優しい君は天使になった
時間は有限。
覚悟していないときにやってくる別れ。
そんな悲しくも優しい一匹の猫の出会いから最期の時までを綴った物語。
僕の名前は琥太郎。
飼い主さんたちのことが大好きな六歳。
そんな飼い主さんのところにはもういない。
歳も六歳のまま。
弟をおいて天国に来てしまった。
三歳の頃に弟と一緒に引き取られとても楽しい日々を送っていた。
たった三年しかいられなかったけれど、僕は十分幸せだった。
弟と追いかけっこをしたり、美味しいごはんやおやつ、そして飼い主さんたちに撫でられる。
そんな日々が大好きだった。
飼い主さんが寝てるとき、布団の中に入るのが好きな僕は「おいで」の合図で駆け寄る。
飼い主さんの上に乗っかってご飯の催促もしたっけな。
撫でるときに「こた~可愛いね~」
そう言って撫でてくれるあの大きな温かい手が僕の宝物だった。
時には弟と喧嘩して怒られることもあった。
だけどそれはすごく怒ってるんじゃない。
僕たちがケガしないように止める優しいお説教だった。
でもたまに首根っこ掴まれて「だめでしょ!」って怒られることもあった。
だけどそれを憎んだりはしていない。
愛があるから怒られるって知ってるから。
三歳の頃引き取られた時の話をしよう。
僕たちは元々の飼い主の人たちのところからこの家にやってきた。
初めはどうして連れてこられたのか分からず、身を隠して周りを観察していた。
そんな時女の子が僕に手でご飯を差し出してきた。
「琥太郎食べる…?」
優しい声。
僕は一粒ずつ食べた。
弟は唸っていたらしい。
女の子が寝た後に用意してくれてた水を飲む。
なんだかこの部屋温かいな。
女の子はすやすや寝ていた。
僕も少し探検してから眠ろうかな。
次の日。
僕は勇気を出して女の子の前に姿を出した。
弟はその時はまだ押し入れの中に入っている様子。
「琥太郎! 出てきてくれたんだね! 撫でていい?」
僕は言葉が喋れない。
ただそこで座ってるだけ。
女の子はゆっくり頭を撫でた。
温かい手。
この時から僕の宝物は温かい大きな手になった。
女の子は安心したように微笑む。
そこから僕の居場所はこの女の子のいる場所になった。
この子なら大丈夫。
僕たちを見捨てたりしない。
そんな時、部屋のドアが開いた。
見たことない男の人。
僕はすぐ逃げた。
見たことのない大きな男の人。
だけど女の子と楽しそうに話している。
もしかしてこの人も良い人なのかな…?
恐る恐る様子を見に行く。
「あら! こんにちは、よろしくね」
よろしく…?
この人もこの家の住人なのかな…?
でも昨日はいなかった…
警戒しながら近寄ってみる。
「こっちが琥太郎?」
「うん! 耳の毛が長いほうが琥太郎だよ!」
僕のことを話している様子だった。
匂いを…クンクン
大丈夫な人かな…?
