二章 盗賊と手紙
二日後、街を出る挨拶をして周る事にした。
「女将さん、今までお世話になりました」
レオの生真面目な挨拶に、女将は苦笑してしまう。
「別に今生の別れでもないんだし、ただの宿の女将にそんな丁寧な挨拶は要らないさ」
「いえ、女将には本当に世話になったので」
そう言って頭を下げると、流石の女将も気恥ずかしくなったのか、頭を掻いて背を向けた。
「テーブルは弁償して貰ったけど、椅子の修理代はまだ払ってもらってないんだから、絶対に今度払いに来なさいよ」
「はい、必ず」
頷いて、宿の外で待つリサの元へ向かう。
「リサは挨拶は済んだ?」
彼女は黙って頷く。
元々この街での知り合いなど、女将くらいしか居ないのだ。
「俺はもう少し回る所があるから、西門のアルザダの荷馬車へ先に向かってて」
「はい」
そこで一旦リサと別れ、冒険者ギルドへ向かった
ギルドに入ると、フィルがいつもの笑顔で迎えてくれた。
「街を出るんですってね。レオさんは強いから大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気をつけてください」
「解ってます、もう叱られるような事はしません……多分」
言葉を濁らせたレオに、仕方がないなと言う視線を向けながらフィルが言う。
「奴隷の女の子を助けるんですってね。大変だと思うけど、無茶は禁物ですよ」
「あー、その話は誰から……」
「ゲオルグさんからですけど」
当たり前のように答えるフィルに、やはりゲオルグは信用できないとレオは胸にしっかりと刻み込む。
「恥ずかしいから、余り言いふらして欲しくなかったのに……」
「良いじゃないですか、別に責められるような事でもないし」
そう言っていつかの向日葵のような笑みを浮かべるフィルに、レオも苦笑を返した。
「ま、そうですけどね。それじゃ、いつかまた来ますから、それまでお元気で、色々教えてくれて有難う」
「お礼はいいですから、また来ると言うのだけは守ってくださいね?」
その言葉に、レオは力強く頷く。
最後にレオは、バルドの工房へ向かった。
「こんにちは、水筒は出来てますか」
「おう、仕上がったぞ。それと刀の方だが、本当に預かってていいのか?」
バルドの作った水筒は完璧だった。
これならば忍び装束の中に入れておいても邪魔にならないだろう。
「良いですよ。ただし、貸すだけですから──」
「必ず取りに来る。だろ?勿論構わんさ、四六時中眺めて、何回か試作も作ったし、いつでも取りに戻って来い」
それはもう殆ど要らないんじゃないかと思うが、そんな無粋な事は言わない。
「絶対に、取りに戻ります。水筒有難うございました」
「今から行くんだろ、見送りに行くぞ。西門だったな」
店番のドワーフのおばさんに声をかけ、2人は連れ立って西門へ向かった。
西門に行くと、仲間はもう準備を終えていた。
門の前に停めてある荷馬車は2台あり、それぞれにアルザダの商品が所狭しと積まれている。
「おっ、ゲオルグも一緒か。ゲオルグ、レオの事頼んだぞ。ちょっと頼りないが、コイツには俺も借りがあるからな」
「アタシに頼まれても困るよ……レオって滅茶苦茶強いんだから……」
その返事はバルドも意外だったのか、少々目を見開いた。
レオは心中で、「ホント簡単にバラすなぁ」と思ったがバルドになら良いかと黙っておく。
「ほう、そうなのか。ゲオルグのお墨付きとは……本当に見かけに依らないが強いんだな」
何とも失礼な言い草に、レオは苦笑してしまう。
それを見て面白そうに笑ったバルドは、肩を叩いてレオを送り出した。
「それじゃ、達者でな」
「ああ、バルドも」
「じゃぁなバルド、今度来た時はまた剣の手入れ頼むわ」
「研ぎ終わるまで待ってるなら、また手入れしてやる。今度は途中で消えるなよ」
しつけぇ奴だ。と肩を竦めて荷馬車に乗るゲオルグに続いて、レオも荷馬車に乗り込む。
衛兵には、リサの所有権について尋ねられたが、正規の書類もあるので通る事が出来た。
