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ガールズ・ミーツ・ビジネスマン

◆◆◆◆A.D.2019 11/03 PM01:00◆◆◆◆



 ガタガタと揺れる軍用車両。

 道なき道を強引に踏破するウニモグトラック。

 岩だろうが木の根だろうが地雷だろうが踏み砕き走り続けることが可能な装甲車両である。


 後部荷台。まるで強盗が宝石店に押し入り宝石どころか店員の財布まで奪って詰め込んだかの如き光景。

 血に濡れた様々なケース。医療器具・様々な医薬品・輸血用血液・天然痘のワクチンからインフルエンザのワクチンまで多種多様。さらには小型の手術台にオペ用ライトまで。

 まさしく持ち出せる物は全て持ち出してきたという有様だった。


「つまり。営利、誘拐、だった、の?」


 軍用車両の助手席で、小柄な少女を膝に載せながら、横に座った青年に問いかける少女、ヨウコ・カトウ。

 後部荷台に押収した様々な器具と重傷のドクターフリープライスを乗せてしまっているためにフロント部分に運転手を含めて四人も載っているというすし詰め状態に。

 ディムもまたフリープライスの様子を見るために後部荷台へ。

 運転席にはアレハンドロ。助手席にヨウコと青年が強引に座り、ヨウコの膝の上にもう一人の少女、ロン・シャオミンが座るという有様である。


「そ、そうだ。ボランティアの一人とヘリパイロットが共謀して、僕たち……というよりも難民キャンプの医師達をまとめて誘拐しようとしたんだ。向かっていた先はカルテルの連中の前線基地だったって話で……」


 運転の邪魔にならないようになるべく助手席に収まっていようとしながらも、年下の少女二人にこの上なく接触しているために狼狽えている青年。“黒川一郎”。

 白いワイシャツ。灰色のスラックス。

 赤字に黒い手が描かれているとても趣味が良いとは言えない柄のネクタイ。

 なんと医療アドバイザーですらなく、二菱重工の最新型除細動器(AED)の販売アドバイザー。

 何の因果か自社製品を難民キャンプに大量に売りつける営業役を、上司と共に抜擢されたという若干22歳の新人会社員。


 “テレビのリモコンから弾道ミサイルまで。いつでもあなたにお届けします!”をキャッチフレーズに様々な精密機器を製作・販売している二菱重工ニューヨーク支社に所属する、世界を股にかけるセールスマン集団の一人。


「あー。内臓売り飛ばし身代金回収コースかぁ。良かったじゃん。そのままヘリに乗ってたら間違いなくイチロォは脳みそから内臓まで全部引き抜かれた後にコカイン畑の肥料になってたよ?」


 仔猫のような仕草でヨウコに身体を預けるシャオミン。まるで母猫に甘えているかのよう。

 黒川に対しては実に事も無げ。別に黒川がどうなろうが知った事じゃないとでも言うような空気がその仕草から滲み出ている。

 “こんなに可愛い子なのに台無しだ”。黒川の所見である。


「で、どこの、勢力に、撃墜、されたの? カルテルじゃない、とすると、新政府軍? 旧政府軍は、曲がりなりにも、赤十字のヘリを、攻撃なんて、しない、だろうし」


 当然のようにヨウコの疑問。


「知るもんか。ヘリの中じゃなんとか誘拐犯を説得しようとみんなで必死だったんだ。それで、いきなり大きく揺れて。錯乱したアイツにドクターが刺されて……。墜落してるって気づいたのはもう手遅れになった後だったよ」


