狂気の終焉
探し屋の主人公は女子高生の涼花と共に猫探しをしていた。最終的に依頼人の屋敷を調べることになるが、そこでその屋敷に違和感を感じ、調査を始める。
答え合わせのお話です。
何かがおかしい。
この異常な建物と一人と一匹の行方には、関係がある‥気がする。
ぱっと見は同じ様に見える左右の廊下‥何かが違うのか?
「部屋の中に何かあるとか?」
涼花は一番奥の扉を開けて中を覗く。
俺も一緒に見たが‥何も無い。
いくつかの家具が埃を被って置いてある。
床にも薄く埃が積もり、この部屋は暫く使われて居ない様だった。
「じゃあ、逆にこっちは‥?」
涼花は廊下を歩き、真反対の突き当たりまで移動して扉を開けた。
「ここも空っぽ。何か、勿体ないわね」
ドアを閉め、思案に暮れる涼花。
俺はその様子に違和感を感じた。
何だろう、何かが先程の時と違う‥?
「涼花、手を上と横に伸ばしてみてくれ」
「?こう?」
言われるがまま、左右の手を上と左に伸ばす涼花。
ちょうど腕で“L”の字を作る様になる。
俺はその様子を覚える。
「今度はあっちで同じ事を」
俺達は再び廊下の反対側の扉の前まで戻る。
「こう?」
再び扉の前で“L”の字を作る涼花。
「あっ!」
小さく声を上げる涼花。
「気が付いたか?」
「こ、これ‥本当に? 勘違いとかじゃ無いよね」
「ああ、こっちの扉のほうが少し小さい‥」
「ど、どういう事? 工事ミス?」
「いや、それなら見れば気が付く。これは‥からくり屋敷なんだ」
「‥わざとそう言う作りって事? なんで?」
「それは‥」
俺は歩測で廊下の距離を測ってみる。
右の廊下は30mほど。
対する左の廊下は‥。
「大体25mほどかな」
つまり、左から右に向かってドアとその間隔が少しづつ短く成っているのだ。
「どうしてこんな事‥?」
戸惑う涼花。
俺はおおよそ見当がついた。
「こういう事だな」
俺は左の廊下の突き当たりに向かい、壁を叩いてみる。
普通ならばここは建物の外壁に成っているはずだ。
“コンコン”
乾いた反響音がする。
つまり、この向こうにまだ空間が有るのだ。
「隠し部屋っ?」
涼花は驚いて目を丸くした。
「恐らく、猫も少女もこの壁の向こうだ」
涼花は手早く廊下にある扉を開け、隣の部屋に入った。
そこの床をよく見ると、微かに何か液体が流れた様な跡が有った。
「これっ!」
流れた跡は壁で断ち切れた様に成っている。
つまり‥。
「向こうから流れた跡だよ」
涼花は壁を押してみる。
だが、ビクともしない。
「代われ‥」
俺は壁に手を掛け、横にずらしてみる。
“ギギギギ‥”
軋む音と共に僅かに柱との間に隙間が出来た。
同時に、物凄い異臭が隙間から流れ出てきた。
「な、なに、この変な臭い‥」
「‥‥涼花、俺の後に」
「え?うん‥」
ただならぬ雰囲気に涼花も素直に従う。
涼花を背中に隠して視界を遮る。
そうして、前に立って扉を更に開ける。
凄まじい悪臭が流れ出してくる。
これは‥有機物が腐敗した臭いだ。
開けて覗き込んだ隠し部屋の中は薄暗く、小さな灯りが一つだけ。
そのぼんやりとした灯りに照らされて、部屋の中央に横たわる黒い人のようなのものと、壁際のベッドに横たわる少女が見えた。
どちらもぴくりとも動かない。
あの部屋の中央にあるものは‥。
この臭いで既に分かっていた。
部屋の中央にあるのは‥死体だ。
しかも、かなり腐敗が進んでいる。
床は死体から流れ出した体液でぐちゃぐちゃだった。
「ねえ、どうしたの? 中に何が‥」
中を見ようとする涼花を遮った。
この惨状は、この娘に見せてはいけない。
「涼花、すぐにここを出ろ。中に有るのは‥死体だ」
「えっ?!」
「急いで警察を呼んで来てくれ」
「え、ゆ、譲は?」
「ここを見張らないと‥犯人が‥」
“バシュ!”
