表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

一章 荷馬車と炎




 ◆◇◆◇◆


 草原を駆ける数台の荷馬車。

 その前から2台目に当たる、真新しい木製の荷馬車で馬を鞭打ち、苦々しげに叫んだ中年の男たいた。


「クソッたれ!」


 商人のアルザダは、自分の迂闊さを大いに悔やんでいた。




 事の発端は四日前、火山近くの村でつるはしや作業着を売り、手頃な鉱石を買い取って商人仲間3人と金を出し合い、護衛の延長と追加を済ませた時に起こった。

 見るからに金回りの良さそうな商人が一人、入れてもらえないかと言ってきたのだ。


「流石に一人では心細いと思っていたので、宜しければ一緒に行かせて頂けませんかね」


 小男が指した金額は金貨7枚、日本円で70万に相当する大金だ。こういった場合、隊列に加わるのには金貨2~3枚が妥当だ。

 護衛に使う傭兵への給与の半額近い額に眉を顰めたが、積荷を見て納得した。

 汚い格好の痩せ細った男女が十数人、押し込められているのが見えた。

 割合は圧倒的に女性が多い、所謂奴隷商である。

 アルザダは個人的にはあまり気乗りしなかったが、他の3人が乗り気だった。この所魔物が多く出現し、損害が出やすく、護衛代もかさんでいたのだ。


「変な物は積んでないでしょうな」


 奴隷商は裏社会と繋がりが深く、禁制品やら盗品やらを扱う事が多い。


「いやいや、さすがにこんな恐ろしい所で危ない橋は渡りませんよ」


 この火山の村ドリュークは、採れる鉱物や宝石以外にも、現れる魔物の危険さに定評があった。

 何時魔物が攻めてきてもいいように、町を囲む塀の他に、各家に必ず地下室がある程だ。

 衛兵も魔物と戦いなれている為、この町で犯罪を起こせば、とてもではないが抵抗できない。


「最後の馬車にはかなり大きな荷物が積んであるようですが……」


「あれは奴隷達の食料ですよ。さすがに飲まず食わずで運べば死んでしまいますから」


 そう言って笑った小男の顔は大いに気に食わなかったが、他の3人が合意しているので何とも言えない。自分が外されると困るからだ。


 結局一緒に行く事になったが、その後三日間は全体的に特に問題は無かった。

 アルザダ個人としては、小男が奴隷に食わせる腐りかけの食事が余りに不憫で、自分の商品をこっそり食わせていたので多少の損害は出ていたが、概ね予定通りの行程だった。




 問題が起きたのは四日目の昼過ぎだ。


 草原を走っている途中、空から恐ろしい泣き声が聞こえた。

 見上げてみると全長15メートルはあろうかと言う赤い翼竜が2頭、凄まじい速度で襲い掛かってきていた。


「レッドワイバーンだ……」


 誰かがそう呟いたのが聞こえ、その姿を見て凍りつく。

 呆然と見上げている内に、翼竜は先頭の馬車に火炎の塊を吐き付け、道ごと馬車を炎上させた。

 慌てて止めた馬車の列の周りを、数度旋回したレッドワイバーンは、奴隷商の連れていた3台の荷馬車の内最後の1台を襲うと、中から白い楕円形の物を取り出した。


 卵だ。


 竜種の卵などまごう事無き禁制品である。国家規模で討伐隊を組み、竜騎士用に取りに行く事はあると聞くが一般人がそれを行ったらどうなるかなど、目に見えている。

 小男の姿は見えない。恐らく人の多く乗った自分の馬車は危険と判断し、周りの商人が呆然としている間に何処かの馬車へ乗り移ったのだろう。

