プリンセス童話
昔々、ある所に一つの王国があった。
その国は、王様が心優しい事もあって、政治は安定していた。そんな王様の事を国民は慕っており、国は平和な日々を送っていた。
そんな王様にも、大切なものがあった。
それは、自分の唯一の身内である、娘だった。王様の妻であるお后は、娘を産んでまもなくして、病気で亡くなってしまった為、その忘れ形見である娘を溺愛していた。
その娘は、王様と性格が良く似ていて、とても可愛らしかった。
そして、人一倍好奇心旺盛だった。城にある本を端から端まで全部読み、ちょくちょく外に出ては、城下町の店にある商品について聞いてみたりと、いろんな事を知ろうとした。
そんな娘を見て王様は、
「好奇心旺盛なのはかまわないが、外で誰か知らない人に攫われたらたまらん」
と、娘を外に出る事を禁じた。
すると、今まで王様の言う事を聞いていた娘が、初めて王様に逆らった。
私はもっと、世の中の事について知りたい。
その一心で、娘は夜中にこっそりと、部屋の窓から城の外に出る事にした。
途中、城の家来にばれそうになったが、何とか隠れ通す事ができ、娘は城の近くにある森へと向かった。
その森は誰も入った事が無く、その先に何があるのかも、誰も知らなかった。
娘はこの先に何があるのかを知る為に、どんどん先に進んでいった。だが、夜で辺りがよく見えず、すぐに迷子になってしまった。
森は思ったよりも深く、今娘は自分がどっちに進んでいるのかも、分からなくなってしまった。
さすがに好奇心旺盛な娘でも、夜中に森に入るんじゃなかったと後悔し、すぐ城に戻ろうとした。
けれど来た道を引き返そうとしても、ただただ同じ景色が続くだけ。今まで一人で暗い所にいる事を我慢してきた娘は、ついに泣き出してしまった。
そんな時だった。
「お前、こんな所で何してる?」
泣いている娘に話しかけたのは、見た事の無い青年だった。
人に出会えた事が嬉しかった娘は、青年の問いに答える事が出来ずに、そのまま声を上げて泣きじゃくってしまった。
そんな娘の様子を見た青年は、困惑した表情を見せた。どうすればいいか迷い、青年は娘の小さな手を掴んだ。
「ついて来い」
てっきり青年は、娘が少しでも反抗するかと思ったが、娘は泣きじゃくりながらも、きちんと青年の手をしっかりと握ってついて行った。
しばらく歩いていると、木こりが使っていそうな小屋があった。どうやら青年はここで住んでいるようだった。
小屋の中に入ると、そこには机や椅子など生活に最低限必要な家具と、後は本棚がたくさんあるだけの小屋だった。そして机の上には、本棚に収まりきれなかった本が積み重なって置かれていた。
青年は娘を椅子に座らせて、温かい飲み物を青銅で出来たコップに入れて娘に渡した。
「これでも飲め。体が温まる」
「……あ、ありがとうございます」
小屋に来るまでに泣き止んでいた娘は、目を真っ赤にさせ、少し涙声になりながらも、青年にお礼を言った。
一口飲んでみると、ミルクを温めた飲み物らしく、青年の言う通りすぐに体が芯まで温まるのを、娘は感じた。
「あんたみたいな幼い女が、こんな夜中に出歩くのは危険だ。この辺りには夜行性の獣がたくさんいる。もし俺が外に出ていなかったら、今頃お前は獣の胃袋の中だ」
恐ろしい事を青年がさらっと言ったので、娘はひっ、と小さく悲鳴を上げてしまった。
それを見た青年は、すぐに表情を穏やかにして言った。
「悪い。脅かすつもりは無かった。ところで、あんたは一体どこの娘だ? 服装から見て、どこかの貴族のように見えるが……」
「あ、いえ……。私はこの国の王女です。お父様から外出を禁止されてしまったのですが、どうしても外に出たくて……」
「なるほど。あんたが噂に聞く、好奇心旺盛な王女様か」
それを聞いた青年は、娘の顔や容姿をじっくりと見始めた。
そんな青年を見て、娘は少し困惑した。
「あの、なんですか?」
「ふむ……。王女という事だけあって、それなりに美人だな。将来が楽しみだ」
「な……! なな、何を言ってるんですか!?」
いきなり美人と言われ、娘は顔を真っ赤にして青年に言った。
その様子を見て、青年は楽しそうに笑った。
「ははは。別にからかっている訳ではないさ。こう見えても俺は世界を旅した男だ。いろんな人を見て来たからな。お前がこの先綺麗な女性になるのは間違いないぞ」