「撫でてもいい?」
僕はその場にお座りした。
優しく優しく撫でてくれた。
安心する手だった。
女の子よりも大きな手。
不思議とどちらも安心する手だった。
この人大丈夫。
そう思って、弟にも伝えようと僕は弟のもとへ歩いて行った。
弟は未だ警戒しているようだったが、押し入れから少し出てハンガーラックのところでお座りをしていた。
「あの子が弟君だよ、可愛いよね」
「俺見分けつくのに時間かかりそうだなぁ」
女の子はその日から僕たちの写真をたくさん撮るようになった。
窓際で黄昏ている弟、おくるみされてミノムシになっている僕。
色々な僕たちの顔を撮ってくれた。
そして僕たちの誕生日も決めてくれた。
本当の誕生日は違うけれど。
三月二十一日。
それが僕たちの誕生日になった。
ある日、女の子が朝蹲って起きない。
男の人は言う。
「仕事休む?」
その瞬間だった。
女の子が叫んだ。
泣きながら叫んでいた。
僕たちにはわからない。
何で女の子が泣いているかなんて。
でも悲しいんだろうなとは感じた。
その日から女の子が家にいることが多くなった。
だけど、僕たちよりもずっと寝ている。
立ったと思ったらトイレに行ってまた布団に潜り込んでいた。
僕にできることは傍にいてあげることくらい。
僕たちが傍にいると女の子は喜ぶ。
その時だけは笑顔が見えた。
傍にいることは間違った選択ではなかった。
でも、いくら傍にいても曇っている時があった。
なんでだろう。
何かあったのかな。
だけどその日男の人が僕たちにご飯をあげ忘れていて、僕は仕方なく女の子の上に乗った。
「こたどしたの。……もしかしてご飯?」
女の子は気が付いてお昼だったがご飯をくれた。
そのあとすぐ寝てしまったけれど。
どうして女の子に元気がないのか僕にはわからない。
だけど、時折見せる僕たちに向ける笑顔は素敵だった。
いつもの温かい手で僕や弟を撫でる。
冷たい時なんてなかった。
時々泣いていて手が震えてる時もあった。
そんな時僕はぴったりくっついて離れなかった。
男の人が帰ってくるときはそっと離れお出迎えをする。
ひとしきり男の人と戯れた後、また女の子のもとへ駆け寄った。
女の子は夜になると少しテンションが高い。
食べ物を食べながら画面をじっと見つめる。
その時は後ろで眠る。
それが日常になっていた。
ある日、朝からテンションの高い女の子。
仕事に向かうようだった。
「二人でお留守番できる?」
「にゃっ」
「行ってくるね」
そう言って頭を撫でてから仕事に向かっていった。
弟と二人でいる時。
何するわけでもなくただ寝ていた。
ちょっといたずらもした。
だけど最終的には帰ってくるまで寝てることのほうが多かった。
僕は女の子の匂いのする服の上で寝たりしていた。
そして夜。
「ただいまー!」
「にゃー!」
足音で気が付いた僕は弟と一緒にドアの前で待っていた。
長かったようで短い一日。
女の子は眠かったのかその日はすぐに眠りについてしまった。
その横で僕も寝る。
布団の中に潜り込んで女の子や男の人が寒くないように。
女の子はまた家から出なくなった。
寝てる時間も多い。
にゃ―と鳴いてみるが反応がなかった。
嫌われたのかな。
少し不安になる。
布団に入りたそうにしてたら構ってくれるかな。
「ん…こた入りたいの…?おいで」
僕は女の子を慰めるように布団で丸くなった。
女の子は泣いていた。
どうしてかは分からないけど、一緒にいてあげなきゃと思う。
弟も心配そうに足元で丸くなっていた。
いつもは携帯ってやつを触っている女の子だが、今日はあまり触っていない。
その代わり僕を撫でていた。
泣いて泣いて辛そうにしている姿を見るのは正直僕にとって嫌なものだった。
その時、女の子の携帯が鳴る。
深刻そうな顔をしていた。
「ぎっくり腰かぁ…」
何を言ってるかは分からないけど何か良くないことが起きたんだと思う。
ガチャっという音とともに男の人が帰ってきた。
その男の人も辛そうにしていた。
「大丈夫?横になってな」
「うん…そうする…」
上に乗ってはいけない空気が漂っていた。
僕たちはなるべく男の人には近づかないようにそっとした。
女の子はリビングで何かしていた。
だから後ろのソファーでごろごろする。
そしてその日の次の日から女の子は仕事に行くようになった。
僕は楽しそうに仕事の話をする女の子が好き。
その話が聞けるのを楽しみに男の人と女の子の帰りを待つ。
男の人はというと……
前の日持ってきていた段ボールの中のものを組み立てていた。
なんだかワクワクする。
穴が開いた四角い箱、筒状になっている爪とぎのしやすそうな柱。
何ができるのか楽しみだった。
言葉が話せるなら「何作ってるの~?」って聞きたいくらい興味津々だった。
元気になった様子の男の人。
だから少しいたずらをした。
組み立てようとしてる板の上に乗ったり、穴の開いた箱に入って見たり。
それでも笑っていて、僕たちを怒ろうとはしなかった。
そして男の人は写真を撮って誰かにその写真を送っていた。
にこにこしている。
その笑顔が好きだった。
「よーし! 出来たぞ! キャットタワー使ってね」
ネズミの人形が付いた足場、下にはくつろげるハンモック、その上には穴の開いた箱。
そして一番上に上ると部屋全体が見渡せた。
そのキャットタワーは僕の宝物になった。
このお家に来ると宝物が増える。
幸せだった。
何不自由ない生活を送れて、僕たちを可愛がってくれる人たちだもん。
悪いことなんて一つもない。
好きな人、好きなものに囲まれる生活は僕にとって当たり前となった。
このお家も狭いけど悪くない。
そんな生活がずっと続けばいいのに。
でも現実はそうではない様だった。
僕たちを入れるキャリーケースに入ってと言われる。
もしかしてこの人たちも僕たちの事……
車に揺られること二十分。
「ここが次のお家だよ」
あぁ、やっぱり僕たち——
「私たちも一緒だから安心してね、今から物搬入するから待っててね」
一緒に暮らせるの……?
