ダール興商自治区
レオ達の担当だった門番10代前半のような、少年と言っていい男だったのだが、事情を話すと慌てて引っ込み、その後額に深い皺を刻んだ歴戦の勇士然とした老騎士が現れた。
部屋の真ん中に奴隷の少女、レオ、アルザド、奴隷商人の小男の順で並び、対面に老騎士が立っている。傭兵のギルが居ないのは、彼は冒険者ギルドに報告に行ったからだ。
「それで、レッドワイバーンに追われた馬車がが逃げて来たのを見て、目くらましを行って森に招き入れた。と言う訳か……」
マーウィルと名乗った老騎士は、そう言って年季の入った鋭い眼光を向けてきた。
悪い事をした訳ではないのだが、嘘をついている為かその眼光がやたらと痛く感じられ、唾を飲み込みそうになるのを必死に堪える。
忍び装束には口元を隠す伸縮性に富んだ布が付属されているのだが、流石に口元を黒い布で覆った状態で聴取には出れないため、今は鉄板入りの頭巾と共に収納袋に入れている。その為表情を誤魔化す事ができない。
「えぇ、森に入って暫くしてから戻ってみましたが他の馬車は焼かれ、あるいは壊されていたので、仕方なく無事な荷馬車に乗って来た次第で」
答えに窮していたレオに助け舟を出すように、アルザダが口を挟む。
マーウィルも、レオの緊張でガチガチになった態度に矛を収め、アルザダと話すように向き合った。
「しかし、嗅覚の鋭いレッドワイバーンがそう簡単に諦めるとは思えんが……」
「我々も数時間隠れましたから。それに卵を持ち帰った番いが心配になったのではないでしょうか。ともかくレッドワイバーンの再来に備えて、あの街道は暫く閉鎖すべきかと」
いまだ納得しきれていないマーウィルだったが、問題を一つずつ片付けようと思い直して奴隷商人を見下ろした。
「まぁ、状況は解った。それで、そこの丸太になっている小男が今回の元凶か」
簀巻きもとい丸太の小男がビクンと跳ねるように震える。
アルザダも見抜けなかった負い目からか、肩を落として頷く。
「はい。卵は間違いなく、奴の荷馬車に積んでありました。今思えばこれ程強欲そうな男が、例え奴隷商人だったと言えど初めから金貨7枚の参加費負担を言い出すなんておかしかった。自分の迂闊さが嫌になります」
項垂れるアルザダの肩を軽く叩くと、マーウィルは小男を抱え上げて部下の衛兵二人に投げつけた。
衛兵は二人で何とかそれを受け止めると、「痛い、痛いぃ」と泣き喚く小男を抱えて部屋を後にした。
「さて……そちらのお嬢さんは、奴の商品かな?」
レオはグッと歯噛みした。ここから先はさすがにアルザドに任せっぱなしとは行かない。
気負いして口を開きかけたレオを制すように、アルザドが一歩前に出て話し始めた。
「実は、彼女はレオ様が報酬代わりに差し押さえたのです。さすがにそれだけでは不釣合いなので、金貨を払って。その金貨は私が潰れた馬車代として預かっていますが、必要とあらば国に返還いたします」
ですからどうかここは見逃してください。と、暗に訴えかけるアルザド。
それを見て何やら少し悩むような、値踏みするような視線をレオに向けるマーウィル。
「俺としては、折角助けたのに無報酬ではと思って差し押さえただけです。他意はありません」
何とかそれだけ目を見て言うと、マーウィルはレオの顔を見て何か感じ取ったのか、「ふむ……」と言って微かに頷いた。
それから振り返って机に向かい、何やら書くと、羊皮紙を3枚差し出す。
「奴隷一名、冒険者一名、商人一名、通行許可を出す。この紙を持って詰め所へ行け、身分証が貰える」
「有難うございます」
そう言って書類を受け取ると、彼らは安堵の溜息をついて部屋を出て行った。
マーウィルがそのまま門の脇の詰め所へ向かう彼らを眺めていると、ずっと黙っていた少年衛兵が後ろから声を掛けた。
「叔父上、宜しいのですか、あんなに簡単に奴隷の所有許可を与えて」
奴隷制度は、貴族の地位を守る重要な柱の一つだ。そう簡単に特例を出していいものではない。
だが、マーウィルは彼らを見たまま軽く微笑むと、何でもない事のように言った。
「一昨日、ウチの息子の嫁が、孫娘を産んだのは知っておるじゃろう?何やら運命のようなものを感じてな」
好々爺のような口調になった叔父に溜息をつきつつ、一応の反論を試みる。
「しかし、彼があの娘に酷い扱いをする可能性が無い訳じゃないでしょう」
「なぁに、あの男は腕は立つようじゃが、根っから気弱のようじゃ。押し倒す勇気なぞ無いわい」