「えっ、旅をした事があるんですか!?」
娘は、青年が旅をしていた事に驚いた。
何故ならこの青年は若い。どう見ても、二十代前半にしか見えないのだ。
世界を旅した人は、絶対に四十代か五十代になっているはず。それほどまでに、世界は広いのだ。その事を、娘は本を読んで知っていた。
「失礼ですけど、年齢はいくつですか?」
それを聞かれた青年は少し考え、
「歳は二十五だよ」
そう答えた。
「でも世界を旅したんですよね? いつから旅をしてたんですか?」
「実は親が旅人でな。俺が生まれた時からずっと旅をしていたんだ。今じゃもう、両親二人とも死んでるけどな」
「そうなんですか……」
両親が死んでしまっている事は可哀想だと思った。けれど、それ以上に娘は青年の事が羨ましかった。
娘はこの国の王女。つまり、将来はこの国を支えないといけないのだ。旅をしている暇なんて無い。
だが娘にとっては政治なんかよりも、世界について知る事の方が大事だと考えていた。
「この国の他にも、国ってたくさんあるんですか?」
「当たり前だろ。まあ、ここより平和な国は滅多にないけどな」
「他の国って、ここには無い食べ物とかもあるんですか?」
「それはもうたくさん。東の国と西の国なんか食べ物だけじゃなく、食べ方もまるで異なるぞ。食器を使って食べる国もあれば、葉っぱの上に乗せて、手で食べる国もある」
気が付けば、娘はずっと青年に世界について質問をしていた。
窓から入る光が、月の光から朝日になるまで、ずっと娘は聞き、青年は答えていた。
「もう、こんなに時間が経っていたんですね。そろそろ戻らないと、お父様に叱られちゃう」
「なら、俺が城まで案内してあげますよ。王女様」
そう言いながら、青年は騎士のように跪き手を差し出した。
その動作がおかしくて、娘は笑いながらその手を取って小屋を出た。
明るくなっているからか、森の雰囲気は夜の時とまるで違って、生命が溢れているようだった。
意外な事に、小屋から城まではあまり離れてないらしく、二人はすぐに娘が抜け出した窓にたどり着くことが出来た。
「ねえ、また明日も来ていい?」
「あなたが望むなら、俺はあの小屋で待つことにしましょう」
娘が尋ねると、青年は恭しく言った。
「その改まった態度はやめて。最初に出会った時のあなたがいいわ」
「分かった。それじゃあ、また明日」
そう言って、青年はまた小屋に戻り、娘は自分の部屋に戻っていった。
それからも娘は、夜になる度にこっそりと城を抜け出し、青年がいる小屋へと向かった。
行く時は一人で行かなければいけないので、娘は少し寂しいと感じるが、もう小屋までの道のりを覚えているし、月の光があるおかげで以前よりは怖いと感じなくなっていた。
青年が旅をしたというのは本当らしく、娘が知らない事をたくさん語ってくれた。
娘はそれが楽しくて、いつしか青年に会う事しか考えられなくなっていた。
そんな外出禁止をしたにも関わらず、毎日楽しそうな娘を見ていた王様は不審に思い、大臣に命令して娘の行動を見張らせることにした。
そんな事を知らずに娘は、その日も夜中に城を抜け出し、青年のいる小屋へと向かっていた。それを大臣は兵に追わせ、青年が娘を迎えている姿を兵は大臣に報告した。
その事を大臣は王様に伝えると、今度は娘にばれないようにその小屋にいる青年について、調べるように命じた。
青年がどこの身分で、一体何者なのかを。
そして、ついに王様は青年の正体について知ってしまった。
青年の正体について知った次の日、王様は娘を部屋に呼び出した。
「どうしましたか、お父様」
「我が可愛い娘よ。お前は夜中遅くに、外出をしているようだな」
娘は、その事を言われて驚いた。
「ど、どうしてそれを?」
「確かに、外出を禁じたのは悪いと思っていた。だが、夜中に出るのはあまりにも危険だ。今日からはもう、あの青年の元に行くのもやめなさい」
王様の言葉はいつもと同じ口調のはずなのに、どこか冷たかった。
「そ……そんなの嫌です! あの人は、私の知らない事をたくさん知っていて、それらを全部私に教えてくれるんです!」
「たとえ、あの青年が吸血鬼でもか?」
一瞬、娘の思考が停止した。王様の言った事が娘には信じられなかったのだ。
吸血鬼?
