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    一人の冒険者


 明け方、まだ街に殆ど人が居ない時間に、レオは冒険者ギルドの前に立っていた。

 夜中も営業しているギルドだったが、流石に人通りも殆どない早朝なので戸は閉まっている。


 門の方も同じで、用があれば通して貰えるだろうが一応扉が閉めてあった。

 通常であれば衛兵に話せば空けてもらえるかもしれない、しかし生憎昨日の依頼の紙には出国の判だけ押されて帰国のものが押されていない。

 昨日の衛兵も居ないようだし、面倒なので忍者のスキルである<透身>を使う。これは姿音臭いを消す低レベルのスキルで、上位には自分より強いモノを欺くための気配を消す<無心>や、神や龍をも欺けるようになる最終スキル<一体化>があるのだが、今は<透身>で十分だろう。


 スキルはSPスタミナとMPを消費する。

 スキルの発動は初めてだったが、魔法と同じようにエフェクトを思い描くことで発動できた。

 外壁の上にビューテレポートで移動し、もう一度使って草原に出た。

 更にクィックやテレポートを使い、あっという間に森に着く。


「……」


 森に入る前、一度だけ街を振り返ったが、黒い影は何も言わずにそのまま森へ入っていった。




 太陽が真上に差し掛かる少し前、レオは冒険者ギルドへ向かっていた。

 ギルドに入る時、燃えるような赤い髪をしたドワーフとぶつかった。


「おっとごめんよ。おーい、ゲオルグは居るか──……全く、他人に剣の修理頼んだまま消えるなんざ、どんな神経してやがる」


 レオはそれに特に反応する事無く、カウンターのフィルの前へ向かった。


「ウルフの耳です、それと昨日の依頼証。それから、沢山持ってきたのでその分の依頼をクリアした事にして貰えませんか」


 カウンターに置かれた皮袋は、パンパンに膨れ上がっており、中には昨日の討伐の分と早朝から狩った分、合わせて4~50匹分もの耳が入っていた。

 周囲の冒険者が、驚いてレオを見つめる。さすがのフィルも驚いたようで目を丸くして皮袋の中身を確認した。


「えぇと、それは良いですけど、昨日の今日で良くこれだけ狩れましたね」


「別に……運が良かっただけです。所でランクアップには後どれくらいの依頼をクリアすれば良いですか」


 生気の抜けた目で皮袋を見つめるレオの様子に、フィルは眉を顰めた。


「これだけあれば十分足ります。それとランクアップの試験ですが、捕まえて来たウルフ4匹との多対一の戦闘訓練なので、この耳の量から見るに、訓練の必要無しと判断される可能性が高いです」


 期待通りの答えだったが、特に反応せず淡々と質問を続ける。


「それじゃ、もしランクアップに必要な耳に余りがあったら、それをFランクの依頼用に回してください。午後からまた行くので、ウルフ以外に良い獲物が居たら教えてもらえると助かります」


 掲示板まで一緒に来るよう促して立ち去ろうとするレオの肩を、フィルが慌てて掴んだ。


「待ってください。それは許可できません」


 止められたレオは、苛立たしげにフィルを睨んだ。

 しかし、レオの鋭い眼光正面から受け止めたフィルは真剣に続ける。


「レオさん、貴方自分が今どんな顔をしているか自覚していますか」


 顔と言われても鏡など殆ど無いこの世界で、自分がどんな顔をしているかなど確認しようの無いレオは疑問の声を上げた。


「見えないので解りませんが……何の事です?」


 するとフィルは頭を振って、諭すように続ける。


「レオさんは、この街で昔戦争があった事は知っていますか」


 それについてはギルから聞いた気がする。確かあれは石造りの外壁について聞いたときだ。

 レオが頷くと、フィルは彼の顔を真っ直ぐ見て続けた。


「私の父は10年程前、戦争で死にました。その父を最後に見た時の顔と、今の貴方の顔はそっくりです」


 そこまで聞いても意味が解らないと訝しんでいると、彼女は困ったように微笑んで続けた。


「母に後で聞いた話では、父は、母と私を護ると言って昼夜を問わず戦っていたそうです。何が原因か知りませんが、今の貴方も同じようなものではないですか?」


「けど、だからって……」


「まだ納得出来ないなら、前例の話をしましょう。前にも、似たような顔をした冒険者を1人見たことがあります。その時は私も気のせいかもと思っていましたが、数日後、彼は死にました」