「バレたら減俸では済まないかも知れませんよ」
中々に不味い問題なのだが、マーウィルはこれに対しても肩をすくめて答えた。
「だからこそ、報告書には可能な限り余計な事を書いて、その事を小さく書くのじゃよ。ワシの報告書偽装技術にかかれば、誰かが漏らさん限り許可判を押されるまで誰も気付かんじゃろうて」
悪戯をした子供のような老騎士の微笑み(ウィンクつき)に、若い衛兵は一際大きな溜息をついた。
街に入ったレオ達は一旦別れ、それぞれの目的地へ向かった。
ギルはまだ冒険者ギルドから帰ってきていない。アルザダは亡くなった商人仲間の家と、金塊や鉱石を売るための鍛冶ギルドへ向かった。
頭巾を被り布を口元に掛け直したレオは、アルザダに譲ってもらった簡素なマントを少女に着せ、自己紹介を始めた。
「俺の名前はレオ。まぁその……冒険者を始めようと思ってる、暫くの間よろしくな」
と言って右手を差し出したが、少女に変化は見られない。
そのまま10秒程待ってみたが、光の無い碧眼を向けてくるだけで何も言わないので、泣く泣く握手は諦めることにした。
「え、えぇと……それじゃ、取り合えず服を買いに行こうか、君ちょっとその……寒そうだし!」
酷い格好だし。とは口が裂けても言えない。
その後見切り発車で歩き出したが、不安になって後ろを確認するとどうやら付いてきているようでホッとした。
多少強引にでも移動を始めたのは、彼女の格好が余りに酷かったからだ。なるべく早く服を用意するか、人目のつかない所へ行かせたい。
とは言え、女性経験が豊富とはいえないレオは、こんな状態の女性相手にどう接すればいいのかさっぱり解らないので、自然と会話は無くなってしまう。
20分程歩き回った頃だろうか、多少往復して時間が掛かったが、アルザドに教えてもらったの洋服の専門店に着いた。
重苦しい沈黙に耐え切れなくなっていたレオは、店を見つけた瞬間「あったっ、いやぁやっと見つかったね」と言ったのだが、少女の方は空ろな目で虚空を見つめるだけで何の変化もみえない。
それを見たレオは少女に背を向けて、遣る瀬無さに震えたのだが……周りから変な目で見られたのでやめた。
その洋服店は出来合いの服は無く、寸法を測って注文した後ある程度決まった布を繋ぎ合わせて作るタイプだったので、自分と少女の分を頼んで置いた。少女の寸法を図る際、店員が少女の格好に顔をしかめたが、勤めて気付かない振りをする。
丁度職人が数人空いていて、急げば数時間で出来ると言われたので、通常の倍の大銀貨7枚を払って急ぐよう頼む。
ちなみにレオが自分の服を頼んだのは、着物風の忍び装束があまりに目立つ事を自覚したからだ。
他にも鎧やローブは収納袋に入っているが、基本的にアーティファクトや神話級の装備ばかりなので、何を着ても目立つ事請け合いだ。
服の予約が終ったので、宿を探す事にした。
大きくて、清潔そうで、割合安めの……と、条件をつけたので探すのに少し時間が掛かってしまう。
その間文句も言わず黙ってついて来る少女だったが、余りの気まずさに精神が削られる思いだった。
ようやく見つけた宿のカウンターで、女将と思われる女性に2部屋を2泊でと頼むと言うと、後ろに立つ少女を見た後ギロリと睨まれ。
「大銀貨1枚……いや、大銀貨1枚に小銀貨5枚だ。嫌なら出ていきな」
この女の敵め。と小声で言われ、泣きそうになりながら小巾着を見ると、洋服店で大銀貨を使って切らしていたので
「き、金貨で払ってもいいですか……」
と、とても弱々しい小さな声で返事をした。
自分の部屋に収納袋を投げ込んで鍵を掛けると、隣の部屋に少女を招きいれた。
部屋には、いずれも簡素ながらテーブルと椅子のセットとベットが置かれており、床もカーペット等は無いが綺麗な状態だった。
よろよろと頼りなく歩く彼女に座るように薦めると、ベッドから可能な限り離れた床にしゃがみ込んだ。
どうしたものかと頭を抱えるが、打開策は見つからないのでそのまま話す。
「えぇとそれじゃ改めて、俺はレオ。忍者をやってる……つもりだ。君の名前は何て言うんだ?」
少女は暫く膝を抱えたまま動かなかったが、20秒程して囁くように答えた。
「リサ」
ようやく名無しの少女を脱した事に安堵するが、これまで露骨に警戒され続けたダメージはかなり大きい。
(って言うか、今まで我慢してきたけど普通ワイバーンの襲撃から身を守ってやったんだから、もうちょっと心を開いてくれてもも良くね?)
