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    忘れられていた軍



「魔物の群れだっ、冒険者は全員強制召集をかける、北の門の前にこい!」



 騎士風の男が、宿の中で何度も同じ言葉で怒鳴っている。


 素早く忍び装束に着替えて部屋から出たレオは、リサの部屋をノックした。


「はい」


 彼女も起きていたようで、緊張した様子で扉を少し開けた。


「リサは宿で待っていてくれ。不味くなったらアルザダと東の門へ行って、荷馬車で逃げる準備をしておくんだ」


 頷いたリサを尻目に、レオは廊下を歩き出す。


「ゲオルグ、ギル、いけるか」


 丁度2人も部屋から出てきた所だった


「問題ない。北門へ急ごう」




 食料を奪って野を駆ける魔物の群れを、数度切り裂いた所で、死んだ馬と共に木陰で蹲る老剣士の姿を見つけた。

 老剣士の足は斬られて千切れかけており、顔色もかなり悪い。

 レオが駆け寄ると、襟首を掴んで必死の形相で語り始めた。


「た、頼む……戻って伝えてくれ……この先に、魔物の軍が……」


 恐らくは昨日の偵察兵だろうが、このままでは長くあるまい。

 そう思ったレオは周囲を警戒するが、レオの凄まじい移動速度に着いて来れる者はおらず、近くに味方の姿はみえない。

 安堵して治癒魔法を使う。

 全身の傷が見る見る塞がり、足も完全に繋がった。

 驚愕する老剣士の耳元で、小さく囁く。


「1つ頼みが。私が治癒魔法を使った事は内密に」


「あ、あぁ……解った」


 老剣士は目を白黒させながらも、取り合えず頷いた。

 しかし千切れかけていた足は違和感があるらしく、立ち上がった老剣士は少しふらつく。

 そのまま放置する訳にもいかないので、レオは彼を背負って一旦街へ戻る事にした。




 老剣士の情報が行き渡った街は、かなりの混乱を起こしている。

 今回は少しだが街の中に進入を許してしまい、大量の食べ物が奪われていた。


「駄目だ。朝の、強制召集を装った騎士の行動のせいでギルドも突っ張ってるが、アタシらの強制招集は免れない」


 冒険者ギルドに話を聞きに行っていたゲオルグが、苦々しく呟く。

 朝の強制召集騒ぎは完全に焦った国の独断で、無理矢理駆りだされた低ランク冒険者に多少の犠牲者が出ていた。


「やっぱそうだよなぁ……これでもう俺達は街からはでられんな」


 諦めたようなギルの言葉に、リサが申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 これまで殆ど何も言わずに着いて来たリサの、突然の反応に一同は少々面食らったが、ゲオルグはいつもの様に笑った。


「魔物は別にリサちゃんのせいじゃないさ。昨日も言ったけど、好きで着いて来たんだし……って、そういやまたアルザダの姿が見えないけど、どこ行ってるのさ」


「食料が奪われたから、売れ残りを軍が買い取りたいと言ってきたそうだ。今交渉に向かってるが、俺達の分は残してくれるらしい」


「そうか。まぁ、昨日の内に旅支度をしてたから、保存食もあるし、アタシらは食料には困らないだろうね」


 暫し悩むように黙っていたギルが、ここで口を挟んだ。


「なぁ、レオは、リサとアルザダを連れてダールに戻るべきじゃないか?話ではゴブリンやホブゴブリンが主だと言うが、数は脅威だ。幸いランクも低くて強制召集の対象外のレオも居る。ダールに移動するくらい問題にならないだろう」


