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ガールズ・ファイト

 世界は悪意に満ちている。

 だから、愛と希望と、悪意を打ち払うための暴力こそが必要なのである。


 ―――とある哲学者の言葉。




◆◆◆◆A.D.2019 11/02 PM02:00◆◆◆◆



 待ち伏せは釣りに似ている。

 伏撃手であるヨウコ・カトウは常々そう考えていた。

 針につけた餌に、魚が食い付くのを待つように。ヨウコは自身のことを一つの釣り竿だと思いこんでいる。


 先程広められた偽情報という名の撒き餌。釣り針のような研ぎ澄まされた残酷性を持つ広範囲指向性対人地雷(クレイモア)と対戦車地雷の巧妙極まる連鎖トラップ。そして、足を撃たれ気絶し横たわる現地人の子供が、針に仕掛けられた餌の役目を果たしている。


 迷彩服を身に纏い草叢に身を潜めながら、ヨウコは左手にある携帯電話(PDA)と、右手側に巧妙に隠してあるアサルトライフル・ステアーAUGモデル2018を意識する。

 この二つの代物はヨウコが戦場へと身を投じた時に、あの男から渡された愛用品だった。

 曰く、卒業の証。曰く、エンゲージリング。曰く、呪いの品。


 孤児となったヨウコを拾い、ヨウコの少なからぬあらゆる“持ち物”を奪い尽くし、代わりに銃を持たせた男。今はもう、いない男。

 馬鹿馬鹿しい。と、頭を振る。もちろん心の中でだった。

 完璧なる釣り竿と化したヨウコは、その時が来るまで息一つ乱さない。

 それは一つの機械だった。獲物が罠にかかった瞬間に牙を剥く。ただそれだけの殺戮機械。

 それが、ヨウコ・カトウである。


 不意に、通信。

 PDAと繋がっている骨伝導ヘッドマイクから、聞き慣れた少女の声が聞こえてくる。

 ヨウコにとっては頼りになる半身で、相棒。

 ロン・シャオミンからの通信だった。


〈目標捕捉。人数8。カウント120後に誘導開始。ポイントFへの到達はカウント300を目安に。いいよね。ヨォコ〉


 返答の代わりに奥歯を二回噛み鳴らす。

 元々は口に出して答えていたものが、生来の不精からか、はたまた待ち伏せ時に少しでも気配を洩らさないという鋼のような信念のためか、いつの間にか歯を鳴らすだけになってしまっていた。

 Yesは二回。Noは三回鳴らすのがヨウコとシャオミンの間での通例である。

 程なくして、120秒後きっかりに鳴り響く銃声。爆発音。まだ、遠い。


 シャオミンは時間に正確だ。

 どちらかといえばそんなものには無頓着なヨウコと違い、シャオミンは信念を持って時間を厳守する。

 曰く、「私が信仰するものはキリストでもヤハウェでもブッダでもイスラムでも道教ですらなくて、“時は(Time)(is)なり(money)”という言葉だけ」ということらしい。