別に其れだけで惚れられたり等と過剰な反応は求めていないが、もう少し友好的な態度でも罰は当たらないのではないか。
しかし心を開いてくれるまで待っていては埒が明かないので、取り合えず今後の方針を語って聞かせる。
「これからの事なんだけど、当面は俺は冒険者になって彼方此方に顔を売る。その過程で貴族に知り合いができたら、お金を払ってアンロックスタンプを貸してもらうなり代わりに買ってもらうなりするから、それまでの間は一緒に居よう」
相手にとっては良い事尽くめの条件の筈だが、此方の話を聞いていないのか信じていないのか全く返答は無く、小刻みに震えるばかりだった。
その後レオは出身やこの街についての知識があるか等の話題を振ってみたのだが、どんどんリザの震えが増して行ったので、会話を切り上げて食事を取りに行く事にした。
ロビーの横の酒場件食堂で軽食を2皿頼むと、ドワーフのコックが無表情で皿を突き出す。
何で男にまで……。と思っていると、チェックインの時から食堂に居た全員がレオを白い目で見ていた。
ここに至ってようやく、自分が平民全員に白い目で見られている事に気がついた。街中では貴族も居る手前スルーされていたのだろうが、宿の中ではそうは行かないのだ。良く考えれば、貴族は罪人や平民の奴隷を娼婦や耕作道具の様に使っているらしいのだから、同じような事をしているようにしか見えないレオに反感を抱くのは当然だろう。
しかし、だからと言ってリザに怯え切られている今、助けるために買ったと言っても誰も信じまい。
これからの態度で改善するしかないと考え、皿を持って黙って部屋に戻る。
部屋の隅に蹲っているリサに椅子に座るようを薦めると、多少訝しげにしながらも席についた。
料理をテーブルに置いて対面に座り、食べるように促す。
「どうぞ、何だかんだで暇が無かったし、お腹も空いたでしょ」
そう言って先に自分の分を食べて見せ、警戒心を解く。
街についてから歩き詰めだったので、リザもお腹が減って居たのだろう、黙って食べ始めた。
それを見て満足した様に頷くと、レオも自分の分を掻き込んだ。
食後、そろそろ服の出来を見に行こうかと思った所で、はたと気がついた。
リサの体はかなり汚れているのだ。臭いもレオは慣れ始めて気にならなかったが、このまま新しい服を着せたら汚れが移ってしまうだろう。
「あー、ちょっと待ってて」
そう言ってロビーに行くと、女将に風呂が無いか聞いてみた。
「風呂なんてある訳ないだろ。そんなモンが御所望なら貴族向けの宿に移りな」
話に拠ると、魔法で温水を作る事は容易だが、下水処理が大変になるのと維持に手間や経費が嵩む為一般の宿は風呂が無いのが普通だそうだ。
公衆用の風呂もあるにはあるが、下水処理施設の近い町の反対側にしかない上に、その辺りは貴族の溜まり場なので平民は近づけないとの事。
仕方が無いので水桶と布を借り、それで拭かせる事にした。
水桶と布を持って部屋に入ると、それを見たリサが転がるように椅子から下りて床を後ずさる。
口を真一文字にきつく結んで睨みつける様子に、レオは今日何度目か解らない溜息をついた。
恐らく綺麗にして襲うと思われているのだろう。
「あの、これから服を取ってくるから、体を拭いて……」
言い終わる前に首を横に振られた。
どうした物かと思ったが、こうなってしまってはどうしようも無い。仕方なく水桶を持ってロビーに戻る事にした。
これ以上ないほど肩を落として猫背になった状態で、呆れ顔の女将に頼み込む。
「えぇと、これから頼んで置いたリサの服を取ってくるので、彼女の体を拭くのを手伝ってあげてくれませんか」
「ったく……何でアタシがそんな事しなきゃならないんだい」
「ほら、あのままで寝たらベットも汚れますし……いえ、服を汚したくないだけです。神に誓って本当に他意はありません」
ベットという単語が出た所で女将の雰囲気が悪くなったので、慌てて言葉を変えた。
「その、お金が必要と言うなら払いますので、何とかお願いします……」
「別に金なんか要らないよ。あのままじゃ困るのは確かだし、ただ一つ条件がある」
