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アメリカン・ジャスティス・ヒーロー

◆◆◆◆A.D.2019 11/04 AM0:00◆◆◆◆



 心を焼き尽くしそうだった苛立ちは、今ではもうさざ波のように穏やかになっている。やはり私には、ヨウコさえいればいい。他の全ては余分でしかない。そんなことを考えながら、深夜の密林(オリエンテ)をシャオミンは疾走してゆく。

 雨期の密林は、様々な生命に溢れている。植物。昆虫。動物。しかしその中を駆けるシャオミンの姿からは、まるで幽鬼のように現実感というものが存在しなかった。人型をした黒い影が夜闇を滑ってゆくかのような光景。

 風を切り、木の根を踏み越え、草を踏み分け、茂みを飛び越え、シャオミンは行く。

 それだけ素早く動きながらも、足音どころか草ずれの音さえろくに聞こえない。密林で狩りをする猫科の肉食獣のような動きを、少女は修練の末に身につけているのだった。


〈シャオ、聞いてる?〉ヨウコからの骨伝導通信。小声で頷く。続いて聞こえてくるヨウコの声。〈接近、したことで、“オルフェウス”の、解析が進んで、ジャミングを、無効化、できたんだ。それで、もう一人の、サイボーグの、名前が、わかったよ。今、アレハンドロに頼んで、データベースに、照会して、もらってるから。特徴がわかるまで、付近で、待機してて〉ヨウコの言葉に返答。微かな頷き。出来る限り物音を発しないように。


 武装ヘリの墜落現場から100メートルほど離れた場所に身を伏せる。周囲の気配を探る。大きめの古木に背中を預け、顔だけを木の陰から出して様子を見る。


 いた――――


 隠密作戦故だろう。合衆国(ステイツ)の回収部隊はライトの類をつけることすらせず、漆黒の闇の中でヘリの付近へ布陣。

 警戒中だと思われる歩哨が三人。三人ともサーマルゴーグルを装着。その向こう側には地面の様子を探っている兵士が二人。恐らく爆弾解除のプロフェッショナル。ヨウコの仕掛けたトラップを解除するために試行錯誤中。そして、もう一人。あまりに特徴的な“ラージブレード”少佐の姿も見受けられる。明らかに周囲を警戒中。


 サーマルゴーグルはあまり警戒する必要はない。“ヘラクレス”の機能でスーツ表面の温度は周囲の気温と同程度に抑えられている。遮蔽物越しに熱源探知で発見されるという事態は余程運が悪くない限り起こりえない筈。


 今のところ発見できたのは六人。ヨウコの得た情報では合計で十二人いるとの話。

 もしかしたらヘリの裏側や樹木の死角にいるのかもしれない。なるべく音を立てないように左手のグレネードランチャーを地面に置く。腰のサイドポーチから双眼鏡を取り出す。スターライトスコープ。星明かり程度の光度があればまるで日中のように見ることが出来る軍用品。


 巨大な樹木の上に新たに二人。ゴーグルは無し。代わりにスコープ付きのロングバレル。どうやらスナイパー。樹の上に潜みつつ狙撃するという厄介な相手。バランスの悪い体勢でさえ狙撃が可能だという何とも自信に満ちた兵士達。要注意だと心に刻む。


 残りは四人。どこかにいるはず。非戦闘員が二人いると言う事前情報。ということは残る二人の兵士は非戦闘員の直衛に回っている? ならもう一人のサイボーグはどこへ? 氷柱(つらら)で出来たような冷たく尖った思考で現状を把握しようとする。


 そもそも何故非戦闘員がこの場にいるのか。それは彼等の部隊が“核兵器”回収の部隊であるからに他ならないはず。万が一“核”に火が入った時のための保険として、核の専門家を同行させたという推測がもっとも正しいような気がする。


 ならば彼等の命は当然、他の兵士達より価値が高い。兵士は戦場で死ぬことも仕事の一つだが、学者の仕事にそれはない。何としても守り抜こうとするはず。それならば爆弾を含む多重トラップの解体現場からは、なるべく遠ざけようとするのではないだろうか。万が一にも爆発に巻き込まないために。少女の戦闘思考は、そう判断していた。


 その推論を踏まえて残りの四人を捜す。先程より広範囲を、慎重に慎重にスコープ越しに探ってゆく。


 いた。残りの四人。墜落現場からさらに100メートルほど離れた位置に、四人分の人影。

 物腰や武装から見ても明らかな非戦闘員が二人。その二人を挟むように直衛の兵士が二人。

 一人はサーマルゴーグルにアサルトライフル。恐らくは歩哨に立っていた兵士達と同装備。もう一人は―――銃器も暗視装置も持たない、ただの女―――?