 そんな言葉を信奉する彼女が言ったのだ。

 目標は間違いなく、300秒から30秒も誤差無く到達するだろう。

 ヨウコの仕掛けた牙の中へと。


 地面へと右耳をつける。

 頻繁に響く爆発の振動と、鳴りやまない機関銃――シャオミンの銃撃の音を除外しながら、大地を伝わる振動からあらゆる情報を収集する。


 ドタドタと近づいてくる足音――推測するに皆150㎏以上の二足歩行生物が立てる音。つまりは機械化歩兵。

 ガチャガチャと鳴り響く騒音――歩兵が密林に持ち込むには大袈裟すぎる重武装。これも機械化の恩恵。

 散発的に鳴り響く反撃の銃声――襲撃するシャオミンの位置を把握し切れていない証拠。

 それでいて声一つ出さない彼等――脳内に仕込んだ通信機での意思疎通。


 さすがは某国の海兵隊。世界最強の兵士達。

 しかし、ここは密林(オリエンテ)。オレ達の庭だ。


 比喩でなく実際に1キロ先で落ちた針の音すら聴き分けることの出来るヨウコの右耳。

 歩兵用パッシブソナーシステム“ミダス(ロバの耳)”。

 王様の耳は……で知られる童話の王の名を取った、最新鋭の陸戦装備。

 無論、正規ルートからの入手ではなく非正規ルートからの横流し品。

 さらにはシャオミンの特異性。

 歩兵用知覚ブーストシステム“アキレウス”及び多機能マッスルスーツ“ヘラクレス”による高機動強襲戦術。

 この策敵能力と戦闘能力に優れた二人のコンビネーションで、少女達は今まで生き延びてきたのだった。


 近づいてくる足音。銃声。爆音。轟音。

 シャオミンが愛用するMk48軽機関銃の連続する銃弾が多方向から8人の敵を包囲するように撃ち続けられている。

 今や製作されて二十年以上も経っている骨董品さながらの代物でありながら、装弾数200発・毎分1000発発射可能な連射速度に支えられた圧倒的火力により、敵に後退を余儀なくさせている。高速機動による誘導射撃だった。

 右腕一本で軽機関銃を振り回し、左手からは連装式グレネードランチャーが猛威を振るう。

 そして、密林の中にも拘わらず、残る“4本”の異形の腕が地を蹴り樹木を掴み猿のような高速機動を可能とする。

 速くて強い。単純故に最も信頼できる迎撃手であり突撃手でもあった。


 シャオミンからヨウコへの通信。〈捕捉された。連中、熱源誘導システムを積んでる。最終カウントに30プラスして〉


 返答はカチカチという歯を鳴らした音が二回。

 通信と同時に激しくなる銃声。ざっと先程までの八倍。八人全員がシャオミンへと反撃している証拠。

 かと思えば閃光と轟音。シャオミンが放ったスタングレネードらしい。

 合図ぐらいしろ、まったく。ミダスの負荷で脳がイカれたらどうする。などと思いながらも表面には出さず、今の自分はただただ釣果を求める完璧な釣り竿だと思いこむ。


 “計画通り”閃光に紛れて撤退、潜伏するシャオミン。

 ここからはオレの仕事だ。とヨウコは呟く。無論脳内で。


 左手のPDAを画面も見ずに操作する。気絶していた現地人の少年の延髄に、あらかじめセットされていた機械針が突き刺さる。激痛をもたらす。

 一瞬にして気絶から覚醒。身の毛のよだつような悲鳴だった。

 神の名と母の名と家族の名をスペイン語で叫びながらも、必死に痛みから逃れようと身をよじる少年。

 這いずり回る。全身に擦り傷ばかりが増えてゆく。瞬く間に傷だらけ。

 しかしそれでも少年は止まらない。

 延髄に打ち込まれた機械針は、彼の痛覚を刺激し、偽りの痛みを引き起こす。

 幻痛の一種であるがその激痛は耐え難いものであり、訓練された兵士であっても数時間で精神に異常を来すという非人道的な拷問器具である。

 無論、2015年に制定されたサウスコリア条約に抵触している代物だった。


 正体不明の敵を撃退した某国海兵隊機械化兵たちは、突如の悲鳴に驚愕したことだろう。

 八人の内二人が先行し、四人が援護。残り二人が後方警戒。

 ハンドシグナルもなしに滞りなく行われた連繋は、脳内に埋め込まれた無線チップの恩恵である。

 彼等機械化兵の脳内通信を解読するには高度な技術が必要であり、この様な中南米に出没するゲリラ兵やマフィア崩れが所持できるような装備ではない。

 従って彼等は情報汚染の可能性を端から考慮することなく脳内通信を繰り広げることが出来、ここ中南米における某国兵士のハンドシグナルなどというものは絶滅しているのではないかとヨウコは思考する。


 不意に左耳から聞こえる通信音。歩兵用電磁波解析システム“オルフェウス(詩人の耳)”による解析が進み、敵兵士の脳内通信を傍受できるようになったのだった。


〈隊長! あの子供は間違いなく“スコーピオン”を打たれています! このままでは手遅れになります!〉

〈少年の付近の地面にトラップ発見。対戦車地雷です!〉

〈先程遭遇したアンノウンが再度襲撃してくる可能性もあります。救出の判断を……〉


 ほら、早く助けてあげなよ? お優しい兵隊さん達。世界の警察なんでしょう? オレ達みたいな悪人を放っておいてどうするんだい?