睨みながら言う女将に、「な、何でしょう……」と若干ビビリながら聞くと、女将は低い声で続ける。
「アタシの宿であの子を襲わないと約束する事。それが嫌なら今すぐここから出て行きな、勿論あの娘は置いてね」
「そんな事当たり前じゃないですか…………というか、本当にそんなつもりは全く有りませんよ」
脱力しながら言うと、女将はまだ信用はして居なそうだが一応の納得はした様子で頷いた。
水桶と布を渡して自室に戻る。収納袋はベッドの下の金庫に隠し、サイフ代わりの子巾着を持って街に出た。
洋服店に行ってみたが、完成までは後少し掛かると言われて街を散策する事にする。
宿に戻らないのは勿論、手ぶらで部屋へ戻ったら女将に出入り禁止にされそうだと思ったからだ。
っていうか、命がけでレッドワイバーンを倒して人助けしたのに、こんな仕打ちはあんまりだ……。
現状を省みると目頭が熱くなってくる。
瞳に貯まるのはただの汗だと言い聞かせ周りを見ていると、鎧を来た男達が多く出入りする建物を見つけた。
奥にはカウンターがあり、その横の掲示板に張られた紙を男達が熱心に見ているのを見て、ここが冒険者ギルドではないかとあたりをつける。
周りを見回しながら中に入ると、受付の女性が声を掛けてきた。
「貴方、初心者ですよね?登録ならこちらで受け付けてますよ」
「あ、はい、そうです。いやーよく解りましたね」
レオが感心したように呟くと、受付の女性は微笑む。
「初心者に声を掛けるのも受付の仕事ですから。それに、貴方はとても興味深そうにキョロキョロしていたので誰でも気付くと思いますよ」
そう言って微笑まれたが、言われた通りなのでレオも苦笑してしまう。
彼の好きなゲームのジャンルはファンタジーだ。冒険者ギルドなど、最も憧れる要素の一つである。
その冒険者ギルドの実物の中に今まさに入っているのだ、興奮するなと言う方が無理な話だ。
「取り合えず、名前と種族を聞かせて貰えますか」
「レオです。エルフで忍……アサシンのような軽装備での強襲が得意です」
こちらに来てから刀や和服を見たことはない。忍者と言うよりアサシンと言った方が解りやすいだろう。
受付嬢は、ふむふむと言いながら羊皮紙に何やらメモを取っていた。
「取り合えず自己紹介から、私はフィルと言います。説明を始めるので、良く聞いてくださいね」
レオが頷くとでは、と姿勢を正したフィルが、ギルドに関する説明を始める。
「まず、ギルドにはS・A・B・C・D・E・F・G・Hというランクが有ります。これはパーティを組んだ時の上下関係を決める意味と、困難な依頼を受けようとする無謀な方を止める意味があります」
ここまでは良いですか。と確認されたレオは軽く頷く。
「Sが一番上で、Hが一番下……なのですが、Hは基本的に孤児や依頼で体に欠損を負った元低ランク冒険者に、簡単な依頼を優先する為のランクなので貴方のように問題の無い方はGランクからになります。
ちなみにGランクとFランクはそれほど大変な依頼は無いので、貴方のように体つきの良い方ならすぐ越えられると思いますよ。一応試験とかありますが、E以下は戦闘訓練みたいなものですしね」
「なるほど、試験を受けてランクを上げて、最終的にはSを目指すって事ですね?」
ある程度理解したつもりになって返事をしたが、それを聞いたフィルは顔を顰めて否定した。
「あー、Sを目指すのは止めた方がいいです。よくSランクを目指すって言って無茶する方が居るんですが、大抵はCかB辺りで無理をして死んでしまいます。
Sランクなんて実際は5人しかいなくて、その5人も転移魔術の権威と言われるホワイトパール様や、剣聖と謳われるブルーローズ様、数種類の翼竜を騎乗用として保有する獣王様など、若くして偉才を放った方々が最後に到達する地点ですから」
「なるほど……」
納得したように頷くレオだったが、ワイバーンを何匹か持ってるだけでそんなに偉いのかなと不思議に思う。
脱線した話題を区切り、フィルは書類を見ながら説明を再開した。
