまだ奴と同じ生き物がいるかもしれないが、しかし、世界中のどこを探しても『フィリップ』という男はもういない。強くて優しくて誰よりも美しかった男は、もうどこにもいないのだ。

「またそんな所で寝て。風邪をひきますよ」

 その時、ガチャリとドアの開く音がして誰かが部屋に入って来る。俺はそれこそびっくりして思わず飛び上がった。

「フィリップッ?」

 ドアから入って来たのは、まさしくフィリップ本人だった。俺は喜ぶよりも呆気にとられて奴を見る。

「おや、いい香りですね。私にも一杯頂けますか」

 フィリップはそう言うと、俺ににっこりと微笑みかける。

「遅くなって申し訳ございませんでした。お食事はもう済まされましたか?」

 そして、以前とまったく変わらぬ口調でそう言うと、腕を振ったり肩を回したりした。

「狭い場所で長いこと寝ていたものですから、あちこち凝ってしまって……」

「ど……どこにいたんだ、今まで?」

 ようやく出した声音が自分のものではないみたいに弱々しく掠れる。その声を聞いて、途端にフィリップが心配そうな顔になった。

「風邪をひいたのですか? すぐにお薬を飲まないと……」

「どこにいたんだと聞いている!」

 俺は自分の額に伸ばされた手を払いのけると、語気も荒く問い質す。

「俺が呼んでも出て来なかったくせに! なんで出て来なかったんだ!」

「すみません。傷が思ったよりも深かったものですから。それに、既に太陽が昇っていましたので。ご心配をお掛けしてしまい……」

「うるさい!」

 俺は詫びの言葉を遮ると、自分の上に屈み込んでいるフィリップの胸倉を掴んで乱暴に引き寄せる。

「お前が死んじまったかと思った!」

 噛み付くようにして怒鳴ると、フィリップが、はい、間一髪でした、と答えてにっこりと微笑む。その世界一美しい笑顔に、怒りがするりと溶けて安堵に変わった。

「こんな思いは二度とたくさんだ……!」

 搾り出すように低く言うと、フィリップも、私もです、と答えて笑みを深める。そして、俺が横たわっているソファに浅く腰掛けると、柔らかな眼差しで見下ろした。

「少し頂いても宜しいですか?」

「へ?」

 フィリップの問い掛けに、俺は思わずアホ面で聞き返す。

「血をかなり消耗してしまいました。正気を無くして誰彼構わず喰らいつく前に、少し補給しておきませんと」

 フィリップはそう言うと、ふと確認するように俺の目を覗き込む。

「もう遠慮しなくても宜しかったんですよね?」

 目の前に迫った匂い立つような美貌に、俺は思わずコクコクと頷く。途端に蕩けるように微笑まれて、今度は理性がクラクラした。目を瞑る瞬間、俺は思い出して尋ねる。

「ところでさ、本当にいったいどこにいたんだ?」

 その問い掛けに、俺をソファに押し倒そうとしていたフィリップが楽しそうに微笑む。その口元には白く輝く一対の牙。

「私がいつもどこで寝泊りしていたかご存知なかったのですね。トランクをご覧になったのでしょう?」

 俺はそこで初めて合点する。それで、あんなに広いトランクなのに必要最低限の物しか積んでいなかったのだ。しかし、いくらなんでもそんな所で寝るのはどうかと思う。だが、誰にも邪魔されずに完璧な闇の中で眠るには、頑丈なガレージで守られた車のトランクの中が絶好の場所なのかもしれなかった。

 俺が納得したのを見て、フィリップが再び笑みを深めながら俺の上にのしかかって来る。うっすらと細められた双眸が赤く染まるのを見て、俺は『ああ』と得心した。記憶の底にあったのはこの目だったのか……。

 吸血鬼が血を欲する時にだけ見せる赤い瞳。これを自分は幼い頃に見たのだろう。しかし、それは決して禍々しいものではなく、天上の宝石のように美しく思えた。


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