 右耳は地面に、左耳は空へ向け刻一刻とその時を待つ。

 彼等八人全員が、仕掛けた牙の中に入る時を。


 意識は左手のPDAへと集中している。

 ボタン一つで仕掛けた全てのトラップが連動して炸裂する。

 破裂した劫火が全てを呑み込み焼き尽くす。

 その瞬間をPDAもヨウコのように待ち侘びているような錯覚。


 先頭の二人は少年から10メートル。

 残りの四人は15メートル。

 後方警戒の二人は20メートル強。

 つまり、全員をキルゾーンに巻き込むまで、あと、数歩。


 骨伝導通信。当然の如くシャオミンへ。

 歯を四回素早く鳴らす=突撃の合図。

 突如鳴り響く銃声。200メートル先からの軽機関銃をフルオートで乱射する。命中など期待していない当てずっぽうの射撃。

 しかし、兵士達は過敏に過ぎた。当然の如く散開。身を伏せる。木陰に。

 全員が先程より数歩ほど少年に近寄る位置に。


 フィッシュ。

 ヨウコはPDAのボタンを容赦なく押していた。






◆◆◆◆A.D.2019 11/02 PM08:30◆◆◆◆



「いやぁ、今回は辛かったよぉヨォコ。さすが正義の兵隊さん達。もう怖くて怖くて泣いてしまいそうでしたよ? 私は」


 ぷはぁ、と下品な音を立てながら、一仕事した後のこの一杯が最高なんだぁ。などとビールを飲んでいるシャオミン。

 酒癖が悪いのがこの少女の数少ない欠点だとヨウコは常々思っていた。


「でもさぁほんと、熱源探知で捕捉された時は死ぬかと思ったね。ヘラクレス(スーツ)の防弾性能も完璧じゃないしさ。システムのおかげでヘルメットも被れない。当たったらどうしようかと思ってたよぉ」


 訛りが強く媚びたような印象を持たせる英語を話すシャオミン。

 あっけらかんとした彼女の性格も、頼りになる戦闘能力も、ヨウコはこの上なく気に入っている。


 親代わりの男を亡くしてから、沈んでいたヨウコを救ったのはシャオミンとの出会いだった。

 お前は伏撃手だ。一人だけでは戦えない。男が残した手紙にはそんな言葉が書いており、同じく残されていた紹介状によってシャオミンと出会うことが出来たのだった。


「もし、当たって、死んでたら、抱きしめながら、泣いてやる」


 シャオミンと比べても辿々しい英語。まるで一音一音確かめながら発言しているような。

 ヨウコは英語が好きになれない。

 親代わりの男は日本語を話していたし、ヨウコも英語を教えられてはいたが日常生活のほぼ全てを日本語で過ごしていたからだった。


 シャオミンは広東語・スペイン語・ポルトガル語・英語の四カ国語を話せるのだが、日本語を話すことは出来ない。よって二人の会話はヨウコにとって苦手な英語と言うことになるのだが……。


「うわぁ、今のセリフ……良いっ! すっごく良いっ!! ヨォコ可愛すぎだよもー」


 何やらツボにはまったらしく直接まとわりついてくるシャオミン。

 どうでも良いからジョッキを置け。服にかかったぞ服に。さらに息が酒臭い。などと思っていても、その英語能力の拙さから上手く言葉に出すことの出来ないヨウコ。結局彼女の抱擁を、ヨウコは受け入れるしかない。


「ん、待って、シャオ、恥ずかしい、から、離れて、ってば」


 個室や自宅ならばともかく、現在二人がいる場所は反政府ゲリラの拠点の一つだった。傭兵として雇われているヨウコとシャオミンの微笑ましい姿に、周囲の男達は失笑を洩らしている。