「じゃあ、アレハンドロ。どこが、やったか、知ってる? ジャックさんから、情報、来てない?」


 黒川に聞いてもろくな情報が得られないと理解したからか、運転席のアレハンドロへと問いかける。

 密林の中を見事な運転技術で車両を走らせているアレハンドロだが、質問に答える余裕ぐらいはある。


「うん、まあ、知ってるっていうかなんていうか……、本人の前でこんなことを言うのも気が咎めるけど……」


 アレハンドロの言葉はどうにもはっきりとしない。

 ぼさぼさの金髪。神経質そうな眼鏡。街を歩けば誰もが振り向くような整った美形の白人男性。

 ただしその知的で穏和な雰囲気を、ボディビルダー並みに鍛えられた筋骨隆々な肉体と、軍用車両の運転席すら小さく見えてしまうほどの巨躯がものの見事に破壊。

 凄まじくちぐはぐなインテリと言った風情。


ウチが堕とした(、、、、、、、)んだよ」


「は……?」「あー」「なるほど」


 黒川、シャオミン、ヨウコの順である。


「待て……待て待て待て待てちょっと待ってくれ! つまりなんだあんた達! 僕らを助けに来たわけでも墜落したヘリ現場を見に来た野次馬ですらなくて……」


「むしろ、加害者、みたいだね。オレ、たちは」


 ヨウコ。特に気にすることもなく。まさしく自然体といった風情。


「“みたい”じゃなくて加害者なんだろ! どうしてくれるんだよ! 誘拐犯は別にしても、墜落で四人死んだんだぞ!? ちょっとは悪いとは思わないのかあんたら!!」


 黒川。言葉が口から出るたびに興奮してゆく伝染病にでもかかったような有様。


「別にいいじゃない。だって医者でもなかったイチロォはあのままなら間違いなく挽肉コースだったでしょ? 自分が助かっただけマシだと思わなきゃ。そもそもエクアドルの空を撃墜されずに飛ぼうっていうのが甘い考えなんだし」


「撃墜されるのが前提なのかッ!?」


「当然でしょ?」「当然、だよ」「当然だと思うよ」


 あろうことか三人同時に肯定。堪らず言葉に詰まる。

 一体何だこれは。言葉も通じる。会話も理解できる。

 なのに何故か、根本的な常識や価値観といった前提条件の部分で巨大な齟齬がある。宇宙人と話している方がまだ気が楽だ。黒川の感想である。


「ああ、もうわかった。全部諦めた。ドクター・オリバ。ミス・エウスト。名前も知らない看護師さん。ついでに吉岡部長。ほんと、ご冥福をお祈りしときます」


 いきなり投げ遣りになる。現実逃避開始。

 空が青くて綺麗だなぁなどと言いつつフロントガラスから上空を見る。

 もちろん鬱蒼と茂った密林の木々の所為で空など切れ切れにしか見えはしない。


「ありゃま。この状況で動じないなんて民間人にしては凄いねぇ。もしかして慣れてたりたりする?」シャオミン。半ば感心した風に黒川を見る。狭い助手席で振り返ったために異常なまでに接近。斜め下から上目遣いに見上げているという体勢に。「う、いや、ちょ、ま、まあな。理不尽なことには5年前のアレで少しは慣れたからな」口ごもりながらも何とか答える。距離が近い距離が近い。視線が合わないように上方を向く。ああ空が青い。