大分小さくなったダール興商自治区の外壁を見ながら、この先の旅に思いを耽る。
それから二日、荷馬車はのんびりと街道を進んでいた。
2度ほどゴブリンに出会ったが、問題にはならなかった。
「しっかし、朝から晩まで水鉄砲撃って、良く魔力枯渇を起こさないなぁ……」
ずっと魔力制御の練習をしているレオに、ギル呆れたように声をかけた。
現在こちらの後続の荷馬車には、ギルとレオとリサの3人が乗っている。
レオとリサ以外は手綱を握れるので、ローテーションを組んでいるのだ。
「だってこれ、生活用の魔法だろ。フィルも消費は少ないって言ってたし」
「この世界の魔術師が全員レオみたいだったら、井戸なんてそもそも掘る必要無いんだがな……」
言われてみればそうだ。この勢いで10人が水を出し続ければ、数十世帯分の水は優に用意できるだろう。
宿の隣に井戸はあったし、これは普通ではないと思った方が良さそうだ。
「ふーむ、そういう物なのか」
「これ以上頭が痛くなる事言わないでください。ほら、また背中から魔力が溢れ過ぎてますよ」
薬草の本を読みながらリサが困ったように言った。
リサも根気良く教えているが、中々上手く行かない。
練習を一旦休んで、気晴らしに話題を変える事にした。
「これから行くナルバ共和国って、どんな所なんだ?」
「あぁ、レオは最近この辺に来たんだっけ……元は同名の帝国だったんだが、200年前の戦争中に、神の怒りを買ったとかで滅ぼされたらしい。本当かどうか知らんがな、その後元属国だった国が合わさって今の国になった」
「神の怒りとかあるのか……」
「そりゃぁおっかないって話だぜ、それからは神の威光に逆らおうなんて国は無くなったくらいだ」
と、ギルが肩を竦めながら言う。
この世界の神がどんなものか解らないが、実際に危害を加えてくると言うのは驚きだった。
「そういえば、この辺の国って公国、共和国、魔術帝国の3国だけなのか?」
「いや、その他に教国がある。こっちは小さいが、殆どの神が祝福してる国だから、発言力はデカイ」
これにはレオも多少驚いた。
「神が祝福してるとか、解るのか」
「あぁ、何でも愛の神イシスの言葉を聴ける巫女が、その国に居るらしい」
「神の声……か」
自分の身に起きた事を聞いてみたい。と一瞬思ったが、先にリサを何とかすると決めた以上、頭の端に留めて置くくらいがいいだろう。
そこまで考えて、初日に貰った手紙の事を思い出した。
達筆すぎて何が書かれているか解らなかったが、この世界の人には解るかも知れない。
「なぁ、これ何て書いてあるか解るか」
収納袋から取り出した黒い手紙を取り出し、ギルに渡した。
それを見たギルは「随分達筆だなぁ」と、顔を顰めていたが、やがてその顔を驚愕に変えた。
「お、おいおい……『親愛なる友カークスへ、ホワイトパールより』って……お前、あのホワイトパールと知り合いなのか……?」
ギルの余りの変貌ぶりに、レオは戸惑ってしまう。
しかし、ホワイトパールと言う名はどこかで聞いたような気がした。
「知り合いって言うか1回会っただけだけど……有名人なのか」
「お前、世界に5人しか居ないSランク冒険者を知らないとか、ホントに冒険者かよ……」
そう言えばフィルに説明を受けた時に、そんな名前を聞いたかも知れない。確か転移魔法の権威とか──。
「なるほど……それでか。しかし、あの悪趣味なまじゅ──」
と、いいかけた所で、ギルが全力でレオの口を押さえに掛かった。
口を押さえたギルは、少し震えながら辺りを見回している。
「バカ!もし聞かれてたらどうするんだ……ホワイトパール様は神出鬼没で有名なんだぞ!」
その言葉に不安になったのか、リサも何処と無く怯えたように身を竦ませた。
ギルの手をを何とか振り払い、眉を寄せながら聞く。
「そんなに怯えなくても、喧嘩っ早い雰囲気の奴じゃなかったけど」
「あの方に敵対した奴は、例外無く無人島へ飛ばされたって話を聞いても、同じ事が言えるのか……?」
「……」