 ふと、その女の目が、漆黒の闇の中で、金色に光ったような気がした。

 まるで夜道で見つけた猫の瞳孔が、大きく縦に裂け光を反射した時のように。


〈シャオッ! 捕捉されてる! 退避してっ!!〉


 背中に走った悪寒と、ヨウコからの通信は、ほとんど同時だったと言ってもいい。


 即応。


 スコープを放り投げ、グレネードランチャーを拾い、跳ね飛ぶように走り出す。

 連中には背を向けたまま、地面にアゴが着きそうなほどの前傾姿勢で漆黒の密林(オリエンテ)を駆け抜ける。


 急いで、距離を、取らねば、ならない。

 さもなければ、“あいつ”が、来るから、だ。


 ――――――爆音。


 凍り付いたかのような静寂は、凄まじい爆音によって一瞬にして掻き消された。

 シャオミンは知っている。その爆音が何なのかを知っている。銃器でも兵器でも爆発音でもなく、それがただの一人の男が生み出した、馬鹿馬鹿しいほどに巨大な“足音”であることを知っている!!


 たったの一歩でそれまで立っていた地面に巨大なクレーターを作りながら、“ラージブレード”少佐が爆発的な速度で猛接近してきていた。


「チィッ!」


 思わず舌打ち。凄まじい前傾姿勢で駆け続けながら、Mk48軽機関銃とグレネードランチャーを柔軟すぎる肩関節により背中に回し、そのままトリガーを力強く引き絞った。

 背中越しに張られた弾幕。常識外れのバックファイア。毎分千発発射可能な7.62mm NATO弾と、グレネードランチャーから発射された対戦車榴弾が木々の合間を縫い“ラージブレード”少佐へと。

 一歩進むたびに爆音を響かせながら猛進する男は、無論そんなものにも怯まない。爆発的な勢いのまま、少女の発した殺意の弾幕との正面衝突を選ぶ。頭のネジが十本は弾け飛んでいるのではないかと思われるほどのイカれた選択。

 着弾。轟音。爆発音。

 人体ならばズタズタに切り裂かれ、主力戦車の正面装甲にすら通用する筈の攻撃は、その男にほんの一瞬たたらを踏ませただけで、傷一つさえつけることが出来なかった。


 そしてまた、爆発的な、“足音”。

 馬鹿馬鹿しいほど巨大な金属の塊が、馬鹿馬鹿しいほどの突撃速度を持って、馬鹿馬鹿しいほどの破壊力と共に少女に向けて突っ込んでくる。


 それは、巨大すぎる盾だった。


 身長180センチほどの男が左腕に掲げ持つその盾は、男の身長を大きく超えた、高さ2メートル横幅1メートルという、規格外過ぎた肉厚の大楯だった。“ラージブレード”少佐は、あろうことか自分の身体より二回り以上大きなその楯を掲げたまま、爆発的な速度で突撃してきたのである。


 シャオミンは疾走体勢から宙に身を投げ出し、空中で身体を捻りながら軽機関銃を乱射する。一発一発発射される銃弾の反動によるベクトルを加えながら、宙にありながら軌道を修正し、すぐ隣の大木の幹を思いっ切り蹴りつけ、弾かれるように横に飛ぶ。

 その直後、シャオミンが蹴りつけた大木は、とてつもない風切り音と共に、袈裟懸けに両断されていた。


 それは、馬鹿馬鹿しいほど巨大な楯をもさらに上回る、馬鹿馬鹿しさのあまり誰もが口を開けて呆然となりそうなほどの、巨大すぎる(ブレード)だった。


 刃渡り、5メートル(、、、、、)

 それが、“ラージブレード”少佐の異名の元となった、狂気の産物としか言えないような重厚長大すぎる大剣である。


 対戦車ライフル。対戦車榴弾。対戦車ロケット。対戦車ミサイル。世の中に“対戦車”と名の付く武装は数あれど、よもや“対戦車大剣”なるキワモノを実際に戦場で扱っている変態は、世界広しとは言えこの馬鹿男ぐらいじゃないだろうか。事実上追い詰められながらも、シャオミンはそんな事を思考する。