 どういう事か解らず困惑するレオに、フィルは優しく止めを刺す。


「彼は腕のいいBランクの冒険者でしたが、普段通りなら絶対に掛からないような幼稚な罠に掛かって死んだそうです。レオさんは腕に自信が有るようですが、今の貴方はいつも通りの判断が出来ていると言い切れますか?」


 何も答えられない。

 昨夜の出来事で気が逸っていた今のレオなら、落とし穴のような古典的なトラップに掛かって串刺しになっていたかもしれない。


「急いで行動する事で良い結果に繋がる事も勿論あるでしょう。でも、ランクアップも確実でない今の状況で急いでも、それはただ焦っているだけですよ。それでも未だ行くというのなら、私の権限で依頼の受注を止めさせてもらいます」


 フィルの尤も過ぎる指摘に、碌な反論も出来ずに言い負けたレオは溜息混じりに頭を掻いた。


「やれやれ……降参です。本当にフィルさんには敵わないな」


 それを聞いたフィルは満足げに頷いて、向日葵のような明るい笑顔を作った。

 そしてどこか誇らしげに胸をそらす。


「当然です。父さんが死んでからずっとこのギルドで働いてるんですから。最初は小間使いだったけど、それでも年季が違います」


「そう、でしたね。俺はまだ駆け出しの冒険者だった……」


「解ったら、報酬で買い物にでも出かけてください。気分転換になりますよ」


 何とも女性らしい意見を口にして銀貨を差し出すフィルに、苦笑して頷く。

 礼を言ってギルドを出ようとすると、入る時にぶつかったドワーフに声を掛けられた。


「お前さん、フィルちゃんには負けたようだが、モンスターには滅法強いみたいだな、気に入った!珍しい武器を使ってるようだが……あれだけ斬ったんだ、多少は痛んでいるだろう。これも何かの縁だ、昇進の祝いに研いでやろう」


 刃物の手入れなど解らない上に、作成スキルでの修復も失敗が怖くて出来なかった(ゲームでは武器は失われないが、現実では別だと思う)ので、その言葉は渡りに船だった。


「おお、是非お願いします。俺の名前はレオ、この武器はカタナと言います」


 レオが手を差し出すと、ドワーフはまめと火傷だらけの手で力強く握り返してきた。


「俺はバルドイン、バルドと呼んでくれ。取り合えず工房にいこうか」




 バルドの工房は鍛冶ギルドや織物ギルド等が立ち並ぶ、所謂工業地帯にあった。

 小さな工房だが個人で職場兼店として運営しているらしく、手前の部屋には武器が所狭しと並べられ店番のドワーフのおばさんが座っているが、奥の部屋の扉からは微かな熱気が漏れている。