そういう事なら全力で訂正したかった。
専門職の魔術師では無いレオは、長距離の転移は出来ない。空を飛ぶ事は出来るが、距離によっては不味い事になるだろう。
「しかも、いつどこで現れるか解らない……そして、自分の趣味を否定されると、子供のように怒ると言う話だ」
あのネオン満載の門の趣味も、本人の前では褒めた方が良いらしい。
「カークスって人に渡せって言われたけど、誰だか解るか」
「さあな、さっきも言ったが神出鬼没で有名な方だ。Sランクの冒険者にしては珍しく、個人情報も殆ど出回ってねぇし」
「そうか……」
冒険者の事でギルに聞いても解らないと言う事は、現時点では諦めた方が良いだろう。
それに余りそちらに集中して、リサの事が疎かになっては本末転倒だ。
手紙を収納袋に戻し、この件は保留する事にした。
「しかし、随分と魔物が少ないな」
「ああ、この辺は国境で軍が介入しにくいし、盗賊が多いからな。奴等だって、ねぐらの近くに魔物が居れば狩るだろう」
盗賊と言う言葉に、レオは正直身が竦んだ。
これまで人型の魔物は倒してきたが、人間を殺した事は無い。
「そう、か……」
「対人戦の事気にしてるなら、大丈夫だぞ。魔物を倒してるっつってもゴブリン程度だし、俺達の敵じゃねぇよ」
その的外れな補償に、レオは肝が冷えた。
ギルは暗に、この世界で盗賊を殺すのは当然だと言っているからだ。
それから4時間程して、遂にその時がやって来た。
水鉄砲を撃って、リサに魔法の指導をして貰っていると、突然──
ビイイイィィィィ───ッ!
──と言う警報が、指輪から発せられた。
「リサッ」
荷馬車の上で警報が鳴ると言うことは、遠距離からの詠唱か弓矢しかあり得ない。
音に驚くリサを抱えるように守ると、盾の結界で弱体化した氷の魔法がレオの腕を凍らせた。
「敵しゅ……敵襲だ!」
無理に動かそうとした右腕の皮膚が、凍っていた為に裂けてしまった。
急いで治癒魔法を使い、ギルと共に外に躍り出る。
多少呆然としていたリサも、少し遅れて杖を構えて立ち上がった。
「ゲオルグ、敵だ!」
「聞こえてるよっ」
20人弱の盗賊が森から現れる。
ギルとゲオルグは気にせず盗賊をザクザクと斬っているが、レオは武器では手足を狙い、打撃での気絶をメインにしている為、殲滅が遅かった。
4人程処理した時、背後で微かな悲鳴が聞こえた。
見るとレオが抑え切れなかった盗賊3人が、リサに襲い掛かる所だった。
「──ッ!」
レオは反射的に手を振って魔法を使う。いや、使ってしまった。
咄嗟に出の早い雷撃の魔法を発射してしまい、雷光が盗賊3人を貫く。
雷光に貫かれた3人は、煙を上げてその場に崩れ落ちる。
突然の殺戮に凍り付いてしまったレオに2人の盗賊が斬りかかるが、殲滅を終えたギルに斬り伏せられた。
「大丈夫か」
「あ、ああ……悪い」
震えを隠すために急いで荷馬車に乗り込んだが、ギルは特に気にならなかったらしく、黙って後に続いた。
◆◇◆◇◆
盗賊を倒してからのレオの様子は、明らかにおかしかった。
レオは、嘘や誤魔化しが下手だ。
ギルやゲオルグは、冒険者としてのレオの実力を買っている為、気付いていないようだが、彼らより少し付き合いの多いリサの目には一目瞭然だった。
ずっと楽しそうに聞いてきた魔法の話は一切しなくなり、先ほどから黙って薬草が書かれたメモを読んでいる。
ギルの話にもまともな返事はしていないし、集中しているような顔を作ってはいるが、目はぼんやりとしていた。
「そろそろ一旦休憩だ。ったく、本気で尻が痛いぜ」
森の中の道が開けた所で、前を走るアルザダの荷馬車が止まった。
その横に着ける形でギルの荷馬車も止まる。
荷馬車を降りるなり、レオは「薬草を探してみる」と言って森の中へ入っていった。
他の者は特に気にせず腰を下ろしているので、リサは黙ってレオを追いかけた。
少し奥に入った所で、レオがじっと薬草と思われる草を見つめているのを、見つけた。
リサが近づいたのに気付いたのか、彼は薬草を摘み取る作業を開始する。