「そういえば、イチロウも、日本人(ジャパニーズ)、だったんだよね」


 コリアクライシス以来、亡命(、、)国外退去(、、、、)を強制された日本人は数知れない。

 2019年現在まで数多くの日本人が難民として世界各国へと流出し続けている。そしてその流れは未だ留まることを知らない。

 黒川もまた、そんな人間の一人と言えた。


「まあ、安心して、いいよ。高く売れそうに、なかったら、雑用として、使ってあげるから」


 売るってなんだ売るって……。そう言いたくなる気持ちを何とか抑える黒川。

 藪を突いてヘビが出てきては堪らない。ここは聞き流すのが吉だ。とてつもなく制御された現実逃避。


「同情ぐらいはしてあげよっか?」「ボクは祈ってあげてもいい」


 シャオミン。アレハンドロ。とても誠意がこもっているとは思えず。


「余計なお世話だっ!」


 思わず叫び返していた。








◆◆◆◆A.D.2019 11/03 PM01:20◆◆◆◆



 20分ほど密林の中を走破し続けた軍用車両。

 ようやく視界が開けたと思えば、先程までより整備された道へと。

 もっとも、整備されたと言ってもアスファルトで舗装されたような道ではない。

 幾度となく車両が行き来するうちにいつの間にか草木が踏みならされ道のようになっただけの代物である。

 そのまま走行し続けること数分。初めに異常に気づいたのは、ヨウコだった。


「アレハンドロ。一度、エンジン、止めて」


 アレハンドロの即応。道をわざと外れ右手の茂みの中へと車両を突っ込ませる。

 そのまま停車。エンジン停止。

 何が起こっているのかわからないままの黒川を車内に残し、ヨウコとシャオミンが降りる。そのままぴたりと地面に這い蹲るヨウコ。

 まるでトカゲやヤモリを彷彿とさせる動作。

 右耳を地面に当て、“ミダス”の集音能力に感覚を総動員させる。

 あらゆる音を聞き分け脳内で整理。潜水艦のソナーの様。


「11時、方向。距離1800m。車両2。時速25から、30km。乗員4名ずつ。計8名。車種は、データに、なし。味方じゃないことは、確か」


 ヨウコの報告。PDAを通して車内のアレハンドロとディムにも伝わる。

 車両後部のドアを開けディムが音もなく降りる。

 シャオミンが二丁のベレッタをチェック。弾数確認。

 運転席を降りたアレハンドロがアサルトライフルをヨウコに。

 ステアーAUGモデル2018。ヨウコの愛用の代物。


「カルテルかな?」シャオミン。特に気負った様子もなくディムへと。「恐らくな。FARCの連中が出てくるとなると厄介だが。その点はどうだ?」ディム。いつものようにまったく表情を変えることもなくヨウコへと。「どう()いても、そこまでの、訓練を受けてる、なんて、思えない。車も、軍用装甲車両(タクティカル)って、わけじゃ、ないし。カルテルの、ごろつきだと、思う」ヨウコ。未だに伏せたまま。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体どうしたんだよ急に! 何が起こるって言うんだよ!?」


 ヨウコ達の様子に慌てて降りてくる黒川。

 どう見ても臨戦態勢に入った四人を見ても状況を理解できず。むしろ、理解したくないのか。


「敵が、来た」ヨウコ。あまりに簡潔。


「たぶんヘリが撃墜されたのを知って泡を食ったカルテルの連中が来たんでしょ?」シャオミン。実に面倒だとでも身体全体で表現しているような仕草。


「イチロウ。危ないから後ろに乗っていた方が良いよ。この車はちょっとした戦車並みだから、迫撃砲でも連射されない限り安全だからね」アレハンドロ。このメンバーの中では唯一黒川の心配を。頼りになるのはこのマッチョだけか。黒川の所感。


「“ルアーアタック”でいけるかヨウコ」ディム。四人の中では指揮官役。


「余裕」ヨウコ。意識を完全に“ミダス”に集中。すでにカタコトと言ってもいいほどの簡潔さ。


「行くぞ」ディム。まったく表情を変えることもなく全員に告げる。“無表情”の面目躍如。

 同時に全員が散開。

 車両を放置し音もなく茂みの中へ。


「な、あ、おい、ちょ、まっ!?」


 その場に一人残された黒川。どうすれば良いのか判断もつかず。

 咄嗟に“頼りになるマッチョ”アレハンドロの言葉を思い出す。

 後部荷台のドアを開け中へ。


 ごちゃごちゃと積み込んだ荷物の中で未だ意識も取り戻さず寝かされているドクター・フリープライスの脇にスペースを発見。

 両開きのドアを閉め、内側からカギをかけ、そこにそのままうずくまる。


 敵? 戦い? 銃撃戦? あんな子達が?

 そんな馬鹿な。こんなのは夢に違いない。すでに一流のレベルに達した現実逃避。


 ほどなく始まるであろう“戦闘”という現実から、逃げ続けることしか黒川には出来なかった。







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 キャラクターデータ


  黒川一郎

   職業・サラリーマン。

   国籍・日本。

   所属・二菱重工海外営業部第三課。

   年齢・22。

   何の不幸か激戦地の難民キャンプまで営業に行かされたという新入社員。

   性格は事なかれ主義。利己主義。特技は現実逃避。




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