「そうそう、それと受けた依頼をキャンセルする場合報酬の1割を違約金として払ってもらいます。違約金はそのまま報酬に追加されるので払い戻しはされませんのでご注意ください」
そこまで言うとふぅ、と呼吸を整えてレオを見つめた。
「まぁ、大体の説明はこれで終わりです。他に解らない事があったら、私か隣のアリサに聞いてください。問題が無ければこちらにサインを──」
「すいません。代筆頼めますか……」
この世界の文字は英語と殆ど同じようで、レオも一応ある程度なら何とか読めるのだが書くとなると教科書に乗っているような文字しか書けないので、サインとは言え本場の達筆な文字の中に書くのは恥ずかしかった。
「──でしょうね。基本的に森から出ないエルフの方は、魔術文字は書けても書類文字は書けないと良く効きますし……終りました。それと依頼ですけど、今の時期はウルフが繁殖期前なので報酬1割増しでオススメです。倒したら左耳を取ってきて下さいね」
「ありがとう。ところでウルフって、茶色い毛並みの犬より少し大きいやつだよね?」
「えぇ、それがウルフです。それが人と同じくらいの全長になるとワイルドウルフとなります」
ウルフ自体が解らなくてした質問だったが、ウルフとワイルドウルフの違いについて聞かれたと思ったようだ。
お礼をして早速掲示板を見に行こうとすると、フィルがちょっと待ってと肩を掴んだ。
「今認識証代わりのロケットを持ってくるので、それに着いた小さな魔石に貴方の魔力を認識させて終了です。ちなみに初回はタダですが、無くすと再発行に結構お金が掛かるので注意してください」
銅製のロケットを受け取り、握り締めると中心に着いた小さな石が淡く光った。付属品として簡易なネックレスやブレスレット等数種類あったが、ベルトに着ける金具を選んで固定した。
それを受け取って今度こそ掲示板を見に行く。
討伐依頼の枠を見ると、ウルフ3・ウルフ5・ウルフ10と書かれた紙が複数あった。10はランクFなので、ウルフ5と書かれた紙を引き千切って受付へ持っていく。
「はい、ウルフ5匹ですね。二週間後までに持ってきてください」
「これって今日中に終らせて、次を受けても良いんですか?」
「かまいません……というより、複数受けてもいいんですが、夜の森は危険なので止めた方がいいですよ」
「それもそうか、明日にします。有難うございます、フィルさん」
「いえいえ、命は一つですから、無理はしないで下さいね」
フィルに軽くお辞儀をしてギルドを出て、洋服店へ戻ると服はすでに仕上がっていた。
さすがは商人紹介の店と言うべきか、仕上がりは中々よかった。
旅人用の、と前置きを言っていたので、前と後ろに分厚い布をあて、脇はチェック柄である。尻の部分には馬車に乗った時の為に、厚い布が2重に掛かるようになっていた。
色はレオの分が黒と赤、リサの分が青と白を基調にしてある。デザインも悪くないものだった。
レオの服に関しては≪天羽々斬り≫の刀身が黒地に赤い血管のような線が3本入ったものなので、それを見せて合わせて貰ったのだが、リサの方は何故青と白なのか解らなかった。
他にも下着を数着買って、袋に入れてもらった。
それを持って店を出る頃には、辺りは暗くなり始めていた。
宿に入った所で女将にチェックするかのような視線を向けられる。
どれだけ信用無いんだろうとへこんでいると、女将に声を掛けられた。
「体は拭いてあげたよ。しかし、アンタも大概変ってるねぇ……魔法が使える奴隷を買うなんてさ」
「えっ、あの娘魔法が使えるんですか?」
レオが驚きの声を上げると、女将はしまった。という顔をした。
「あー、今の話は忘れな。もしくはあの娘が魔法を使って抵抗したら、逆らわずに死ね」
「いや、死ねってそんな……」
自分の失言にイラついたのか、女将はレオの反論を無視して帳簿に向き直った。
いい加減不遇に慣れ始めたレオは、頭を切り替えて部屋へ向かう事にする
自室に戻り、自分の分を置いてリサの部屋に向かう。
扉を開けたレオは一瞬固まって一度部屋の外へ出た。
(えーっと、リサの部屋は俺の部屋の向かいで、1回の突き当りから2番目……で、いいんだよな?)