「あぐっ!」
鋭い風切音とともに右足に激痛が走る。
思わず床に倒れた。
「譲っ!」
涼花は見えない相手から俺を庇うように身体を被せる。
「ば‥ばか‥逃げろ‥」
激痛で話すのも辛い。
「やっぱりこんな玩具だと‥駄目ね」
そう言いながら、廊下から部屋に入ってきたのは依頼人の女性だった。
こちらに向けてボウガンを構えている。
「あ、アンタねっ」
涼花は掴みかかろうとしたが、ボウガンを見て思い留まった。
「く‥アンタがやったのか、これ‥」
「まぁ、そうなるかしら」
女は他人事の様に答えた。
俺は涼花にだけ聞こえる様にささやいた。
『合図したら俺が隙を作るから、その間に逃げて警察をよべ。いいな』
涼花は無言で小さく頷いた。
その間にも依頼人の女はジリジリと近付いてくる。
「何を話しているのかしら?」
「ここから逃げ出す‥方法だよ‥」
「あら、どんな方法?」
女は楽しげに応じる。
「簡単さ。2人で同時に逃げる」
「ふふ、こんな状況で逃げられるかしら?」
「そいつは単発だからな。俺かこの娘のどちらかは確実に逃げられる」
そう言いながら俺は傷口に手を伸ばした。
出血しており、押さえる手にも血が付いた。
「そうね。どちらかは助かる‥かもね。もう1人は間違いなく死ぬでしょうけど」
女はボウガンの狙いを俺にピタリとつけている。
やはり、最初から俺が狙いだったらしい。
涼花はそこに紛れ込んだ、イレギュラーというわけだ。
「それは‥どうかなっ!」
言うと同時に俺は手に付いた俺自身の血を女の顔に目掛けて振り飛ばした。
女の顔面に、べしゃりと血が付いた。
「きゃっ」
思わず顔を拭う女。
「いけっ!」
俺は涼花に合図を送った。
涼花は頷くと脱兎の如く駆け出す。
その気配を察した女はボウガンを涼花に向けようと‥。
だが、向けられなかった。
「え、何これ? 何が見えて‥嫌、いや」
戸惑う女。
女が見ているのは、俺が見ているのと同じもの。
この場に蠢く、憎しみ、情念‥そういった類だ。
おぞましく蠢き、時に人を自らの仲間に引き入れようとしてくるもの。
この部屋に真っ黒な霧のように立ち込めている。
俺はこの見る力を、暫く体液を通じて一時的に相手に渡すことが出来るのだった。
「もう手遅れだ」
俺は女に言った。
涼花の姿はもう見えない。
この女の状態なら、後を追うことも難しいだろう。
これで少なくとも涼花は助かった。
「そうみたいね‥」
女は構えていたボウガンを下ろす。
観念したのだろうか、声のトーンもおとなしい。
「貴方の探し屋の秘密がこれ、なの?」
「そうだ」
「こんなおぞましいものを貴方は‥ずっと? 」
「まさか。気合を入れた時だけさ。それに、美しい物だって見えるんだ」
「へえ‥どんなもの?」
「例えば子供を抱く母親の周りには光る花みたいなのが見えたりするな」
「そう。そんな力が有れば‥私も‥」
女は悔しげに言った。
「そこのは‥アンタの彼氏か?」
部屋の中央にある遺体の事だ。
「さすがね。そうよ」
「一体、なぜ‥?」
「この男、私と妹に二股かけてたのよ。妹はそれを知ってて‥」
「だから殺したのか。猫もか?」
「“チャオ”も私より妹に懐いてて。だから警告のために‥殺したの」
「それでも男はやめなかった」
「ええ、それどころか警察に行こうとしたのよ、この男」
女は憎々しげに吐き捨てた。
彼女がこれほどまでに感情を出すのは始めてかも知れない。
「妹も‥殺したのか」
「妹は生きては居るわよ。心が壊れちゃったけどね」
男の死体とこんな部屋に閉じ込められれば、それは当然だろう。
「しかし、分からないな。なぜ俺に依頼したんだ」
黙っていればこの犯行は誰にも分からなかったかも知れないのだ。
「この男の無残な姿、もっと沢山の人に見てもらいたいじゃない」
「それも復讐か」
「そうよ。死んだ位で許す訳ない」
さも当然の様に女は言った。
その結果、どういう事が起こるか考えられないのだ。
この女もとっくに狂っていたのだと理解した。
「しかし、それもこれまでだな」
「そうかしら‥」
女は再びボウガンを俺に向けて構えた。
視界は回復していないはずだが、会話でおおよその位置を把握したらしい。
随分と話に乗ってくれると思ったら‥。
この位置から撃たれれば致命傷かも知れない‥まぁ涼花は無事だし、一か八かで抵抗‥。
「させるかぁっ!」
突然、ドア口から駆け込んで来た人物は、そのまま女に体当たりした。
お互いにもんどり打って倒れ込む。
「護はあげないんだからっ!」
言いながら立ち上がったのは‥涼花だった。
「ば、ばか。なんで戻ってきた?」
「まだ家にだって行ってないし、このままいなくなられちゃ困るのよっ」
「え、何が?」
「色々と、よっ!」
言いながら放った涼花の回し蹴りが、立ち上がろうとした女に見事にヒットする。
「お、お嬢ちゃん、勝手に入っちゃまずい‥」
そこへ、涼花を追ってスーツ姿の男と警官数人が駆け込んで来た。
この惨状を見て思わず声をあげる。
「こ、これは‥?」
言いながらも、スーツの男は床に落ちたボウガンを素早く拾い上げた。
そして俺の足に矢が刺さっているのを見て警官達に女を取り押さえさせる。
俺は傍らの涼花に話し掛けた。
「ず、随分と早かったな‥」
「表通りに出た所でその刑事さんに会って‥」
スーツ姿の刑事も俺の近くに来る。
「警邏中のパトの前にその娘さんが急に飛び出してきまして。危うく轢きそうになりましたわ」
ハッハッハッ、と笑いながら刑事は言った。
「い、急いでたんだから仕方無いじゃない」
「そしたら、涙ながらにあなたが殺されそうだと」
「泣いてなんかいないわよっ!」
と言いつつ、涼花は目尻を拭う。
「後ほど詳しい事情は聴きますが‥立てますか?」
刑事はそう言って俺に手を伸ばす。
「肩を貸してくれれば、何とか‥」
肩を借りて何とか立ち上がった。
反対側には涼花がピタリと寄り添う。
「一緒に行く‥」
涼花は一言だけそう言った。
遠くからサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。
いかがでしたでしょうか。
もう少しお話は続きます。




