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アウトブレイク・ミッション

◆◆◆◆A.D.2019 11/03 PM11:30◆◆◆◆



「シャオ、遅いっ!」


 暖機を終えたフルサイズモトクロスバイク。夜闇に響く吠えるようなエンジン音。今は亡きKAWASAKI製KX450Fモデル2012。ヘッドライト無し。ウィンカー無し。ブレーキランプ無し。実際のモトクロスレースにも使われる、走るために不必要なあらゆる無駄な機構を省いた大型二輪である。

 跨るのは迷彩服を着込んだ東洋人の少女。ヨウコ・カトウ。

 背中まで伸びた黒髪を風になびかせ、ヘルメットもつけずにエンジンを吹かしていた。


「ごめんヨォコ。“ヘラクレス”を持ってきてたから」


 応える少女。ロン・シャオミン。ヨウコと同じく黒髪。ショートヘア。前髪だけ左から順番に赤、黄、青のメッシュ入り。信号機の配色のよう。

 こちらは迷彩服ではなく多機能マッスルスーツ“ヘラクレス”に身を包んでいる。前日の出撃と違い“四つ手”は未装着。昨日の戦闘によりメンテナンス中。


 そのままバイクに飛び乗るシャオミン。ヨウコの背中にしがみつく。間髪入れずに急発進。急角度のアクセルターン。トルクに重点が置かれたモトクロッサーのフルスロットル。圧倒的加速で敷地内を突っ走る。


小型核兵器(ミニニューク)だって? そんなものが流出なんて世も末だね。ほんと、ヨシオカっていうのは一体どうやってそんなのを手に入れたんだか」


 ヨウコの背中と前に回した腕から伝わる柔らかい感触を思う存分堪能しながら、向かい風とエンジン音に負けないよう耳元に向けて声をかける。咄嗟に息まで吹きかけようとしたくなる衝動に耐える。実にくだらない場面での忍耐力の行使。


「なんていうか、コリアクライシスの、ごたごたで、流出した兵器類を、二菱重工が、買い占めて、いたんだって。それをマウアーって人が、ヨシオカを利用して、売りさばいていた、みたい」

「それで“核”まで流出するなんてね。アメリカとかロシアとかの大国は一体何をしてたんだろ。大国のしわ寄せがエクアドル(ここ)に持って来られるなんてたまんないよ」

「どうやら、裏で、CIA(アメリカ)とか、SVR(ロシア)の、争奪戦、が繰り広げられてた、みたいだよ。で、ロシア側の、ドクター・フリープライスが、先にヨシオカ達に、接触したけど、カルテルの横やりが、入った上に、“ソルダーオ(オレたち)”まで、絡んできたから、こんなにややこしいことに、なってるんだけど、ね」

「なるほどね。でもさぁ、それで回収できたらウチが使うの? 核兵器を?」

「ううん。ドクター・フリープライスを、通じて、ロシア側と、交渉、するって。言い値で買って、くれるみたい、だよ」

「ま、それが無難かなぁ。ウチとしても儲けが出るしね。下手に使おうとして大国を刺激する羽目になったら、瞬く間に核戦争(ハルマゲドン)に一直線とかになりそうだしねぇ」


 吠え猛る風圧とエンジンの轟音の中でも互いが装着している骨伝導ヘッドマイクにより問題なく会話可能。

 のんきに会話をしながらも派手に急加速するモトクロスバイク。

 あらかじめ開かれていた門扉をくぐり、正気とは思えないスピードで漆黒の密林(オリエンテ)へと。


 本来ならばミニニュークは朝鮮半島から二菱重工が回収した後に、然るべき手続きを行って国際原子力機構(IAEA)へと下げ渡されるはずだった。

 それにより二菱重工が国際的な評価を高めることになるはずだったのだが、兵器管理の杜撰さを吉岡に突かれる形となり、ミニニュークの流出などという事態にまで発展したのである。


「ロシア側だけじゃなくて、アメリカ側も動いてるんだよね。ということはつまり、これから米軍の回収部隊とぶつかることもあるわけ?」

「うん。もう、既に、ヘリの付近に、到達してる、みたい。30分ほど、前から、ジャミングされてる、らしくて。爆弾の反応が、なくなってる。核爆発は、観測、されてないし、ジャミングも、続いてるから、たぶん、連中が、解体しようと、してるんだと、思う」