うんうんと一人頷いてもう一度部屋に入る。
部屋の隅で不思議そうにレオを見ているリサは汚れていた時とは別人のように変っていた。
肌は驚くほど白く、アルビノを思わせ、透き通る青い目をレオに向けている。汚れていても解る程の整った顔立ちは、汚れを落とす事で更に際立っていた。
だがその美しい顔立ちすら霞む程の驚きが、彼女の髪だ。
銀色の美しい髪は、毛先が淡いスカイブルーに染まり、宝石のような輝きを放っていた。
しかし、リサが着ているボロは魔法で洗濯したようで多少綺麗になっていたが、ボロな事には変わりがない。
汚れを落としただけで別人のように変ってしまったリサに、若干緊張しつつ持ってきた衣類を渡す。
「これ、夕方に仕立てさせた服なんだけど……」
リサは無言でそれを受け取ると、警戒しながらもぎこちなく微かに頭を下げた。
その仕草に胸を貫かれた中身28歳独身男のエルフは、若干上ずった声で続ける。
「そ、それじゃぁ廊下で待ってるから着替えたら出てきてくれ。遅くなったが夕食にしよう」
そう言うと逃げるように部屋を出た。
おっさんと呼ばれ始めるような歳になって、10代中盤くらいの少女に見とれるなんて……。と、多少自分自身に呆れつつ部屋に戻って着替えをした。
因みに、忍び装束を脱ぐと下がふんどしだったのに愕然とし、急いで買ってきた下着に着替えたのはレオが墓まで持っていく秘密になった。
宵の始めの食堂兼酒場は、冒険から帰ってきた冒険者で溢れ返っていた。
カウンターに行ってオススメは有るかと配膳係に聞くと、メインが2種類から選べると言うので両方頼むと言って人気の無い食堂の隅へ座った。
特に話す事も無く──というか緊張で何も話せず──待っていると、15分程で料理が来た。
それを適当に受け取り、銀貨を払う。
一口食べてから、リサの何かを待っているような視線に気付いて食べるように促す。
「どうぞ、何でも食べていいよ」
そう言うとリサはこちらを気にしながら食べだした。その様子に安堵しながらも、改めて自分の前に置かれた料理を眺める。
夕方に軽食を食べたときは、リサの事で頭が一杯でろくに考えなかったが、湯気を上げる鶏肉の炒め物のようなものを見て急に不安にかられた。
今までの所、彼はこの世界が≪グラビティワールド≫でないことは解っている。ただ、もしかしたら他のゲームではないかという思いを捨て切れていないのだ。
VRシステムには多少の味覚を偽装する機能もついている。ただそれは、何となく甘いような気がするとか、何となく辛いような気がする。くらいのもので、先ほど一口食べたこの鶏肉の炒め物は、塩気が少々薄い以外はハーブの味などの繊細な味付けがしてあって美味しいし、何より肉としか思えない食感とハーブの強い香りがあった。
将来的に実現可能かどうかはともかく、『零夜』が持っていた一昔前の<スフィア>では再現不可能なのは確実だ。
現時点でレオは、もしこれが異世界でもゲームでもなるべく問題が起きないように行動している。しかし、どちらか選べるならば、出来ればゲームでしたというオチの方が好ましい。
自分は帰れるのだろうか。そんな言葉が、ふと頭を過ぎる。すると、今まで必死に目を背けてきた不安や絶望が、堰を切ったように溢れてくるのを感じた。
目の前が真っ暗になるような錯覚に囚われ、更にそれが引き金となり、門に入った後の薄暗い紫の泥の中に浸かった時の不快感が身体を襲い、背中に冷や汗が伝う。