あの優しくて、面白くて、いろんな事を知っているあの人が、吸血鬼?
「お前が夜中に会っているあの青年について、家来達に調べてもらった。その時に見たそうだ。そやつが寝ている住人の血を吸っている所を」
「っ……う……嘘です!!」
「嘘じゃない。お前に気付かれないように、人間の血を吸って、お前に絵空事を言っているのだ!」
「そんな事ありません! あの人は、本当に世界を旅していて、いろんな事を知っていて、それを私に教えてくれるんです! 決して絵空事ではありません!」
「それがどうした。人間の血を吸うなど、許されざる行為だ。夜まで外に出る事は許すが、今後一切あの青年に会うのを禁じる!」
どれだけ娘が反論しても、王様は聞かなかった。
その日以来夜になると、娘の部屋は厳重に家来達によって見張られる事になり、娘は青年に会う事が出来なくなってしまった。
娘はベッドで泣き続けた。唐突に青年に会えなくなってしまった悲しみと、その事を伝えられない事実。それらが混ざり合って、娘の中で青年の存在が、どんどん大きくなっていった。
いつものように泣いていると、城が騒がしくなっている事に、ふと気付いた。
部屋を出て、近くの兵に尋ねてみた。
「あの……一体、何を騒いでいるんですか?」
「こ、これは王女様。別に何もありませんから、王女様は部屋でゆっくりと……」
娘の姿を見た瞬間、兵はどこか戸惑っているような表情だった。そんな兵の様子を見て、娘は何かおかしいと思った。
「いいから私の質問に答えなさい! 一体何を騒いでいるのですか!」
娘がそう大きな声で怒鳴りつけると、兵は言うかどうか迷った挙句、兵は静かに言った。
「じ、実は……」
兵の話を聞いた途端、娘は目の前が真っ黒になるのを感じた。
――お父様は、娘である私に黙ってあの人を殺そうとしているの? あんなに、私に優しくしてくれたあの人を?
娘はその場から走り去り、城を抜け出した。王様が家来を集めていたので警備が薄くなり、抜け出すのはそこまで苦難ではなかった。
そのまま小屋に向かって走り続けた。途中で何度も転んだが、娘はそんな事も気にせずに、無我夢中で走った。
小屋の中に入ると、そこにはいつものように青年がいた。青年は突然来た娘を見て驚き、娘の汚れた服を見てさらに驚いた。
「おいおい、一国の王女様がそんなに慌ててどうした? それに最近来なかったから、風邪でもひいたかと……」
「ここから早く逃げて!」
青年の言葉を遮って、娘は早口でまくしたてた。
「もう少ししたら、お父様がたくさんの人を連れて、あなたを殺しに来るの! 私は貴方に死んで欲しくないの! だから、早くここから逃げて!」
「……もしかして、俺が吸血鬼だって事がばれた?」
青年のその問いに、娘は頷いた。
「そっかー。もうばれたか。じゃあまた旅にでも出るとしようか」
「ごめんなさい。私があなたに毎日会いに行っていたせいで……」
「お前だけが悪いわけじゃない。俺だって、お前に吸血鬼だって事、黙っていたし」
娘の頭を優しく撫でると、青年は荷物をまとめ始めた。
「私も手伝います」
「じゃあ、そこにある写真取ってくれないか?」
娘は本棚の上にあった写真立てを取り、青年に渡した。その写真には青年と、その青年を挟んで若い男女の姿があった。
「これ……もしかして、あなたの両親?」
「ああ。今みたいな状況になって、俺を逃がすために死んじまった」
青年はそう言うと、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、話し続けた。
「その時も、俺が原因だったんだよな……。ガキの頃、我慢出来ずに人前で血を吸っちゃって、大騒ぎになって、それで両親は俺を逃がすために殺されて。……今回は、お前にまで迷惑をかけたな」
「そんな! これは全部私の責任です。絶対にあなたのせいじゃありません!」
娘がそう言うと、青年は苦笑した。
「そう言って貰えるだけでも嬉しいな。でも俺と関わったせいで、お前はさらに不自由になっただろ」
