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ジェラシー

◆◆◆◆A.D.2019 11/03 PM03:00◆◆◆◆



 その後、ヨウコが這々の体で生き残ったグレゴとジョセフ相手に尋問。そしていくつか新しい事実が判明した。

 “ソルダーオ”の人間にとっても、二菱重工の吉岡という男はよく聞く名前だった。

 エクアドル国内で武器や兵器などを売りさばいていた男である。

 また、非合法の闇取引――医療品売買に見せかけた薬物売買や人材派遣の名目で行う人身売買――にも手を出していたディーラーでもあった。


 もちろん会社に見つかればただではすまないが、吉岡はそれなりに周到な男だった。

 倉庫や保管庫から兵器が消えたことが会社に発覚する前に、彼は常に生け贄を用意する。

 そしてその生け贄となった社員に全ての罪を被せた上で、エクアドル国内にて“殉職”させる。

 そうすることによって生き延び懐を肥やしてきた男が、吉岡だった。


「つまり、吉岡部長が言っていた難民キャンプの支援なんて」


「真っ赤な嘘どころか、お前さんみたいなお人好しを釣り上げるためのエサに過ぎなかったわけだ。運良くカルテルの連中がお前さんごと誘拐しなければ、今頃は流れ弾か正当防衛って名目でヨシオカに撃ち殺されていただろうよ」


「というか滅茶苦茶運がいいよねぇ。元々殺される予定でエクアドルに来たどころか、誘拐された上にヘリが撃墜されてまで生きているなんて。どれだけ強運なんだろイチロォって。そんなに運がいい人なんて普通いないよねぇ」


 十分近くに渡る黒川を取り巻く状況説明の終了。愕然とする黒川。どこまでも容赦なく現実を突きつける強面ジャック。あまりの幸運に感心するシャオミン。


「で、ジャックさん。イチロウの、こと、どうするの?」


「まあそうだな。俺達だって別に悪魔ってわけじゃない。まあ、いくつかの選択肢を用意しておいてやったが、どうする? 後はまあ、お前さんの選択次第だぞ、坊や」


 強面ジャック。まるで牙を剥くような笑みを浮かべながら。

 思わず仰け反る黒川、ヨウコ、シャオミン。こればかりは長い付き合いでも慣れることが出来ない。大型の肉食獣が眼前で舌なめずりしているかのごとき錯覚。


「せ、選択肢……?」


 かろうじて疑問を口にした黒川は、自分の声が上擦っていたことを実感した。

 無論、先程の凶悪な笑顔に対する恐怖のためである。







◆◆◆◆A.D.2019 11/03 PM7:00◆◆◆◆



「ヨウコって優しいよね」


 シャオミンの言葉である。

 夕食後。二人きり。自室での作業。出撃後の銃器の分解整備。

 樫の木で出来たテーブルを挟んでカチャカチャと愛用の銃器をいじっている少女達。

 ロン・シャオミンとヨウコ・カトウ。

 いち早く自分のベレッタの整備を終えたシャオミンが、未だにアサルトライフルの点検を続けるヨウコに向けた一言だった。

 ヨウコの返答。どことなく戸惑っているかの様子。


「そう、かな。自分じゃ、わからない、かも」


 首を捻るヨウコ。

 常に冷静沈着を心がけ、敵には一切の容赦をしない自分のどこが優しいのか。そんなことを考えている表情。


「ヨウコは優しいよ」


 そんなヨウコの姿を真っ直ぐ見つめながら、シャオミンの更なる肯定。

 私は知ってる。ヨウコは優しい。そう、敵以外には誰にでも。

 口に出さないシャオミンの思考。


 ジープでヨウコと黒川が交わしていた会話を思い出す。

 何かが起こればすぐにでも援護に行けるように全員で盗聴していた会話。


 その会話で、ヨウコは黒川を丸裸にした。

 彼がどのような思想を持っているのか。

 彼が危機的状況でどのような判断を下すのか。

 宗教観。死生観。その他ありとあらゆるものをヨウコは読み取っていた。


 その末の選択がこれだ。ヨウコは黒川を受け入れた。

 敵には一切の容赦も情けもかけないヨウコが。作戦のためならば民間人を巻き込むことさえも厭わないヨウコが。

 他ならぬパートナーである自分に何の相談もなく、黒川を隣人として受け入れたのだった。


 それが、シャオミンには気にくわない。

 ヨウコは優しい。とても優しい。だけど――――


「シャオ? どうか、した?」


 いつの間にか訝しむような視線を向けてきていたヨウコ。

 シャオミンの沈黙と心理状態の変化を“ミダス”で敏感に読み取っていた証拠。

 迂闊に考え事も出来ないと、何度目になるかわからない溜息。


「ヨウコはやっぱり、優しいよね」


 再度口にする。

 ヨウコは優しい。シャオミンに対してだけではなく、“ソルダーオ”のメンバーや、今日初めてであった黒川一郎に対しても。


 ヨウコは“ミダス”によって世界を明確に区別することが出来る。

 ヨウコにとって他人という存在は、白と黒しかない。

 自分たちに決して危害を加えない白色か、自分たちに敵対する黒色か。

 ありとあらゆる嘘を見抜くことが出来るヨウコは、他者を灰色の存在として扱うことはない。


 だからこそ、ヨウコは一度白と認めた相手には優しい。優しくできる。

 当然だ。相手の害意を秒刻みで認識できるということは、人間関係を築く上においてこの上ないアドバンテージをもたらすのだから。

 その余裕が、優しさとなって周囲の人間に振りまかれる。

 一見どこまでも冷たく見えるヨウコは、ここエクアドルに置いて誰よりも心優しい人間なのではないだろうか。そんなことさえシャオミンは思う。


 だけど。

 シャオミンにとっては、それが気に食わない。

 ヨウコは優しい。

 知っている。そんなことは誰よりも私が知っている。

 だけど私は、ヨウコの相棒だ。銃弾の雨が降り止まぬここエクアドルにて、背中を預けて共に生き抜くと誓った半身同士だ。


 だからこそ。

 その優しさは、私だけに向けられていればいい。

 他の誰かなどどうでもいい。

 ただ、私だけを見ていて欲しい。私だけに優しくして欲しい。


 他の誰よりも、何よりも、私だけを。

 そんなことを考えながら、とても深い深い溜息を一つ、シャオミンはついていた。





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