 片方のレッドワイバーンが卵を持って飛び立っていく。だが、1匹は残って此方を見つめると怒りに満ちた咆哮を上げた。


 ガアアアァァァァァァァ--。


 その声が合図となり、商人たちは決死の覚悟で鞭を振った。

 小男の馬車など放置し、護衛も馬車から出て戦うと言う選択肢を考えようともしない。

 レッドワイバーンはまず、小男の馬車の奴隷達を纏めて貪り食っていた。

 アルザダは彼らと多少話をしていたし、不憫に思ったが流石に戻って助けるわけにもいかない。行った所で纏めて喰われるだけである。

 次に、護衛の傭兵が乗った馬車が襲われた。人数が多かったのが災いしたのだろう。

 悲鳴を背に必死に鞭を振るい、馬が出せる全力を出し尽くさせて前へ進む。

 暫くすると向こう側に森が見えてきた。

 だが、馬もバテ初め背後の悲鳴はどんどん小さくなり、ついには聞こえなくなった。


「頼むから、森まで頑張ってくれっ。森に着いたら離してやるから!」


 一番後ろの馬車が、崩れる音が聞こえる。

 商人仲間のオッティの馬車だろう、彼は最近2台の馬車を駄目にし、ボロい中古の馬車を買っていた。

 悲鳴が上がり、すぐに聞こえなくなる。

 見てはいけないと思いつつ、どうしても気になって振り返った。

 視界の奥に崩れた馬車に襲い掛かるレッドワイバーンの姿が見えた。

 と、馬車の片隅に見覚えのある悪趣味な服を着た小男の姿が────


「てめぇ!よくも俺の馬車に乗れたもんだなぁ、絶対に殺してやるぞ!」


「ひぃっ」


 小男は怯えたようにビクンと跳ねた。

 よく見ると小男の他にも、3人の奴隷が乗り込んでいる。女性が2人に男性が1人だ、彼女達は唇を真っ青にして震えている。

 荷物を全力で蹴れば、小男を馬車の外に落とせるかもしれないが、それをすると彼女達も一緒に落ちてしまうので何とか自重する。

 こうして物語は冒頭へ戻る。


「クソッたれ!」


 そう呟いた瞬間荷馬車の幌の端を炎弾が掠め、前を走っていた馬車が炎に包まれた。


「うおおおおおおお」


 大量の冷や汗をかきながら手綱を引っ張り、ギリギリで炎上する荷馬車を避けて森へと直進する。

 馬車はもう、アルザダの所有する2台しか残っていない。

 その時、奴隷商が信じられない事をした。

 奴隷の首輪に付与された呪いを発動させ、苦しんでいる彼らを撒餌さにするかのように突き落としたのだ。


「このクソ野郎!てめぇも落してやろうか!?」


 アルザダが荷物に足をかけたのを見て、小男は小さく悲鳴を上げてそれを中断したが、残っている奴隷は一人だけだった。

 だが、このままではどうあっても森へはつけない、最早ここまでかと思い始めたその時──


 ◆◇◆◇◆


 道なりに進むと、森を抜けて草原へ出た。

 どうやら、森の外側をつたって歩いていたようだ。

 目の前は何処までも続く平原……なのだが、遠くから荷馬車が土煙を上げて走ってくるのが見えた。

 それに沿う様に、見たことの無い赤いワイバーンの様なモンスターが、空を飛んでいた。

 どう見ても彼らにワイバーンをどうにか出来る力があるようには見えない。

 今助ければ情報源として力になってくれるだろうか。等と考えていると、荷馬車はあっという間に追いつかれてしまった。

 慌てて防御魔法を使う。物理障壁プロテクトアーマーLv7、魔法結界レジストシェルLv7、体感時間を早めるクィック、そして瀕死からの気付け効果のあるオートリザレクトやある程度のダメージを肩代わりしてくれるエアースキン。