 招かれるまま中に入ると、釜から溢れ出ている熱気が頬を炙る。

 作業台の前に座ったバルドは、左手用の來国俊を指差した。


「まずそっちからやる。見せてくれ」


 腰の來国俊を鞘ごと取り外し、バルドに手渡す。

 刀身を見たバルドは目を輝かせて笑った。


「これは良い剣だ……いや、カタナだったか。どっちにしても、この薄さであれだけ斬って殆ど刃毀れが無いとは……何で出来てるかわからんが、随分と頑丈だな」


「ま、まぁ、結構良い物だからな」


 装備を褒められたゲーマーが照れて頭を掻いている。

 上機嫌に始めて見る刀を眺めていたバルドだったが、次第に顔が険しくなってきた。


「お前ちゃんと血脂ふき取ってないだろ……いつも何で拭いてる」


「えぇと、その辺の草とか、皮袋の端とか……」


「はぁっ!?テメェこんな名剣を使い潰すつもりか!」


 突然豹変して立ち上がったバルドの剣幕に圧され、レオは一歩身を引いてしまう。

 バルドが拳を握って睨んでいると、「す、すいません……」と情けない声を出したので、脱力して溜息を突いた。


「まったく、これじゃ作った奴が浮かばれんな……後で手入れ用の布を何枚か持たせるから、次からはそれで拭け。今すぐ研いでやるから、ちょっと待ってろよ」


 最後の優しい言葉は、刀に向けて掛けられたものだ。

 真剣に刀を研ぐバルドの横顔は、豪快なたてがみのような髭と良く合って赤獅子のような印象を持つ。

 じっと顔を見つめるレオに気付いたのか、刀を研ぎながらバルドが声を掛けた。


「どうした、俺の顔に何かついとるか」


「いや、見事な髭だと思って……」


 それを聞いたバルドは目を見開いてわなわなと震え、刀を置いて立ち上がるとレオの両肩を掴んだ。


「お前さんこの髭の良さが解るのか……っ」


 何でこんなに驚くのか良く解らなかったが、元の身体で髭を生やそうとして上手く行かなかった彼は取り合えず頷いた。


「エルフは何万歳になっても、アゴをツルツルにして俺らの髭を馬鹿にする、いけ好かない奴等ばかりだと思ってたが、お前は最高だ!」


「はぁ……」


 そう言ってレオの肩を数回叩くと、機嫌を直して研ぎを再開した。

 研ぎ終えた刀を綺麗に拭き、油を塗って、一度ばらして掃除した鞘に戻すと、それを手渡して≪天羽々斬り≫を指差した。


「次はそっちだ、ほれ、早く出せ」


 そう言われたレオは少々困ってしまう。

 昨日リサに、初めて≪イージス≫を持たせようとした時の事を思い出したからだ。


「実はこれ曰くつきの代物で……俺以外が持とうとすると怪我をするから、帰って自分でやりますよ」


「何言ってやがる素人が、何でもいいから見せてみろ」


 呆れ顔で言うバルドに仕方ないなと思いつつ、≪天羽々斬り≫を取り出す。

 すると取り出した直後からバルドが驚愕で目を見開いた。


「な、そのカタナも魔法の武器だったのか……しかも何て魔力だ、さっきのカタナより強いじゃねぇか」


 この言葉にはレオの方が驚いた、それは暗に魔力と言うものを知覚できる事を指している。

 形も光も匂いも無いものを、どうやって感知するのかさっぱり解らないレオは、素直に感心した。


「良く解りますね」


「そりゃぁ小僧の時から、何十年も鉄を打ってるからな、剣の事なら大抵解る。しかし、鞘に入っている時は何も感じなかったのだが……」


 それを聞いて思い当たる事があった。

 確か世界に1つの材料である『夢界の王の魂』が鞘に使われているはずだ。


「あぁ、それは多分鞘の中で刀が眠っていたから……だと──」


 言いながら、そう言えばこっちの世界に意思のある道具など有るのかなと思い至った。

 案の定バルドは口をポカンと開け、呆けたようにレオを見ている。


「このカタナには人格があるのか……?」


 最早言い逃れの出来ない状態に成ってしまったので、諦めて自供する事にした。