「いいえ。外に出る事は許してもらえるようになりました。代わりに、あなたに会う事が出来なくなってしまいましたけど……」
「そんな顔をするな。それを聞いて、安心したよ」
娘と話している間に、青年の荷造りは終わっていた。あとはここから去るだけだった。
「それじゃあ、俺は行くよ」
「もう……会えないんですか?」
「だから、その泣きそうな顔はやめろ。せっかく固まった気持ちが揺らいじまうだろが」
再び、青年は娘の頭を優しく撫でた。
「知ってるか? この世界は丸いんだ。それが何故だか分かるか?」
「……分かりません」
「それはな、人と人がまた巡りあえる様に出来てるからなんだ。確かに今この場で俺とお前は別れないといけない。だけどな、この世界が丸いおかげで再び、お前に会えるかもしれない。それまで、元気に過ごしてくれや」
そう言って誤魔化そうとしても、娘は簡単には信じてくれなかった。
「……でも、もしすれ違って会えなかったらどうするんですか?」
「俺は吸血鬼だぞ? お前が美人になったら、俺からお前に会いに行ってやるよ」
青年がそう言うと、娘はようやく笑顔になる事が出来た。
「じゃあ、とびっきりの美人になって、あなたを待つ事にします」
「それじゃあ、もう心配する事は無いな」
すると青年は娘と視線が合うようにしゃがみ込み、小指を突き出した。
「東にある国ではな、約束をする際に互いの小指を結ぶんだ。だから、これは俺との約束だ」
「はい!」
娘と青年は、約束を忘れないように指きりをした。
そして、青年はまた旅に出た。
王様とたくさんの家来と国民が小屋にたどり着いた時、そこにはもう誰の姿も無く、小屋はもぬけの殻だった。
王様は、勝手に吸血鬼を逃がした事に対して、今まで以上に娘を叱り、再び今後一切の外出を禁じる事にした。
娘はめげずに、この国を治める王女として、政治について学び始めた。
勉強をしていれば、少しでも吸血鬼である青年の事を思い出さずに済んだから。
そうやって過ごして、十年もの長い歳月が流れた。
青年の言った通り、娘は誰から見ても美人と思えるほど、華麗に、そして美しく育った。
そして、病で死んでしまった王様と同じで優しく、国民の事を想う王女になった。
そのせいで、王女と結婚したがる男は多数いた。中には身分の高い貴族もいた。
だけど、王女はそれらの求婚をすべて断っていた。
その理由は、一度別れたあの青年が、再び会いに来てくれるのを待っていたから。
それまで、王女は誰とも結婚しないと決めていた。
だけれど、王女の噂は隣国まで広がり、それを聞いた王子が王女に結婚を迫った。
「もし断ったら、祖国に戦争を仕掛ける」
ずっと断り続けていた王女でも、そう言われてしまったら、求婚を受け入れるしかなかった。
他の国より、国民を想っている王女ゆえに、それは苦難の選択だった。
国を取るか、青年への想いを取るか。
結局、王女は青年では無く国を取る事にしてしまった。
王女は青年の事を、自ら裏切ってしまった。
周りから見れば、それは裏切りではなく仕方が無い事だと、同情してくれただろう。
だが、王女はそうは思わなかった。
そう思う事が出来なかった。
もし今この場に青年がいてくれたら、私の手をひいてこの国から逃げ出してくれるのに。
あの小さな小屋から城まで、あの時みたいに、ずっと手を繋いでくれるのに。
だが現実は、王女の願い通りには進まない。
王女の近くにいるのは、青年ではなく国民と家来だけ。
世界について、いろいろ知っているあの青年は近くにはいない。
会いに来ると約束した青年は、王女に会いに来なかった。
隣国の王子と王女の結婚式当日。
最後の最後まで信じていた王女も、さすがに諦めかけていた。
このまま、今まで会った事がない王子と結婚して、幸せに暮らしていけるのだろうか。また、隣国の国民達と仲良くやっていけるかどうか。
そして、二度とあの青年に会う事も無く、死んでいくのか。
そんな事をずっと考えていた。
「まあ、とてもお似合いですよ、王女様」
