横浜探索
大宮での事件の翌日、俺と涼花、大西刑事は閉店後の店のカウンターで打ち合わせしていた。
「人体発火? 本当なのか?」
「ああ、目前で見た。ただ、その後車ごと燃えてしまったから証拠は無いが‥」
「嬢ちゃんは見えたか?」
「私は離れていたから‥でもその後に運転席から燃えたのは間違いないわ」
「運転手の死因についてはアンタ、分からないのか?」
俺は大西刑事に尋ねた。
「所轄も違うから事故に関して細くは分からないが‥心不全だそうだ」
「なるほど。つまり死因不明か」
心不全と言うのは一見、病名の様にきこえるが、心臓が止まったから死んだ、と言う結果を述べているに過ぎない。
普通、あの状況なら焼死と判断されるのが通常だ。
それを心不全とするのは‥。
「つまり事故の前に運転者は死亡していた?」
「そう判断したようだ」
「運転者の身元は?」
「判明している筈だが」
大西刑事は事件を取り上げた新聞を見ながら言った。
「ん?」
「どうした?」
「いや‥何でもない」
大西刑事は戸惑っている様だ。
「えー、そう言うのは隠さない方が良いんじゃない?」
涼花が不満を漏らす。
言われて大西刑事は口を開いた。
「いや‥亡くなった娘の加奈が生前に言っていた地名だな、と」
「なぜ加奈さんはその地名を?」
「雪深い所で‥趣味のスノボードをしに行っていた、らしい」
「なるほど‥」
「良いわね! スキーとか温泉とか!」
涼花が急に身を乗り出して言った。
「いや、仕事なんだが‥それに雪にはまだ早い」
「ええー」
「まぁまぁ、お嬢ちゃん。雪が降ったら俺が2人を連れてってやるよ」
「やった!」
「おい、良いのかそんな事言って‥」
「いいさ。少しは休まないとな」
言いながら大西刑事はニコニコしていた。
‥完全に孫を見るお爺ちゃんだった。
それから数日後の休みの日、俺達は横浜に居た。
正確には隣駅の桜木町、みなとみらいだ。
勿論、人形探索のためだ。
みなとみらいは名前の通り、横浜港に面した街で、駅から徒歩で港に出れるほど海が近い。
港と言っても観光地化しており、近辺は遊園地コスモワールドや馬車道、山下公園、赤レンガ倉庫と見所は多い。
今も多くの観光客で駅前は賑わっている。
が、それには背を向け、駅の反対側、野毛の繁華街へ向う。
「ねぇ、あのロープウェイ乗ろうよ」
涼花は駅から海側に向うロープウェイを指して言った。
「だから仕事だって‥早めに終わったらな」
「ホント! ヤル気出てきた!」
途端に元気良くなる涼花。
‥何となく涼花との付き合い方を把握できた気がする。
駅から繋がる野毛の地下街を抜け、商店街を気配を探りながら歩く。
この辺りは昼間でもちょい飲みしている連中も多く、結構騒がしい。
一件の居酒屋の前を通ると、軒先で飲んでいたおっちゃんが涼花に絡んできた。
「おお、そこの嬢ちゃん、俺に酌してくれねえか?」
「‥100万払うなら考えるわよ」
「ホントか? んじゃこっち来いよぉ」
手招きするおっちゃん。
「良いけど、変な事したら‥」
“ヒュッン”
何か風を切る様な音が聞こえた。
同時におっちゃんが手にしていた焼き鳥の串が真ん中からスッパリと切断され、皿に落ちる。
「うぉっ!!」
驚きの余り、後ずさりするおっちゃん。
「こうなっちゃうんだから」
涼花は涼しい顔をして言った。
「お、おい、今何した?」
「変な顔しないでよ‥これよ、これ」
店から離れ、歩きながら涼花は手に持った小さなカッターの様な物を見せた。
「これは‥」
「ブロウブラシの先を整えるのに使うやつ」
「え、いゃ、それで‥あんなに??」
「ちょっとしたコツがあるのよ」
「コツ‥?」
言われて、先日の事件で涼花が襲ってきた女に見事な回し蹴りを放った事を思い出した。
‥涼花ってもしかして、強い?