僕たちは見捨てられたわけではないの……?
落ち着かない音、声、環境。
でも女の子と男の人がいるなら……
これが引っ越しってやつか。
これで家が変わったのは二回目。
だけど家族は変わらない。
こんなに安心するんだ、飼い主が一緒だと。
その日からその家には一年くらいいた。
誕生日もその家で祝った。
その生活が板についてきたとき。
またお家が変わった。
「四か月の間だけだけど、またお家変わっちゃうんだ、ごめんね、早くずっと暮らせるお家建ててもらうからね」
どうやら一軒家というものを建てるための仮住まいだということが分かった。
そのお家にはすぐ慣れた。
女の子が常にいるから安心して過ごすことができた。
弟と女の子の三人で川の字になって寝ることもあった。
男の人は前のお家からそうだったが仕事の関係で夜家から出たり、何週間も家にいないことが多くなった。
少し寂しかった。
女の子だけじゃ駄目ってわけじゃない。
ただ、女の子が不安定な時僕たちは傍にいてあげることしか出来ないから、それが女の子の支えになってくれてたらいいんだけど。
ちょっとだけ自信がなかった。
そして四か月経った。
青い大きなお家。
広い何もないリビングや寝室を見て僕はようやく安心を手に入れた。
ここで一生暮らせるんだ。
それが僕が女の子と出会ってから三年目のお話。
その三年でたくさんの思い出を女の子や男の人がくれた。
現実というのは残酷で僕の寿命が残りわずかだと僕にも、弟にも、女の子にも、男の人にも知らせてくれない。
いつものように女の子の足元で弟と寝ていた。
そして夕方。
少し体がだるい感じがした。
弟は男の人の帰ると駆け寄っていっていたが、僕にはその時その気力がなかった。
夜七時。僕の呼吸がおかしいと気が付いたのは女の子だった。
「琥太郎…死んじゃったらどうしよう…」
女の子は泣きながらも病院を探してくれた。
夜間もやっている動物病院に連れられたときにはすでに口呼吸しなければいけない程辛くなっていた。
治療室の外から聞こえる女の子の泣き声。
僕は辛かった。
女の子を泣かせてしまっている。
僕のせいで。
笑顔でいてほしかった。
酸素室の中でよだれを垂らしながら呼吸をする僕を見て女の子はさらに泣いた。
僕の病名は心筋症というやつらしい。
一日その病院で治療をして、次の日の朝にかかりつけの病院へ連れてってくれと話をしているのが聞こえた。
そして次の日。
僕は透明な持ち運びのできる酸素室に入れられ女の子と男の人に連れられ、いつもの病院に来た。
急患だそう。
先生はこう言った。
「長くて二年…でもそれは期待しないほうがいいかもしれません。一年だと思ってたくさん可愛がってあげてください。最期の最期まで愛情注いであげてくださいね」
その日から僕はお薬を飲むことになった。
正直苦手だ。
男の人に抱きかかえられ、女の子が薬を口の中に入れる。
その時ばかりは必死に抵抗した。
「こた、ごめんね、でもこれ飲まなかったら駄目なんだ」
女の子は震えていた。
でも僕の前では泣かなかった。
あの時は除いて。
十月になり家が出来て、暮らすようになって一か月。
女の子の誕生日が近い。
そのころには僕はご飯を食べず水ばかり飲んでいた。
ふくふくと太っていた体は見る見るうちに痩せていって、知らない人が家にいたとしても気にする気力がなかった。
「こた…私の誕生日は一緒に祝ってね…」
そう言って女の子は泣いてしまった。
だけど女の子はすぐ泣き止み笑顔で撫でてくれた。
何も食べれない僕を見て、おやつならと食べさせてくれた。
だがそれも長く続かなかった。
女の子は夜通し傍にいてくれた。
僕が女の子の不調の時一緒にいてくれた時のように、黙って傍にいてくれた。