「それは──」


「嫌です」


 キッパリとしたリサの声に、言葉を遮られたレオを含む全員が再度面食らった。


「けどねぇリサちゃん、戦争になればアタシらも自分の身を守るのが精一杯だし……」


「お願いです。ここまで皆を振り回した責任を、取らせてください」


 それを聞いたギルとゲオルグは、渋い表情で顔を見合わせる。

 だが、レオは別な事を考えていた。


「俺も、これはチャンスだと思っている」


 仲間の視線がレオに集まり、その言葉の先を待った。

 レオも一瞬躊躇ったが、決断を変える事は無い。


「例のバスラ公爵のせいで、正攻法ではスタンプは借りられない。けど、この状況なら戦果を挙げれば可能性はあるかもしれない」


 今、国は冒険者に借りがある。

 その上、今後を考えれば何とか繋ぎとめて置きたい相手だ。知名度のあるゲオルグやギルを連れて行けば、無視する訳には行かないだろう。


「確かに……でも、一筋縄ではいかないよ」


 ゲオルグの言葉に、ギルも頷く。


「だろうな。下手に出てるのも、今だけだと思うぞ」


「解ってる。前もって約束を取り付ける事は必須だろう。これから会いに行くつもりだから、2人にもついて来て欲しい。リサは宿で待っていてくれ」


 そう言って立ち上がったレオに、仲間2人がついて行く。

 リサは不安げに彼らを見つめていたが、やがて部屋に戻っていった。




 領主のクラウスの館は、かつて国だった名残もあり、城をそのまま使っている。

 その会議室は今、荒れに荒れていた。

 白髪交じりの長い髭を撫でつつ、クラウスが苛立たしげに呻く。


「クソッ。冒険者など、魔物を倒すくらいしか脳が無いのだから、黙って言われた通りに戦えば良い物を……」


 会議室のテーブルの上には、冒険者ギルドからの抗議文が散らばっている。

 冒険者ギルドは確かに、こういった場合頼めば強制召集をかけてくれるのだが、だからと言って勝手にそれを騙れば問題になる。

 騎士団にも悪態をつきたかったが、他の貴族が居る手前、大っぴらに言う訳にも行かない。


「失礼します。クラウス様、冒険者が謁見を申し込んでいるのですが」


「ランクはいくつだ」


「Eですが──」


 クラウスは溜息をついた。

 この忙しい時に、Eランクの冒険者の相手などしていられない。


「放っておけ、兵力にもならんのだ。話を聞く価値も無い」


「ですが、元Aランクのゲオルグと、ランクはCでも、冷静な判断と実力に定評のあるギル、それに、軍に食料を納めたアルザダと言う商人が共に来ていまして……」


 こうなると話は別だ、元Aランク冒険者に、非常時に食料を持ち込んだ商人まで居る。

 彼らを無視した事が伝われば、既に気まずい雰囲気になっている冒険者との関係が更に悪化しかねない。

 しかし、彼らの名前には聞き覚えがあった。


「仕方ない、通せ。因みに代表はなんと言う冒険者だ」


「はい、レオと名乗っています」


 これには抑えきれない舌打ちがでた。

 レオと言う冒険者の仲間と、彼の奴隷であるディアマンディ人のリサと言う少女の話は、バスラ公爵から聞いている。

 どの道断らなければならないが、かと言って無視も出来ない。


 暫くして、レオが会議室へ入ってきた。

 会議室は広くないので、本人のみが通されたのだ。

 その場に居た貴族達の視線が、レオに集まる。


「失礼します。私はレオと言う冒険者です」


 彼は黒い服を着たエルフだった。


「構わん、今は火急の時だ。用件だけを申せ」


「はっ。実はお願いがあって参りました」