今後は涼花を怒らせない様にしよう。
心に誓った俺だった。
その時、路地の向こうから男の叫ぶ声が聞こえた。
「お、俺はし、知らないっ!言われた通りにっ」
慌ててその方向に路地を曲がると。
和服の女性とぶつかりそうに成った。
「おっと‥あれ?」
見たことのある女性だった。
「あなたは‥」
女性はしゃなり、と会釈をすると離れて行く。
「護、どうしたの?」
涼花の声に視線を戻すと‥。
裏通りに呆然と立っていた男が、一瞬で火柱に包まれた。
「きゃっ」
涼花は慌てて身を引く。
「離れろ!」
先日と同じ、人体発火現象だ。
男は全く身じろぎすることなく、ただ火柱に包まれている。
普通なら何とかして炎を振り払おうとする筈だが。
だからといって、人間が燃えるのを放置も出来ない。
慌てて辺りを見回すと、タバコの吸い殻が放り込まれた、水の入ったバケツが目に入る。
「少し汚いが‥我慢しろよっ!」
言いつつバケツの水を男に振りかける。
“ジュワ~”
激しく水の蒸発音が響き、辺りに水蒸気が立ち込める。
男は全く動く気配がない。
「駄目かっ!」
悔し紛れにバケツ自体も投げつける。
ガチャン、と言う音と共に男は倒れた。
「ああつっーー!」
倒れた男が突然絶叫する。
どうやら衝撃で意識を取り戻したらしい。
「おいっ、大丈夫かっ」
声はかけたものの、明らかに大丈夫ではない。
今すぐにでも消火しないと助からないだろう。
「護っ! これっ!」
涼花がどこからか消火器を持ってきた。
受け取り、安全ピンを抜いて男目掛け噴射する。
慌てたので、上手くいかずに辺りに消火剤を撒き散らしてしまう。
「けほっ、けほ、ちょっと‥」
慌てて逃げる涼花。
立ち込める煙と消火剤で辺りは真っ白だ。
「く、くそっ!」
必死にノズルを男の方に向け、数十秒‥男の火は何とか消えたようだ。
「大丈夫かっ」
急いで倒れた男に駆け寄り、黒焦げに成った男を抱き起こす。
男は掠れる声で‥。
「お、お館様‥す‥み」
とだけ呟くとガクリとこと切れた。
「くそおっ!」
思わず拳で地面を叩いた。
またも目前で命が失われた。
自分はヒーローでも無ければ、超人でもない。
どう頑張っても無理な事はある。
むしろ無理な事ばかりだ。
それは分かっていても‥。
何も出来ないのが悔しかった。
「あれ? お兄さん?」
後から声をかけられた。
振り向くと先日の銀髪の少年が居た。
不思議そうに俺のことを見ている。
「奇遇、なのかな‥? ここにいるのは偶然?」
不思議そうに問い掛ける。
「いや、必然だな」
俺は敢えてそう答えた。
この少年は何か今回の事件に関する情報を知っている‥気がした。
「なるほど‥」
「探し屋の神島譲、だ」
「ああ、なるほど‥それで。聞いたことあるよ。必ず見つける、探し屋」
少年は言いながら男の遺体の懐を探る。
「おい、勝手に‥」
「探し物は‥これ?」
懐から抜き出した少年の手には小さな日本人形が、握られていた。
「それは!」
「やっぱり」
少年は人形をポケットにしまう。
「悪い事は言わないから、手を引いた方がいい。これは貴方に扱える様な物じゃない」
「いや、俺は‥」
と、誰かが通報したのか、消防車のサイレンが聞こえてきた。
「警告はしたからね!」
少年は素早く身を翻すと路地に消えた。
何か得体の知れない力がこの事件の裏にはある。
そしてそれは俺の仕事とも無関係では無さそうだった。