着付けをしてくれた召使いが、立派なドレスを着た王女を見て、感嘆の声を上げた。
「そう。ありがとう」
だけど王女にとっては、そんな事はどうでも良かった。今王女の頭の中では、政治についてと青年の事でいっぱいだったからだ。
そして、式は開かれた。
「さあ王女様、こちらへ」
隣国の王子と、たくさんの国民達が待っているはずの広場へと案内された王女。
しかし、そこにいたのは……。
「………え?」
十年前、森の中にある小さな小屋に住んでいたあの青年が、大きなマントをまとい、貴族の格好をして立っていた。
「よう。あまりにも待たされて、また旅にでも出ようかと思ってた所だった」
「……どう、して……」
「実はだな、俺は吸血鬼でもありながら、この国の王子でもあったんだ」
王子の話をまとめると、こういう事になる。
王子は吸血鬼の子孫でありながら、一国の王家の子孫だった。
ある時、他国に家族で出かけた時に吸血鬼という事がばれてしまい、両親は殺され王子は国を追放されてしまった。
その時に王子は決心したのだ。死んだ両親の代わりに、国をまとめられる知識を得るために旅に出ようと。
長い間旅をし、王子は平和な国、王女の父親が治めている国に行き着いた。そしてそこでしばらく政治について学んでいた。
そう、王子もまた、王女と同じ事をしていたのだ。
そして王女と別れる際、王子は充分に知識を得たので、自分の国に戻って国をまとめる事にした。
一度追放された身なので、再び国の王になるには、とてつもない時間と労力が掛かった。
そして十年経った今、ようやく国が落ち着き、王女との約束を果たそうとしたのだ。
「俺からじゃなくて、お前から来てもらっちまったな。悪い」
「……………」
王女は、目の前の現実がまだ信じられなかった。
もう、二度と会わないと思っていたのに。
こんな不意打ち、卑怯だ。
「……別に、気にしてません」
「そうか。それにしても、俺が言った通り美人に育ったな。そのドレスも似合ってるぞ。その、とても……綺麗だ」
珍しく、王子は少し恥ずかしそうに言ったが、王女はまったく気にしてなかった。
それどころか。
「……来るのが遅いです!」
王女は王子に対して怒っていた。
「私が、どれだけ待ったと思ってるんですか! この五年間、あなたの事を必死に想い続けて、それでもずっと我慢して、結婚とかの話とかも全部断り続けて、そしたらあなたは脅迫までしてきて、しかも会いに来るとか言っておきながら来てくれないし、私なんてここに来るまでどれだけ諦めたり、我慢したり、それに、それに……」
王女も、自分が何を言っているのかだんだん分からなくなってきた。けれど、止めずにはいられなかった。
そんな王女を、青年は優しく抱きしめた。
「悪かった。許してくれ」
「……今更、謝るなんて、ずるいです」
そう言いながらも、王女は王子の胸に顔をうずめていた。
泣いて、真っ赤になった顔を見られないように。王子が今ここにいる事を確かめるように。今度は、別れないように。
王女の中で、いろんな感情が混ぜ合わさって、それらの気持ちが目から雫となって堪えきれずに、どんどん溢れてくる。
服が濡れるのも構わずに、王子は王女を離さない様にぎゅっと抱きしめ続ける。
「落ち着いたか?」
「……少しは」
「この結婚式が終わったら、二人であの小屋に住もうか」
「そうですね。また、旅の話を聞かせてくださいね」
「分かった。そのくらい、お安い御用だ」
王女と王子は、唇を重ねた。
昔々、ある所に二つの国があった。
二つの国はとても仲が良く、平和だった。
そして、その二つの国をまとめているのは王女と王子だった。
二人は共に恋に落ち、結婚をし、夫婦となっていた。
王女は人間で、王子は吸血鬼だった。
だけど、そんな事は二人にとってどうでも良かった。
ただ、ずっと一緒に、傍にいられるだけで幸せになっているのだから。
そんな二人を、国民は祝福し、家来達は喜んだ。
そうして、二人は幸せに国を治めたとさ。
おしまい。