 その先の言葉が理解できたクラウスは、溜息をついた。


「お前達の話は、バスラ公爵から聞いている、リサとか言う青い髪のディアマンディ人の女の事だろう。スタンプの借用の事なら駄目だ、幾ら積まれようとも貸す事はできん」


 その言葉に微かにレオが身を震わせる。

 バスラにはリサを見せていないハズなのに、特徴まで伝わっている。

 だが、早く帰れと手を振られても、レオはその場に留まった。


「借用を確約して下されば、必ずや大きな戦果を立てるとお約束します」


「駄目なものは駄目だ、バスラ公爵を怒らせたのはお前の失態だろう。絶対に貸すなと言っている彼を無視すれば、我々の方が被害を被るんだ」


「そこを何とか、お願い致します」


「くどいっ、お前達に貸すのは絶対に無理だと言っている!」


 怒鳴り散らしても頭を下げたまま動かないレオに、呆れたクラウスは大仰に舌打ちして、吐き捨てるように言った。


「敵将の首でも持ってくればくれてやる。解ったらとっとと下がれ!」


 尚も食い下がろうとしたレオだったが、使用人が肩に手を置いたので仕方なく立ち上がり、部屋を出た。


「宜しかったのですか?」


 渋い顔で聞いてくる隣の貴族に、クラウスはもう一度舌打ちしながら答える。


「奴が敵将に迫ったら、撤退命令を出せばいい。それを聞かずに首をとったら、命令違反の角で食い下がる事もできる。どの道Eランクではどうにもならんさ」


 それを聞いた貴族は、何度か頷いて書類の整理に戻った。

 クラウスも、やれやれ。と言うと手元の書類に目を通す作業に戻る事にした。




「どうだった」


 館の前で待っていた仲間の中で、ギルが代表して聞く。


「駄目だ。借りられる気配は無い。こっちの情報を調べてまで、バスラが話を伝えているようだ」


 それを聞いた3人は肩を落とした。


「完全に目をつけれられたな……」


 ギルが渋い顔で言った。

 貴族に目をつけられると厄介な事になるのは解っていたが、これほどとは思わなかった。

 恐らく、この国でも有数の貴族と呼ばれるバスラに、あのような態度を取ったのが原因だろう。


「ただ……」


「ん?」


 ギルが反応したが、レオは「いや、何でも無い」と首を振った。


「皆は宿に戻ってくれ。俺は敵についてもう一度セシリアに聞いてくる。余り詳しくは無いようだったが、聞いて損は無いだろう」


 そうして、領主の館でレオは仲間と別れた。





 ◆◇◆◇◆



 昼間、着替えて少し休んでから部屋を出たゲオルグが食堂に入ると、丁度セシリアの部屋に寄っていたレオが宿の食堂に戻ってきた。

 その後、真剣な表情で話し出す。


「セシリアの話だと、現状歪を広げて集結している途中で、更に魔物は知能が低いものが多いため大軍だと意思疎通が難しく、集合も進軍も遅いらしいから、まだ2~3日は余裕があるそうだ」


 それを聞くと、ゲオルグが安堵したように溜息をついた。


「そいつは良かった。もう既に鳥や早馬で援軍を要請してるって話しだし、それが着くまで持たせれば、外壁が落ちる事は無いだろうさ」


「そうだな、守りの堅い騎士ならゴブリン相手には殆ど消耗しないだろうし」


 冒険者2人はそれで安心したようだが、アルザダやリサは少し心配そうにして押し黙っている。

 レオは暫く何か考えるように押し黙っていたが、やがて首を振って言った。


「ともかく、今は時間も有るし魔軍の情報が欲しい。俺は一度セシリアと一緒にエルフの森へ行って話を聞いてくる。人間には風当たりが強いらしいから1人で行くが、そう遠く無いようだから、遅くても明後日までには戻る」