「あははは。ヨォコの身体いい匂いー」


 ああ……聞いちゃいないこの酔っぱらいは。

 仕方なくまとわりついているシャオミンの身体を抱き上げると正面に座っている髭面の男へと言伝を。


「部屋、行ってる。それと、後で、食べるから、ご飯とお酒、持ってきて、ジャックさん。二時間後ぐらいで、いいから」


 そう言って立ち去ろうとするヨウコ達に、屈強なゲリラ兵達からは冷やかしの言葉。もう慣れてしまったといえばそうだが、それでも少し気恥ずかしい。

 冷やかしの言葉と視線を避けながら、食堂を立ち去ろうとするヨウコに髭面“強面(こわもて)”ジャックが声。


「ああ、その前にだヨウコ。今回お前等が相手したサイボーグ連中は8人だったって言っていたよな」


 声もなく首肯。所謂お姫様抱っこ(プリンセススタイル)で抱きかかえられているシャオミンはあまり豊満とは言えないヨウコの肢体がもたらす感触を楽しんでいる。

 いい加減にしろ酔っぱらい。せめて人前は止めろと視線に込める。無論、視線の効果は皆無である。


「そいつら自体は斥候部隊だと思うんだが、最近随分と奴らが出しゃばってる。お隣のカルテルもこっぴどくやられたって話だ。ウチはお前さん達がいるからどうにか戦えてもいるが、正直そろそろジリ貧だ。今までのように政府軍だけじゃなくアンクルサムまで相手にしなきゃならないんだからな」


「なにが、言いたい、の?」


 問い返しておきながら、ヨウコはその答えがわかっていた。

 強面ジャックは今時珍しいぐらい古くさい男である。

 それこそ、ヨウコやシャオミンの様な少女達がこの様な汚れ仕事をしていることを、不幸な出来事だと考えているぐらいには。


「そろそろ潮時なんじゃないのか? ってな」


 ほら、やっぱり。

 こうやってストレートに告げてくれる辺り、ヨウコはこの男が好きだった。

 少なくとも、ここの連中に雇われているのはジャックがいるからと言っても過言ではない。

 傭兵としてのヨウコ達の戦力は、エクアドル周辺のゲリラやカルテルにとっては垂涎の的であり、より高報酬で二人を雇おうとする連中もまた、後を絶たない。


 そんな状況でここを去れ、と強面ジャックは言うのだ。

 周囲のゲリラ兵達も、それを咎めようともしない。


 ラングレー(CIA)が介入してきて以来ここエクアドル東部の戦況は泥沼化する一方である。

 その前に自分達の気に入っている少女達を戦場から去らせたいと思っているのは、強面ジャックだけではなかった。


「それは言わない約束だよぉジャックさん。ヨォコも私もさぁ、好きでいるんだから」


 抱き上げられた状態でシャオミンが言う。

 どうでもいいが胸を揉むなとヨウコは言ってやりたかった。

 それを我慢するのは待ち伏せの時よりも多大な精神力を必要とした。


「オレも、そうだよ。ジャックさん。あなたたちの、ことは、嫌いじゃない、から」


 そう言って、今度こそ強面ジャックに背を向ける。

 早いところこの酔っぱらいをベッドへと連れて行きたかったからである。


「じゃあ二時間後にな。頑張って楽しんできな」


 このエロオヤジ……。調子に乗りすぎ……。

 などと呟きながら、食堂を出るヨウコ。無論呟いたのは脳内である。


 そんな感じで、ヨウコ達の15歳の夏は始まりを告げていた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 報告書。



 目標の戦闘能力に低下は見られず。

 また、感覚武装使用による副作用も今のところは見られず。

 引き続き観察を続ける。

 CIAの介入には留意されたし。


  総参謀部第二部所属・龍暁明。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 キャラクターデータ


  ヨウコ・カトウ

   職業・傭兵。

   国籍・アメリカ。

   所属・反政府過激派組織“ソルダーオ”。

   年齢・15。

   基本的に身内以外へは無関心。戦闘方法は極めて外道。押しに弱い。属性はネコ。


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