 刃渡り5メートル、刀身幅60センチ、厚さ10センチ、全長6メートル、重量150キログラム、さらには攻撃時に切断用の電磁圧を発する電磁刃をも採用した、剣という武器の常識を遙かに置き去りにしたあまりにも馬鹿げた大剣(ラージブレード)。それを常に身体の後方に引きずるようにして構え、強力な電磁シールドを展開できる大楯であらゆる攻撃を無効化しながら、機械化四肢の圧倒的トルクによって高機動突撃を行うという実に馬鹿馬鹿しい存在が、エクアドルにその名を響き渡らせる大馬鹿者、“ラージブレード”少佐である。


「あいっっっかわらずとんでもない非常識だよねっ! ラージブレード少佐っ!」


 一太刀振り終えたことで生まれた停滞に、轟音を立てて倒れた大木を間に挟み盾にしながら、シャオミンはラージブレードに声をかける。

 ラージブレードとは知らない仲ではない。過去に三度殺し合いを繰り広げ、これが四度目の命の奪い合いになるわけだが、過去の遭遇でシャオミンはラージブレードの人となりをある程度知っている。自分に話しかけられれば、無視して斬りかかってくるという真似をしない相手だということぐらいには。


「むぅ、その声はもしや蜘蛛少女(スパイダーガール)か? いつもの蜘蛛の脚はどうしたのだ。ついていないからわからなかったぞ?」


 妙に間延びした渋さの薫る太い声。敵が知り合いだったことに気づき盾の裏から顔を覗かせようとするラージブレード。即応したシャオミン。顔面に向けて軽機関銃を斉射。機敏な動作で盾に防がれる。「チッ、惜しい」わざわざ聞こえるように声に出していた。


「ははははは。相変わらずのようだなスパイダーガール。元気そうで何よりだ」


 まさに豪放磊落といった口調。今度は盾から顔を出さず。巨大剣を再び引き戻し、後方に構えたまま突撃姿勢。


「“四つ手”はメンテナンス中! というかスパイダーガールって言うなっ! その呼び方は嫌いなんだからっ」


 いつでも後ろに跳び退がれるように中腰の姿勢を保ちながら、嫌悪感混じりの軽口で返す。この男は、こちらの話の内容を全くと言って聞かない癖に、会話にだけは付き合ってくる。初めは舐められているのかと思っていたが、どうやら頭の中にネバーランドがあるらしいとの結論に。もちろんヨウコの準備が済むまでの時間稼ぎに、存分に利用させてもらう。


「いいではないかスパイダーガール。正義のヒーロースパイダーマンの娘の名前だ。君もまた彼女のように正義と世界平和のために貢献してみるといい。きっと価値観が大幅に変わるぞ?」


 事もあろうに殺し合いの最中の相手に、さらには筋金入りのゲリラ兵でテロリストであるシャオミンに対し、そんなことを言ってのけるラージブレード。襲いかかってくる脱力感と偏頭痛をこらえながらも、何とか返答。「いい。遠慮しとく。正義とか平和とかって言葉嫌いだし」


「いかんいかん、いかんなぁ。何時如何なる時であろうと、正義の心を忘れてはいかんぞ。弱きを助け強きをくじく。それこそが力を持つ者の理想的なありかたであり、その心こそが全人類の恒久的平和というものを手に入れるために必要なものなのだ。大丈夫だ安心したまえ少女よ。たとえ今は悪に堕ちていようとも、正義の心は君を見捨てはしない。必ずや私が救いあげ、君を正義の使者にして見せようではないか」


 うわぁ……。思わずドン引き。この世の地獄とまで称されるようになったここエクアドルで、“全人類の恒久的平和”やら“正義の使者”やらを語るなどとは。思わず両手の銃器を落としそうになるほどの虚脱感。なんだこれ。私はいったい何でこんなのと話してなきゃいけないんだ? 自ら時間稼ぎのために会話を始めたにもかかわらず、思わず涙が出そうになる。


「正義が本当の弱者を助けるなんてあるわけないでしょうに。正義というのは多数の意志が少数を蹂躙することで、平和というのは互いの打算で拮抗することでしょ。何をどう考えたらそんなネバーランドな考え方が出てくるのさ。永遠の少年(ピーターパン)だとでも言うつもりなわけ……?」