 強い口調で言うレオに多少面食らったが、取り合えず皆頷いた。


「解った。アルザダはどうするんだ」


 ギルの問いに、アルザダは困ったように笑う。


「こうなれば一蓮托生ですよ。戦いが終った後の為に、多少仕入れをしておきます」


 それからレオは部屋に戻って多少の準備をし、セシリアと買い取ったエルフの奴隷と共に街を出た。

 残されたゲオルグ達は、予備の剣や弓矢等装備を揃えて待っていた。



 ────レオが戻ったのは、それから2日後の昼だった。



「あれ、レオ、戻ってたのかい」


 丁度ゲオルグが食堂から出る時、忍び装束のレオが2階の部屋から降りてきた。

 突然声をかけられたレオは、驚いたように身を強張らせたが、何とか返事をする。


「ああ、実はさっき戻ったんだ。話は後でするから、ちょっと出かけてくる」


 そう言って足早に宿を出て行くレオを、ゲオルグは不思議そうに見送った。




 夕刻、皆で一度食堂に集まるはずが、レオが来なかった。

 どうやら買い物をしにいったまま戻っていないらしい。


 探してみると冒険者ギルドの近くの酒場で、老剣士と話しこんでいた。


「おいおい、皆待ってるんだぞ。早く来いよ」


「あ、ああ、すまん」


 宿に戻る途中、白いローブの青年を見かけた。


「ちょ、ちょっと、すいません」


 レオは彼を見ると、慌てて肩を掴んだ。


「なんでしょう」


「ホワイトパールって人の知り合いじゃありませんか?」


「先生をご存知なのですか」


「はい、実は……」


 そこまで言って言葉を止める。

 レオは何やら悩むように沈黙した後、目を瞑って頭を振った。


「ごめんなさい。話したい事があるのですが、今は戦いに集中したいので、終ってから訪ねてもいいですか」


「はい、構いませんよ。領主に魔軍の危険性について話に来たので、城の通りの赤いレンガの宿に泊まっています。貴方も魔物と戦うなら無理に──」


「ありがとう。大丈夫、我々は前線でゴブリンを食い止めるだけです。無理はしませんよ」


「そうですか、では、お気をつけて」


 青年とレオはお辞儀しあって別れた。

 隣に戻ってきたレオにゲオルグが聞く。


「アンタ、ホワイトパールと知り合いなの?」


「知り合いって程でもないよ。一度会っただけで」


 ゲオルグはあまり他の冒険者には興味が無いようで、それを聞いても「ふーん」としか言わなかった。




 その後食堂でレオの報告を聞いたのだが、


「特に目ぼしい情報は無かった。強いて言うなら、ゴブリン主体なら知能は低いから、落ち着いて防戦に徹すれば問題ないとの事だ」


 としか言わなかった。


 何やらその後リサがレオに詰め寄っていたが、肩を竦めて首を振っていた。


 それからレオは全員に見た事のない金属で出来た指輪を渡した。


「皆これを着けてくれ、気付け効果のある魔法が3回分込められた指輪だ。多少の怪我なら同時に治してくれる」


「ほう、良く買えたねこんなの」


「元々持ってたって言うか……まぁ取り合えず、着けておいてくれ。それとリサ、代わりに前に渡した指輪を返してもらえるか」


「はい」


 返された指輪を仕舞い、全員が渡した指輪を着けるのを見ると、レオは満足げに頷いた。




 翌日、いよいよ魔軍が近づいてきた。

 召集がかかり、ゲオルグが少し遅れて行こうとすると、それよりも遅れてレオが宿からでてきた。

 何やら中に着込んでいるらしく、いつもより着膨れしていた。


「中に何着てんだい」


「静寂の森でエルフに貰った、矢を止める服だ。乱戦が予想されるから、革や布だけじゃ心もとないだろうって」


「そんなもこもこで、何時も通り動けんのか」


 そう言われると、レオはゲオルグの前から宙返りして、背後に降り立った。


「アンタの身体能力甘く見てたよ……」


 ゲオルグが呆れたように笑うと、レオも苦笑した。


「取り合えず行こうか」




 北門に行くとギルとリサが居た。ギルは思い切り渋い顔をしている。

 話を聞くとリサも戦いに出たいと言ってきたので、レオが慌てて止めようと、声を荒げた。


「リサっ、幾らなんでも戦場に出るのは不味いだろ」


「大丈夫です、後方支援に徹しますから」


「矢だって飛んでくるかもしれないし、魔法だってそうだ」


「解ってます。でも自分の力も使わなきゃいけないんです」


 その後もレオは必死に止めたが、どうあってもリサが譲らず、絶対に前に出ないと言う約束で参加する事になった。


「すまん、ゲオルグ……俺は前に出るから、リサを頼めるか」


「任せな。アンタも、いくら矢止めがあるからって、無茶するんじゃないよ」


 レオはそれに相槌を打ちつつ迫り来るゴブリンを見ていた。

 北の森から、魔物の軍はゆっくりと歩みを進めてきた。




 やがて戦闘が始まり、ゲオルグとギルは前衛で、リサは矢避けの板から魔法を放って戦っていた。

 レオは敵陣に入り込んで、陣形を霍乱しながら戦っている。

 ゴブリンなど物の数ではないとばかりに、一心不乱に駆け巡るレオを見て、ゲオルグとギルは溜息をついた。