「なにそれ……。奴らヨウコの爆弾の解体なんて無謀なことやってるの? 連中と一緒に火星まで吹き飛ぶなんて嫌すぎだよ……」


 ヨウコの性格――凝り性な上に負けず嫌い。トラップ使いとして如何に解除されにくい代物を配置することにこの上なく傾注。


「今回のトラップは、解除のされにくさ、よりも、発見されにくい、ように、仕掛けておいたから。それを発見できた、部隊なら、たぶん、問題なく、解除できると、思うよ。それよりも、問題がひとつ、あって」


 深夜の暗闇の中、非常識なスピードでバイクを疾走させながらも問題なく会話をする二人。周囲の地形を視覚ではなく全て“ミダス”によって把握。舗装などされていない曲がりくねった道を強引に走破。急角度のカーブに転倒寸前のドリフト状態で進入し、二人同時に勢いよく地面を蹴ることによって立て直す。危機感というものに喧嘩を売っているとしか思えないあまりにも無謀すぎる運転。


「問題って? 回収部隊がとんでもない大人数とか? それとも全員サイボーグだったり?」


 流出した核兵器の回収という秘密裏に行われなければならない作戦において、それほどの大部隊が展開されるとは思えない。シャオミンはそれを解っていながらわざと口にする。本当に有り得るのならば……後者。一線級のサイボーグを前衛に持つ特殊部隊が相手であることだった。


「半分、正解。“ラージブレード”少佐の、部隊だって」ヨウコ。とても嫌そうな声。

「うええ。あのオッサンの……?」シャオミン。名前を聞くのも嫌だと言いそうな表情。

「そう。あの“ラージブレード”少佐。“オルフェウス”で、会話を直接、盗聴したから、間違いないよ。残念ながら、ね。相変わらず、頭の中が、ネバーランドな、会話してた」ヨウコ。既に諦めきった嘆息。


 ヨウコは歩兵用電磁波解析システム“オルフェウス(詩人の耳)”により周辺の電波を解析し、軍の秘匿通信すら傍受できる。ヨウコの“影響下”の領域においては米軍のエシュロンシステムすら凌駕しかねない通信傍受網を構築可能。


 “ミダス”による音波解析と、“オルフェウス”による電磁波解析によりありとあらゆる情報を脳内に投影可能な生きている情報監視網といった存在が、ヨウコ・カトウという脳機能強化型人類(ブーステッド)の特性である。


 道すら外れ森の木々の合間を潜り抜けるバイク。木の根を踏み越え岩を飛び越え道なき道を切り開く。二人乗り(タンデム)とは思えない挙動と技術で密林を走破。「うひゃぁっ」顔面ギリギリの高さにある太い枝を頭をすくめてやりすごすヨウコ。反応が遅れたシャオミン。それでも問題なく回避。「あぶなー」


「っと、出撃しているウチの戦力は?」シャオミン。一歩間違えば勢いよくラリアートを食らったプロレスラーのように吹き飛ばされていたにもかかわらず気にもとめず。「ディムさん、以下、12名。このペース、なら、オレ達より、10分遅れ、ぐらいだと、思う」ヨウコ。話しながらも速度は落とさず。むしろさらにアクセルを開く。フルスロットル。正気とは思えない加速。そのまま直進。段差というより崖と言った方がいい高さから猛スピードで大ジャンプ。凄まじい風圧。浮遊感。加速感。近づく大地。吸い込まれるように。着地というより着弾。衝撃。右に傾く。アクセルターン。ハイサイド寸前。マッスルスーツを着込んだシャオミンの右脚が地面へと容赦のないキック。更なる衝撃。立て直す。地面には小規模なクレーター。まさに滅茶苦茶の権化。


 曲がりくねった道を無視して一直線に森の中をショートカット。命がいくつあっても足りない危険なコースを“ミダス”の空間認識能力と“ヘラクレス”の身体強化能力で強引に突破。見事に元の道へと復帰。とてつもない時間短縮手段。


「相手側は何人くらい?」

「“ラージブレード”少佐、以下、12人。うち、サイボーグが、2人。非戦闘要員が、2人。実質、戦闘可能、なのは、10人、だね」

「あのオッサン面倒なんだよねぇ。出来ることなら相手にしたくない類なんだけど」

「それは、同感」


 “ラージブレード”少佐。本名は不明のまま階級と二つ名だけが知れ渡っている、ある意味ではエクアドルの有名人。米国マクダネル機関製の重サイボーグ。合衆国陸軍少佐。サイボーグの機動力と防御力を活かし強引に接近戦に持ち込む特異な戦闘スタイル。しかしながら名が知れ渡った理由は経歴でも戦闘スタイルでもなく別にある。