「ふむ。私がピーターパンか。それはいい。それはいいな。実に憧れる。今度から部下にはそう呼んでもらうことにしよう。それはともかく少女よ。君の言っていることは間違いなく正義や平和の一面ではあるが、逆に言うのならばそれは一側面でしかないのだ。君はもっと多角的な物の見方をする必要があると思うぞ」


 ピーターパン。目の前にいる老け始めた頃のショーン・コネリーといった雰囲気の男のどこをどう見ればピーターパンと呼べるというのか。一体どんな精神構造をしてるんだ。コイツの部下にだけはなりたくない。心の底からそう思う。さらに多角的な物の見方をしろと言われても、浮かんでくるのは余計なお世話だという言葉だけだ。

 しかしラージブレードはそんなシャオミンの態度に気を悪くすることもなく、それどころか実に真剣な表情で驚くべき言葉を紡ぎ始める。


「どうだ少女よ。前にも言ったとおり私は本国に孤児院を経営している。未就学児童の社会復帰支援ももちろん行っている。もう一度言おう。何度でも言おう。私と共に来る気はないかね? 君がここで望めば、君は明日から銃を撃たずに済む生活と、毎日餓えずに済むだけの糧と、雨風を凌げる屋根付きの家を手に入れられる。君がどのような経緯を至ってこのような戦場にいるのかはわからないが、私は君のような子供が一人でも安全な生活を送れることを心から願っているのだ。少女よ。君に言うのはこれで四度目だ。今度こそどうか、私の手を取ってくれないかね。何、実に簡単なことだ。ほんの少し勇気を振り絞ればいいのだから」


 それはきっと、心の底からの思いだったのだろう。その証拠にあろうことかラージブレードは、右手の巨大剣を地面に下ろし、盾の裏から無防備な姿を現すと、何も持っていないその右手を、シャオミンに向けて差し伸べていた。

 とても大きな手のひらだった。機械仕掛けの鋼鉄の腕にもかかわらず、そこには確かに熱い血が流れている。そう感じさせるような手のひらだった。

 コイツは馬鹿だ。超弩級の大馬鹿だ。あろうことかこの大馬鹿は、本心からこんな事を言っている。自分に銃を向けて対峙している相手に、無防備な姿を晒し心の底から手を差し伸べている。“子供に銃を持たせるな”。そんな言葉を心の底から信奉しているのだ。敵として遭遇した相手が子供だったという理由だけで、戦闘を放棄しその手を差し伸べるほどに。

 あの日本人(リーベン)のように現実を見据えることも出来ない甘ちゃんとは違う。コイツは修羅場をくぐってる。コイツは絶望を知っている。何度その手を振り払われようが、何度その身を撃ち抜かれようが、どれだけ自分が傷つこうが。損傷して失った部位を鋼に換え、それでも地獄に舞い戻り、その度に手を差し伸べて続けている。それが理解できる。出来てしまう。

 だけど。


「アンタが毎回真剣に言ってくれているのはわかってる。だけどね、私はその手を受け取れない。アンタはアメリカの犬だから」


 今回ラージブレードと遭遇してからまだ数分しか経っていないというのに、何故自分はここまで心の裡を明かしているのか。もしかすると、本当にもしかしたら、あの瓦礫と廃墟の街にこのような大人が一人でもいれば、違う人生を送れたのではないのだろうか。そんなことさえ考えてしまうほど、この男は真っ直ぐで、明け透けで、誠実だった。


「私が合衆国軍人であるからか……。それは君の思想によるためかね?」


 その手を少女が掴むことはないと知っても、この男は差し出した手を下げたりはしない。ただ悲しみに顔を歪めながらも、掴まれることのない己の手を真っ直ぐと見つめていた。


「思想じゃないよ。そんなんじゃない」シャオミン。大きくかぶりを振る。今の自分には思想なんてものはない。所詮元々エクアドルの人間でもないし、今の時代の共産主義や資本主義に心の底から浸かっているということもない。ただ、自分を動かす原動力のようなものがあるとすれば。