「は、はぃ。実はさっき言った他の者には使えないってのは、そう言う理由なんで……できれば秘密にして欲しい事なんだけど」


「あぁいや、別にそれについてとやかく言うつもりは無い。それにしても、このカタナは素晴らしいな。完璧と言っていい」


 呆然と眺めながら、ドワーフの国の名工でも作れんだろうと小さく呟く。

 感動したように言うバルドに、何となく気恥ずかしさを感じてくる。


「あの、そろそろ良いですか、刀も問題無いみたいだし……」


「おう、良いぞ。しかし良い物を見せてもらったな……カタナか……」


 悩むように唸るバルドに、不意に思い立った提案を出してみる。


「作るなら見本用に一本貸しましょうか、宿に戻れば同じようなのが数本あります」


「本当か、是非頼みたいが……幾ら出せばいい?」


「お金はいいです。扱いになれてもらえば研ぎも頼みやすいし、強いて言うなら研ぎの代金として貸しますよ」


 バルドはクツクツと楽しそうに笑うと、立ち上がって最初に持っていた剣を取った。


「お前さん本当に不思議な奴だ。さて、俺はまたこの剣の持ち主のアホを探しに行かなきゃならん、残念だが今日はここまでにしよう」


「了解、愛刀を研いでくれて有難う。今度来る時は予備の刀を持ってきますよ、楽しみにしててください」


「おう、楽しみに待っているぞ」


 そう言って、二人は連れ立って工房を出た。

 別れ際に無骨な腕を笑顔で振るドワーフは、本当に楽しそうに見えた。




 バルドの工房から帰る途中、近くの織物ギルドで、おかしな物を見つけた。

 店の隅にぶら下げられているそれは、かなり粗悪では有るが、どう見てもゴムだった。

 割りと高品質そうだったアルザダの紹介してくれた洋服店でも、ゴムの類は一切見られなかったので、この世界には無いのだろうと思っていたのだ。

 興味深そうにゴムを見ていたのに気付いたのか、店員が説明に来た。


「いらっしゃいませ。お目が高いですね、こちらは南方より試験的に取り寄せた伸縮性のある素材で、ゴムと言うものなのです」


「ほう……」


 興味がありそうな声をチャンスと捕らえたのか、すかさず定員が畳み掛ける。


「ズボンの腰の部分とかに括り付けると、とっても便利なんですよ。まだ試作品なので、あまり強く引っ張ると切れてしまいますが……」


 確かに現状の布キレのようなベルトで縛るのは大変だが、このゴムはかなり脆そうだ。

 強度はどのくらいなのかと聞くと、「そ、それは……」と目を逸らされた。


「で、でもこちらのリボンのように小物に編みこんだモノは、中々長持ちするんですよ」


 そう言って定員が取り出したのは、赤と白の絹糸で作られたレースのリボンだった。

 それがゴムの力で微妙に縮んでいる。

 そんな物を男に進められてもと思っていたレオだったが、暫く見ているうちにある事を思いついた。


「あの、このリボンこれくらいの長さに切って、フックで留めて輪になる様にして貰えますか」


 定員は腕より少々太いその輪に首を傾けつつも、「解りました」と言ってリボンを持って作業場へ消えていった。




 ◆◇◆◇◆



 眩しい光に目を覚ますと、真上に上った太陽が枕元を明るく照らしていた。


 二日連続で昼に起きた自分に呆れつつ、泣き疲れて気だるい身体を横に向ける。

 寝ぼけ眼でベッドから部屋を見渡すと、昨日の光景が思い起こされた。

 自分の醜態から目を背けるように、相手の事を考える。

 未だ彼を信じられる訳ではなかったが、あれだけの事があったのだ、これまでのように無視し続ける訳にもいかない。

 それに、彼が最後に言った「おやすみ」という言葉は、どこか優しかった父に似て──と、思ってしまった瞬間、鳥肌が立った。


(私は、あれだけの覚悟をしてたのに、自分の力が及ばないと解った途端、あんな奴をお姉ちゃんの変わりにして縋ろうとしたの……?)