 ≪グラビティワールド≫でワイバーンと戦った経験から、レビテイトも使う。これは空中に足場を作る魔法で、思い浮かべると地面に見覚えのある模様が浮かんだ。

 これでワイバーン程度なら一瞬で撃破できる……ハズだ。だが、ワイバーンの口についた赤黒い血を見て、どうしても体が竦んでしまう。


 あの口に噛まれたら……と思うと、膝も手も感覚が無くなる程に冷え切り、震えが走る。


 やっぱり、森に隠れよう。と思い、数歩後退したとき、先頭の荷馬車が炎に包まれた。


「うっお……」


 馬車の先頭に座っていた男が、悲鳴をあげながら燃えるのが見えた。

 このままではあの商団は全滅してしまうだろう。




 俺なら、倒せるかもしれない。


 痛い思いは嫌だ。


 今助ければ命の恩人だ、大抵の頼みを聞いてもらえるだろう。


 死ぬかもしれない。


 この刀があるんだ、ワイバーン如きに負けるはずが無い。


 でももし負けたら……。




 燃え上がる荷馬車の脇から、2台の荷馬車が現れた。残っているのはあの2台だけのようだ。

 それを見てもまだレオが迷っていると、先頭の荷馬車から人が落ちるのが見えた。

 落ちた男性は地面を転がり、ワイバーンに食われてしまう。

 レオこと近藤零夜は、平和な時代の現代人だ。そんな光景を見て黙っていられる筈が無い。

 だが、それでも死への恐怖で逡巡していると、今度は馬車から女性が落された。

 サーッと血の気が引くのを感じる。まさか先頭の馬車は、乗っている者を一人ずつ突き落としているのだろうか。


「やめろおおおおおぉぉぉぉっ」


 ワイバーンが女性の前に立つ。焦りによって走り出したレオだったが、最早全てが遅い。

 視界内転移魔法のビューテレポートを使い、数秒でワイバーンの前まで駆け寄ったが女性は喰われた後だった。


「ハッアアァァァァァ」


 全身を駆ける焦りが怒りに換わり、全力で≪天羽々斬り≫を振るう。

 ヤケクソ気味にすれ違い様に振るった刀によって、ワイバーンの右翼の端が切れた。

 舌打ちしつつ後ろを見ると、ワイバーンが飛び上がりながら炎弾を吐いてきた。


 宙返りでそれを避けつつ、空中で姿勢を整える。

 爆音が轟き、それをかわしたレオをワイバーンが驚愕の表情で見るが、その顔を見ても怒りしか感じない。


 ジグザグに空を蹴り、ワイバーンの上空に躍り出た。

 クィックのお陰で周囲の時間が遅く感じる。ワイバーンが此方を見てから炎弾を吐くのが、スローモーションのようだ。

 こうして見ると、敵はそれほどの脅威でもなかった。むしろ炎弾が誘導してくるゲームの竜の方が、戦いにくいくらいだ。

 刀の扱いもどういう原理か自在に扱えるし、敵の行動の予測までできる。


 布で口元を覆われた忍び装束の中で小さく哂い、上空から螺旋状に空を蹴って距離を詰める。

 炎弾が上空に向けて乱れ撃ちされるが、凄まじい速度で空を駆けるレオにはかすりもしない。


 ゴエェッ


 ヤケクソのように炎弾を吐きまくっていたワイバーンが、苦しげに呻く。

 どうやら連打のし過ぎで喉が枯れたようだ。


「ハァッ!」


 敵の顔の横を抜け、背後に回り体を回転させながら背中を滅茶苦茶に斬る。

 浅いと感じたので、即座に反転して頭部に狙いを定める。


 ギィイィィィ───ッ


 悲鳴のような叫びをあげて背を反らせるワイバーンの首に、上昇の勢いを乗せて左の刀を刺す。


「これで──」


 そのまま刀を取っ手に、ワイバーンに張り付き、≪天羽々斬り≫を頭部に突き刺す。


「──終わりだぁっ」


 突き刺さった≪天羽々斬り≫は刀身を伸ばして頭部を串刺しにし、そのまま振りぬかれた刃はワイバーンの硬い鱗と頭骨を紙を斬るように負荷無く切り裂いて真っ二つにした。

 浮力を失ったワイバーンは崩れ落ちるように地面に落下し、数秒遅れてレオもその隣に降り立つ。




 地に下りたレオは、その姿勢のまま固まっていた。

 恐怖、焦燥、怒り、高揚、それら戦闘の余韻による震えで、動くことが出来なかったのだ。


 一度地面に尻をつき、何度目かの深呼吸を終えた後、左手用の刀を刺したまま放置していることに気付いた。

 左手用の刀は、攻撃力や機動力強化用など用途別に数本持っているが、首に刺さっているのは攻撃力強化能力のある來国俊という名刀だ。ワイバーンの死体と眠らせるのは惜しい。