「では、何のためかね?」ネバーランドの住人は、どこまでも真摯に少女を見つめている。窓の外からウェンディ・ダーリングに手を差し伸べたピーターパンのように。


「それはね少佐。単純……実に簡単で単純な理由なんだよ。少佐」はにかむ様な、花咲く様な微笑みで。脳裏には自身の半身の姿を思い浮かべながら。





「大切な人のため―――――――――ただそれだけの理由だから」





 そう口にして心の底から微笑んだ少女は、両手の銃器を今度こそラージブレードに向けていた。躊躇いなどない。ヨウコのためなら私はどんなことだって出来る。してみせる。そうして少女は宣言した。自分はウェンディではないと、ピーターパンの手を振り払いながら。

 対するラージブレードは、今自分が何を聞いたのか理解できていないようだった。

 あまりにも予想外すぎる言葉。それが脳裏に飲み込めず、軍人として実にあるまじき事だが、相手の銃口の前で棒立ちとなっていた。


「く……くくくく。なるほど……。“愛、故に。”……か。何ともロマンに溢れているではないか少女よ」


 予想外に過ぎた言葉に一瞬呆然としながらも、その内容をゆっくりと咀嚼し飲み込んだラージブレード。実に嬉しそうに笑いながら左手の盾を掲げる。地面に置いた巨大剣を拾う。


「そうだな。なれば仕方があるまい。君がここに襲撃をかけてきたと言うことは、君たちの目的もまた“デイビークロケット()”なのだろう? 私は祖国を守るため。君は大切な者への愛。互いに譲れぬ理由もあるということになる」


 機械化四肢の関節部分が蒸気を上げる。体内に埋め込まれた鋼鉄が戦意に乗じて咆吼を上げている。完全なる戦闘態勢。圧倒的速度と圧倒的防御力と圧倒的膂力で敵を蹂躙する、“ラージブレード”の構え。


「ようやく諦めてやる気になったんだ? まあ、どっちが勝っても恨みっこ無しということでいいよね」


 膨れあがる人工筋肉。力を蓄えるマッスルスーツ。ただただ相手を打ち倒すために。少女は意識を集中させる。シャオミンは知っている。この男との戦いは、一瞬の隙を突くしかないことを。正面から撃っても大楯に防がれる。ならばいつ撃てばいいのか。簡単だ。あの巨大な剣を振り下ろした瞬間。その一瞬だけは、大楯により攻撃を防ぐことが出来ない。そのあまりに短い一瞬を確実に取るために、少女は持ちうる“脳力”全てを集中させる。


「無論だ。なに、安心したまえ。命までは奪いはしない。その代わりに私が勝ったら、君の愛する者も捕らえて二人まとめて本国に送り込んであげよう。少女よ、どうあっても君に平穏というものを与えてやる!」


 って、うわ、諦めてない。この人全然諦めてないよ。今までの問答は何だったわけ? それどころかヨウコまで連れて行くつもり!? どんだけめげないんだコイツは……。

 数秒前の集中が台無しになってしまったような脱力感。心の底から呆れながらも、どうにも目の前の相手が嫌いになれない自分がいる。とてつもなく苦手ではあるが、嫌いではない。そんな人物。

 シャオミンは実に浮かれた気分でトリガーに指をかける。たとえ数分後にこの男を殺すことになったとしても、この男はきっと自分を恨みはしないのだろうと確信する。その考えが、久しぶりに少女の心を軽やかにしていた。


「それじゃあそろそろ」


 無限の時間など存在しないことを少女は知っている。時間は有限だ。残酷なまでに。だからこそ、その有限の時間を少しでも長く愛する相手と過ごすために、今の時間を終わらせなければならない。


「始めるとしようか」


 そしてラージブレードもまた、時間が有限であることを心得ていた。だからこそ、任務を達成し、少女を連れ帰り、一分でも早く平穏な世界に放り込む。そのためには一秒でも早くこの時間を終わらせなければならない。


「いざ―――――」

「――――じゃあ」


「参る!」

「行くよ!!」


 そして、強化人間(ブーステッド)機械化兵士(サイボーグ)の戦い。その第二幕が開演された。








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 キャラクターデータ


 “ラージブレード”少佐。

   職業・軍人。

   国籍・アメリカ。

   所属・合衆国陸軍在中南米部隊。階級は少佐。

   年齢・38。

   過去に機械化兵士計画の被験者として自ら志願した白人男性。

   現在は急遽編成されたミニニューク回収部隊の隊長。

   理想主義。夢見がち。ロマンチスト。不撓不屈。



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