 吐き気を堪えるように毛布の中で丸くなったリサは、拳を握って不快感が過ぎ去るのを待った。

 暫くそのまま蹲っていたが、落ち着いたのでベッドを出て立ち上がる。

 昼まで寝ていたので流石に空腹だ。黙っていても腹は膨れないので、銀貨を持って部屋を出ることにした。



 ◆◇◆◇◆




 宿に戻って早朝には居なかったカウンターの女将に声を掛ける。


「すいません、宿泊の延長をしたいんですが」


「アンタか。ウチは別に構わないけど、アンタ駆け出しの癖に宿暮らしで金持つのか?」


「正直キツイですが、今の彼女を連れたまま雑魚寝の宿に泊まる訳にも行かないですしね……」


 リサの境遇を考えれば、冒険者ばかりの安宿は問題を起こすにしろ巻き込まれるにしろ、厄介な事になるのは目に見えている。

 それに収納袋の中身を考えれば、雑魚寝は不味い。盗まれる覚悟でそんな事をするくらいなら、中の金塊をもう1つ売った方がマシだ。


「ま、あの娘は頼りないって言うか……ほっとけない感じがするからね」


 それに同意するようにうんうんと頷いていたレオだったが、「アンタもだけど」と付け加えられて固まった。


 部屋を目指す途中、リサが昼食を取っているのが目に付いた。

 ついでなので軽食を頼んで対面に座ると、リサが目に見えて食べる速度を上げた。

 それに苦笑しつつ、ここ数日でかなり不遇慣れしたレオは気にせずに話す。


「今日は良く眠れた?」


 リサは何か言いそうになって途中で止めたが、顔色は良さそうなのでよしとする。


「今日はギルドでバルドっていうドワーフに合ってね、彼には刀を研いで貰っただけなんだけど、帰りに良い物を見つけたから買ってきたんだ」


 そう言ってレースの輪を取り出した。

 彼女が不思議そうに見ていると、フックを外して帯にした状態で手渡す。


「首輪の上から着けてみたらどうかと思ってね。そのままじゃ外に出にくいだろうし。試しに着けてみて、大きすぎたら調整してもらうし、苦しかったら買い直すから」


 リサは緩慢な動きでそれを受け取ると、奴隷の首輪の上にレースの輪を巻いた。

 特に苦しそうでも無くズレそうでもない。そして青と白のみのリサの格好に、赤のレースはアクセントとしてとてもよく似合っていた。


「よし、大丈夫そうだね」


 満足げに頷くレオに、目を逸らしたまま無表情を貫くリサだったが、やがて諦めたように溜息をついた。


「……どうも」


 そう言って食器をを持つと、席を立って足早に食堂を後にした。

 感謝の気持ちが欠片も感じられない礼だったが、今のレオにはもう特に気にならなかった。




 部屋に戻って収納袋を取り出し、中から金塊を出してテーブルの上に置く。

 午前中にバルドの工房に行った時、物を作って売れば良いのではないかと思ったのだ。

 幸い金やオリハルコンがある程度ある。後はゲームでのスキル通りの加工を出来るかどうかだ。


「えぇと……金の腕輪は確か……」


 必死に作った時の光景を思い起こすと、魔法を使った時のような感覚が起こり、少しずつ金塊が浮き上がって、高温に熱せられて赤い液体状になって行った。

 その様子に興奮しつつ、腕輪の形状を完全に思い出す為に目を瞑って集中する。


「確かDNAみたいなに模様が入っていて、内側は角をつけずに滑らかで……」


 と、なにやら焦げ臭い匂いがして目を開けた。