 ワイバーンの首に足をかけ、刀を引き抜いていると後ろから声をかけられた。


「あ、あの……助けていただいて有難うございます」


 振り向くとガタイの良い中年男が、体を強張らせて立っていた。

 こいつがさっき2人の人間をワイバーンの餌にしたのかと思うと、怒りが込み上げてきた。

 自分がもっと早く助けに行っていれば、とは思うが、八つ当たりでも非難の声を上げずには居られなかった。


「何で人を突き落としたりしたんだ。もう少しで助けられたのに」


 嘘だ。自分でそのことが解るだけに、自己嫌悪で胸が苦しくなった。

 彼らとて自分の身が可愛いのだ。それ以前に、一度は全員を見捨てようとした事は他ならぬ彼自身が一番よく解っている。


「い、いえ。彼らを落したのは、勝手に私の荷馬車に乗り移っていた奴隷商人でして……」


 奴隷商人という言葉に、再度レオは体がざわつくのを感じた。

 そして商人が振り返った先--荷馬車が、1台だけ動いていた。


「あの野郎、俺の荷馬車を……っ」


 その声が聞けるや否や、レオは視界内転移魔法ビューテレポートを使い、荷馬車の前へ移動する。


 突然目の前に現れたレオに、奴隷商人の小男は小さな悲鳴を上げ手綱を引いて馬車を止めた。

 レオはもう一度テレポートし男の背後にまわると、彼の首に刀を這わせて見下ろす。


「下りろ。話はそれからだ」


 両手を挙げて何度も首を縦に振る小男に、レオはうんざりしたように舌打ちをして刀を収めた。



 2台目の馬車の手綱を握っていた傭兵に、ワイバーンの鱗や牙、翼膜等の素材を集めさせ、二人の商人に話を聞く。

 奴隷商人は、あぁしなければ自分が喰われると思い、必死だったと訴え、もう一人のアルザダと言う商人も、翼竜の卵を持ち込んだ犯人である小男を次の街の衛兵に突き出さなければならないからと説得され、奴に関しては簀巻きにするだけにして置く。

 問題はその後で、この後向かうという街の名前を聞いて頭を抱えたくなった。


 ダール興商自治区。


 はっきり言って聞いたこともない。

 どうやら多少大きい街のようで、知らないと言ったら大いに驚かれた。


「しかし、この道を通るとダール興商自治区には必ず行き着きますが……」


「実は、平原を抜けてきたんです。出身はかなり遠い東方の地で、日本……もしくはジャパンと言うんだけど、聞いたことはないですか」


「いえ、残念ながら……」


 日本を知らないのに、日本語で話しているのはどういう訳だろうと思ったが、元々この言葉ですが。と返された。


「ところで、最初も聞いたけどアルザダさんはプレイヤーでもNPCでもなく、ここはグラヴィティでもVRMMORPGでもない。そうですね?」


「えぇと、私としてはその言葉の意味が一つも理解できないので……恐らく違うかと思いますが」


 少々睨みを聞かせて聞いたが、当然返答が変わる事は無い。

 最初はメニュー画面が壊れているんだが、代わりにGMコールをしてくれないか。と、聞いてみたのだが、首を捻られるだけで何の返答も得られなかった。

 仕方がないので、ゲームに関する情報を彼らから集めるのを諦め、森の前まで行って収納袋を持ち寄り、このような袋を見たことがあるか、とだけ聞いてみた。


「えぇ、収納袋ですね。黒いものは初めて見ましたが、皮袋等に魔術師が魔力を込めて作ったものを何度か見たことがあります」


 ちなみに黒いのはケルベロスの革を使ったからなのだが、これでこの4次元ポケットもどきを街中で使っても怪しまれない事が解ってホッとする。これで収納袋については、街中でも堂々と持って歩けるだろう。