「どうかした?」
声は普段道理だったので、考えすぎかなとも思ったが、一応聞いてみる事にした。
「レオさん、もしかして人を殺すのは初めてですか」
ほんの一瞬だったが、薬草を摘むレオの手が止まったのが見えた。
「そんな訳無いだろ」
「……やっぱり、私が悲鳴をあげたから──」
「違う」
目を薬草に向けたまま、レオが言った。
初めてのレオの強い否定に、リサは一瞬身を強張らせる。
「違うんだ。本当に人を殺したのは初めてじゃない」
ばつが悪くなったのか、レオが口調を和らげて言い直した。
だが、ここまで来ればもう確定だ、それ以外に考えられない。
暫し沈黙が下りるが、どうしても聞いてみたい事があって、リサは声を上げた。
「あの……」
いい淀むリサに、昨日の夜と同じ雰囲気を感じたのか、レオも顔を上げる。
「どうして──」
「おーい。何やってんだお前ら、そろそろ行くぞ」
ギルの叫び声に、リサは再び口を噤んでしまう。
気まずい雰囲気に耐えられなくなっていたレオは、立ち上がるとリサを促すように歩き出した。
「行こう、皆待ってる」
リサは遣る瀬無い気持ちになったが、今更言い直すことも出来ず、荷馬車へ向かった。
◆◇◆◇◆
「ウエェェ──」
目の前の森の中で、ゲオルグが吐いている。
レオの位置からは見えないが、流石に1人では危険なので、森の中ではリサが看病している。
「だ、大丈夫か……?」
切っ掛けは夕食の際、レオが取った薬草を煮た料理を出した事だった。
普通に食べても美味しい、山菜に近い薬草だと思ったのだが、出来上がった煮びたしから、どう考えてもメモと違う匂いがする事にリサが気付いたのだ。
慌てて食べるのを止めたレオ達だったが、ゲオルグだけが食べてしまっていた。
「ごめん、ちょっ、ちょっとぼうっとしてて、間違えたんだ。決して悪気があった訳じゃ……」
「アハ、アッハハハハ」
狂ったようなゲオルグの笑いに、姿も見えないのに震えて数歩後ずさる。
「ハハッ……殺してやる……殺してやるよぉ!」
それを聞いたレオは、全身に冷や汗を流し、走ってギルの荷馬車に逃げ込んだ。
荷馬車に逃げ込んだレオが、メモの内容を全て暗記するまで、そう時間は掛からなかったという。
それから更に二日が経った。
朝食の折、全員が集まったのだが、皆一様に渋い顔をしている。
二日前に出て以降、盗賊は一度も出ていない。
正直レオは助かったが、その代わりに魔物が多く出てきていた。
「どうもきな臭いね」
あの時はゲオルグもかなり怒っていたが、旅路の異常さに怒りはなりを潜めていた。
「あぁ、オーガもちょくちょく見るしな、この間のジャイアントみたいに痩せてる奴が多いのも気になる」
元々この街道には多少のオーガが出ていた。
それが増えて、狩っていた盗賊が撤退したと考えればありえなくも無いが、以前のこの街道を思えばやはりおかしかった。
「や、やはり引き返した方が……」
魔物との連戦に弱気になってきたのか、アルザダが控えめに言った。
しかし、ここで引き返せば荷は完全にゴミになってしまう。
本人もその事が解っているだけに、落ち着かない様子でレオ達を伺っていた。
「ここまで来たんだ、どうせなら2~3日で生ものを売ってしまって、それから戻っても殆ど変らないだろう」
「そうだね。急げば今日中には着くはずだ」
一応意見を聞こうかと思って視線を向けたが、リサは困ったように俯いたまま、何も言わない。
それをフォローするように、ギルが締めくくった。
「とにかく、行くしかないんだ。アルザダとゲオルグの荷馬車は交代しつつ、俺の荷馬車は後の2人が警戒して、なるだけ急いで街に入ろう」
その言葉に頷いた仲間は、急いで朝食を掻き込んだ。
────そして、数度のゴブリンやオーガの襲撃を抜けた後、一向は2番目の街、ナバル共和国のハウラ城下街に着いた。
前言通りの地味回です。すみません……。
何とか他の言葉も乗せようと思いましたが、これしか言えません、ホントすみません……。