カチャカチャと鳴る耳障りな音にハッと気付くと、自分の持っているフォークとナイフが皿に当たって音を立てていた。
リサに訝し気な目で見られているのに気がついて、慌てて体裁を整える。
「な、何でも無いんだ。今日は色々あったし、さっさと食べて眠ろう」
誤魔化すために勢い良く鶏肉を掻き込み、なるべく味を感じないようにして飲み込んだ。
現実の料理に比べれば薄い味付けの料理も、今のレオにはしつこい位に感じられた。
部屋の廊下でまた明日と言って別れようとした時、便利な物が有る事を思い出した。
リサを待たせて自室に入り、収納袋から指輪を1つ取り出す。
かつて≪グラビティワールド≫が人気だった頃、≪天羽々斬り≫の材料を2つも持っている事で様々なプレイヤーキラーに狙われた。
その時活躍したのがこの指輪で、近くに害意を持ったモンスターやプレイヤー(武器を抜いたり詠唱を始めたりする者)を感知すると、アラームが鳴る仕組みになっている。刀が完成してからは、意思を持つ武器として正式な所有者のレオにしか扱えなくなったので長らく使っていなかったが、リサの防衛には役立ってくれるだろう。
レオ自身は泥棒程度なら襲われても返り討ちに出来るだろうと言う自負もあるし、簡単に効果を説明して指輪をリサに渡した。
「かなり大きな音だから、何かあったら俺も起きる。だから安心して眠ってくれ」
リサは言われるがままと言った風体で指輪をはめ、そのまま頼りない足取りで自分の部屋に入っていった。
彼女を見送ったレオは、鍵をかけてベッドに横たわる。
緊張の糸が切れ、静かな部屋で一人ぼっちになると、どうしてもこの世界の事を考えてしまう。
不安。
この先どうなるのか、そもそもこの現象は一体何なのか。何時になったら戻れるのか、それとももう戻れないのか。
絶望。
現実での身体はどうなっているのか、ひょっとしてもう死んでいるのか。この世界で死んだらどうなるのか、怪我をしながら戦う事になったら、それは痛いのか。
怒り。
あの白いローブの男は俺に何かしたのだろうか、だとしたら何をしたのか。
レオの中で黒い靄のような感情が渦巻く。
それを必死で堪える為に、ベッドの中で肩を抱いて震えた。
そして自分に言い聞かせるように言う。
「大丈夫、ログインしたまま12時間経ったら、強制終了が掛かるはず……きっとこのまま眠れば、<スフィア>で目覚める事が出来る」
精神的な疲れの為睡魔が襲ってくる中、縋るように同じ言葉を繰り返す。
どんなに毛布を着込んでも身体を丸めても、一向に暖かくならない寝床の中で、レオはゆっくりと眠りに落ちていく。
言い訳ばかりの無様な自分を、どこか冷めたもう一人の自分が、「本当はとっくに解ってるくせに」とあざ笑うのを感じながら…………。
色々と頑張った結果、何とも微妙な雰囲気に……。
ちなみにレオがここまで露骨に怪しまれた理由は、純粋に格好が怪しいからです。門を抜けて街に入ってから口元を隠し直したレオは、装備重視のゲーマーとしては優秀ですが人としては残念な感じですね。
それはさておき、そろそろ感想……期待してます!
誤字脱字矛盾の指摘から、ウケ狙ってるんだろうケド、あれは無いわ~とか、戦闘の描写をもうちょい(細かくor大雑把に)してとか、要望みたいな物でもいいので是非欲しいです。
次は少々シリアス多め予定ですが、何とか読みやすくなるよう頑張ります!
────あれ、悪乗りだけで書くはずが………………