 次の問題として、お金が全く無いと言うのがあった。幸い収納袋に彫金の作成スキルを上げる為の貴金属や賢者の石、スタールビー等の宝石類が入っていたので、その中から金塊を一つ取り出し、商人に聞いてみた。


「手持ちの金が無くて困ってるんだけど、これを買い取ってもらえないでしょうか」


 商人は少し驚きながらも金塊を手に取ると、大きく目を剥いた。


「これは純金ですか?」


「そのはず……そんなに珍しいですか?」


「いえ、金自体は金貨にも使われて居て珍しいと言うことは無いですが……まぁ、これほど純度の高い物は珍しいですね」


 どうも精製技術がイマイチなようだ。

 後々の事を考えると面倒になるかも知れないが、現状それ以上簡単に当面の生活資金を得る方法が思いつかなかったので、売ることにした。

 アルザダは金が本物かどうか疑っているのか、少し削って確認してから金貨20枚程を手渡してきた。

 それを懐に仕舞って素材についての確認をする。


「ワイバーンの素材はアルザダさんにお任せしますね」


「えぇ、色々と懇意にしている所があるので、そちらに卸そうと思っています」


「それじゃ、そろそろ発ちましょうか。ここも安全ではないですし」


 せっせと荷台に素材を積み込む傭兵を見て、レオは腰を上げた。

 彼らの話では、翼竜はもう1匹居たそうだ。あまりここに長居するべきではないと考え、移動する事にした。




 傭兵に声を掛けて切り上げさせ、後方の荷馬車に乗り込む。

 アルザダの荷馬車に乗らなかったのは、奴隷商人と同じ馬車に乗るのは嫌だったからだ。

 荷台に入ると傭兵が身を乗り出して握手を求めてきた。彼は30手前、現実での零夜に近い年齢のようだ。


「さっきは有難うよ。ギルってんだ、よろしくなエルフのあんちゃん」


「こちらこそ、ずっと歩きだったので助かります。名前はレオです」


「しっかしアンタつえぇなあ。レッドワイバーンを瞬殺する奴なんて聞いたことねぇぞ」


「そうなんですか、まぁ俺としても空中戦はそれほど経験が無いので、上手く行ってホッとしている所ですが」


 実際あれほどアグレッシブな空中戦は初めてだった。ゲームならば炎弾は魔法判定で避けることが出来なかったし、移動速度に上限があったので、そもそもあんなに早く動けなかったのだ。