「まあ、今度こそ引導を渡せれば良いんだけど」シャオミン。過去に三回ほど“ラージブレード”と遭遇。戦績は撤退、休戦、痛み分け。

「あの人、完全に、シャオに、目をつけてる、よね」ヨウコ。過去の戦闘でも普段通りに伏撃(アンブッシュ)。おかげで“ラージブレード”に認識されず。

「だよねぇ。うわ、考えただけでもめんどくさい……」シャオミン。突撃手であることから自分が相手をしなければならない現実に深く嘆息。


 おもむろに減速。そのまま停止。エンジンを切る。狂気のツーリングの終了。

 緩やかな崖。上から見下ろす。800mほど先に目的地。武装ヘリ墜落現場。


「作戦は?」シャオミン。背中に担いだ武装を下ろす。Mk48軽機関銃とアームスコーMGL(グレネードランチャー)。弾丸装填・残弾確認。

「デコイラン、で」ヨウコ。バイクに吊り下げていた荷物を背負う。雑居ビルを一つ完全に破壊できる量の各種高性能爆薬。|ステアーAUGモデル2018《アサルトライフル》。シャオミンと同じく弾倉装填。

「サイボーグ二人を釣り出せばいいよね?」シャオミン。おもむろにストレッチを開始。四肢に血液を送り込む。反応速度を高める。どんな弾丸でも回避できるように、と。

「うん。ミニニュークの、回収と、残りの連中は、ディムさん、達が、やるから」ヨウコ。PDAを起動。アレハンドロ宛にメッセージを作成―――“陽動開始”。何を思ったか送信する前に手を止める。


 それは先程から気になっていたこと。気にしつつも訊けないでいたこと。


「ねえ、シャオ、何か、あった?」


 先程から感じていたパートナーへの違和感。呼吸や心拍数からの心理状態の察知。これから戦闘という極限状況に入るというのに、明らかに常のシャオミンとは違う心理状態を危惧。


「あれ、ヨォコはさっきの聴いてなかったんだ?」

「あ、うん。ドクター・フリープライスの、尋問、してたから」


 シャオミン。ヨウコの言葉に意外そうな表情。

 “ミダス”によって地獄耳などという表現では到底済まない聴力を持っているヨウコが、先程の黒川との一件を把握してなかったことが予想外。

 そして更なるヨウコの言葉に納得。尋問などにより“脳力”を集中する必要がある場合、どうしても周囲への聴覚はおろそかになり弱まってしまう。


「ちょっとイチロォと揉めちゃってねー」


 自嘲の入り交じった微笑み。どう考えても明らかに“ちょっと”という言葉の範疇には入らない脅迫行為をまるで“友達と喧嘩しちゃったんだー”とでも言う際の気楽さで表現。


「そっか。まあ、イチロウは、ああいう、人だしね」


 深くは追求せず。パートナーへの信頼。ただ一言だけ確認をする。「大丈夫、だよね。シャオ」


「うん」


 対するシャオミン。少し照れたようにはにかんだ微笑。


「ねぇヨォコ」

「ん。なに、シャオ」

「なんていうか……ありがと。心配してくれて」

「ふふ。どう、いたしまして」


 何気ない会話の終了と同時にメッセージを送信。“陽動開始”。

 シャオのことは信じてる。信じていられる。どんなことがあろうとも。ヨウコの呟き。言葉には出さず脳内で。

 思考を切り替える。日々を過ごすための思考ではなく、戦い生き抜くための思考へと。


じゃあ(Ready)


 ヨウコの声と同時に身体を丸めるシャオミン。獲物に飛びかかる寸前の黒豹のように。惚れ惚れするようなクラウチングスタートの体勢。まるで陸上競技のアスリート。


行こうか(Go)!!」


 ヨウコの合図。まさにスタートフラッグ。合図と共に弾丸のように駆け出すシャオミン。“ヘラクレス”のおかげで障害物溢れる密林の中でさえ、100mを5秒フラットの速度を出せる。二足歩行動物としては信じがたい高速機動。

 瞬く間に視界から消え去ったシャオミンを見届け、ヨウコも行動を開始した。

 決定的な伏撃を行うために。




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