「相変わらず呆れた強さだねぇ」


「だな、あれはほっといて、こっちは地道にやろう」


 レオの強さは明らかに目立っていた。

 今までの目立たないように。と言うレオの行動から考えて少し異様かと思ったが、今は後方にリサも居るし気が張っているのだろう。

 少々危険かと思ったが、どう見てもレオがゴブリンやオーガ程度でやられるとは思えない。


 数時間後、近隣から騎士団の増援が来た。


 元々それ程押されても居なかったが、騎士団の参入で魔物は少し引き気味になっていく。

 それを見た貴族軍が数名、手柄を焦ったのか馬でレオの開けた道を通って強引に本陣に入る。

 レオの方は少しバテて来たようで、最初から見ると動きが悪くなっていた。


 と、手が滑ったのかレオの左手から刀が抜けて飛んで行く。


 「ったく何してんだ」


 それを拾ってやろうと目で追った時、視界の端に、黒金でできた矢避け着きの荷車のような物が見えた。

 かなり大きくて目立つはずだが、隠蔽の魔法が掛かっていたらしく、今まで気付けなかった。

 嫌な予感がしたゲオルグは、ギルに向かって怒鳴る。


「ギル、ちょっとしゃがめ!」


「は?なんで……」


「いいから!」


「何なんだ一体……いだっ」


 ギルと横の兵士を足場に高く飛ぶと、先ほどの荷車が数台で敵の本陣を囲むように配置されているのが見えた。

 悪態をつくギルと兵士を無視して、レオに向かって叫ぶ。


「レオ、戻れ罠だ!」


 その声に仲間全員がレオを見る。


 レオの方も驚いたようにゲオルグを見た、瞬間──……






 ──バヂンッ!という音と共に魔方陣が展開し、レオを巻き込んで敵の本陣が消えた。






「えっ……」


 リサが小さな声をだして呆然と前に歩みだす。


「あんのバカ……ギルッ、リサを頼む!」


「畜生ッ、解った!」


 ギルがリサを抱え、ゲオルグが援護して3人は戦場を後にした。







 ────レオが魔軍と共に消えてから、6日が経った。



 あの後戦闘、リサはレオが遺していった刀を持って毎日北の平野に来ていた。

 アイゼンに作らせた簡易な鞘に入った來国俊を大事そうに抱え、ただ黙って敵の本陣が居た場所を眺めている。

 しかし、辺りは夕暮れとなって来た。何もない平野とは言え、夜になれば危険もある。


「リサ、今日はそろそろ……」


「はい、帰りましょう」


 彼女はレオが消えてから、周りが驚く程落ち込んでいた。

 毎日何も言わずに平野を見に来ているが、呆然とした顔を見れば心中は察せられる。


 だが、リサを取り巻く事態は悪化して来ている。

 バスラ公爵はあの戦いでレオと共に消えたが、エルフの奴隷として知られてしまっているリサを、主人が死んだのだから売りにかけろと貴族が圧力をかけて来たのだ。

 今の所、レオが死んだとは限らない。とか、仲間の遺品になるのだから、そう簡単には渡せない。等と言って強引に突っ撥ねているが、あれから魔軍の侵攻もなく、貴族の冒険者に対する遠慮は無くなって来ている。


「こんな事、私だって言いたくないけど、レオの事は別にしてそろそろ移動した方がいいと思うんだ」


 本来こういった事は言わないゲオルグだが、男のギルでは言いにくいからと頼まれていた。


「解っています、本当に……でも、もう少しだけ……」


 思いつめたように言うリサに、ゲオルグは困って頭を掻いた。




 宿の食堂に戻ると、ギルとアルザダが黙々と食事を食べていた。

 チラリと視線を向けてきたが、ゲオルグが気まずそうに目を逸らすと小さく溜息をついた。

 2人が席に着くのを待って、ギルが切り出す。


「リサちゃん、その、今すぐと言う話じゃないが、いつ頃街を出るか考えて置かないか……」


 その言葉にリサが身を強張らせた時、見覚えのある老剣士が現れた。


「なぁ、お前達レオと言う男の知り合いだろう、ちょっと良いか」


 皆驚いて彼を見たが、取り合えず空いている席を勧める。

 老剣士は勧められた席に着くと、一息ついて語り始めた。


「実はレオと言う男から、リサ、ギル、アルザダに伝言を。と、頼まれていてな。お前達で間違いないな?」


 3人は困惑しながらも頷く。


「では、『6日経っても俺が戻らなければ、リサを連れて街を出てくれ。俺の荷物はリサに預ける』だそうだ。確かに伝えたぞ」


「なっ、他に、他に何か言ってなかったかい」


 慌てたゲオルグが詰め寄ったが、老剣士は首を横に振った。


「いいや、ワシが聴いたのはこれだけだ。それ以上の事は聞いても答えてくれなかった」


 それを聞いた仲間達は顔を顰めた。

 レオには何か考えがあったようだが、予定に狂いが出たのならこの先は彼の言う通り移動した方がいいだろう。

 皆がリサに視線を向けると、彼女は必死の形相で訴えかける。


「まって、待ってください、後1日だけ……お願いします」





 涙を浮かべて頭を下げるリサに、仲間達は困り果てて視線を交わした。





 ◆◇◆◇◆




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