「ホントかよ……っていうか、アンタも冒険者だろ?その変な口調やめろよ。折角強いのになめられるぞ」


 言われてみればそうだと思った。

 ここが現実かどうかと言う考えは後回しにするにしても、普通の口調にしてもそれほど悪印象は受けないはずだし、舐められて厄介ごとになるよりはマシだろう。


「そうだなぁ……その方がよさそうだ」


「変な奴だなぁ、ま、エルフは大概変わってるって聞くけどさ。ところで、魔法使いは前の荷馬車に乗ったのか?」


「いや、魔法使いなんて居ないぞ。向こうに乗ってるのは奴隷商人だけだ」


「マジかよ……って事はさっきの空を飛ぶ魔法もアンタが?」


 この質問には困った。さっきのレビテイトは大型の鳥や翼竜等が現れる少し前の、レベル20後半に覚える魔法なので、てっきり此方でも一般的だと思ったのだ。

 戦闘に関しては素人の商人からすれば、「すごい」の一言で終わりだったのだろうが、プロの傭兵から見ると別なのかもしれない。


「そうだけど、そんなに珍しいかね。結構一般的な魔法じゃないか?」


「いやいやいや、確かに北の魔術帝国の魔術師団には数人使える奴が居るって聞いてるが、他だと宮廷魔術師くらいしか使える奴いないんじゃないかね」


「そうだったのか……」


 これには参った。巨鳥や竜種と戦うには必須な魔法だけに、これを使うと目立つと言われても場合によっては使わざるを得ないからだ。

 常識的なことがあまり解らない以上、暫くの間は目立つ行動は避けたかったのに、これでは話題に上るのは避けられない。


「ちょっと頼みたいんだが、俺がさっきのレッドワイバーンだっけ、あれを倒した事を秘密にして欲しいんだ」


「はぁ?何でだよ、レッドワイバーンを一人で倒したって知れたら、確実に有名になれるぞ。冒険者なんて名が知れてなんぼなんだから、秘密にしたって損するだけだぞ」


「いやぁ、俺は細々と旅をするのが性に合ってるからさ、有名になり過ぎて軍隊とかに目をつけられるのは嫌なんだよ」


 ホント変ってるなアンタ……。等と言いつつ、不思議そうにしているギルだが、恩もあるし黙っといてやると言ってくれた。

 恐らく、アルザダも頼めば口をつぐんでくれるだろう。奴隷商については脅せばいいだけだ。


 その後魔法の話を中心に聞いてみたのだが、どうもレオの知っている魔法によく似た魔法もあるものの全く知らないものが大半なようだ。

 特に水を温めたり、水を回して洗濯する魔法等はゲームにはそもそも必要なかったので存在しなかった。

 冒険者ギルドという所に行けば、初級の魔法なら教えてもらえると言う事で、町に着いたら行ってみる事にした。


「しっかし、空を飛ぶ魔法は覚えてるのに、生活に使う魔法は覚えてないなんてどんな魔術師だよ……東の国ってのは常識ねぇな」


 どちらかと言うと、温水や衣服を洗濯する魔法は失敗してもリスクが少ない為、見習いの頃に最初に覚える魔法なのだそうだ。


「ま、主に戦ってばかりだったからな。その他の事は宿に任せていた」


「おいおい、貴族じゃないだし、こっちじゃ宿屋は洗濯なんてしねぇぞ……」


「1人で旅して来たから、その辺は無ければ無いで大丈夫だよ」


 旅をしていたと言うのは嘘だが、一人暮らしの経歴は永い。

 短期間付き合った恋人も居ない事は無かったが同棲していた経験は無いため、一人暮らしの間は家事は自分でしていた。


「大丈夫だろうと思うが、何か困った事があったら言ってくれ。大概夜は冒険者ギルドの隣にある酒場に居るから」


「二~三日したら顔をだすよ。よろしく」


 事情通と顔見知りになれるのは助かるし、断る理由も無かったので好意を受けておく。

 ギルとしても強い知人は居れば何かと便利なのだろうし、恩はいずれ返すとして、暫くは頼る事が多いだろう。


 休憩を挟んで五時間程走った頃、大きな外壁が見えてきた。

 石造りの高い壁は、それだけで見応えがあり、独特の威圧感を放っていた。


「随分立派な外壁だな。ダールってのは商売の国じゃなかったのか?」


「ここは数年前まで国境の町だったからな。今は同盟を結んでるが、昔は何度か戦火に呑まれた事もあるらしいし」


「そうだ、前の馬車に声掛けてくれ。さっきの話を向こうにもしてくる」


 前の荷馬車に行ってアルザダにワイバーンの事について話すと、少々渋い顔をした。


「そうなりますと、レッドワイバーンの素材は大っぴらには売れませんな。まぁ数日待って頂ければ、商品を売ったお金で私が買い取ると言う形には出来ますが……あまり高くは買えないかと」