 腕輪のイメージの余りの金が、零れてテーブルを焦がしていた。



 慌てたレオは腕輪のイメージを崩してしまい、腕輪の分の金もテーブルに落ちる。


 ここまで来ると炎が上がり、テーブルが燃え始めた。


 パニックになったレオは、慌てて立ち上がって後ずさるが火の勢いは衰えない。


 部屋に煙が充満し、更にパニックになったレオは、テーブルに水の攻撃魔法を放った。


 最低レベルの魔法と言えども流石に攻撃魔法、火を消したまでは良かったが、それに留まらずにテーブルを粉砕して床を水浸しにした。


 血の気が引いたレオは、何とか誤魔化そうとテーブルの破片を持って部屋をウロウロと歩き回るが、やがて部屋の扉が開く──……




 ───ゆっくりと首を曲げてその先を見ると、満面の笑みを浮かべた女将が、右手でフライパンを弄んでいた。




 ───……




 女将にこってりと絞られたレオは、テーブルを弁償し、肩を落として宿から出るところだった。

 そこで、目の前にアルザドが居る事に気がつく。


「おお、やはりこの宿に泊まっていましたか。昨日から何度かこの辺りに来ていたのですが、見つかってよかった」


「あぁーすみません、そう言えば貴族の事を頼んだのに落ち合う場所を言ってなかったですね……」


 修羅と化した女将に絞られた直後のレオが、必要以上に猛省するのを、アルザダが手を振って遮った。


「いえいえ、私もあの時は洋服店の事を伝えて、もう大丈夫だろうと安心していましたから。本来なら宿も紹介すべき所でしたし」


 取り合えず座りませんか。と言うアルザダの提案を受け、宿の酒場兼食堂に2人で入り、軽い酒を頼んだ。

 席に着くと、アルザダが金貨の入った袋を渡してきた。


「レッドワイバーンの素材の代金です。それと、言い忘れていた事が1つありまして」


「なんでしょう」


「滅多に無いとは思いますが、念の為。奴隷の首輪の発動条件ですが、主人が『束縛の首輪よ力を放て』と言うのが呪いを発するキーワードなので、気をつけてください」


 言われてみれば、間違えて言ってしまう事も有るかもしれなかった。


「なるほど、気をつけます」


「それと貴族の件ですが、難しいかもしれません。レオさんは、この街が商業が盛んな街だと言う事は知っていますか」


「街の名前からそうじゃないかとは思ってましたけど」


「ここは国境の街なので物流が多く、現れるモンスターもドリューク村方面以外は弱いものばかりなので商売が盛んなのです。それによって成功した商人が多く居ます」


 アルザダがここで一旦話を区切ったので、理解した意味を込めて頷く。


「この地の貴族も税でそれなりに潤ってはいるのですが、国同士の条約で税にも上限があり、貴族より商人の方が資産を持っている場合が多いのです。

 問題は貴族が、地位が下のはずの商人達が自分達より裕福な生活をしている事へ不満が根強い事で、その為、貴族には金銭に関してかなり汚い者が多くいます」


「つまり、この街で貴族相手に頼みごとをするのには、とてつもない金が掛かる。と言う事ですか」


「えぇ、しかも聞いた話によると、昔同じように奴隷を解放しようとした商人が、前金を3回払った挙句に反故にされ、文句を言いに行ったらそもそもその行為自体が違法だと、捕まえられてしまった事もあったそうです」