「こた…こたの誕生日になったらたくさんおやつ買ってあげるからね、楽しみにしててね」
鳴く元気も、頷く元気もなかったが尻尾で返事をした。
女の子は絶対泣かなかった。
笑顔で傍にいてくれた。
それだけでも安心した。
宝物の大きな手。女の子の存在。
温かいものだった。
十一月十九日。
今日は二人とも外出するようだった。
これで最後。
目と目を合わせてあいさつするのは最後。
二人が出ていった後に弟と少し話した。
「二人のこと頼んだよ。女の子のほうは感情に波があるから黙ってくっついてあげたら喜ぶよ。男の人は甘えられるのが好きみたい。僕の分まで長生きするんだよ、約束ね」
そう弟に伝えた後僕はゆっくりゆっくり呼吸をした。
本当はもっと一緒にいたかった。
三年の間にたくさん幸せな思い出作ってくれた女の子と男の人には感謝しかない。
せめて一年生きれたらよかったなぁ。
そしたらもっと恩返しできたかもしれないのになぁ。
弟へ
僕がいなくても生きていける強いオス猫になるんだよ。
きっと君ならできるさ。
時には甘えて、たまには僕のことも思い出してね。
ずっとお空で見守ってるよ。
あと…ご飯横取りしててごめんね。今度からはたらふく食べるといい。
僕の弟だから大丈夫。
健康でお家を明るい空気にしてたくさん愛情もらってね。
兄より
男の人へ
初めは逃げ回っててごめんなさい。
でも今なら言える。
とっても大事な人。
大好きな人。
背中の上に乗っても怒らなかったあなた。
弟のご飯を盗み食いしても怒らなかったあなた。
全て大好きです。
たまにいたずらして首根っこ掴まれてたっけ。
それも今となればいい思い出です。
女の子のこと頼みましたよ。
弟にも頼みましたが、彼女には支えが必要。
その支えの一部である僕がいなくなるからバランス崩しちゃうかもしれないけど、絶対立て直せる。
あなたと、弟で乗り切ってほしい。
よろしくお願いします。
琥太郎より
女の子へ
まずは僕たち兄弟を引き取ってくれてありがとう。
そして、ずっと一緒にいてくれてありがとう。
あなたの温かい手が好きでした。
宝物です。
あなたの笑顔もお守りみたいなものでした。
僕がいなくなっても、その笑顔は忘れないでください。
虹の橋で雨が降るとどこにいるかわからなくなっちゃうから。
どうしても耐えれないときは…その時は仕方ありませんね。
匂いでお家を当てて慰めに行きます。
おやつはたくさん用意しておいてね。
一年も一緒にいてあげられなくてごめんね。
あなたに出会った三年間はとても輝いていました。
キャットタワーが出来たり、猫じゃらしを買ってきてくれたり、美味しいご飯やおやつ買ってきてくれてとても幸せでした。
もっと幸せになってね。
僕が天使になっていつもいつまでも近くにいるからね。
ありがとう。
琥太郎より
十一月二十日。
冷たくなった僕をずっと撫でてくれた女の子。
最期まで温かい手。
安心して天国に行けそうだ。
火葬の車が到着したらしい。
虹の橋カードを渡された。
そこには
「琥太郎、愛してるよ」
の文字。
僕は虹の橋に渡る準備をしていた。
愛してるという言葉を胸に。
だが女の子は止める。
「琥太郎!!!!! やだ!!!! まだ生きてるかもしれないじゃん!!!!」
大きな声で泣いていた。
空に、虹の橋に届きそうなくらい大きな声で。
僕は琥太郎。
飼い主さんたちの愛する猫。
いつまでも傍にいる。
それが、天使になった僕のできる最後の恩返し。
琥太郎。
私は元気にやってるよ。
そっちはどうかな。
おやつたくさん食べてるかな?
ご飯もちゃんと食べるんだよ。
好き嫌いは…なかったか。
琥太郎。
いつまでも愛してる。
物語に出てくれてありがとう。