「それで構いません。あと金貨の方なんですが……」


 両替を頼もうと懐に手を入れたとき、荷馬車の奥に商店の定まらない目で虚空を見つめる銀髪の少女の姿を見つけた。

 10代後半だろうか、ボロ切れを纏い、しゃがみ込んで膝を抱えている。

 奴隷商人が居たと言うことは、よく考えれば奴隷が居ると言う事だ。そんな事にも気付かなかった自分の迂闊さが嫌になる。


「おい、あの娘は何だ」


 不快感から無意識に攻めるような口調になってしまい、アルザダを大いに慌てさせた。


「えっ……い、いえ、彼女は奴隷商人の商品でして、罪人の所有物は罰金が払えない場合国が没収する事に……」


 という事は、彼女はこれから街で売られる事になるのだろう。

 レオは舌打ちすると1枚だけ取り出す気だった金貨を全て取り出した。


「俺が買い取る。いくら出せばいい?」


「し、しかし奴隷の買取は基本的に貴族階級の方でないと……」


「ここまでの護衛の報酬。アイツに他に払える物が無いから、特別に彼女を譲り受けるって事でどうだ?」


 正直これで駄目なら諦めるしかないのだが、アルザダは、そうですね……と、呟くと何度か頷いた。


「私の方でも荷馬車1台分の損失を出しましたし、その補償としてその金貨を受け取った。と言う事にすれば、お役人は面倒で口を出さないかもしれません」


「よかった、ならそれで頼みます。金額はどれ位でしょう」


「そうですねぇ……奴隷の相場はよく解りませんが、少々少なめで金貨6として置きましょう」


「有難うございます。他に問題になりそうなことはありますか」


「ええ、一つだけ。と言うかこれが厄介な問題なのですが、奴隷についている首輪は、専用のアンロックスタンプと呼ばれる物でしか解除できません。無理に呪いを解こうとすると、首輪がはじけ飛んでとても危険です。これが貴族しか奴隷を買えない理由なのですが……スタンプはとても高価で、基本的に貴族にしか売らないので、買うのはかなり大変です、貴族の知り合いがが居れば貸してもらえるかもしれませんが……」


 アンロックスタンプの存在はレオに頭を抱えさせた。

 なるべく目立つ事はしたくない以上、派手に金を稼ぐことは難しい、かといって貴族の知り合いなど居るはずも無い。


「金は……追々何とかします。というか、彼女を売りに掛けたら買った人が何するか考えれば、今は選択肢がないですしね……」


 銀髪の少女はかなりの美人だ、彼女を大金を出して買った人間がどう扱うかなど目に見えている。

 彼女を買ったからといって、如何するかなどレオとしては思いつきもしないが、今は頭の中が滅茶苦茶だ。厄介事を考えるのは後回しにしたい。


「すみません、私としてもこればかりは何とも……」


 しんみりした空気を振り払うように、勤めて明るい声を出して言った。


「仕方ないですよ。それより、金貨って大きな硬貨ですよね、銀とか銅とかあったら両替して欲しいのですが」


 金がそこそこ珍しいならば、金額の大きい通貨として扱われているだろう。

 そう言って金貨を渡すと、ザルザダは7枚の大きな銀貨と28枚の小さな銀貨、それに20枚の銅貨を差し出した。

 レオはそれを受け取って礼を述べると、奴隷商人とOHANASHIして元の荷馬車に戻った。そしてギルに手綱を引かれた馬がゆっくりと動き出す。


 そうして一行は最初の街、ダール興商自治区へ入っていったのだった。





 ども、作者です。


 通貨についての補則です、質により多少の誤差はありますが


 金貨10万円 大銀貨1万円 小銀貨1000円 銅貨100円 以下場所により鉄貨や粗悪な翡翠などの宝石というか色のついた石を小銭代わりに使っている。


 といった脳設定になっています。


 それと、どうでも良いかもしれませんが、主人公の零夜の名前の由来は、キャラクターの体が自分の体になるってつまりレイヤー(コスプレイヤー)じゃね?という酷い由来です……。レオはレ繋がりで適当に決めました。


 こんな酷い名前の主人公としょうも無い作者ですが、続きも読んでくれると嬉しいです!


 ps 次話から街での生活(少々ギャグ多め)になります。頑張るのでご期待ください。

 ※投稿したばかりですが、読み返してみると句読点が多すぎてテンポが悪く感じたため多少改正しました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