 元々それを承知で取引したはずなのに、貴族の方は仲間と結託しており何の罰も受けなかったと言う。


「良心的な方も居るには居ますが、周りの目が怖くて助けてやる事はできないと言われました」


 これはつまり、この街では奴隷解放は困難だと言う事だ。

 ある程度ギルドでランクを上げたら、他の街に移った方がいいかもしれない。


「解りました。調べてくれて有難う御座います」


「いえいえ、恩人の頼みと言うのもありますし、私も共に窮地を脱したあの娘を何とかしてあげたいですから」


「後は、何処に移動するかが問題か……」


「それについては私の方でも考えておきましょう。私は良く西門から3軒目の問屋に居るので、用があれば来て下さい」


 会話の合間にちびちびと飲んでいた酒が空になったのを合図に、アルザダが立ち上がった。

 レオも立ち上がってもう一度礼を言って握手する。


「そうそう。それと、ギルの奴が探していましたよ。ギルドの隣の酒場に居ると思いますから、行ってみてはどうでしょう」


 時刻はもう直ぐ夕暮れになるかと言うところだ。酒場に行くには丁度いい時間帯かもしれない。


「あー、そうですね、今から行ってみます」


 宿を出た後、冒険者ギルドの方へ向かっていると、露天で首を傾げて商品を見るリサの姿を見つけた。

 一般の市民のようにのんびりと買い物をする少女を見て、レオは満足げに微笑んだ。




 酒場に入るとギルが手を振って来た。

 こちらも振り返して席に行くと、隣に女性が座っているのに気付く。

 筋骨隆々のギルの隣に居ると華奢なように見えるが、鎧の隙間から覗く腕には筋肉が見えていた。


「ようやく来てくれたか、座ってくれ。こちらはレオさん、新人だが、腕は確かなエルフだ」


「よろしく」


 握手しようと手を出すと、その手を全力で握られる。

 レオが何とかそれを押さえると、彼女は上機嫌に自己紹介を始めた。


「おっホントだ、なかなか根性あるね。アタシはゲオルグ、自由奔放が心情の冒険者さ。男の名前だけど、厄介事を避ける為の偽名だからまぁ気にしないで」


 この人がゲオルグかと何処か納得したようにしみじみ思っていると、ゲオルグが眉を顰めた。

 それを見てやれやれと首を振りつつ、ギルが口を挟んだ。


「どっかでお前の噂を聞いて、自由奔放って所に疑問を持ったんだろ。ウルフ討伐の強制召集蹴ってAランクからBに特例で落とされた冒険者なんて、お前くらいのもんだ」


 呆れたようなギルの口調と、納得したようなレオの仕草が気に食わなかったのか、ゲオルグはそっぽを向いて酒を煽った。

 その姿に苦笑しつつレオが席に着くと、横においてあった予備の酒を薦めつつギルが聞いてきた。


「それで、例の嬢ちゃんはどうなった、目処はついたか」


「やっぱそう簡単には行かないわ、この街では駄目だろうってさ」


 渋い顔をして酒を飲むレオに、ギルも難しい顔をして「そうか……」と呟いた。


「なになに、何の話?」


 いじけても誰も反応しないので諦めたのか、ゲオルグが話しに加わってきた。


「奴隷の女の子を助けようって話なんだけど、上手く行かなくてね……」


「あー、なるほどねぇ。ホンットここの貴族って頭固いしケチだし最低だよね、あいつらがもうちょい聞き分けがあったらアタシのランクだって──」


「もうお前だまってろや」


 ギルの鋭い突っ込みにゲオルグは再び機嫌を悪くし、舌打ちしながら目を逸らした。

 彼はそんな相方の仕草を無視し、レオに向き直る。


「まぁ、街を移動するのが決まったら声を掛けてくれ。古参の俺達の方が他国への護衛の依頼やら、配送の依頼やらは耳に入ってくる」


「その時は頼むよ」


 そんな男2人の気の合う会話が気に食わなかったのか、ハブられたゲオルグが嫌味を言ってきた。


「しかしまぁ、女の子1人の為に逃避行とは、どこぞの騎士様じゃあるまいし」


「お前そういう言い方はねぇだろ……」


 流石に不味いと思ったのかギルが止めに入ったが、レオは苦笑して手を振った。


「別に愛の為にとかそんなんじゃないよ。俺は俺の理由で彼女を助けるし、彼女は単純に生きようとしてるだけだ」


 この返事にはさすがのゲオルグも目を見張った。ギルは面白そうに笑っている。

 だが、暫くしてゲオルグはその顔を獰猛な笑みに変え、レオを見定めた。


「なかなか面白そうじゃん、そん時はアタシも連れてってよ。これでもアタシは実力はAランク、足手まといにはならない筈さ」


 その提案には正直面食らったが、「まぁ予定が合えば」と曖昧な返事を返した。

 だがそれがいけなかったのか、ゲオルグは勢い良く立ち上がり、握り拳を掲げた。


「よしっ、途中の依頼を蹴ってでも絶対付いてくからね。黙って行ったら承知しないよ!」


 その様子を呆気に取られて見ているレオに、ギルが溜息混じりに補足した。


「残念だったなレオ、こりゃもう決まりだ。こうなったコイツは振り払うより放置した方が楽だ。俺も着いてってやるから、まぁ何とかなるだろ」


 なにおーと喧嘩する2人を眺めながら、こいつらと旅したら楽しそうだとレオは思った。


 それから空が暗くなるまで仲良く飲んで、宿に戻る事にした。




 <透身>と<無心>を使って安全に女将の居るロビーを抜けて、部屋の前まで行くと、入り口でリサに出会った。


「リサ、さっき買い物してたみたいだけど……」


 途中まで言った所で、鼻を押さえて顔を顰めるリサの真意を察し、


「お、おやすみなさい……」


 とだけ言って部屋へ入った。


 昨日の夜との状況の差に、毛布を被って「どうしてこうなった……」と、反省したのは言うまでも無い。





 こ、こんなにアクセスが増えたからって、(リサがレオを)好きになったりしないんだからねっ、カン違いしないでよねっ!





 作中にラヴが足りないので後書きでツンデレしてみました。


 どうも、作者です。


 急増したアクセスのお陰で昨日は1日パニクってました。

 修正もちょろちょろ行ったのですが、まだ色々と不備があると思うので、気になるところがあったら感想等お願いしたいです。


 っていうか、こんなに期待してもらったのに説明+登場人物紹介パートですみません……何分始めたばかりで、色々と不足しているので……



 PS前話のイージスの性能変更しました。

 ※パニクってた名残のせいか読み返してみると誤字ばかり……修正しましたorz

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